軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

46 : 星の守護者 - 02 -

「そして、齢十にしてエテ・カリマの誇る四つの武術をマスターし、アズラクは国一番の戦士になったのよ」

楚々として微笑むヤナの後ろには、表情とは対照的にドヤァという文字が浮かぶ。

お昼休憩中、食堂でヤナとアズラクと食後の紅茶を飲んでいたオリアナは、目をキラキラと輝かせて斜め向かいのアズラクを見る。

「アズラク凄すぎでは??」

「姫の護衛には箔が必要だからな。うちの親族が大げさに吹聴している」

苦笑を浮かべるアズラクに、ヤナは「いいえ」と首を横に振る。

「アズラクは小さな頃から、本当に凄かったのよ。子どもに戻れる魔法薬でもあれば、飲ませて証明してみせるのに……」

「そんな魔法薬新発見したら、調合方法吐くまでハインツ先生に監禁されそう」

「あら、つれないわね。オリアナは小さなアズラクを見たくは無いの?」

オリアナはカップをソーサーに置いて、真顔で言った。

「見たい」

オリアナの本気を感じ取ったのだろう。ヤナは満足気に頷く。

「私ももう一度見たいわ。今はこんなに大きいけれど、あの頃はもっと線が細くて、鷹のように美しい少年だったのよ」

線が細くて美しい少年のアズラクが想像出来ずに、オリアナはアズラクをじっと見つめた。線が細くて美しいヴィンセントの少年時代なら簡単に想像出来てしまい、オリアナは慌てて頭を振った。

決まりの悪さを誤魔化すために、真剣にアズラクを見つめ、彼の少年時代を想像する。

アズラクは、オリアナに自分の少年時代を妄想されても痛くもかゆくも無いようで、否定もせず照れもせず、涼しい顔で紅茶を飲んでいる。

「ヤナとアズラクって、そんな前からの付き合いなんだね」

「ええ。物心ついてからずっと一緒よ。小さな頃は、私がアズラクを追いかけ回していたの」

ヤナが椅子の背もたれでは無く、すぐ横に座るアズラクの肩に寄りかかる。この二人は、驚くほどに距離感が近い。アズラクは当然のような顔をして、ヤナを受け止めている。

「じゃあ……これからもずっと一緒だといいね」

「ええ、そうね」

ふんわりと微笑むヤナを、アズラクが目線だけで見下ろした。しかし、オリアナが気付く前に、すぐに視線は外される。

未来のことはあまり考えないようにいしていたが、あと一年もしないで、オリアナ達はラーゲン魔法学校を卒業する。

卒業すれば、ヤナとアズラクとはお別れだ。残念だが、ヤナは王族としてエテ・カリマ国に帰るだろう。その時は今と同じように、アズラクが横にいるはずだ。

(ずっと一緒なの、いいなぁ)

「あっ――エルシャさん、いたいた!」

パタパタと騒々しい足音と共に、聞き慣れた声がやってきた。テーブルの隙間を縫って、監督生のデリク・ターキーがこちらにやってくる。

「休憩中にごめん。魔法陣学のレポートの提出、忘れてない?」

「――!! わ、すれて、ました。ごめん、寮まで取りに帰るわ。待ってて貰うのも申し訳ないし、私から先生に直接出すよ」

「クイーシー先生に、まとめて提出しろって言われてるから、出来れば僕のためにも、僕に貰えると嬉しいな」

オリアナは顔を真っ青にして、椅子から立ち上がる。その拍子にテーブルに膝を打ち付けた。天板と共にカップが揺れ、地面に落ちそうになるのをアズラクが受け止める。

「わああ、アズラクごめん! ありがとう!」

「エルシャは近頃、落ち着きが無いな」

「はい……気をつけます……」

両手を合わせてアズラクに頭を下げると、そのままくるりとデリクに体を向ける。

「ターキーさんも、本当にごめんね……急いで取ってくるから!」

「いやいや、そんな気にしないで。僕も途中までついて行くよ」

「ほんとにごめん~~! ヤナ、アズラク。ちょっと行ってくるね」

「行ってらっしゃい」

「気をつけて」

食べ終わっていた食器を小走りで運び、オリアナは慌ててデリクのもとに戻った。

魔法陣学の準備室がある東棟は、ここから女子寮に行く丁度中間にある。東棟の前で待っていてもらうのが合理的だろう。

「言われるまで本気で忘れてた……教えてくれてありがとう」

女子寮への道を行きながら、オリアナはデリクに言った。

「全然いいよ。いつもお世話になってるし。エルシャさんが忘れることなんて初めてだろうし」

「面目ない……」

ヴィンセントのそばにいるため、勉学だけはおろそかに出来ないと思っていたはずなのに、最終学年になって気を抜いてしまったのかもしれない。

いや、本当は理由ぐらいわかっている。

(完全に、浮かれポンチなんだよな……)

ヴィンセントにペアを申し込まれてから数日――自分の心と体と頭が完全に浮き足立っていることくらい自覚していた。何をしていても、誰と話していても、ヴィンセントのことを考えてしまう。

これまで、恋にきゃぴっていても、その他の面では真面目を貫き通してきたオリアナの変化に、周りも驚いている。しかし、何よりも動揺しているのは、オリアナ自身であった。

(恥ずかしい。穴があったら入りたいし、もう出てきたくない)

だが多分、穴の入り口からヴィンセントに名前を呼ばれたら喜び勇んで出て行くのだろう。

妄想の中でさえヴィンセントの魅力に勝てない自分が――オリアナはまあまあ嫌いでは無かった。

「いやあ。でも、本当によかったねえ」

デリクが大量に持っていたレポートを半分持ち、彼と並び立って歩いていると、にこにことした善良な笑顔でそう言われた。

「よかった?」

今まさに、忘れ物のレポートを取りに帰っているというのに、なにが良かったのだろうかとオリアナは首を傾げる。

「おさまるところにおさまって」

「うん?」

「ペアのことだよ」

オリアナは盛大にこけた。持っていたレポートがバサバサバサッと廊下に散らばる。

しゃがみ込んだまま、自分の失態に唖然としているオリアナの横で、デリクが大慌てでレポートを拾う。正気に戻ったオリアナも、顔を真っ赤にしながらレポートを追いかける。

「ごごごごめん」

乱雑に重ねられたレポートを二人で覗き混みながら、廊下の隅で、上下や裏表を確認していく。

デリクを誘っていたオリアナは、ヴィンセントとペアを組んだことを彼に報告していた。デリクは「オリアナから誘ったくせに」なんて嫌み一つ言うこと無く祝ってくれた。

「エルシャさんが最近わたわたしてるのを見る度に、よかったねえ、ってクラスで話題になるんだよ」

「えっ!? クラスで?! なんで?! やだ、やだやめて……」

今なら、恥ずかしさで死ねるかもしれない。オリアナは気を紛らわすために、神経質なほど完璧にレポートの角を揃える。

「あはは。みんなようやくかな、って喜んでるんだよ」

「喜んでるの!? わ、私、見守られてたの!?」

「え? 知らなかったの?」

全く知らなかった。オリアナはヴィンセントしか見ていなかったし、祝福されるような関係性をクラスメイトと築けているとも思っていなかったからだ。みんな、オリアナが思っている以上に、仲間意識を持ってくれていたのだ。嬉しいが、タイミング的に恥ずかしすぎる。

「待って、まだそういう、喜ばれるような、そういう関係では無い」

「そうなんだ」

「そうなんです」

「わかりました」

表面上、オリアナの意見を尊重してはくれたが、デリクはあまり信じていないようだった。

それに、万が一オリアナとヴィンセントと恋人になれたとしても、ヤナとアズラクのようにずっと一緒にいられるわけでは無い。卒業すれば、彼もオリアナも、家のために動く身となる。

「ずっと一緒」なんて、オリアナとヴィンセントにはあり得ない。

「まあ、五年間一緒のクラスにいたけど、こんなエルシャさんが見られる日が来るとは僕は思って無かったな。なんだかんだで、三つ四つ年上の先輩、って感じしてたからな。エルシャさん」

「えっ!? 私が?! なんで?」

思いもがけないことを言われ、オリアナは驚いて目を見開く。

「んー……。物事への構え方が、僕たちと違うように見えたんだよね。何があってもずっしり構えてて、余裕があるというか」

「へえ~~」

へえ~とオリアナは関心したように何度か頷いた。

自分では年上風を吹かせているつもりは無かったが、二度目の人生だからこその特徴が出ていたのかも知れない。

「だからこそ、恋してるエルシャさんが見られるの、なんか、こう……感慨深いよね」

「感慨深くならないで。厳密に言い切らないで」

まとめたレポートで顔を覆いながら、消え入るような声でオリアナが言う。

「あんなにところ構わず、好き好き言ってたのに」

本当にその通りだ。デリクの言葉に耳まで真っ赤にして、オリアナはレポートに隠れる。

「エルシャさん駄目駄目っ! レポート、ぎゅって握っちゃ」

「あああ、ごめん、本当にごめんっ」

(もうっ! 何から何まで上手くいかない!)

皺が寄ったレポートを、オリアナは狼狽しながら手で伸ばした。