軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

38 : ドレスと恋と花束と - 04 -

「……なんか、あれ。なんかあの、人数が、あれ?」

次の日の放課後、ダンスレッスンをしている空き教室を訪れたオリアナは首を傾げた。

明らかに、人数が増えている。

それも女生徒の比が、かなり大きくなっている気がする。

教室にはごった返すほどの男女ペアが出来ていた。

新しく増えた女生徒の中には、貴族出身の子達もいる。様子を見る限り、ダンスが苦手な男子生徒の練習台になってくれていたり、ダンスが苦手な女生徒に指導をしてくれたりしているようだった。

「入らせてもらってもいいかな?」

「あ、ごめん」

教室の入り口でぽかんと口を開けたまま見ていたオリアナは、後ろからやってきた男子生徒に道を譲るために端にそれた。そのまま教室の隅に行く。

「わっ、ごめ……ヴィンセント?」

生徒らが練習する光景を見ながら移動していたせいか、オリアナは同じく教室の隅に立っていたヴィンセントにぶつかってしまった。

「こんな隅で、何してるの?」

「君と同じ理由だ。邪魔にならないよう、身を寄せていた」

オリアナは微妙な顔で笑った。まるで箒かチリトリのごとく隅に追いやられている次期公爵に、なんと言えばいいかわからなかった。

「何で急に人数が増えたんだろう……そんなにみんな、ダンスの練習に参加したかったとか?」

「さあ」

自分で言っていて「無いな」と思った。新規に増えた大半が、そもそもダンスが上手い女生徒ばかりだ。

その女生徒達を教室の隅から観察していると、えらく目が合うことに気付いた。いや、正確に言えば目が合っているのはオリアナではない――ヴィンセントだ。

新規に参加した女生徒達は皆、ヴィンセントをちらりちらりと盗み見ていた。

(――! ご褒美かっ!)

彼女達の狙いは、舞踏会でヴィンセント・タンザインと一曲踊る権利を手にすることだと、オリアナは気付いた。

ヴィンセントが舞踏会で踊る条件は「女生徒の中で、一番上達した人」である。当然、レッスンに参加していなければ、条件をクリアしたことにはならないと推測したのだろう。

(な、なんて現金なんだ……)

いやしかし、踊れない男子生徒達の相手をしてくれるのは非常に助かる。オリアナ一人では、全員を完璧に教えることは出来なかっただろう。思いもよらない展開だったが、ありがたい助太刀に感謝することにした。

「たぶん、みんな、ヴィンセントと踊りたかったみたい」

「そうか」

この状況を把握していないのだろうと思って伝えたが、ヴィンセントは特に驚いた様子は無い。

「え、もしかして気付いてた……?」

「こういう視線には慣れている」

壁に背を預け、淡々と言ったヴィンセントにオリアナは言葉を詰まらせた。これまで学校で見てきた彼とも、ヴィンスとも違う、見たことがない表情をしていた。

きっとこの表情は、貴族としての彼の顔なのだろう。

そして、貴族の彼は、あまりにも淋しそうに見えた。

「……ごめん。利用しようと思ったわけじゃ、ないんだけど」

「褒美になった流れを知っているのだから、そんなこと思うわけないだろう。それに、自分の価値はわかっているつもりだ。今更傷ついたりしないから、心配しなくていい」

オリアナがよほど情けない顔をしていたのか、ヴィンセントは隣に立つオリアナを見ると、ふっと吐息混じりに笑った。

「褒美に一曲踊れと君が言い出した時、商人の娘なんだなと感じたよ」

したいしたくないに関わらず、手を差し伸べられるものには差し伸べるよう僕は教育を受けてきたから――とヴィンセントが続ける。

「君は人の求めるものを理解しているし、無意識とはいえ、人の興味を引き、巻き込む方法も知っている。謝ったりする必要はない。それは君にとって、誇るべき才能だ」

思いがけず褒められて、オリアナは目をきょろきょろさせた。顔中が熱い。そんな褒められ方をしたのは、前の人生を含めても、初めてだった。

赤い顔を両手で包み、心の中で「ひぃー!」と悲鳴を上げるオリアナの隣で、ヴィンセントは涼しい声で言った。

「――まあ、本当にかまわなかったんだ。クラスメイトの厚意は否定して、僕の価値にだけ目をつけたことに腹立たしさはあったけど、こちらの方が得だと見込んで、承諾したのは僕なんだし」

「……え、こうなるって、わかってたの?」

途中恨み節も入っていたが、最後の言葉に驚いて驚いて顔を上げると、ヴィンセントはこちらを見もせずに言った。

「自分の価値は知っていると言っただろう」

「え、じゃあ、女生徒がいっぱい来るだろうってわかってて、そっちのほうが得だと思って、話を受けたの?」

「そうだ」

オリアナはガーンとショックを受けた。

ヴィンセントの好色な意見へのショックよりも、この機会を除けばもう二度とヴィンセントと踊ることは出来ないだろう平民出身の子達への同情が勝った。

今回新しく参加した女生徒達も審査の対象に入るなら、彼女達がヴィンセントのご褒美を手に入れられる確率は、ぐんと下がるだろう。

(なら、なら私だって参加したかった……私だって、ヴィンセントに一回でいいから、踊ってほしかったのに……)

自分が同じ立場にいるからこそ、その気持ちは強かった。

「……せ、性格悪い……」

「悪く無い。自分に正直なだけだ」

「でも、みんなご褒美のためにも頑張ろうって努力してるのに……」

「褒美を決めるのは、上達した幅でいいじゃないか。最初から上手い人間が、そんな短期間で達人級になるわけでもあるまいし」

ちゃんと彼女達のことを考えてくれていたヴィンセントに、オリアナはほっとした。

「――ん? あれ。じゃあなんで女生徒が増えるのが嬉しいの?」

ヴィンセントは舌打ちをした。

あのお上品なヴィンセントが舌打ちをしたのだ。

驚きすぎたオリアナは、つい二度見してしまった。

「……失敗したなと思ったんだ」

いかにも、やむなくと言った具合にヴィンセントが口を開く。

「ダンスの苦手な男子を連れてきたことを。……彼らのためになるから後悔はしていないが、それでも個人的には連れてこなければよかったと思った」

「え? なんで? みんな助かるって喜んでたよ」

ヴィンセントは顔を顰めた。視線は相変わらず、前を向いたままだ。

「……踊れる女子は、君しかいなかったろう」

「うん」

「……君一人で、あの人数にダンスを教えるのは大変だ」

「あ、なるほど……? ありがとう。そんなところまで気にかけてくれてて」

「だから、自分がしたいようにやっただけだと言っている」

ばつが悪そうに言ったヴィンセントは、それで会話を打ち切りたいようだった。

彼に感謝していたオリアナは、その変化についていけずに瞬きをしながらヴィンセントを見つめていると、オリアナのすぐ隣の教室の扉が突然開いた。びっくりして肩が揺れる。

入ってきたのは、ミゲルとヤナだった。二人の後ろにはアズラクと、魔法史学のウィルントン先生がいる。

「まぁ……なんてこと」

教室の中にいる三十人ほどの生徒達を見渡したウィルントン先生は、唖然としたように呟いた。