軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

26 : 見通しの悪い恋 - 03 -

(は? 手?)

オリアナと、同じクラスのデリク・ターキーが仲良く逃避行した姿を、ヴィンセントは呆然と見ていた。

(手?)

目の前で繰り広げられた光景が信じられなくて、ヴィンセントは立ち尽くす。

「ヴィンセント。どうかしたの?」

シャロンが上目遣いで尋ねてくる。先ほど、足首を捻ったシャロンが、体重をかけるようにしてヴィンセントの腕に寄りかかっている。

腕を組むのは、ヴィンセントにとって礼儀の一つだ。

学校の中で身分の差は無いとは言っても、生まれ持った義務が消えるわけではない。

基本的に貴族は、礼儀を払わなければならない人間にほど、完璧なエスコートを求められる。

例え彼女と過去にわだかまりがあろうとも――いや、あるからこそ、寛容であることを態度で示すために――負傷した女性に手を貸すのは当然のことだった。

「いや……」

ヴィンセントはかろうじで言葉を返したが、それ以上続かなかった。頭の中がまるっきり整理出来ていなかったからだ。

あまりにも衝撃過ぎて、ヴィンセントは自分が立ち止まっていることにも気付いていなかった。

(今、手を、繋いでた? オリアナとターキーが? 何故? ――僕とさえ手を繋いだことなんて、無いのに?)

オリアナは、ヴィンセントの背に乗っかってきたり、腰にしがみついてきたり、腕を絡ませてくることはあっても――手を繋いできたことは、一度も無かった。

まるで節度を守っているから、怒らないでと言わんばかりに。

手袋もしていない学校生活では、手を繋げば当然、互いの素肌が触れあう。素肌の触れあいは、言うまでもなく非常に親密な行為だ。平民とは言え、あのエルシャ家の娘が、そのことを教育されていないわけがない。

(たった数日しか離れていないのに? 誰にでもそんなことを?)

混乱した頭は何故か先日、杖作りの実習中に、楽しそうに会話しているオリアナに、何か話しかけられないかと近付いた時のことを思い出していた。

タンザナイトという単語が聞こえ、心が弾んだ。

タンザナイトは、紫竜公爵家の守護石だ。ヴィンセントの瞳の色そっくりの石をオリアナが用意した意味を、ヴィンセントは好意的に受け取った。

だが、いざ近付いていくと、なんと言って彼女に話しかければいいのかまるでわからなかった。

さらには、オリアナは周りのクラスメイトに、新しい恋人を作れと勧められていた。

(それが、デリクだとでも?)

話しかける口実が出来たと喜んでいた分、ヴィンセントは現実に打ちのめされた。オリアナはもう、ヴィンセントのことなんか忘れて、他の男に目を向け始めているのかもしれない。

胸が焼け付くように痛む。

何故か、どうしようもないほどに、落ち込んでいた。

こんなにショック受けている自分が、ヴィンセントは一番意味がわからなかった。

***

どう言ってミゲルとシャロンと別れたか、ヴィンセントは覚えていなかった。

ぼんやりとしながら、ヴィンセントが無意識のうちに向かったのは、いつもの東棟の小さな談話室だった。

入ってすぐのところにあるソファに、ドカリと座り、項垂れる。

(頼れるのはザレナだけで、ミゲルには愛してると言って、ターキーとは手を繋ぎ……僕には、命の心配だけ)

ヴィンセントは深い息を肺から吐き出した。ゆっくりとソファの背もたれに体を埋めつつ、顔を上げると、まん丸の二つの目と、目が合った。

「……」

「……」

「ご、ごめん。自習室に行ってるようだったから、まさかこっちに、来るとは思って無くて」

オリアナだった。

暖炉の前の、一人がけのソファに座っていたらしい。音も無く座っていたため、先に入室されていたことに気付いていなかった。

(……ようやく入ってきたのか)

皮肉なことだと思う。あれほど、いつ入ってくるのだろうかと思い続けていたオリアナが、ヴィンセントに用が無くなった頃に入ってきている。

「……君が使っていたのなら、僕は遠慮しよう。ゆっくりしていくといい」

息を呑んだ後、オリアナが貼り付けた笑みは、彼女らしくなく下手くそだった。

よく見ると、目の周りを真っ赤にしている。

(泣いていたのか……こんなところで、一人で)

助けてやりたい。慰めてやりたいと、心底思った。だが、オリアナが今、ヴィンセントと会話を望んでいるとは思えない。

立ち上がり、ソファから数歩もない出口に辿り着く。ドアノブに手をかけ、ヴィンセントは逡巡した。

意地を張り、喧嘩になってしまったのが自分の責任だと、ヴィンセントはわかっている。

その後も上手く話しかけることも出来ずに、ヴィンセントがいなくても楽しそうなオリアナを見ることが出来ずに、それとなく避けていたのも自分だ。話しかける口実を見つけたのに、勝手に腹を立てて立ち去ったのもまた、自分だ。

そんな自分に何をされても、オリアナは不快に思うに違いない。

(わかっている。わかっているが――)

身の内の勇気全てをかき集めると、決意を持って振り返った。

「……僕に何か、出来ることはあるか?」

(無いだろう。わかっている)

けれど、聞かずにいられなかった。

(出て行ってほしそうな空気は伝わってる。大丈夫。嫌ならすぐに、立ち去るから)

途方に暮れた顔をしたオリアナが、こちらを見ている。下がった眉に、赤いまなじり。

心から、何かしてやりたいと思った。助けてやりたかった。

(すげなく断られても、僕が恥をかけばいいだけだ)

涙を隠して必死に取り繕うオリアナの、何か力になれることがあれば、どんなことだって厭わずやるつもりだった。

オリアナは摩訶不思議な呪文を耳にしたとでも言うように、パチパチと瞬きをした。

「……お願いを、聞いてくれるの?」

「ああ」

「……なら、ならっ。行かないでほしい」

懇願するような強い響きがヴィンセントの心を揺さぶった。そんなことでいいなら、いくらでも聞いてやるのに。ヴィンセントはドアノブから手を離した。

「わかった。何処に座ればいい?」

「……じゃあ、そこ」

オリアナが指さしたのは、自分の座るソファから、テーブル一つ分離れたソファだった。

言われたとおりの場所に、ヴィンセントは大人しく腰掛けた。

ヴィンセントが素直に言うことを聞くと思っていなかったのか、オリアナは何故かオロオロとした。居心地悪そうに視線をさ迷わせた後、そっと自分の座っていたソファに座り直す。

沈黙が流れる。けれど不思議と居心地は良く、ここ数日間で一番穏やかな時間だった。