軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

197 : プロローグ

こっそりと錬金術学室を抜け出したヴィンセント達は、東棟の談話室に来た。

全身びしょ濡れのヴィンセントを心配したのか、オリアナが暖炉に火をつけようとしたので、ヴィンセントが慌てて止める。そして、暖炉の中に顔を入れ、くまなく検めた。

「何してるの?」

「もう終わったと思いたいが――念には念をと思って」

竜木は無いと判断したヴィンセントは、暖炉に火を灯した。

杖を握るヴィンセントの手を、オリアナが掴む。指を一つ一つ解かされる。

「よかった……あんなことして……ヴィンセントの手が、焼けちゃうんじゃ無いかって……」

ヴィンセントの手のひらに火傷が無いことを、もう一度確認したかったのだろう。オリアナの体の力が抜ける。

だが、火傷の代わりに浮かんだ染みを見て、オリアナの顔が悲しそうに歪む。

「何から何まで、説明して貰いますから!」

起毛した生地の張ってあるソファにヴィンセントを座らせたオリアナが、自分のローブを脱いで、ヴィンセントの濡れた体を拭く。

その目は「怒っています」と言わんばかりに、じっとりとしていた。そんな視線でさえ愛しくて、床に膝を付いてヴィンセントの体を拭き上げるオリアナの口に、唇で触れる。

「誤魔化すの禁止」

「僕は誤魔化すために、君にキスをしたことなんか一度も無い」

素直な気持ちを伝えると、「もお、もおお!」とオリアナが赤い顔で地団駄を踏む。

照れるオリアナも可愛かったが、ヴィンセントはオリアナの手を引いて、自分の隣に座らせた。オリアナの体に彼女のローブを巻き、有無を言わさず抱き寄せる。オリアナとヴィンセントの体が、隙間も無いほどぴったりとくっついた。ヴィンセントのいつにない大胆な接触にオリアナの体が強張るが、少しだけ我慢して欲しかった。

今はただ、このぬくもりに触れていたい。

「――二度目の人生と、言っていただろう」

「? うん」

「あれは本当の話だ」

オリアナが「えっ」と呟いて、ヴィンセントを見た。ヴィンセントは真剣な目で、オリアナを見つめる。

「僕は、前の人生でも君に恋をした」

ヴィンセントをじっと見つめた後、オリアナは小さく呟いた。

「……それは、びっくりするね」

「信じるのか」

「私には嘘、つかないようにしてくれてたんでしょ?」

笑うオリアナに、ヴィンセントはくしゃりと顔を歪ませた。こういうところで、ヴィンセントは彼女への愛を思い知る。

上手く笑うことさえ出来ないヴィンセントに、オリアナは柔らかく笑う。

「君も僕も、さっきの――竜木の枝のせいで死んだ」

それは流石に予想外だったのか、オリアナは目を見開いた。

「そして、竜神にやり直す機会を与えられた」

竜木や”竜の審判”について、訥々と語るヴィンセントを、オリアナは真剣な顔で聞いている。

死に戻りに関しても一通りの説明を終えたヴィンセントは、不器用な笑顔でオリアナを見つめた。

「今ならわかる。君がどれほど孤独だったか。不安の中、どれほど懸命に前に進んでいたか。それなのに、僕は君に優しく出来なかった。君に何も与えてあげられなかった。僕は、前の君の孤独も絶望も、知った気になっていて、何もわかっていなかった」

「そっかなー」

あり得ないほど軽いオリアナの返答に、ヴィンセントは目を見開く。

オリアナは小首を傾げて、ヴィンセントに問う。

「前の人生も、同じ私なんでしょ?」

ヴィンセントは思わず頷いた。

「じゃあ、ヴィンセントがいてくれるだけでよかったと思うな。絶対幸せだったって、断言できる」

あっけらかんとしたオリアナを、ヴィンセントは思わず抱きしめた。濡れたヴィンセントの服がオリアナの服に貼り付き、水気を移していく。

「オリアナ」

「うん」

「オリアナ」

「うん……」

抱きしめるヴィンセントの背中を、オリアナがゆっくりと撫でる。

「ヴィンセント、頑張ってくれて、ありがとう。ずっと守ってくれて、ありがとう――でももう、いいんだよ。もういいの」

大丈夫だよ。そう言って、オリアナがヴィンセントの身を抱き返す。

ヴィンセントは、骨が軋むほど強くオリアナの体を抱きしめ、十三年前にここで失った魂を悼んだ。

***

しばらくして、ゆるゆるとヴィンセントが腕の力を弱めた。その隙を見逃さず、オリアナはヴィンセントと体を剥がすと、彼の顔を覗き込む。

ヴィンセントはいつもより少し幼い顔をして、オリアナを見返した。赤くなった鼻の頭と目尻が、心から愛しい。

「前の私達って、どんな感じだったの?」

先ほど聞かされた衝撃の事実を、オリアナは驚くほど簡単に信じていた。

信じれば、話は簡単だった。

ヴィンセントが語る好きな人物像も、一度離れ離れになったという話も、レモンのマフィンの手紙も全て――本当にオリアナのことだったのだ。

ヴィンセントは自嘲するような笑みを浮かべた。

「僕は随分、不甲斐なかった。情けない真似ばかりして、面倒臭い奴だった」

「あ、なんだ。あんま変わんないんだ」

「何?」

「ごめんなさい」

オリアナにしか見せない情けないところも面倒臭いところも、むしろそこが好きなのだが、ヴィンセントは不満なようだ。オリアナはすぐに謝った。オリアナの美点の一つに、すぐに謝れるという点がある。

謝りつつもにこにことしているオリアナに、ヴィンセントは反撃とばかりに口を開く。

「君はいつも図々しく僕の隣にいた」

「図々しく……?」

「あと、いつも好きだと言ってきた」

「――言われたい、ってことであってる?」

「あっている」

あくまで澄まして言うヴィンセントに笑い声を上げて、オリアナは望みの言葉を捧げる。

「ヴィンセント、大好き」

オリアナがあまりにも簡単に告げたからか、ヴィンセントは眉を寄せて、オリアナを抱きしめた。シダーウッドの香りが、ふわりとオリアナを包む。

「――前の人生で思い出すのは、いいことばかりだ。君のことばかり」

「じゃあこれから、前の人生に負けない思い出も作んなきゃね」

手始めにもう一回、私と恋でも始める?

笑うオリアナに、ヴィンセントは目を見開いた。

「どうしたの?」

「……前の君にも、似たようなことを言われた気がして」

「しょうがない。おんなじオリアナちゃんだから」

オリアナは笑った。

前の人生もひっくるめて、一番可愛いと思ってもらえるような、満開の笑顔で。

「まずは、自己紹介から。――私はオリアナ・エルシャ。 冬の始月(じゅうにがつ) の五日生まれで、身長は百五十七センチ、体重は秘密。好きなものは麺類で、最近はレモンも気になってる。ヴィンセントっていう、かなり素敵な彼氏と沢山の友達もいて、今が人生で最高に幸せ」

オリアナの自己紹介に、ヴィンセントは幸せそうに笑い、口を開く。

二人は自然に手を繋いだ。

「……僕は、ヴィンセント・タンザイン。年は十七。誕生日は 春の終月(ごがつ) 三十日。好きな子は――」

- 死に戻りの魔法学校生活を、元恋人とプロローグから (※ただし好感度はゼロ) -

おしまい