軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

183 : 番外編 / だから、好きでは無い - 01 -

誰もが納得するような、素敵な恋人がほしい。

誰からも文句を言われないような、完璧な彼氏がほしい。

誰にも後ろ指をさされない、好きな人が欲しい。

***

コンスタンツェ・ベルツは魔法薬学の授業が嫌いだった。

体の向き一つ、首の動き一つ、視線一つ。

髪の乱れ一つ、座った時のつま先一つ、笑ったときの口角の角度一つ、声の高さ一つ、目を伏せたときの睫毛の瞬き一つを、気にしなくてはいけないからだ。

ガラスで覆われた植物温室は、夏も冬も魔法で快適な温度を保っている。天井から降り注ぐ太陽の光が、温室に設置された小さな教卓に立つ、ハインツを照らす。

(あ、白髪)

最近増えてきたとごちていた白髪が、陽光に煌めいて目立った。見つけたのは自分だけでは無いだろうが、コンスタンツェは満足げに目尻を下げる。

ハインツ・アードルング。

横に座る同級生達が彼を知ったのは入学式だが、コンスタンツェは違った。

コンスタンツェの父は騎士である。騎士の父は、コンスタンツェが幼い頃から泊まり込みや遠征が多く、家を空けがちだった。

そんな父に愛想を尽かした母が出て行ったのは、コンスタンツェが三つの時。家政婦を雇ってもよかったのだが、人見知りの激しかったコンスタンツェはいつも、よく懐いていた隣の家に預けられていた。

その隣の家に住んでいたのが、ハインツだ。

コンスタンツェが三歳の時、彼は十八歳だった。ラーゲン魔法学校を卒業したばかりの彼は、研究機関に勤めていた。父と同じく泊まりがけの仕事が多かったが、休みの日には必ず帰ってきてくれた。

少しだらしないところはあるが、無条件で甘やかし、愛してくれるハインツがコンスタンツェは大好きだった。

ハインツはコンスタンツェが何をしても怒らなかった。ハインツの目の周りに落書きをしても、寝ているハインツのズボンの中に蛙を忍び込ませても、木登りをして一番上から飛び降りても、木剣で近所の男の子を叩きのめしても、いつも「しょうがねえなあ」と笑って頭を撫でてくれた。

ハインツがラーゲン魔法学校の教職に就いたのは、コンスタンツェが十歳、彼が二十五歳の時だった。前任の定年により席の空いた魔法薬学の教師の倍率はもの凄いものだったらしく、念願叶って教師になれたハインツは、それは喜んでいた。

だが、コンスタンツェは全く面白くなかった。それまでは上手く行けば月に五度ほどは遊んで貰えたのに、ラーゲン魔法学校に行き始めてからは、長期休暇中しか帰って来なくなったからだ。

ふて腐れるコンスタンツェを、ハインツは笑って宥めた。コンスタンツェはそんなハインツが、憎くて憎くてしょうがなかった。

泣きながら手を振り別れたコンスタンツェに、ハインツは長期休暇になると、抱えきれないほどのプレゼントと甘い食べ物を手土産に帰ってきた。

コンスタンツェは大きな熊のぬいぐるみを抱えたハインツに抱きつくと、頬をすり寄せて感謝の気持ちを伝えた。

ハインツは長期休暇の間、ずっとコンスタンツェの隣にいた。コンスタンツェのために暖炉を暖め、シチューを作り、鼻歌やくだらない冗談を言い、優しさで包んだ。

一年の間で一番寒い季節のはずなのに、一年で一番温かかった。

三年も経つと、今度はコンスタンツェが魔法学校に入学することになり、家にいる時よりもずっと会う機会が増えた。

だが、家にいる時よりもずっと、ハインツとの距離は遠くなった。

ハインツは教師で、コンスタンツェは生徒。

それはどうしようも無いほど大きな壁となり、コンスタンツェとハインツの間に悠然と立ちはだかった。

コンスタンツェはもちろん、ハインツの膝に乗り絵本を読んであげることも、お菓子を食べさせあうことも、寝起きの短い髭をさすって遊ぶことも出来無くなってしまった。

不思議なもので、距離が出来ると、彼の見方がコンスタンツェの中で変わった。

学校にいる間は、何故かもじゃもじゃ頭のひげ面のハインツ。

そんなハインツを、いつしかコンスタンツェは真っ直ぐ見られないようになっていた。

最初は、家と学校で見た目の違う彼に戸惑っているだけかと思った。もしくは、いつもは独り占めしていたハインツが、自分だけのハインツでは無く、皆の先生であることに疎外感を抱いたのだと。

だが、小さな一年生のコンスタンツェが大きなローブを引きずっている中、すらりと背の高い上級生の女子がハインツの隣にいるのを見た時に、そうではないとわかった。

コンスタンツェが十三歳。上級生は十七歳ぐらいだろう。ハインツは二十八歳だった。

見るからに子どもな自分と違い、上級生はもう大人に見えた。

大人なハインツに、大人の女子がひっついている姿を見て、コンスタンツェは胸に強い痛みを覚えた。

「――だから、ねえ。先生! 聞いてます?」

「おいおい、あんまくっつくなよー。おっぱい当たんだろ」

ハインツがやんわりと女生徒を引き剥がす。しかし、女生徒は更にハインツに強く抱きついてにっこりと笑う。

「当ててるんですもん」

「ありがたいこって。こういうこた同級生にしてやれ。イチコロだぞ」

「私がイチコロにしたいのはハインツ先生なんですーぅ」

「冗談やめろや。ガキはガキ同士で乳繰り合ってくれ。青春しろ」

「ちょっと大人だからって」

女生徒がふて腐れたように言うと、ハインツは無精髭に囲まれた口を歪ませて笑う。

「先生だからな、大人なの。それに先生じゃ無けゃここにいないし、お前がこういうことすっと、先生じゃいられなくなんの」

はい、放してね。とハインツが女生徒の胸を指さす。女生徒は悔しそうに顔を顰めながらも、渋々ハインツの腕を放した。

「おっ――どうした、ベルツ」

遠巻きに見ていたコンスタンツェを見つけたハインツが、嬉しそうに笑った。

聞き慣れない声のトーン、呼ばれ慣れていない名前。そして、生徒に告白され困っていた彼が「助かった」と思わず笑ってしまうほど圏外な、ちんちくりんな自分。

コンスタンツェは、腕を伸ばして、その触り慣れた髭を触ってやろうかと思った。

手首にほくろが二つあることを、首の裏を触ると変な声を出すことを、耳掃除は右からしてほしがることを、朝起きると絶対に右に二回、左に一回伸びをすることを――全てぶちまけてやりたかった。

けれどコンスタンツェは、そんな胸をよぎった怒りも痛みも、全て気付かないことにした。

「見ーちゃった、ですわ。ハインツ先生がおっぱい触って喜んでたって、校長先生に言いつけちゃいます」

「こら、止めろ。故郷のおふくろが泣くだろ」

(そう言えばすむと思って)

コンスタンツェと共有する秘密をちらつかせれば満足すると思っているハインツに、コンスタンツェはよっぽど舌を出してやりたかった。最近覚え始めたばかりの下手くそな敬語を使って、ハインツに壁を作る。

「孝行者ですのね。お母様をお大事になさってくださいませ。それでは」

「おう」

コンスタンツェは教師と生徒に相応しい距離感を保つと、ハインツと別れた。

コンスタンツェはすぐに、自分がしなければならない事がわかった。

(誰かを、好きにならなくては)

今の自分に必要なのは、好きな 男子(・・) だと思った。

誰もが納得し、誰からも文句を言われず、誰にも後ろ指をさされない――そんな男子を好きになる必要があった。

(けれど、誰にも好きになって欲しくない)

同じ思いは、返せるわけが無かった。誰かの純情を弄ぶことは出来無い。叶わない思いの苦しさを、コンスタンツェは知ったばかりだ。

(青春を――彼の望む未来を、手に入れなくては)