軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

179 : 番外編 / 条件のいい恋人 - 03 -

「オリアナってさ、めっちゃわかりやすいじゃん?」

錬金術学室で、ハイデマリーとコンスタンツェがお菓子を作っている傍ら、エッダは椅子の背もたれに顎を載せていた。

「何の話ですの?」

生地をこねる力仕事はコンスタンツェの役割だ。上から押すように、ぐいぐいと力を入れながら、コンスタンツェがエッダに尋ねた。

「タンザインさんに対する態度」

「あー。確かに、オリアナってタンザインさんにだけ、びっくりするぐらいいい笑顔するよね」

「そうなんですの?」

色恋沙汰に人一倍敏感なくせに、機微には一番鈍感なコンスタンツェがハイデマリーに小首を傾げた。生地をこねる度に、コンスタンツェの大きな胸が揺れている。こねている生地より柔らかそうだ。ここに男子生徒がいたら、散々凝視されたことだろう。羨ましい。けしからん。

錬金術学室でのお菓子作りは、いつぞやヴィンセント・タンザインが芋剥きをしたせいで、女子達の密かなブームになっていた。調理場から材料を貰って使用する生徒らが、今も違う作業机で菓子を作っていた。オーブン付きの暖炉は一つなため、順番で使う。

「タンザインさん、あの笑顔を平然と見てるよね」

長い付き合いのエッダ達でさえ、あんなオリアナは見たことが無い。なのに、ヴィンセントはまるで見慣れているかのごとく、オリアナに接している。

二人がくっついていないのが、エッダは不思議で仕方が無かった。エッダに恋や愛はわからないが、それでも、あの二人が互いに特別に想い合っていることは、端から見ても丸わかりだったからだ。

「よほど、場数を踏んでいたりするんでしょうか」

「でも浮いた話は聞いたこと無かったけど」

「なら、オリアナがあの笑顔を自分に向けるのが、当然だって思ってるとか?」

コンスタンツェとハイデマリーと共に、エッダも「うーん」と唸った。

椅子の脚でバランスを取り、ガッタンガッタンと椅子を揺らす。

「エッダ、暇なら手伝いなさいよ」

「えー。私お菓子作りなんてするキャラじゃないしー。面倒だしやだー」

更に椅子をガッタンガッタンしながらエッダがぼやく。

「てかさ、タンザインさんって基本オリアナのことにしか興味ないよね」

エッダが言うと、ハイデマリーが呆れたように笑う。

「それわかるわ。オリアナの友達だから、うちらとも仲良くしてくれてる感じ」

「おこぼれ万歳ですわー」

「あーあ。最近全然デレザインさん見てないからつまんなーい」

ヴィンセントが第二クラスに近付いてくるのがオリアナ目当てなのは、周知の事実だ。

そんなヴィンセントが、近頃顔を出さない。舞踏会前であり試験前でもあるため、忙しいのだろう。オリアナはオリアナで、男子に追いかけ回されてバタついているので、互いに時間を取れないようだった。

今日はそんなオリアナにあげるためのクッキーを、ハイデマリーらと作っていたりする。

エッダは椅子の背もたれに両手をひっかけ、ぐいーっと伸びをする。

「ダンスレッスンに追われてるって話ですからわねえ」

「それ、それも意外。オリアナ以外の事で、あーんなしゃかりきになるなんて」

「それが、ダンスレッスンの出だし、オリアナが手伝ってたらしいよ」

「あ、それでか」

納得。と背筋を戻したエッダの目線の先で、ハイデマリーは難しい顔をしていた。

「でも……流石にこんな会えないの、絶対おかしいんだよね。タンザインさんの方、探ってみるか……。それより、エッダはどうなの」

「私?」

エプロンを着けたハイデマリーがエッダを見下ろす。

「ターキーさん。どんな感じなの?」

「めっちゃいい人。頑張って私の事好きになってくれて、好きにさせてくれるんだって」

「あんな無茶苦茶な告白の仕方したのに?? 神すぎんじゃん」

付き合い始めたばかりのデリクは、エッダには無い発想で、エッダの思いに真剣に向き合おうとしてくれている。

エッダは深く感心した。

兄姉と違い、科学者の娘のくせに全然頭も要領も良くないエッダは、幼い頃から雑に扱われることに慣れていた。そんなものだと思っていたし、その分自由にさせてくれる両親に感謝こそすれ、不満を抱いたことは無い。

けれど、デリクに向き合って貰って初めて、大切にされるということを知った気分だった。

父母が自分を大切にしていない、とは思っていない。でも「大切にしたい」と態度で表されることが、こんな風に自分に優しさと自信をもたらすものだと、エッダは知らなかった。

「好きにさせてくれる、って! 好きにさせてくれるって! きゃー! やーん! 羨ましいのですわー! すごい口説き文句じゃないのですかー!」

コンスタンツェが顔を赤くし、目を潤ませて喜んでいる。バシーン! バシーン! と、コンスタンツェの自慢の筋肉で、こねている生地が強く叩かれた。

「はぁ……青春。私もそんな素敵な青春を送りたい……」

「コンスタンツェ、急がないともう今年で卒業だけど」

「ふえーん。何故私には、素敵な恋人が出来ないんですのー!」

またコンスタンツェが生地を強くこね始めた。

コンスタンツェは第二クラスでもヤナの次ぐらいに美人なのだが、この性格と、この怪力で、多少男子に遠巻きにされている。

ヤリ目で手なんか出そうとすれば、破壊的な恋愛感情と、情熱的な怪力で身の破滅を招きそうだと怯えられているのだ。

「コンスタンツェって舞踏会、フェルベイラさんと行くんだよね?」

「そうなんですの。ノリで誘ったら、意外にもオーケーもらっちゃったんですのよ」

意外にも意外なことに、コンスタンツェのペアはあのミゲル・フェルベイラだった。

ヴィンセントと共に、オリアナによく会いに来る彼は、第二クラスの面々とも交流がある。ヴィンセントと同じく、ミゲルのペア枠もかなり競合したに違いないが、エッダの知らぬ間に、コンスタンツェはちゃっかりその座を手に入れていた。

「ノリであのフェルベイラさん誘えるコンスタンツェすごいわ……」

「ラッキーでしたわー」

驚きと呆れを滲ませハイデマリーが言うと、ふわふわとコンスタンツェが笑う。

「交際して欲しいともお伝えしたんですが、瞬殺でしたわ」

「え?! 展開早くない?!」

「兵は拙速を尊ぶと、お父様も常々言ってましたから」

友達がいつの間にか告白し、振られていたことにハイデマリーが呆然とした。振られた本人よりもショックを受けているハイデマリーに、コンスタンツェがまた笑っている。

「ねーコンスタンツェ」

「はいな」

「コンスタンツェは、フェルベイラさんが好きで告白したの?」

「こら、エッダ」

ハイデマリーがエッダを窘める。告白したのだから、好きなのは当然だと考えているハイデマリーに対し、エッダは告白したからと言って、好きとは限らないと思っている。エッダ自身がそうだったからだ。

だがもし好きなのであれば、どうすれば「好き」になれるのか聞こうとしたのだが、コンスタンツェは笑顔を浮かべたまま固まってしまった。

コンスタンツェはしばらく固まった後、そろそろと作業机に視線を戻した。

「お二人には、嘘をつきたくありませんわねぇ」

観念したように言う声は、いつものテンションが高いコンスタンツェとは、何処か違った。

「好きにはなれては、いませんでしたの」

強く叩きすぎて飛び散っていた生地を拾い集め、一つの塊にしようと、また手を動かし始める。

「……でも、好きになれたらいいなと思ってましたわ。フェルベイラさんはきっと、私の心が無いことくらい気付いていたんでしょうね。だから、瞬殺されちゃったのですわ。私が彼を好きだったら、きっと秒殺ぐらいには、手加減してくれたでしょうから」

ハイデマリーが眉根を寄せる。なんと言っていいか迷っているようだ。

「そっかー。じゃあ、コンスタンツェもまだ、好きな人っていないんだね」

エッダの言葉に、コンスタンツェが困った顔を浮かべた。「いいえ」という声が、少し掠れている。

「好きな人なら、いますのよ。その人を安心させたいから、他の男子を好きになりたいんですの」

およそ五年間寝食を共にしていたと言うのに、コンスタンツェの恋愛事情をエッダは初めて知った。難しい顔をするハイデマリーに気付かず、エッダは首を傾げた。

「え、なにそれ? 全然わかんない。パートナー、そっち誘えば良かったじゃん」

「拝み倒したって来てくれる方じゃありませんですの」

「でも好きなんでしょ? 告白しちゃえば? 彼氏になっちゃえば来てくれるだろうし」

「想いを告げるだけで、障りがある方なんですのよ」

つまり、デリクとは反対で、コンスタンツェの恋人として条件が合わない男なのだ。コンスタンツェの交友関係を思い出し、エッダはテンションを上げる。

「誰? 誰? フェルベイラさんでさえ好きになれないってことは、めっちゃいい男子なんでしょ? 貴族? それとももう、誰かの彼氏とか?」

エッダが椅子から立ち上がってコンスタンツェに近付こうとすると、ハイデマリーが両手を突き出して来た。その手は、小麦粉で真っ白である。

汚れたくないエッダは「うっ」と顔を顰めて立ち止まった。

「ほら。オーブンの順番きたみたいだし、こっちも焼くよ!」

「はーい」

「ちぇー」

いつの間にか、もう一組の子達がオーブンを使い終わっていたようだ。

エッダは再び席につく。先ほどの話題を忘れてしまったかのように、いつも通りのふやけた顔をして生地をのばすコンスタンツェを見つめた。