軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

107 : それはいわゆる、両片思い - 03 -

「……オリアナ?」

黙り込んだオリアナを心配したのか、ヴィンセントが地面に手をつく。片腕で体を支えたまま、オリアナの顔を覗き込んだ。

「どうかしたか?」

優しい声の誘惑に勝てず、オリアナは俯けていた顔を上げた。

金髪がさらりと揺れて、紫色の瞳がオリアナを真っ直ぐに見つめる。先ほど走ったせいで、ヴィンセントの額には汗が滲んでいた。

(なんでだろう。ぎゅって飛びつきたい)

わけのわからない衝動を堪えるために、オリアナはじっとヴィンセントの瞳を見つめた。ヴィンセントの瞳が困惑したように揺れる。

ヴィンセントがオリアナの目尻に向けて、手を伸ばす。

「……オリア――」

「ヴィンセント?」

かけられた声にハッと息を呑んだのは、オリアナでは無くヴィンセントだった。伸ばしかけた手を下ろし、立ち上がる。

「シャロンか。何か用事でも?」

そこにいたのはあの女生徒だった。彼らと同じ特待クラスで笑い合い、紫竜公爵夫妻とオペラ劇場の一等桟敷席にいた、あの女生徒。

シャロンという名前を初めて認識したオリアナは、座ったままなのも失礼かと思い、手を床に付く。

オリアナが立ち上がろうとした事に気付いたヴィンセントが、慌てて振り返った。

「無理しなくていい」

「もう大丈夫だって」

笑って言えば、控えめな笑みが返される。

オリアナとヴィンセントを見ていたシャロンが、ゆっくりと口を開いた。

「……ヴィンセントが、まだ寮に戻ってきていないと聞いたから心配で」

「子どもじゃないんだ。探し回る必要はない」

シャロンに向き直ったヴィンセントが、軽口を交えて言う。

その口調に、言い知れない親しさを感じて、オリアナは固まった。

「拗ねなくていいじゃない」

「拗ねているのは僕じゃないだろう」

「そうね。誰かさんを探し回ったおかげでくたくたよ。ヴィンセントはいつもそう。子どもの頃から変わらない。覚えてる? 貴方がいなくなって、屋敷のみんなで探していたのに貴方ってば――」

「その話は何度も聞かされたし、覚えている。蒸し返す必要は無い」

「そんなに恥ずかしがらなくてもいいじゃない」

シャロンの様子からするに、先ほどのヴィンセントの物言いはいつものことなのだろう。話題はいつの間にか、オリアナの知らない彼女達の昔話へと移っていた。疎外感に、両足を揃えて所在なく立ち尽くす。

(こんな口調で、しゃべられたことない。こんな話し方をするのは、ミゲルにだけかと思ってたのに……)

ミゲル以外の学友にも見せない悪態は、シャロンがヴィンセントにとって特別な存在だと主張しているようだった。

(もしかして)

オリアナは、いつかヴィンセントが好きな子について教えてくれたことを思い出していた。

『可愛い人だよ』

『そうでしょうね。あとは? あとは?』

『……同じ歳で』

『うんうん』

『……可愛い』

ヴィンセントがこのラーゲン魔法学校で自ら親しくしている女生徒は、オリアナの知る限り、オリアナとシャロンだけだ。

(ヴィンセントが好きな子が誰かなんて、詮索しようとも思ってもなかったのに)

半ば呆然とシャロンを見ていると、彼女がオリアナの視線に気付いた。

「……こんにちは。オリアナね。噂は聞いてるわ。――ヴィンセントの恋人なんですって?」

「いや、オリアナは友達だ。そういうのじゃない」

(そういうのじゃない)

わかっていたし、当然の反応だ。なのに何故かぎゅっと胸が痛くなる。

胸の痛みに泣きそうになったのを気取られぬよう、オリアナはにこりと微笑んだ。

「こんにちは。オリアナ・エルシャです」

「シャロン・ビーゼルよ。貴方がヴィンセントの恋人じゃなくてよかった。彼とは婚約してるの」

(――婚約?)

手を差し出したオリアナは驚いて固まった。咄嗟に引き戻そうとしてしまった手を、慌てて留めると、シャロンが笑顔で握り返してきた。

「 元(・) だ。オリアナ、彼女は従姉妹でね」

ヴィンセントが苦々しい顔をして言う。

(元婚約者……)

オリアナは唖然として、ヴィンセントの元婚約者というシャロンを見つめる。

『告白しないんですか?』

『……事情があってね。一度離れてしまったから、距離感を探ってるんだ』

同じ歳で、可愛くて可愛くて、両親に認められていて、特別な接し方をする、一度離れた女の子が今、オリアナの目の前にいる。

「不確かな情報を言いふらさないでほしい」

「言いふらしたりしてないわ。彼女に言ったのが初めてよ」

「尚、言う必要はない」

ぴしゃりと敷かれた境界線に、オリアナは足下がふらつきそうだった。

今ヴィンセントは、オリアナとシャロンを隔てた。

そしてヴィンセントの側にいたのは――当然のようにシャロンだった。

(友達の私じゃ、知る必要のない情報)

この胸の痛みがなんだったのか、オリアナは理解した。彼と親しげに話す女の子に――きっと彼が好きな女の子に――”お友達”と紹介されることが、何故こんなに苦しいのかも。

(住む世界が違うってわかったばかりなのに。恋愛感情は不必要だって言われたばかりなのに)

絶望に似た心地で、生まれたばかりの恋が死んでゆくのを、オリアナはじっと耐えて見送った。