軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

24 甘い理由①

ライラがユリウスと初めて出会ったあの夜会から、三ヶ月が経とうとしていた。

ほんのり夏の香りが残る季節はあっという間に落ち葉が庭を染める時季となり、そうこうしている間に冬の到来を告げようとしている。

今日の昼過ぎ、一ヶ月前に仕立屋に注文したユリウスの冬服が届いた。

サイズを調節するだけだった他の衣服はともかく、ライラがデザインを考案したワインレッドの礼服は思い描いていたとおりの仕上がりになり、ハンガーに吊されたそれを見るライラはうっとりしてしまう。

「これを着たユリウス様、絶対に素敵だわ……」

「それはそうでしょう。……では、衣服は私の方で片づけておきますので」

「ええ、よろしく。……あら?」

振り返ったライラは、足早に応接間を去ろうとしていたヴェルネリが、見覚えのない大きな箱を抱えていることに気付く。

(あの大きさは……女性のドレス用だ)

ということは。

「ヴェルネリ、その箱――」

「ライラ様、そろそろ生地が焼ける時間ですので、蒸留室にお越しください」

ヴェルネリを呼び止めようとしたら、ヘルカが声を掛けてきた。ライラがヴェルネリと一緒に冬服を確認する間、ヘルカにはオーブンの様子を見てもらっていたのだ。

(……まあ、ヴェルネリには後で聞けばいいよね)

まずは、生地の確認をしなければ。

蒸留室に入ると、甘い匂いがライラの鼻孔をくすぐる。ヘルカはオーブンの前でそわそわしながら待っており、ライラは微笑んだ。

「いい匂い。きっといい感じに膨らんでいるわ」

「焼き上がるまで決してオーブンの扉を開いてはいけないというのは、なかなかの苦行ですね……」

最近分かったのだが、ヘルカは余裕たっぷりの大人の女性といった雰囲気だが、あまり気が長い方ではない。ヴェルネリの嫌味に即座に反応するし、菓子の焼き上がりが待てずに今のようにそわそわすることも多い。

だがクールビューティーなヘルカが可愛らしいエプロンを身につけ、ちらちらとオーブンを眺める姿はなんとも可愛らしかった。

(前、それをヴェルネリに言ったら「おまえは馬鹿か」みたいな目で見られたんだよねー)

それは置いておいて。

ヘルカの持つ時計で焼き時間を確認し、両手にミトンを嵌めたライラはオーブンの扉を開いた。

黒い天板には、膨らんだ生地が五つ並んでいる。五つのうち残念ながら一つは不格好な形に膨らんでしまっているのでユリウスには提供できないが、失敗することも考えて作っているので、四個成功なら十分だ。

きれいに膨らんだ生地に切れ目を入れ、あらかじめ作っておいたクリームを中に挟む。

最後に粉砂糖をふるえば、シュークリームの完成だ。

「できましたね、ライラ様!」

「ええ、ヘルカがきちんと時間を計って見ていてくれたからよ」

「ふふ、ありがとうございます。……この形が崩れたものを、ヴェルネリに下賜すればいいですね」

「ま、まあそうね」

ユリウスは甘いものが好きだが、かといってティータイムのたびに大量の菓子を食べさせると体に悪いし、食事当番であるヴェルネリの雷が落ちる。

よって、きれいに焼けたシュークリームだがユリウスが食べていいのは二個まで。一つはユリウスと一緒にライラが食べ、残りの二つはヘルカとヴェルネリの毒味用だ。

(まあ、最近はヴェルネリも毒味に頓着しなくなったけれどね)

ライラがユリウスの食べ物に変なものを入れたりしないと信じることにしたようで、以前のように催促をしなくなり、「私は結構です」とつんとして言う始末。

だからといってヴェルネリ以外の三人で食べた日にはとても悲しそうに茶を淹れていたので、今では何も言われずともヴェルネリの分も準備するようにしていた。

ヘルカが魔法でシュークリームをほどよく冷まし、トレイに載せる。予定通りに焼き上がったので、午後のティータイムに提供できそうだ。

ヘルカとお喋りをしながら三階に上がると、ちょうど冬服の片づけを終えたらしいヴェルネリが廊下にいた。

彼はライラの手元を見ると、ふんっと尊大に鼻を鳴らす。

「今日の茶菓子は、シュークリームでしたか」

「ええ。もちろん、ヴェルネリの分もあるわ」

「形は崩れているけれどね」

「……ふ、ふん。甘いものは好きではないのですが……まあ、食べてもいいでしょう」

腕を組んでそっぽを向くヴェルネリだが、ちゃんと自分の分もあると分かって安心したように目尻を垂らしたのを、ライラは見逃さなかった。

ライラがにこにこ、ヘルカがにやにや笑っているのに耐えられなかったのか、ヴェルネリは唇を引き結ぶと、「茶の仕度をしてきます」と言って去っていった。

(前にヘルカが言っていたけれど、ただ単に素直になれない人なんだろうな)

ヘルカがユリウスの部屋のドアを開けてくれたので、一言断ってから入室する。

どうやらユリウスは手紙を読んでいたようで、ライラを見るとそれを置いて立ち上がった。

「いい匂い……今日の菓子は何だろう」

「ふふっ……ヒントは、三年前にユリウス様が召し上がった際、クリームをほっぺに付けてしまったお菓子です」

「……。……分かった、シュークリームだ!」

「正解です!」

二人でふふっと笑いあう。

前のメイドが残してくれた手製のレシピにはユリウスの反応がたくさん書き込まれており、三年前にシュークリームを作った際、ユリウスがとても喜んでくれたというメモを参考に作ったのだ。

ユリウスがソファに座ると、間もなくヴェルネリがティーセットを手に入ってくる。そうすると、毎日の習慣である午後のティータイムの始まりだ。

……ここまでは、一ヶ月前とほとんど変わらない。

だが。

「はい、ライラの特等席はここだからね」

そう言ってポンポンとユリウスが示すのは、彼の隣。元々二人掛け用のソファなので幅は十分にあるが、それでも並んで座るとなると腕が触れあってしまう。

バルトシェク家のパーティーに参加し、お互いの思いを伝えた夜。

あの日から、ユリウスはライラに対してかなり積極的になっていた。

「魔力が溜まるから」と言い訳しながら抱きしめる回数が多くなり、寝る前にお喋りをしたり簡単な魔法を見せてくれたりするようになった。

(朝起きた時も、前より密着している気がするし……)

今朝なんてライラが体が動かしにくいと感じながら目を覚ますと、ユリウスが片脚をライラの脚に絡めていたのだ。

抱きしめられるのはともかく、ここまで来ると拘束に近くて慌ててユリウスを起こしたのだが、朝に弱くて寝ぼけていたユリウスはますます強くライラを抱き込み、潰されるかと思った。