軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

85 カナルディア

リアド先輩のおかげ?で、問題なくおばちゃんから素材採取の依頼を受けて、保存ザックを借りた俺たちは、探索者御用達の宿に一泊し、まだ暗いうちに宿を出た。

借りたザックは俺とアルで一つずつ持った。

先輩は自前の籠を背負っていて、ココは地理研で開発した地図作成用の魔道具を入れたリュックを負っている。

夕飯は、宿に併設された食堂で、地の物を使った名物料理でも食べたかったのだが…

リアド先輩が『嫌な予感がするから止めておこう』なんて言うから、携帯非常固形食を齧った。

やましい事のない俺だが、誰よりも嫌な予感を感じていたので素直に従った。

というか、協会から多少腕に覚えが有りそうな連中が後をつけてきているのを、実は索敵魔法で捉えていた。

おばちゃんが大声出すから…

どのような御用件かは不明だが、君子危うきに近寄らず、というやつだ。

「さて、早速だけど森へ入るよ。

この季節は、普段はあまり警戒する必要のない、手強い魔物が何種類か出現するからね。

気を引き締めていくよ」

先輩は普段優しげな顔を引き締めた。

「ニャップの森で、警戒すべき魔物っていうと、子育て中のダンズタイガーと、発情期のリニューかな。

稜線には出るの?」

ココが流石の知識を発揮した。

ちなみにココは、随分と人見知りを克服してきた。

まだ積極的に人と話す、と言うほどではないが、狭い寮での集団生活や、地理研究部の部長を務め、否応なしに人とコミュニケーションを取っているのが理由の一つ。

もう一つは単純に、自信をつけている事が要因だろう。

Aクラスの生徒は皆そうだが、例えばココの場合、寮での自立した生活、坂道部、地理研究部の部活動に加えて、探索者活動をしながら、レベルの高い学園の授業についていっているのだ。

自分はこれだけやっている。

その自負があれば、人は他人の目などあまり気にならなくなるものだ。

さらに俺が、魔物関連を始めとした、ココの尋常ではない知識の深さを、事あるごとに褒めているので、クラスメイト達も明らかに一目置いていたりもする。

もっとも、俺に言わせると、それでもココの凄さがいまいち伝わりきっていないのが、口惜しい所ではあるが。

「へぇ〜ココ君偉いね。

昨日の今日で調べてきたのかい?

ちなみに、稜線を越える予定は無いよ。

わざわざ聞くって事は、この辺りの稜線には、この季節はワイバーンが餌を求めて飛来する危険がある事も、予習済みなのかな?」

稜線とは、山峰の峰と峰を繋ぐ線のことだ。

下から見て横に長い山脈の、頂上の線、つまり山を向こう側に越えるのかという質問だ。

「わざわざ調べなくても、ココの頭にはこの王国中の魔物の生態や分布がインプットされていますよ、先輩。

ココの実家はあの『カナルディア魔物大全』を編纂したカナルディア家ですからね」

先輩は笑顔でココに問いかけたが、代わりに俺が答えた。

流石にまだ自分の知識の深さを、胸を張って自慢するのはココには無理だろう。

「なるほど。

それは実に頼もしいね。

これは固定報酬が6万リアルでは、優秀な人材を安く買い叩いてしまったかもしれないね」

先輩はそう言って、ココにウィンクした。

「…まだ頭で知ってるだけの事も多いから。

自分の目で確かめて、ちゃんと生きた知識にするのが大事だと思う…

古い知識は、変わっている事も沢山あると思うし。

だから、今回は同行させてもらって、嬉しいです。

ありがとうございます」

ココは照れながらも、一生懸命自分の言葉で答えた。

ちなみにリニューは、オカピのように、体の下半分にだけ縦縞の入った、普段はほぼ草食の魔物だ。

通常は人を襲う事は滅多に無いが、発情期は気性が荒く、人間も襲う。

その速度は密林の中で時速60kmにも達すると言われており、一度標的にされてしまうと逃げ出すのは難しい。

俺たちは田舎道から森へと続く小道に入って、順調に奥へと進んだ。

昨日から後をつけてきている、中堅探索者の3人組は、あっという間に離されて索敵魔法の範囲外へと消えた。

最後のセリフはこんな感じだ。

『あのガキども、なんてペースだ!』

『くそぅ!ついてさえいければ、確実に美味しい素材がわんさかあるのに!』

『だめだ引き返そう!俺たちだけで今の時期のこの森は無理だ!』

『…おい、あそ…何か動い……か?』

『…うそだ…?』

『『逃げろー!』』

最後の方は聞こえにくかったが、逃げろのところだけは明瞭に聞こえた。

彼らの無事を祈るばかりだ。

途中から道と呼べる物は無くなって、鬱蒼とした密林をひたすらに進む。

俺たちは、先輩が懸念していた、手強い魔物と遭遇する事は無い。

ココが、リニューの残した蹄の跡やフン、ダンズタイガーが縄張りの境界線にある木につける爪痕などを抜かりなく発見して、危険を事前に察知しているからだ。

こう言うと簡単に聞こえるかも知れないが、それほど単純な話ではない。

「これもリニューのフン。

こうやってタンダの木の根元に固めてするのは、まだつがいになっていないメスかな。

臭いや柔らかさからして、3日は経ってる。

特に危険はないと思う」

そんな事を言いながら、平気な顔をしてフンを手で掴み臭いを嗅ぎ、感触を確かめる。

ただ本を読んだだけの俺には、どれもこれも草食系の動物のフンは、丸くコロコロしているだけで、同じにしか見えない。

現場探索に造詣の深い、リアド先輩ですら舌を巻いている。

ココは両親に連れられて、時には他領に遠征しながら、徹底的に現地調査を叩き込まれたそうだ。

加えてココの実家には、大全を編纂した時代から、カナルディア家が積み上げてきた日誌や精密な記録が、分量で言うと大全の50倍はあるそうだ。

例えば、ココに先程『なぜリニューの下半身は縦縞なのか?草食動物なのに目立っていいのか?』

なんて思いつきで聞いてみた。

すると、即座に『人の目には不自然に見えるけど、大体の魔物や動物は世界を白黒で見ていると言われている。

白黒だとあの模様は草地に紛れやすい。

森で暮らすリニューは、下半分が草地に、上半分は木に一体化する色と模様になっているみたい』、なんて、大全にも載っていないような知識が当然のように返ってくる。

カナルディア家の記録は、外に出せないような、不法行為に当たる調査日誌なども含まれているようで、門外不出の書のようだが、いつか実家に遊びに行って、何とか頼んで目を通させてもらおうと目論んでいる。

ちなみにカナルディア家は、30年に渡る調査記録を魔物大全に纏め上げた功で、宮中伯爵家、つまり領地を持たない爵位貴族となり、長らく王国の魔物対策関係の官職を務めていた。

だが、100年ほど前に政治闘争に敗れ、その際過去の不法調査の一部を敵陣営に暴露され、爵位を男爵にまで落とされて、僻地の王族直轄領で代官をしているらしい。

これだけの情熱を持っている一族を、100年も飼い殺しにするなど馬鹿げた話だ。

話が逸れたが、そんな訳で、ココの知識と、ついでに俺の索敵魔法をフル活用した俺たちは、最低限避けようのない魔物だけを片付けながらずんずん進んだ。

行き道に魔物を狩ったり、素材採取をしても、荷物になるだけだからだ。

ちなみに、すっかり存在を忘れそうになるアルも、少しは活躍した。

ココが糞を手で掴んだ後、手を洗う用の水を魔法で出したりしたのだ。

あまりに自分の存在が空気で、柄にもなく落ち込むアルを、優しい先輩はこんな感じで励ました。

『水属性持ちの魔法士は、探索者としてはとても貴重だよ。

水の補給は探索の生命線だから、アル君が居るのと居ないのじゃ行動の自由度が全然違う。

しかもアル君は剣も使えて、魔力が使えない場面でも戦えるし、このペースで山を歩いても平気なスタミナもある。

協会でパーティーへの加入を斡旋してもらったら、軽く百を超える勧誘があると思うよ』

根がポジティブなアルは、この先輩の励ましにすぐさま前を向いた。

流石先輩、できる男はパーティーのメンタルケアも抜かりがない。

まぁ、事実水魔法が使え、かつ動ける魔法士などその辺にいる訳がない。

すっかりいじられキャラが定着したが、他のパーティーから見たらアルも垂涎の金の卵だろう。

そうして俺たちは、夕方には目的地の滝へとたどり着いた。

密林の中、いきなり森が開け、眼前に現れた目的地、リプウプウ・ニャップの滝は、100m程の奥行きがある、なだらかな階段状の岸壁に、静々と水を湛える幻想的な滝だった。

滝のたもとには澄んだ直径15m程の泉が広がり、その水はいくつかの小さな流れに分かれて密林へと消えている。

「まさか今日中に、しかも明るいうちに着いちゃうとはね。

ココ君の博識さにも驚いたけど、アレンの索敵魔法も反則だね。

僕と以前採取に行った時は、確か索敵魔法を使っていなかったと記憶しているけど?」

「えぇ。

先輩が夜の森を灯りなしで歩いているのを見て、いつか習得したいなと思ってたんですよ。

たまたま師匠が索敵魔法が得意で、教えてもらったんです」

先輩は額を押さえて呆れた。

「それだけの精度の索敵魔法を、ほんの数ヶ月で身に付けたのかい?

本当に信じられない魔力操作のセンスだね…

さて、キャンプの準備をしようか。

苔の採取は明日の朝すれば十分だし、今日はもうゆっくり休もう。

歩き詰めだったから、お腹がペコペコだ」

「ええ、俺も流石に腹が減りました。

確かこの泉で魚を獲る予定ですよね?

釣り道具なんてありませんけど、どうやって獲るんです?」

「ふふっ。

アレンと2人なら、2人で音を立てながら端に追い込んで、身体強化を使って仕留めるつもりだったんだけどね。

どうしたって効率が悪いし、アル君が居るから、少し楽をさせてもらおう」

先輩はそう言ってにこりと笑った。