軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

314 コンビ

「ナタリア入ります! 地方都市ロブレスより騎士団に緊急討伐依頼が入りました。都市近郊のニャップの森に、あの『孤高のハンター』ジャルガーが現れた模様です」

「……なっ!」

「……何だと?」

入室してきた新人女性騎士の報告を受けて、スズナミとロジータは机上の地図へと素早く目を走らせた。

地方都市ロブレス。それは西ルーン山脈の東端で、多くの探索者が集まる街だ。

背後に抱えるダイヤルマック地方の大都市を支え、人間社会と西ルーン山脈の緩衝地帯もはたす。

「…………た、確かなのですか? ジャルガーは西ルーン山脈の奥深くで暮らす『孤高のハンター』。そこまで人里に近づく事は、余程な事がなければ無いはずですが……」

「要請によると、とある探索者がそれらしき個体と遭遇し、体毛を持ち帰った模様です。探索者協会での鑑定の結果、おそらくジャルガーのものに間違いないとの事です」

その報告を聞いて、ロジータははっきりと顔を曇らせた。

目撃情報だけなら見間違いという可能性は大いにあるが、体毛という証拠があるならば情報の確度は跳ね上がる。

何より、人里に近い山中に強力な魔物が現れた事ももちろん問題だが、もっと問題なのはそれほどの魔物を追いやるほどの異常が西ルーン山脈で発生している事が強く示唆される事だ。

人手がどうのと言っていられる状況ではない。

そのように考えながらロジータがスズナミを見ると、スズナミはすぐさま頷いた。

「……我々騎士団が動かざるを得んな。いたずらに軍や探索者を投入しても、被害は増える一方だろう」

「ええ。指定魔物災害にこそ登録されてはいませんが、ジャルガーの討伐ランクはSランク。むしろ一介の探索者があのジャルガーと遭遇して、よく生きて帰りましたね。その探索者の名前は報告がありましたか?」

「いえ、発見者の名前までは……。……あの、スズナミ軍団長。ロブレスへは私を派遣してもらえませんか? 皆ご自分の仕事をいくつも抱えていらっしゃいますし……早く強くなって、皆さんの役に立ちたいんです」

ナタリアは強い光をその目に宿して、そのように進言した。

彼女はこの春に騎士団へと入団し、新団員の合同初期訓練を終えて第六軍団へと配属されてきたばかりだ。

配属以来、主に伝令や哨戒、あるいは書類整理の任務に当たっており、まだ実戦らしい実戦は経験していない。

その間、先輩団員が目の回るような忙しさの中で活躍し、民に尊敬と畏怖を以て慕われているのを横目で見ていて、ナタリアは焦れていた。

加えて、仮団員の身でデュー・オーヴェルより様々な任務にアサインされ、その悉くに応えてきたアレンの噂話なども影響している。

「ふふ、やる気があるのはいい事だよナタリア。でも焦る必要はない。ナタリアは頑張っているし、新団員としては十分役立っている。そうだろ、ロジー?」

「ええ、スズナミ軍団長のいう通りです。ナタリアさんがやっている仕事は、騎士団の誰かがやらなくてはならない仕事です。あなたは仕事が早くて確実ですし、とても助かっていますよ?」

スズナミとロジータが諭すようにそう言うと、ナタリアは唇を噛んだ。

ナタリアにも分かっている。自分が特別冷遇されている訳ではないという事は。単にアレン・ロヴェーヌが特別なのだ。

だが……このまま言われた事を真面目にこなすだけで本当にいいのか。どうしようもなく開いていく差を、このまま漫然と受け入れて――。

そんなナタリアの内心の葛藤を見極めるように、スズナミが目を細める。

ナタリアは少しの間押し黙ったが、口を真一文字に結んだまま頷いた。

「分かりました……」

「ふっ。とはいえ、この緊急事態で人手が足りていないのも事実だ」

ナタリアが顔を上げると、スズナミは楽しげに目を細めて自分を見ている。

「このあとロジーを先行して現地に動かすが、今回の任務はきっと一筋縄ではいかない。ロジーをサポートする気の利いた人間が必要になるだろう。……頼めるか、ナタリア?」

スズナミが微笑を浮かべてナタリアに問うと、ナタリアは勢いよく頷いた。

「はい。はいっ!」

スズナミは一つ頷いてから椅子から立ち上がり、第六軍団のマントを着けて笑顔を消した。

「私は西ルーン山脈の北東側を守護する 第三軍団(デューのところ) と連携して、作戦立案並びに部隊編成に入る。ロジータ・ロレアート並びにナタリア・ドスペリオルの両名はロブレスへと前進せよ! 民の守護を最優先に、情報収集その他必要な任務にあたれ」

「「はっ!」」

ナタリアが出立の準備のために部屋を退出した後。

「……宜しいのですか、スズナミ軍団長。彼女、相当肩に力が入っていましたよ?」

ロジータに問われ、スズナミは笑った。

「あっはっは! ああそうだな。あの目は任務に入れ込みすぎては失敗してた、昔のロジーにそっくりだ」

スズナミがニヤニヤとそう言うと、ロジータは頬を膨らませた。

「そう思うなら煽らないで下さい。わざわざマントまで着けて……」

「ふふっ、私も学んだのさ。ロジーには口がくたびれるほど肩の力を抜けと言ったけど、全く効果がなかったからね。大丈夫、二人は全然違うタイプだけど、このペアはきっと上手くいく。ナタリアはもちろん、ロジーにとってもいい勉強になると思う。……彼女を頼んだよ?」

スズナミがそう言って片目を瞑ると、ロジータは小さくため息をついて答えた。

「……分かりました」

ロジータが頷くのを待って、スズナミは再度表情を引き締めた。

「気をつけてロジー。今回の件は、すでに後手を踏んでいる予感が拭えない。ここで手を打たなければ事態がどこまで悪化するか……。任せたよ?」

スズナミが真面目な顔でそう告げると、ロジータも表情を引き締めて部屋を出た。

「……ロジータ先輩は……ジャルガーと戦った経験はありますか?」

騎士団専用の魔導トラックの荷台でロブレスへと移動中、驚異的な集中力で魔力を溜め込んでいたナタリアは、ふと顔を上げてロジータへと声を掛けた。

その顔にはわずかな不安と、そして抑えきれない興奮が滲んでいる。

ジャルガーは、大型魔獣のるつぼと言われる西ルーン山脈にあって、その生態系の頂点に屹立するとされる種だ。

古来より強者の象徴として語られる事も多く、もちろんこれを討伐する事は武人としてこの上ない誉れと言える。

「……いいえありません。ですが……私たちの仕事はジャルガーを討伐する事ではありませんよ?」

ロジータがそう言うと、ナタリアは意外そうな顔をした。

「……あの『孤高のハンター』が人里の近くに出現したのに、討伐しないのですか? 探索者協会からも緊急討伐依頼が出ていますが……」

ロジータは苦笑した。

「討伐に当たるとしても、現に差し迫った脅威によって、民の生命が脅かされている時などに限ります。わざわざ森の中に探しに入るような事はしません」

「……私たちでは力不足、という事でしょうか?」

ナタリアに率直に問われ、ロジータはゆっくりと首を振った。

「私の専門職種は 斥候(スカウト) ですが、それでも森の中で『ハンター』の僅かな痕跡を追うのは大変です。今はそんな時間は有りません」

「でも…………いえ、分かりました」

なおも何かを言おうとして、自ら口をつぐんだナタリアを見て、ロジータは優しい声音で補足した。

「私たちはユグリア王国騎士団です。敵がいかに強大でも、護るべき者たちが後ろにいれば、立ち向かわなくてはなくてはなりません。力不足、などという言い訳は許されない。どんな手を使ってでも民を護る。それが王国騎士団員たる者の矜持です。ですが――」

今は他にやるべき事がある。そう告げるロジータの目を見て、ナタリアは息を呑んだ。

この人当たりの柔らかい、優秀だがいつもおっとりとしていてどこか頼りないイメージのロジータの身の内に、相当な覚悟が宿っている事を感じ取ったからだ。

ナタリアは素直に頷いた。

「……分かりましたロジータ先輩。では、我々は現地で何を?」

名門ドスペリオル家の、しかも宗家出身という事で、プライドが高いのではと予想していたロジータは、その素直さに少し驚いた。

「……そうですね、まずはロブレスを統治するトレガート伯爵に表敬し、情報の共有と併せて後方支援を依頼します。次に、スズナミ軍団長が編成して前進してくる作戦部隊を受け入れる拠点の設定。これはおそらくロブレス西の草原になるでしょう。それから万一の場合に備えて構築する防衛ラインの設定。必要な兵站の確保――」

騎士団専用の魔導車でロブレスへと移動中、ロジータがナタリアに行動計画を、流れるように説明していく。

王国騎士団員に与えられている権限は絶大だ。だがそれは、それだけ大きな責任を背負うという事の裏返しでもある。

「――以上です。何か質問はありますか?」

一通り説明を終えたロジータに問われ、ナタリアは舌を巻いた。

自分がジャルガーの事ばかりを考えていた間に、目の前の先輩は一体どれだけの思考を巡らせていたのだろうか。

その緻密な行動計画に内心では驚きながらも、ナタリアは根本的に気になった点を質問した。

「あの……スズナミ軍団長はこれから作戦を立案するっておっしゃってましたよね? ロブレスが集結拠点になるかも分からない中で、拠点や兵站まで手配するのは後々無駄になる可能性もあるのでは……?」

ロジータはあっさりと頷いた。

「確かにその可能性もあります。ですがロブレスに部隊が集結するのは、ほぼ間違いないでしょう」

ロジータはそう考える根拠を説明した。

理由の第一は、様々な情報から魔物の圧力が西から東に向いていると思われる事。

であればその流れに逆らう形……即ち東側から西に向けて部隊を入れないと、より圧力を強める事になりスタンピードなどの魔物災害を誘発するリスクが高い。

第二に、万一スタンピードが発生した場合、この街を越えてトレガート伯爵領へと魔物が殺到する事となるのが、もっとも被害が拡大する最悪のシナリオである事。

ここロブレスを中心に防衛ラインを築き、何としてもそのシナリオは避けなくてはならないだろう。

そして最後の根拠はスズナミが副官のロジータをここに派遣した事だ。

ならばロブレスが急所であり、かなめ。スズナミがそう予想しているというのが、ロジータの考えだ。

ナタリアはその練り上げられた行動計画はもちろん、意思決定のスピードと度胸に驚いた。

「分かりました。その……凄いですね、ロジータ先輩。大して打ち合わせをする時間もなかったはずなのに、スズナミ軍団長が考える事を手に取るように予想して、決めていく。とても先輩のように出来るようになる気がしません」

ナタリアに子供のような目で率直に賞賛されて、ロジータは気恥ずかしい気持ちを隠すように立ち上がった。

「……私も初めから出来たわけではありません。騎士団の皆の背中に憧れて、何度も失敗を繰り返して、少しずつ覚えてきました。……まだまだですけどね。さて、そろそろロブレスが見えてくる頃です」

荷台に掛けられた幌を捲り、立ち上がって前方へと視線を向ける。ナタリアもロジータに倣って、その隣に立った。

「なんだか、一雨きそうな雰囲気ですね。……頑張りましょう、ロジータ先輩」

湿気の籠った風が二人の髪を靡かせる。

遥かに続く雄大な西ルーン山脈の麓にある街、ロブレスを僅かに視界へ捉えたところで、ロジータは吹き抜ける風に違和感を覚えた。

その違和感は徐々に、だが確実に大きくなってくる。

そして……悪路を進む魔導トラックの振動とは明らかに異なる地の鳴動を感じた瞬間、ロジータは運転手に向かって叫んだ。

「……急いで……急いで下さいっ!」

「ろ、ロジータ先輩……これって……?」

少し遅れて異様な気配に気がついたナタリアが、上擦った声で問う。ロジータは唇を噛んだ。

「……先ほど私が述べた計画は、全て忘れてください。多くの民に、現に差し迫っていると思われる脅威への対処が最優先です」

やがてナタリアの耳にもはっきりと不気味な鳴き声と、地を揺らす振動が捉えられた。

「…… 魔物暴走(スタンピード) が発生しています……!」