軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

299 家庭教師のお仕事(2)

「ほんっと~うに、羨ましいわ、フェリアさん!」

「全くよ! まさか知り合いがあの『王立学園生による夏季集中家庭教師』に当選するだなんて! あれに当選するのは王立学園に合格するより難しい、だなんて言われてるのにっ!」

「私の知り合いなんて『抽選は形だけで当選者は全員サクラ、関係者から聞いた』、なんて断言してたわよ?」

「「これでカインちゃんは安泰ね~」」

このように紅茶を飲みながらオーラム家のリビングで鼻息を荒くしているのは、同じく今年子供の受験を控えているフェリアのママ友達三名だ。

「まだどこまで喜んでいいのか分かりませんわ。ほら、あの学園は天才しかいないって話ですし、教えるのが上手とは限りませんもの。費用の方も馬鹿にならないし……」

少しでも情報が欲しくてついうっかり王立学園に詳しいママ友に口を滑らせた事を少し後悔しながら、フェリアは不安げにそう言った。

夫はそれなりに稼いでいるとはいえ、十日間で五万リアルという価格は、はっきり言って身分不相応だ。

塾代が高い事で有名なロピックスでさえ、様々な諸経費を合わせても塾代は年間で一万リアル前後なのだ。

そもそも当たるはずがないと思っていたし、万一当選してもキャンセル可能と聞いていたので、深く考えずにダメ元で申し込んだのだ。

だが、子供の一生を左右すると言われる受験が目の前にあり、無理をすれば出せなくもない価格で、苦しんでいる息子を前にキャンセルなど出来るはずもない。

正直言って、費用対効果が悪すぎるであろう事はフェリアにも分かっている。

いくら優秀な人に教わっても、たった十日間でそれほど学力が伸びるなら苦労はないだろう。代わりに受験してくれるわけでは無いのだ。

だが……何かのきっかけさえあれば、カインには十分受かるポテンシャルはある。

親の贔屓目かも知れないが、そう信じているからこそフェリアはこの短期夏期講習費用を捻出するべく、夫を説得した。

歳の近い優秀な人材との接点は、そのきっかけになるかもしれないからと。

「……それで、なんて方が先生なの? 通知書はもう来たのでしょう?」

これが気になっていたのだろう。

王都の裏側で売買されているという、王立学園生の非公式ファンブックを抱えたママ友の一人に満を持して問われ、フェリアは一枚の紙を机上に置いた。費用を払い終わった後に、講師の名前や歳などの簡単な経歴が送られてきたものだ。

「ええ、二年Eクラス所属のトゥード・ムーンリットさんという方が先生よ。ドラグーン地方の子爵家出身のようね」

正直言って、フェリアはその経歴に落胆していた。王立学園の学科試験の最低ボーダーラインは、官経学院合格者の上位レベルと言われている。

戦闘実技と学科と魔力量がどう評価されて合格したのかは分からないが、もし戦闘実技や魔力量が秀でていたのだとすれば、学力部分はそれほどでもない可能性がある。

さらに田舎出身という事で、受験テクニックのようなものには疎い天才肌タイプの可能性も高い。

……せめてDクラス……いや、せめて三年生なら……。

「トゥード・ムーンリットさんですって!?」

内心ではそのように考えながらも、努めて平静を装いながらフェリアがトゥードの名を明かすと、ママ友の一人が驚愕の声を上げた。

「え……ええ。ご存知なの?」

「ご存知も何も、あああ、あのアレン・ロヴェーヌさんの親友じゃない! 確か王立学園で流行している一般寮での清貧修行は、アレンさんがトゥードさんとお二人で始めたって話よ!」

「私も聞いた事あるわ! 今王立学園で一、二を争うほど勢いのある部活動、魔導車部の初代部長を務めている方よ! タレント揃いの王立学園の現二年生世代に現れた注目の新星で、ドラグーン侯爵家当主のフェイルーン・フォン・ドラグーン様にもその実力は認められているらしいわ! 神引き……神引きよ、フェリアさん! 凄すぎるわ!」

大興奮のママ友達の話を聞いて、フェリアはごくりと唾を呑んだ。

魔力量的にカインは王立学園入試は視野に入らない。それもあって、フェリアは王立学園関連の情報には疎かった。

だがトゥードの名前は知らなくとも、貴官騎魔を目指してロピックスに通わせるほど教育に力を入れている家で、アレン・ロヴェーヌとその家庭教師の名前を知らぬ者はいないだろう。

あの王立学園入試で、不正無しで前代未聞の四科目不正判定を叩き出し、アレン・ロヴェーヌを不合格ラインから王立学園のAクラスに捻じ込んだ伝説の家庭教師、『常在戦場』ゾルド・バインフォースの名前を。

もしかしたらそのノウハウの一端を、アレン・ロヴェーヌを通じて間接的にトゥードも伝え聞いているかもしれない――

ドクン、ドクンと鼓動が速くなり、フェリアの頭が真っ白になる。

と、とにかく落ち着いて、目の前で勝手に大盛り上がりしているママ友達を早く宥めないと……などと考えていると、いきなり玄関のドアノッカーがガンガンと叩かれた。

「すみませーん、王立学園から参りました、トゥード・ムーンリットです」

「あら!? せ、先生がいらっしゃったわ。へ、変ね。約束は十三時からの筈ですのに」

時計を見ると時刻はまだ午前十一時だ。

「あら大変。どうぞ私達に構わず、お出迎えになって。先生をお通しになられたら、私達もお暇しますね。その……ご、ご挨拶だけさせていただいてもよろしくて?」

「え、ええ、申し訳ありません。カイン! 先生がいらっしゃったわよ! 降りてらっしゃい」

フェリアは席を辞して上階からカインを呼んで、慌てて玄関へと応対に出た。

すると、そこにはなぜか二人の少年が立っていた。うち一人、旅行者のように荷物を抱えた純朴そうな少年が口を開く。

「こんにちは、本日からお世話になる予定のトゥード・ムーンリットです。その……いきなりで申し訳ないのですが、身内に急病人が出まして……できれば四日ほど王都を空けたいと思っています。それで、事情を知った王立学園のAクラスに通う友人が不在中は代わりに講義をしてくれるというのですが……問題ありますでしょうか」

お……王立学園の、しかもAクラスに通う友人? ……まさか……いや、あり得ない。そんな事が、あり得るはずがない――

「…………そ、それは大変ですね。その、代理まで探してくださって、ありがとうございます。問題ありません」

フェリアがやっとの思いで頷いたのを確認して、トゥードがちらりと視線を送ると、隣の少年はずいと一歩前に出て、腰を六十度美しく折り曲げハキハキとした声で挨拶した。

「王立学園から参りました、アレン・ロヴェーヌと申します! よろしくお願いします!」

家の奥からガシャシャンシャンとティーカップが三つほど割れる音がした。

「すみませんね、約束の時間より早く来てしまいまして。トゥーちゃんの魔導列車の時間が迫っていたのですが、真面目だから自分の口から説明したいって。それに――」

そう言って、王国中……いや、大陸中にその名を轟かす少年は、提供した資料に目を通していた視線を一瞬上げてにやりと笑った。

「受験は戦争。一分一秒も無駄にしたくないですから」

再び目を落とし、提供した資料に信じがたいスピードで目を通していく。

資料が広げられたテーブルの脇に置かれているのは、戦場で兵士が食べる目的で開発された携帯非常固形食だ。

昼食を勧めたら準備してきたからと断られて、まるで定規で測るかのような慎重さで机上へと設置していた。

求められるままに提供した資料は、ロピックスなどでカインが受けた過去三年分の模試の結果その他だ。

ものの三十分で資料に目を通したアレンは、最後の資料をぱさりと置いてあっさりと言った。

「受験に絶対はありません。ありませんが……はっきり言って、私とトゥーちゃんが教えれば、カイン君なら楽勝です」

「本当ですか!?」

当然のようにアレンがそう宣言すると、フェリアは思わず叫んだ。

「よ、良かったわねぇ、フェリアさん」

「さ、流石すぎるわね」

「おお、おめでとう、フェリアさん」

ママ友達がフェリアに早くもお喜びを述べ始める。

つい先日、大陸中が激震するとある事件を引き起こした歩く号外輪転機の来訪に、彼女達は逃げるように座を辞そうとしたのだが、混乱して半泣きのフェリアに引き留められた。

アレンも、早く来たのは自分だしフェリアさんさえいいのであればどうぞごゆっくり、とか言ったので逃げ遅れ、猛獣の檻に入れられたような気持ちで震えながら相槌を打っている。

「ただしっ!」

「はいぃっ!」

アレンが声のボリュームを僅かに上げ人差し指を立てると、フェリアは思わず声を裏返した。

追加で五万リアルの幸福の壺を買えと言われれば、二つ返事で買ってしまいそうだ。

「お気づきだとは思いますが、その前に解決しなくてはならない問題が有ります。……それは多分、心の問題です」

アレンが淡々とそう言うと、フェリアはぐっと唇を噛んだ。

「や、やればできる子なんです。優秀で歳の近い先生に刺激されて、何かきっかけさえ掴めばきっと!」

涙ぐんでいるフェリアに、アレンは大いに頷いた。

「全くもって同感ですね。……少しカイン君と二人で話をさせて下さい」

そう言ってアレンがカインに優しく微笑みかけると、土色の顔で母の横に腰掛けていたカインは、魔族の祭壇に捧げられた子羊のごとく怯えた目をしていた。

「おっ! CF10か! いい 画像記録装置(カメラ) 持ってるな!」

かなり古い機種だが、一世を風靡した過去の名機だ。ココも初めて触ったカメラはこれだと言っていて、今でもたまに使っている。

「ご、ごめんなさい……」

俺がカインの子供部屋に入るなり目ざとくカメラを見つけてそう言うと、カインはなぜか謝った。

「?? なんで謝るんだ? うん、よく手入れされてる。カインは結構まめな性格してるんだな」

俺は嬉しくなった。物に思い入れを持って大切に扱う奴は好きだ。

「その……初めてロピックスでクラスが一組に上がった時に、中古で買ってもらったんです。でもお母さんには受験が終わるまでは勉強に集中しろって言われてるから……」

ふむ。

「まぁそれも間違いじゃない。問題は、どうすれば集中できるか、だけどな。へぇ~建築かぁ」

俺は本棚に挿さっていた写真集を無造作に抜き出し、ぱらぱらとめくった。

並んでいる背表紙を見るに、その写真集はどうやらシリーズ物で、世界の王宮、世界の遺跡、世界の寺院などから世界の図書館、なんて物まである。

「どうすればって、僕が頑張るしかないんじゃ……」

俺はつい苦笑した。

「そんな単純な話じゃない。どんなに一流の人間でも、心が乱れて集中できない、なんて事はいくらでもある。現にカインはいくら集中しろと言われても集中できなかったんだろ? もっと言うと、自分でも集中しなきゃ、集中したいと思っていてもできなかった。その原因を一緒に考えて、対策を考えるのが家庭教師の仕事だ」

俺がこう言うとカインは目をしばたたかせた。

「……勉強を……教えてくれるだけじゃないんですか?」

俺は首を横に振った。

「ただテキストの山を持ってきて、解き方を教えるだけでは塾と大差ないだろう。そんなものを家庭教師と俺は呼ばない。少なくとも俺の家庭教師はそうではなかった」

脳裏には幼い頃からのゾルドとの日々がある。もちろん勉強も教わったが、それだけでは無かった。

なぜ勉強する必要があるのか分からないとごねる俺に、粘り強く考えを伝えてくれた。

俺が少しでも興味を持つように、歴史の裏話や花鳥風月の楽しみ方を語ってくれた。

ゾルドはずっと俺の心に寄り添ってくれていた。

カインはピンとこない、だが話の続きに興味を持った顔をしたので、俺はにやりと笑ってその背中を叩いた。

口で伝えるよりも感じた方が早いだろう。

「……こんなに天気もいいのに家に閉じこもっているのはもったいないな。よしっ! カメラを持って外へ散歩に行こう!」

俺がそのように提案すると、カインは目を丸くした。

「ええ?! その……勉強しなくて良いんですか? 貴重な時間が……というか、カメラは受験が終わるまで使わないって決めてて……」

「中途半端に遠ざけても逆効果だ。それなら飽きるまで使うと決めた方がまだ前進している。話は外を歩きながらでも聞けるし、何なら勉強だって出来る。さぁ、カインの事をもっと教えてくれ!」

俺は唖然とするカインの背中を押しさっさと部屋を出て、リビングに『遊びに行ってきます!』と元気よく声を掛けてから晴天の王都へと繰り出した。