軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

297 誓い

「ちぃぃいいいっ!」

逃げようとする蝿の王に何とか喰らいつくように王に向かって必死に風魔法を伸ばした次の瞬間、俺の心臓はどくりと跳ねた。

意図した力を超える猛烈な魔力が、俺の身体から溢れ出したからだ。

おそらくジュエの支援魔法の効果だと思われるが……理由はわからないが、学園で合わせていた時とはまるで別物だ。

それは自身の魔力だと錯覚するほどの異次元の一体感と、恐怖を感じるほどの出力だった。

吹き荒れた猛烈な風は容易く王を捉え、その揚力を完全に打ち消した。

ベルゼバブルが俺の風の拘束から必死に逃れようと、半ば混乱したように必死に翅と魔力を暴れさせる。

「に、が、すかよっ!!!」

自分でも信じられない程の膨大な魔力を必死に制御しつつ、それを抑え込む。

真っ逆さまに落ちてくる王を、キアナさんが次々に放つ俺の風魔法で加速した大量の矢が貫いていく。

王が、その真紅の目に燃えるような憎悪を宿し、薄濁った紫の巨大な水魔法を構築し始める。

「……『受け』は任せろ、ダンテ。確実に決めろ」

「了解」

蝿の王は、みるみる内に落ちてくる。

だが……すでに構築が終わっているその魔法を中々射出しない。

「……まさか――」

「集中しろ、ダンテ」

「……了解」

脳裏に自爆攻撃の可能性が 過(よぎ) ったのか、ダンテさんが僅かに身じろぎしたところで 師匠(デュー) がそれを制す。

永遠とも思える数秒のチキンレースの末、蝿の王は不意に巨大な紫色の水弾を放った。

次の瞬間、微妙に射線から逸れた位置で構えていた師匠が身体強化魔法を全開にして跳ぶ。

「うぉぉおおお!」

師匠は、ここしかない、という絶妙なタイミングと角度で魔法に接し、渾身の一刀を振るって王が放った魔法の軌道をぎりぎり塔の屋上から逸らした。

物言わぬ王が墜ちてくる。

憎悪に燃える真紅の目を、真っ直ぐに俺へと向けて――

下段に大剣を構えて静かに魔力を練り上げていたダンテさんが、数秒後に落ちてきた王に向かって鬼神の如き一撃を繰り出し、王の右翅を根本から切り飛ばす。

俺は二人の動きに思わず感嘆の息を漏らした。

簡単にやっているように見えるが、あのクラスの魔力を保有する魔物を一刀の下に両断するのは尋常な能力ではない。

王国騎士団でもトップクラスの身体強化魔法の出力を誇るダンテさんが、濃密に練り上げた魔力を瞬間的に解放して引き出した火力を当てた結果だろう。

何よりあれだけ魔法の射出を引きつけられても冷静に、かつ針の穴を通すようなタイミングで魔法を防いだ師匠の技量も神業としか言いようがない。

一度似たような展開を王に躱されたとはいえ、絶対にしくじれない二回目で確実に決め切る辺りが流石はこの国でも指折りの実力者である二人という事だ。

勢い余って塔から転がり落ちた蝿の王は、左翅をばたつかせながら聖地の外へと向かって地を転がるようにして逃げ去ろうとする。

「追うぞダンテ! キアナさん、フォローを!」

「「了解!」」

すかさず師匠とダンテさんが追撃の態勢を取った所で、蝿の王の動きが止まる。

「逃す訳にはいかないねぇ。蝿の王様」

いつの間にか回り込んだパッチさんが行く手を阻んでいた。

その一呼吸の間にすぐさま追いついた師匠、ダンテさん、キアナさん、そして間もなく駆けつけたジャスティン先輩が申し合わせていたかのように包囲隊形を取る。

片翅を失い地に墜ちた蝿の王は暫く抵抗を見せたが、一糸乱れぬ連携を見せた五人の騎士団員によって程なく討伐された。

その目から光が落ち、蝿の王の討伐が完了した瞬間、眷属達は四方八方へと飛び去っていった。

あの中から、また長い時間をかけて別の王が生まれるのだろう。

ルナザルートを覆い尽くしていた灰色のヴェールが嘘のように晴れ、白んでいた空から朝日が昇る。

蝿の王の討伐を塔の屋上から見届けた俺は、流石に精魂尽き果ててその場にへたり込むように座った。

全てを出し切って、乗り越えた。そんな充足感から晴れやかな笑顔で振り返り――

「ふっ~、何とかなったなジュエ……ジュエリーさん?」

俺は愕然とした。

「はいっ。流石ですね、アレンさん! かっこよかったです!」

いやいや。

「……そ、その首についているチョーカーは……なぜそんな事になっているのかな?」

ジュエの首に嵌められたチョーカーに据えられた魔石は、なぜか禍々しい光を放っていた。

どう考えても、話に聞いていた『誓い』とやらが発動されている。

恐る恐る尋ねると、ジュエは一瞬きょとんとし、その後いつも通りくつくつと笑った。

「チョーカー? ああ。誓ったのですよ、アレンさん」

ジュエは事も無げにそんな事を言った。

「……い、一体何を、誰に誓ったのかな?」

「ふふっ。自分自身に誓ったのです。何を誓ったのかは……秘密です」

何やら楽しそうな、だがどこか強い覚悟を感じるジュエの目に嫌な予感をひしひしと感じた俺は、念のため尋ねた。

「……は、外せるよね? 王都に帰れば」

「さぁ、どうでしょう? まぁどちらでも構いませんが」

ジュエは首をことりと傾げ、他人事のようにそう言った。

いやいやいや……。

俺がそのあまりに軽い調子に唖然としていると、ジュエはくつくつと笑った。

「ふふっ。まぁあの方に嵌められたチョーカーをずっと着けておくのも癪ですし、王都に帰ったら専門機関で外してもらいましょう。外したところで自分自身への『生涯の誓い』は誤魔化しようがありませんけどねっ」

ジュエは屈託のない笑顔でそう言って、片目を瞑った。

しょしょしょ、生涯だと?!

いやいやいやいや!

ルナザルートの奥の院から北東に数百メートルの場所に、封蛇の大岩と呼ばれる岩がある。

その昔、聖者がその岩を以って妖蛇を封じたとされる曰くのある場所だ。

アレン達が蝿の王を討伐して間もなく。

その岩が音を立ててずれ、中から三人の男が出てきた。

いつの間にか塔から姿を消していたコルナールと、その側近達だ。

「……よもや、碌な準備もないあの状況で蝿の王を討伐するとはの。おかげで助かったわけじゃが」

コルナールが真に驚き入った表情で呟く。

「正に驚きで御座います。特に魔封じの錠を嵌められた状態でドゥリトルを屠り、王を空から引きずり落とした奴の風魔法は、何としても同志に知らせる必要が御座いますな」

「昇竜杯よりこちら、奴の情報は世界中の同胞が欲しております。皆様、コルナール様に感謝するでしょう」

側近達がそのように持ち上げても、コルナールの顔は苦々しい。

「……その代償は、余りに大きかったがのう」

計画ははっきりと杜撰だった。コルナールは少しでも綻びがあればすぐに計画を中止するつもりだった。

だが不気味な程にこちらの望む通りの展開へと進み、それでも油断なく完璧に罠へとかけたかに思えた。

あの状況からまさか全てを覆されるとは……。

憔悴したようにぽつりとそう言ったコルナールに、側近達が遠慮気味に言葉をかける。

「だ、大事の前の小事で御座います」

「その通りです。あのレッドとやらは当てずっぽうでコルナール様を組織の金づるなどと無礼な事を言っておりましたが、コルナール様は 歴(れっき) とした――」

「誰じゃ!」

と、そこでコルナールは側近の言葉を遮って杖を構えた。

と同時に、コルナールが杖を構えた方から何かが飛んでくる。

瞬時に側近がコルナールの前方へと割り込み、反射的に飛来物を切り捨てる。

「しまっ――」

飛んできたのはドルリアンの果実だった。

実が割れた途端、猛烈な臭気が辺りに爆発的に立ち込める。

「あ……がっ」

側近の二人は呻き声を上げて倒れるが、コルナールは咄嗟に自身を聖魔法で覆い、意識を繋ぎ止めた。

「……奴の仲間か。なぜここが分かった?」

コルナールが袖口で口を塞ぎながら問うと、その子供は今し方通ってきた隠し通路の出口を指差した。

「その封蛇の大岩。さっきまで蝿が集ってたし、最近一度ずらされた形跡もあった。予め確認したんでしょ? 万が一の時、聖地を捨てて逃げるための脱出路を」

ココが集めておいた果実をさらにもう一つ足元から拾い構えると、コルナールはじりと後ろに下がった。

ちなみにココは麻痺毒草を煎じて鼻に詰め、嗅覚を完全に殺してある。

『な、何だこの臭いは!』

『ぐおぉぉお! き、気をしっかり持ってゆっくり進め!』

今し方三人が通ってきた隠し通路から、レベランス家の騎士と思われる追っ手の声が響く。

コルナールは後ろにゆっくりと下がりながらココに問うた。

「……名を聞こうか、子供」

「……ココニアル・カナルディア。僕からもいい? アレンと敵対するのは、もう止めた方がいい」

「あの一族か……なるほどのう。……その名、覚えておこう」

コルナールはココの警告には答えず、仲間二人をその場に残し背後の森へと消えた。

固く閉ざされていた生誕の塔の正面扉が、内側から開かれる。

本来であれば終の行へと挑む者が出入りする時しか開かれる事のないその扉は、この聖地に住まう者にとって特別な意味を持つ。

「レン兄っ! お姉ちゃん!」

リーナの叫び声を聞いて、一斉に視線が正面扉へと注がれた。

果たして中から出てきたのは、たった今、蝿の王を討伐した英雄とは思えないほど難しい顔をしてよろよろと歩くアレンと、そのアレンを斜め後ろから 鬼子母神(きしもじん) のような奥深い微笑みで見つめるジュエだった。

「……おっと」

「あっ! 大丈夫ですか、アレンさん」

「持つよお姉ちゃん、そのスタッフ」

たった三段の階段を降りるのも儘ならないほどよろぼい歩くアレンをジュエが咄嗟に支えようとし、リーナがジュエの手からスタッフを受け取る。

「「ぉぉおぉおおっ!!!!」」

その姿を見た聖騎士と僧侶達がなぜか唸り声を上げ、誰からともなく一人、また一人と膝を折り始める。

その構図――苦難に立ち向かう英雄と、それを生涯支える事をチョーカーに誓う祈りの聖女、そして聖女が唯一従えたという 施食(せじき) の侍女の三人の構図――が、偶然にもハイドランジ家の創生神話を描いた有名な絵画、『誓い』そのものだったからだ。

数百人が一斉に罪人のように膝をつく様子を見たアレンは、白目になってその場に立ち尽くした。

どこからともなく日課である朝の祈りの声が上がり、その声が瞬く間に広がっていく。

祈りの声はすぐに荒れ狂う大波の如く怒涛の勢いとなった。

しばらく呆然と立ち尽くしていたアレンは、やがて右手で目元を覆うようにして天を仰ぎ、狂ったように笑い始めた。

「……くっくっく……ひゃーっはっはっはっ!」

どこからどう見てもとんでもない悪党だが、それでも祈りの声が止むことはない。

いや、アレンが笑えば笑うほど、その異様さが皆の畏怖の念を高めていく。

この日――

清浄なる聖地に響いた朝の祈りは、かつてないほどの連帯感と、世の安寧を願う祈念に溢れていた。

今日を境に聖地は、新ステライト教は、きっと生まれ変わる。

そんな予感を、誰もが胸に感じざるを得ないほどに。

「……くっくっく……ひゃーっはっはっはっ!」

弾けるように笑い出したアレンの横顔を、ジュエはその目に焼き付けていた。

これだけの大仕事を成し遂げ、世界中からこの聖地に集まった新ステライト教の聖騎士、高僧達からはっきりと畏敬の念を向けられているにも関わらず、手で覆われた顔は悲しみに歪んでいるようにすら見える。

ジュエは胸中に狂おしいほどの感情が溢れ、思わず首元のチョーカーに触れた。

ねえアレンさん――

貴方は一体、何と戦っているのですか?

時折りなさる、その『闇堕ちして魔族にいいように利用された挙句、ボロ雑巾のように捨てられた悲しき人間』の真似には、一体どんな意味が込められているのですか?

伺っても……やはり教えてはくれないのでしょうね。

それは貴方の優しさですか?

少し寂しいですが……でも良いのです。

私は誓いました。

貴方が護ろうとしているものが何であれ、私もそれを共に護ると。

たとえ世界中が貴方に牙を剥いたとしても、アレンさんの事はこのジュエリー・レベランスが護ると。

そう、誓ったのです。

――この初恋にかけて。

「ひゃーっはっはっはっ! ひゃーっはっはっはっ! ひゃーっ…………帰ろ」

アレンがポツリとそう言うと、ジュエは弾けるような笑顔になった。

「はいっ!」