軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

286 聖地・ルナザルート(3)

「はぁ~、はぁ~。…………間に合わなかったか」

目の前に現れたそこが目的地だと確信した俺は、呼吸を整えながら小さく舌打ちをした。

目的地へ到着したという事は、すでにジュエとリーナはあの中にいるという事だ。

元々か細い望みだったとはいえ、これで二人を奪還する難易度は格段に上がったと言えるだろう。

到着した聖地・ルナザルートは不思議な場所だった。

深く険しい天然林の只中に、いきなり植生の雰囲気が変わる窪地が現れる。

それまではいかにも肥沃そうな黒土の森だったのが、その窪地に入るといきなりごつごつとした岩石が混じり、雑草や低木が生えている原野となる。

そしてその原野の中心にある、岩石でできた小丘陵が聖地・ルナザルートだろう。

何の変哲もないなだらかな岩山の上に、いくつかの神殿のような建物が建てられているのが見えている。

まず異質なのは、この聖地はこれほどの山中にあるにも関わらず防御設備としては簡易的な土塀が設置されているに過ぎない、という事だ。

これでは魔物に対して余りにも無防備だが、多数の聖騎士が防備を敷いている様子もない。

そして……。

俺はこの聖地が発する重苦しい、だがどこか懐かしい空気に、つい顔を顰めた。

「……似てるな……お墓池に」

裏参道を駆け上っている最中から感じていたが、ここを漂う空気はロヴェーヌ領のとある池のほとり……先祖が祀られているお墓周辺の、不気味でどこか圧迫感のある空気とそっくりだ。

俺は普段、無意識下にやっている魔力の溜め戻しを意識的にやってみた。

やはり大気中の魔素が濃いのか、明らかに普段よりも効率的に取り込めているのが分かる。

こうした魔素の濃い場所を魔力溜まりという。

魔力溜まりは通常、魔力の回復は早まる半面、魔物を引き寄せる事で知られている。

だが、あのお墓池は魔物はおろか動物すらもほとんど近づかない。

俺には何となくその魔物たちの気持ちが分かる。

確かに魔力を使う負担が減って調子自体はよくなる。だが……なり過ぎる。

ある種の全能感とでも言おうか。不思議な高揚感に包まれ、好戦的で無謀を厭わない気持ちになってくる。

まるで魔素に自分を侵食され、別の誰かになり変わっていくような――

……話が逸れたが、この聖地もあのお墓池と同じように、魔物すら忌避する特異な性質を備えているという事だろう。

周辺の地形や地物の状況を頭に叩き込みながら、見回りの騎士に見つからないよう慎重に周囲をぐるりと回り様子を窺う。

聖地には南東と北西の二カ所に門が設置されていた。

南東にある表参道側の門には、いかにも権威を感じる華美な装飾などが施されていた。

逆に北西にある裏参道側の門は、極シンプルな木製だが造りはしっかりとしており、その 神錆(かむさ) びた色合いには長久の歴史を感じる。

古い時代には現在の裏参道側が正規ルートだったのかもしれないな。

土塀の近くには修行僧たちが生活するためと思しき宿舎っぽい建物が密集しており、その先にはいくつかの神殿らしきものが見える。

そしてその中心には、周囲を 睥睨(へいげい) するかのように古めかしい塔がある。

内部はなかなかに入り組んだ作りになっていそうだ。

「……さてどうするか」

普通に考えたらココとおやっさんが追いついてくるのを待って、三人で作戦を練るべきだろう。

だが時間を掛ければ掛けるほど、相手に万全の態勢を敷く余裕を与える事になる。

俺が全力で駆け上ってきた今なら、まだ相手も十分な準備が出来ていない可能性は十分ある。

おそらくココが到着するにはあと三時間前後、限界の近そうだったおやっさんは六時間はかかるだろう。

今しかないこのアドバンテージを活用すべきか……。

俺は必死に頭を回転させ、そしてふと今すぐ単独で忍び込む方向で考えている自分に気づき、苦笑して首を振った。

……いくら何でも無謀が過ぎるな。すでにこの地特有の空気に当てられているのかもしれない。

隠密で忍び込むにしても、せめてココが来るのを待って、ある程度の決め事をしてから入るのが妥当だろう。露見して厳戒態勢に入られた後では、内と外でコミュニケーションを取ることすら不可能になる。

ところが、俺が裏門の近くで潜みそのように結論を出そうとしたところで、聖騎士と思しき二人の門番がこんな会話を始めた。

「おい、聞いたか。さっき鬼門に三回目の荒行へ挑む一行が到着したってよ。ついてねぇなぁ、このタイミングで見張りに交代だなんて」

「本当か? 『終の行』に挑む者が出るのは確か……五年ぶりだな。どこの誰だ?」

「ドゥリトル大司教様だそうだ。幼少期から、 カーネリウス(教皇) 様が目を掛けておられたと評判の……」

「あぁ、四十歳手前にして二回目の荒行を終えられて、大司教にまで上られたあの才子か。確かここ数年はユグリア王国の王都大聖堂へ派遣されてて、この春に戻るって話だったが……帰ったその足で『終の行』に挑戦とは、やはり大したものだ。よほど高潔な精神をお持ちなのだろう」

「だろうな。……多分このまま塔へとお入りになるのだろう。……行入りの瞬間を見たかったなぁ。明日以降も朝の祈りでお見かけする機会はあるだろうが、塔の正面扉が開くのは『終の行』へ入られる時と、行を終えられて出てくる時だけだし」

どうやらドゥリトルとやらが到着したらしい。

表向きは何やら凄そうな修行に挑戦するという理由を付けて訪れたようだ。

「……少しだけ、様子を見に行くか? どうせ誰も来ないだろう」

いやいや……清廉で聞こえる聖騎士の名が泣くぞ?

ルールを意に介さない俺みたいな奴だなと、俺が門番Aに呆れていたら、流石は聖騎士様、もう一人の門番Bは制止した。

「おいおい、悪い奴だなぁ。だが流石にここを空けるわけにはいかんだろう。それで万が一魔物の侵入でも許したら大事だ」

だが門番Aは尚も諦めがつかないのか、ブツブツと小言を言った。

「だってよう、生きてるうちにあの扉が開いて塔の内部を見られる事なんて、もう無いかもしれないぞ? 俺の親父は、カーネリウス様が『終の行』を完遂された時、あの正面扉の外で出迎えたっていうのが一生の自慢だったんだ。いったい何度聞かされた事か、人生であれほど感動したことはないって」

そう言って門番Aは歯噛みした。

「…………全くしょうがないな。ここは俺が見ててやる。行ってこいよ」

「……いいのか?」

門番Bは鷹揚に頷いた。

「あぁ、パッといって、すぐに帰ってこいよ。誰か来たらトイレだって言っておいてやるから」

「す、すまん、恩に着る!」

門番Aがそう言って踵を返そうとすると、門番Bは首を振ってにやりと笑った。

「気にする必要はない。お前が帰ってきたら次は俺が見学に行くからな。順番だぞ?」

門番Bの悪い顔を見たAもまた、にやりと笑い、『ああ分かった』と言い残して今度こそ走り出した。

「……おい! 最後まで見ようだなんて思うなよ! 約束だぞ!」

「任せとけっ!」

「絶対だぞ!」

お約束通り何度も念押しするBに、Aは自信満々に返事をして走り去った。

「ぜはぁ~、ぜはぁ~。おうココ、待たせたな。思ったよりも体がなまってた…………レンの野郎はどうした?」

夜明けとともに待っていたココと合流したリンドは、レンの姿が見えないことに気がつきそう声を掛けた。

ココの顔が、どこか焦りに駆られているようにも見える点も気になる。

「いないんだ……。周辺も結構探したんだけど、どこにも」

「んだとっ! ……まさかあいつ、一人で?!」

ココは唇を噛んで首を振った。

「分からない。単独で忍び込むにしても、何か目印くらいは残すと思うんだけど……何も見当たらない」

「……まさか……とっ捕まっちまったってのか?」

「……それは……無いと思いたいけど……」

と、そこでリンドは何やら門の方が騒がしい事に気がついた。

「だから悪かったってっ! あまりにも感動的な光景で、気がついたら時間が――」

「謝る気ないだろう!? 全く、お前がいつまで経っても帰ってこないから、遠くからちらりとしか見えなかったのだからな! これでドゥリトル様が『終の行』を達成されなかったら一生恨むぞ!」

「ぷっ! 何だお前、ちらっと見に来たのか! じゃあいいじゃないか! いやぁ~あの人なら必ず達成するさ! なんせ体を纏う品格が違ったからなっ!」

「ち、ちっともよくない――」

「貴様ら……何をくっちゃべっとるかっ!」

と、そこで上官と思しき騎士が現れて門番の二人を一喝した。

二人は飛び上がるほど驚いた後に直立不動で敬礼をした。

「こ、これはエリアル隊長っ! 失礼しました!」

「まったく。……聖地内に賊が侵入した可能性がある。裏鬼門に異常はなかったか?」

「はっ? …………い、異常ありませんっ!」

隊長格の男が疑いの目で門番二人を見ながら尋ねると、門番の一人は即座に否定した。

「な、何かあったのですか?」

もう一人の門番が恐る恐ると言った様子で尋ねると、隊長格の男は首を振った。

「まだ分からん……が、朝の祈りに起きてこず熟睡しておった僧が同時に複数名出た。薬を盛られた可能性がある」

とそこへ、一人の聖騎士が慌てた様子で走り寄って来て声を張り上げた。

「大変ですっ! 苦難の神殿の周辺警備をしていた聖騎士が、原因不明の麻痺症状を起こして倒れているのが見つかりましたっ! この聖地内部で何者かが暗躍しているのはほぼ間違いないかと!」

離れた木陰で様子を伺っていたココとリンドは、思わず顔を見合わせた。

「……取り敢えず、まだ捕まってはないみたい」

「あの大馬鹿野郎が……」

報告を聞いた隊長は、怒りをありありとその顔に浮かべた。

「な、何だと?! おのれ……聖域を守護する聖騎士を害するとは、神をも恐れぬ不届者め……。修行僧の皆様に被害が及ぶ前にひっ捕えて、神への 贄(にえ) にしてくれるわっ!」

エリアルがそう言って息巻いた所で、さらに別の騎士が血相を変えて走り寄ってくる。

「エリアル隊長っ! 一大事でございます! 飢餓の神殿に何者かが侵入し、『次の行』を執り行っていたムーラン司教が……」

「し、司教がどうした?」

伝令はごくりと唾を飲み、その続きを精一杯の大声で口にした。

「ムーラン司教が、何者かに斬殺されましたっ!」

「……な…………なにーーっ!!」