軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

246 鬼ごっこ

俺の財布をすった 盗人(ぬすっと) 二人組は、視界から消えた後も速度を緩めず細い路地を右へ左へと走っていった。

「へっ! 絵に描いたような 田舎のボンボン(カモ) だったなポロ! 高ぇ金払って商業区に来た甲斐があるぜ!」

「あぁ、これだから昇竜杯の時期の商業区は止めらんねぇな、リゲル! 今年も外国からカモがネギ背負ってわんさか来てる。まるで宝の山だぜ!」

ふむ。このペースで走りながら無駄口を叩く余裕があるとは、ある程度は鍛えているようだ。探索者崩れのチンピラといったところか。

風が運んでくる会話から察するに、彼らは予想通り 隷属階級(一般庶民) 以下の身分のようだな。

帝国では上位カーストの身分を持たない人間が商業区などの上位区域へ入るには、決して安くない入場料を支払う必要がある。

金回りがよく多額の納税をしており、身元も協会によって担保されているCランク以上の探索者などは例外的に身分にかかわらず自由に行き来できるようだが、彼らはそういった特例からも漏れているようだ。

支配者階級に雇用されてこの商業区へと働きに来ている一般庶民であれば、雇用元が金を払って期間限定の身分証を発行しているはずなので、初めから観光客からの盗み目的でこの商業区に金を払って入場していたのだろう。

品のある上流階級の人々や観光客で盛況な 商業区(ここ) は、帝都のほんの一面に過ぎないというわけだ。

一キロメートルほど走ったかなという所で、二人が速度を緩めて次の獲物を探すなどと言い出したので、俺は彼らの後方にわざわざ飛び出して声を掛けた。

「おい待て! そこの二人!」

もちろん本気で捕まえようと思えば離れた場所から声を掛ける理由などないのだが、あっさり捕まえてしまったのでは迷子になるのも難しい。

できれば庶民が暮らすという一般居住区まで彼らを追いかけて、ごく自然な形であまり観光客が立ち入らない帝都の裏側へ入り観光したい。

勝手に行ってもいいのだが、どこで誰が見ているか分からないし、もう少し鬼ごっこを続けておいた方が無難だろう。

「ちっ! あいつ追いかけてきやがったぞ! 一旦分かれるか?」

「あぁ、いつものところで落ち合おう!」

二人組のうち、俺の財布を盗んだハンチング帽を目深に被ったポロと呼ばれた青年は、路地を曲がって視界から外れたところでもう一人の短髪に財布を投げ渡し、二手に分かれた。

迷わず財布を保持している短髪のリゲルとやらを追いかける。

「ちぃ! なんで俺の方を追いかけてくるんだよ!」

それは君が俺の財布を持っているからだ。

いくら犯人を捕まえても盗品が出てこなければ何とでも言い逃れができる。逆に俺の財布を所持している人間を押さえれば、言い逃れのしようがないだろう。

そんな風にして俺は、彼らとの距離を詰めすぎないように調整し、帝都商業区内を走った。

短髪のリゲルは、単純に脚力の差で引き離すのは無理だと判断したようだ。

観光客でごった返すカルドバの巨人階段を上り、エイブラムス百貨店を突き抜け、ディオスの泉を通り抜ける。

「なっ! 振り切れなかったのかリゲル!」

予め合流地点を決めていたのだろう。

商業区にある水道橋の高架下で待っていたハンチング帽子は、短髪の後方に俺の姿を認めて驚愕の声を上げた。

「あぁ! 足が速え!」

「しょうがねぇ、入場料は惜しいが一般居住区へ逃げよう」

商業区内をぐるぐる回っていた二人は、恐らく一般居住区とやらの境目となっている水道橋の外側に飛び出した。

上位の区画へ入るには審査や身分証のチェックがあるが、出る分、即ち中心にある貴族区から遠ざかる方向に区画を跨ぐのは自由だ。

一般居住区へと入ると格段に人の数が増え、街もいきなりごちゃごちゃ雑然としてきた。

「はぁはぁ、ほんとにしつけぇ野郎だ! いくら入ってんだ、そのボロ財布に!」

「だめだ、やっぱり解けねぇ! 相当な年季物だし、もしかしたら特殊な魔道具なんじゃねぇか?!」

その財布は子供の頃に譲ってもらったただの兄貴のお古だが、すられる前に財布の紐をダンに教えてもらった特殊な結び方でガチガチに締めてある。

コツを知っていたらすぐ解けるが、知らなければ走りながら財布を開くのは無理だろう。

簡単に 開(ひら) けると、中身だけ抜かれて 窃盗の証拠(財布) を捨てられるのは目に見えているからな。

短髪とハンチングは別れたり再合流したりしながら、人でごった返す市場を通り抜けたり、民家の屋根の上を走ったりと、地元ならではの縦横無尽な逃走ルートを選んでいく。

だが、王都の東側で配達の仕事などを手伝いながら、こうした裏道を通る 術(すべ) をりんごの子供達に鍛えてもらった俺からすれば、別にどうという事はない。

むしろ一般居住区の裏の裏側まで地元民に案内してもらっているようなものでわくわくする。

そんな調子で一般居住区を散々走ったあと、さらにその先にある区画を分けるゲートらしき門をくぐって、二人組は勝ち誇るようにこんな捨て台詞を吐いた。

「ぜぇぜぇ。残念だったな、間抜け! ここから先は泣く子も黙るオリンパスの 貧民街(スラム) だ。てめぇみたいな小綺麗なよそ 者(もん) がうろついてたら、あっという間に身ぐるみを剥がされてぶっ殺されるだろうよ。命が惜しければ諦めな、ひゃははははっ!」

オリンパスのスラムは、相当治安が悪い事で有名だ。

そこに暮らす人間は隷属階級よりも下、すなわち帝国民として認知されてすらいない人間が中心のため、区画がほぼ治外法権のような状況との事だ。

ガイドブックには『決して観光客は近づいてはならない』と書かれているだけで、もちろん詳しい情報は何も載っていない。

だが俺は迷わずゲートを潜った。

「……まじかよてめぇ! ぼんぼんのくせに命が惜しくねぇのか!」

「はぁはぁ、畜生、このぼろくさい財布にいったいいくら入っていやがんだ!?」

二人は驚愕しているが、あの厄介なカエル共の巣窟を一人で突破させられたばかりだからな。

さらに普段から王都のスラムを歩いている俺が、躊躇する理由はない。

本当に怖いのはスラムの住人ではなく、貴族街でふんぞり返っている人間だし。

むしろスラムに入ってしまいさえすれば、そうした本当の敵が俺の足取りを追うのはより難しくなるだろう。

狙ったわけではないが、昇竜杯まで確実に自由を確保出来そうな展開に俺が思わずにやりとほくそ笑むと、二人は気味が悪そうに怯えた表情を浮かべた。

ポロとリゲルは訳がわからなかった。

いかにも仕立てのいい洋服に身を包んでいたお上り観光客の一人から、一瞬の隙をついて財布をすり盗った。

そこまでは計算通りだったのだが、そのお上り観光客の追跡は異常なほどにしつこかった。

追いかけてくるだけでも意外だったのに、地元民である自分たちが全力で駆けても全く引き離せない。

身を潜めても立ち所に発見される。

盗品の所持者をこっそり入れ替えても、不思議なほど確実に現物を持っている方を見極めて追いかけてくる。

にもかかわらず、なぜか追いつかれはしないのだ。

例えば区画のゲートを守っている警備に制止を求める事もしない。

ただ淡々と、表情一つ変えずに追跡してくる。

いや、何ならまるでお上り観光客のように緊張感のない顔で周囲の景観に目を細めているようにすら見える。

二人は狩人に追い立てられた小鹿のような心境で貧民街へと逃げ込んだ。

これで何とか振り切ったと思ったのだが、なんとそのクソガキは迷う事なく貧民街にまで入ってきた。

そして初めてはっきりとこちらに目を合わせ、口元に冷笑を浮かべた。

それを見たリゲルの背中はぶるりと震えた。

何かの罠に嵌められたのだと、狩人に狙われていたのは自分達だったのだと、はっきりと悟った。

「だめだポロ! あいつやべぇぞ! 笑ってやがる! 獲物は諦めよう、殺されちまう!」

「はぁはぁ、んだとぉ……ちくしょう、商業区の入場料に来月の稼ぎを前借りしてんだ! ここでこの財布を諦めたら大赤字だぞ? 下手したら『悪童』と『怪童』に殺されちまう!」

「今死ぬよりはましだろ!? 捨てろ!」

「……分かっ――」

ポロが一瞬逡巡して、袂から財布を取り出し遠くへ投げようとしたその瞬間、狙いすましていたかのように、追跡者は風のように加速し、その手から財布を掠め取った。

そのまま二人の前方へと立ち塞がり、楽しそうに振り返る。

「「ひいぃ!」」

取り返そうと思えばいつでも取り返せたのだ。

だが敢えて泳がされて、この人気のないスラムにまで追い込まれた。

一体何のために――

追跡者は悠然と近づいてくる。

逃げ出したいが、足がすくんで動かない。何より彼我の実力差は歴然で、相手が殺す気なら逃げ出す事は不可能だろう。

「どうも案内ありがとう。ポロ君、リゲル君。とても刺激的だった」

なぜかこちらの名を知っている追跡者はそう言って、どうやっても解けなかった財布の紐を手品のようにするりと解いた。

「……盗みは止めた方がいい。癖になると止められないし、止められないといつか必ず身を滅ぼす。代わりと言っちゃ何だが――」

追跡者はそう言って、無邪気とも取れる笑顔を浮かべ、眩いほどに輝いているユグリア王国の大金貨を一枚取り出し、ポロの手に握らせた。

「案内してくれないか? 裏の帝都を――」

そう言って笑う子供のような笑顔には、深い狂気が滲んでいるように見えた。