軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

238 遺跡(7)

シュタインベルグ出現に関する対策本部が設置されたエリア25は、エリア81へと続く採掘現場の上層にあり、露天掘りされていた野外採石場だ。

すでに採石場としては掘り尽くされており、なだらかな山肌がお椀型に削られ、植生が無いため十分な人数を収容できる広さがある。

あれだけの巨体に成長した魔物が存在するからには、出入り口が一つとは考え難い。

周辺に点在する火山湖の底などとエリア81の地底湖が繋がっており、今回の戦闘を契機に行動パターンが変わり、人里に出てくる事も十分考えられる。

その為、その上層に位置するこのエリア25を対策本部として、水辺を中心に厳重に警戒線が引かれているのだ。

「合図が……中から合図がありました! シュタインベルグの討伐が完了した模様!」

中から伝令によって伝えられた、待ちに待ったその報告に、 エリア25(対策本部) は沸き立った。

危惧していた通り、シュタインベルグはまず初めに出入り口を潰しにきた。

その場合、中から討伐完了の合図があるまで待機する事になっている。

すぐに開通工事をするのは危険な上に、無理して開通してもすぐ潰されてはイタチごっこになるからだ。

祈るような気持ちで待つ事、四時間半。

エリア81の出入り口付近に設置されたブランカ特製の集音装置が、討伐完了を意味する『コンコーン、コンコーン』という特定のリズムで繰り返し鉄を合わせるような音を捉えた。

「やれやれ、ようやくかい……。だが……流石は王国騎士団だね」

メリアがほっと安堵の息を吐いて、ちらりと隣の孫娘を見る。

「そうだね、おばあさま……。広さのない、硬い岩盤層で討伐戦が出来たのは……運が良かった……」

フェイは無難にそう答えたが、普段ならば考えられないほど目に力がなく、気もそぞろといった雰囲気だ。

……『最終確認』が取られる前に再び出入り口が塞がれたため、確報はない。

だがアレンが一人閉じ込められた際の状況、突入直後の第一報からして、生存は絶望的と言っていいだろう。

メリアはフェイの心中を推し量って、何と言葉をかけようか

悩んだが、結局掛ける言葉は見当たらなかった。

「……さぁ開通工事を急ぎな! ドラグレイドを救った 英雄(・・) が、首を長くして待ってるよ!」

メリアがそう濁声を張り上げると、探索者及び坑夫達は声を張り上げた。

「おっしゃ〜! 任せとけ!」

「待ってろよ、『狂犬』! 戻ったら俺がドラグレイド流の酒の飲み方教えてやる!」

「だっはっは! 止めとけ、死んじまうぞ!」

探索者達が次々に腹から陽気な声を出して、全員がアレンの生存を前提とした、前向きな言葉を発する。

だがその目の奥には、一様に不安の色が滲んでいる。

「……ここは任せていいかな、お婆様? 僕は……アレンを迎えに行ってくる」

メリアが頷くと、フェイは急遽設えられた本部の安っぽい椅子から立ち上がった。

「……全く心配で胸が潰れそうだよ、アレン。……でも――信じてる」

「ぜぇ、ぜぇ、いい加減にしろよ、このクソガエル共!」

炭塵(たんじん) が舞う坑内を走り回らされて、スタミナには自信のある俺も流石に息が上がってきた。

カエル共はそこかしこにある空洞から、俺を嬲るように次々と飛び出してくる。

奴らは完全に地形が頭に入っているようだ。

奴らが好きそうなハエなどの虫がそこかしこに飛んでいるので、元々こいつらの餌場なのだろう。

何とか振り切りたいのだが、包囲に隙のある方向に走ると決まって広い空間があり、嫌な雰囲気を醸し出している。

恐らく……いや、間違いなくあのデカブツが待ち構えているだろう。

カエル共に一泡吹かせられる反撃の手も思いついていない訳では無いのだが、考え無しに あの手(・・・) を使うと下手をすると自爆するし、上手くいってもその後の展開がやばい。やばすぎる。

……出来れば使いたくない。

そもそも、最低でも位置関係だけは押さえなければ――

「うおっ!」

逆転の奥の手を使い、且つ自分も生き残れる条件を何とか満たす方法を考えながら濁った泉の横を不用意に通過した俺に向かって、風魔法の死角である水中から固有種のものと思われる シュタインフロッシュ(小ガエル) の舌が伸びてきて、俺のダガーを持つ右腕を捉える。

何とか泉に引き込まれないように踏ん張りながら、左手で拘束されている舌を掴んで高速乾燥させ、拘束が緩んだところで舌を切り飛ばす。

だが気圧操作系の魔法はまだまだ改良中で、魔力の消費が激しい。

足元がぐらりと揺れ、自分の魔力残量が残り少ないことを感覚的に察する。

そして拘束された一瞬のタイムロス。

その隙を待っていたかのように、カエル共が殺到してくる。

「ちぃっ!」

後手を踏まされた俺は、いきなり生死を分ける窮地へと陥った。

やはり矢筒を失ったのが痛い。

あの時は他にどうしようもなかったと思うが、近接戦闘だけでこの場を切り抜けるには、明らかに火力不足だ。

このままではいずれ限界が来て、最後の賭けに出る余力すら無くなる。

「ごほっごほっ。やるしかない……!」

近寄らないようにしていたこの階層の中心部にある広いスペースの近くの坑道を、シュタインベルグの舌の間合いに注意しながら強引に突破し、風上側、入り組んだ坑道が一纏めになっていて次のフロアへと続いている傾斜のある通路へと走り込む。

瞬間、背後からズンッと重量感のある音がして、あの大蛇のような舌が一直線に伸びてくる。

その舌はギリギリ間合いの外へと飛び出した俺の目と鼻の先で停止して、口惜しそうに蠢いた後に同じ速さでどうと引っ込められた。

急いで立ちあがろうとする俺に上下左右からカエルどもが殺到して、狙い澄ましたように四肢を舌で拘束して磔にされた人間のようにしようとしてくる。

だが俺は風魔法で上から風と共に新たに流れてくる炭塵を堰き止め、周辺の炭塵を全て風下側にいるデカブツの方へと吹き飛ばす作業を優先した。

比較的拘束力の弱い左手を、強引に水の入った革袋へと伸ばす。

「 フォギーフォレスト(霧の森) 」

革袋の中の水が一気に気化され、濃密な霧のカーテンが通路を包む。

サトワからの依頼を受けて勉強した本によると、魔炭鉱には爆発事故の延焼を防ぐため、『水棚』と呼ばれる防火装置が設置されているそうだ。

万が一爆発が発生したとき、衝撃で棚が倒れて中の水が溢れる事で空気中を漂う炭塵の密度を下げ、いわゆる 粉塵爆発(ふんじんばくはつ) の発生条件を満たさなくする事で、被害範囲の拡大を防ぐ仕組みだそうだ。

フォギーフォレストにどれほど効果があるかは不明だが、何もしないよりはマシだろう。

間髪容れずに、予め火種用の麻紐を握り込んでおいた右手の中の空気を急激に加圧する。

残存魔力がキツくて思わず苦悶の声が漏れる。

「ぐうぅぅうっ! イグニッション(着火) 」

俺の操作する静かな風に乗って、開かれた手の平から火のついた麻紐がひらひらと飛んでいく。

視覚は完全に塞いでいるのだが、恨めしげに俺を睨みつけているシュタインベルグと、目が合っているような気がした。

「…………じゃあな、クソガエル。永遠に寝てろ、この地の底で」

最後の魔力を絞り出すようにして、四肢を拘束する小ガエルを引きずったまま上層へと上がり死角へと飛び込む。

俺が風魔法で掃除した範囲を過ぎ、火の付いた麻紐が魔炭鉱特有の炭塵……恐ろしく 易燃性(いねんせい) の高い粉塵が漂う区画へと接触した瞬間――

もの凄い衝撃波が死角に隠れていた俺を吹き飛ばし、一瞬遅れて耳をつんざく大音響が轟き、俺の鼓膜を突き破った。

エリア81の再開通作業は予定より遅れていた。

突如として強い地揺れが発生し、作業員が一時総員退避したからだ。

集音器で拾った音によると、近くの鉱山遺跡かどこかで大規模な崩落が発生した模様だ。

小規模な揺れが断続的に続く中、作業を再開する。

決死の開通工事の末に、三たびエリア81への道が開かれる。

そこには――

伝説の魔物を討伐した英雄達とは思えない、固い表情をした満身創痍の王国騎士団員五名。

そしてサトワやイグニス、ディオといった選び抜かれた上位探索者達。

その沈鬱な表情を見た時、フェイは、そしてパーリや坑夫達は否が応でも理解させられた。

また一人、帰らぬ英雄が生まれてしまった事を。

太陽が眩しい。

新鮮な春の風が、ベタついた汗を優しく吹き流していく。

地の底から生還を果たし、再び太陽を拝めた安堵の気持ちを噛み締めていた俺は、何やら大声で軍人さんに詰問された。

「おい、ルートゼニア鉱山遺跡から人が出てきたぞ! どういう事だ? おい君、こんな所で何をしている?! ここは何日も前から立ち入り禁止になっているぞ!」

だが鼓膜が破れてるのか、耳の中でザーザーと大雨でも降っているような音が響き、はっきりとは聞き取れない。

「えーっとすみません、遺跡の中で迷子になってたら何やら爆発が起きて、鼓膜が破れちゃったみたいで」

当てずっぽうでそう答えると、軍人さんは優しく笑って頭を撫で、回復魔法薬をくれた。

俺も少量は保持していたが、とっくに使い切っていたからな……。

「ありがとうございます、ずいぶん楽になりました。耳もまだ完璧ではありませんが、幾分聞こえるようになりました」

俺がそのように丁寧に礼を言うと、面倒見の良さそうな軍人さんはこれから最寄りの村まで行くので、ついでに送っていこうかと提案してくれた。

「いえ、遠慮しておきます。知り合いが心配してると思いますので、まずそっちに無事を知らせないと……ずっと迷子だったので」

「それはそうだな。……さっきも言った通り、危険な魔物の出現情報があるみたいだ。今は俺たち軍が周辺を警戒しながら王国騎士団が討伐に当たってるって話だから、大丈夫だとは思うが……念のため遺跡や湖には近づかないようにな。あ、俺の安物の薬だけじゃ完璧には治らないから、ちゃんと治療受けろよ!」

ふむ。葬式にでもなってたら気まずいなと思っていたが、まずはあの化け物の討伐を優先しているのか。まあ考えてみれば当然か。

とはいえ、ディオやパーリ君は流石に心配しているだろう。

今すぐ宿に帰って昼寝をしたい心境だが、取り敢えず生存の報告をしておいた方がいいか……。

パーリは気丈に振る舞うフェイを見ていられなくなって、一旦報告のために対策本部へと帰還した。

自分がいたら、フェイ様は泣きたくても泣けないだろう――

何となく、そう思ったからもある。

一足先に外へと出て、メリアに悲報を伝える。

メリアはパーリの報告を静かに聞き、小さく息を吐いた後、パーリの肩を強く叩いた。

「……辛気臭い顔をするんじゃないよ、パーリ。どんなに悲しんでも、死んでしまった人間は決して帰らない。……決っしてね。私ら残されたものに出来るのは、先に逝った者の想いを引き継ぐ事さ。…………お前は、アレン・ロヴェーヌから何の想いも受け取っていないのかい?」

メリアにそう問われると、パーリの脳裏にはアレンとの思い出が次々に去来した。

およそ一年前、彗星のように突如現れたアレン。

初めはその非常識で、分をわきまえない言動が大嫌いだった。

だが同じ学園で学び、一般寮で寝食を共にするうちに、アレンには確固たる信念があるだけだと気がついた。

普通は諦めて現実と折り合いをつけるべき所でも、決して信念を曲げず、不合理な現実を一つずつ覆していく強さがあった。

そして意固地になり、つっけんどんな態度を取ってしまう自分。

今思えば、そんな自分にも常にフラットに、いつでも対話の窓を開けてくれていた。

アレンが最後に自分へ掛けてくれた言葉が心を揺する。

『その眠っている才能はきっと開く。そうすればパーリ君は、ディオよりも遥かに強くなる。俺はそう考えています』

『この二つ名には、パーリはいつかその『鋼鉄の意志』をもって、『山をも貫く』ほどすげぇ男になるって想いが込められてんだってよ』

パーリの頬に涙が伝う。

「う……受け取ってます。大事な物を……俺はあいつから沢山受け取って――」

「……叱られたくらいで泣くなよ、パーリ君……」

アレンにそう言われた気がして、パーリは天に向かって答えた。

「あぁ……あぁ分かってるさ。お前の分まで、俺は強くなるぅぅぅうう?」