軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

200 晩餐会(7)

俺が王立学園入試に向けて王都へと旅立つ数日前。

親父と長兄のグリム 兄(にい) が王都から帰還して、夕食を共にした。

アルコールの魔力分解が不得手な親父は、早々に酔っ払ってうざ絡みした挙句に、旅の疲れもあってか先に休んだ。

俺も自室に下がろうとしたのだが、グリムに声をかけられた。

『本当に、見違えるほどしっかりしたね、アレン。

……プレッシャーをかけるつもりはないのだけれど、今のアレンならあの王立学園入試も突破しそうな気がするよ。兄バカかな?』

グリムは、にこにこと嬉しそうに微笑んだ。

『……そうだね。親父には言わなかったけど……正直言って、受かると思っているよ』

俺が淡々とそう告げると、グリムは一瞬目を丸くしてから吹き出した。

『ふふっ。頼もしいね。

…………一つ聞いてもいい?

アレンはクラウビアの森の保護についてはどう考えているのかな? 正直言って、ローザもアレンも興味がないと思っていたのだけれど……。

父上は、口では期待してない、なんて言っているけど、やっぱり森の事を何よりも心配しているからね。悪いようにはしないから、アレンの正直な気持ちを教えてくれるかい?』

グリムはその顔に笑みを湛えたまま、だがその目に真剣な色を滲ませて俺にそう問うた。

『……正直言って、あまり興味はないよ。もちろん俺も生まれ育った地に愛着はあるから、出来る手伝いはしたいと思う……。でも、俺は何にも縛られず、自分の心に正直に生きたい。何としても』

俺はグリムの真剣な目を見て、取り繕うことなく正直な気持ちを話した。

グリムなら、俺がどんなに貴族家の常識から外れた事を言っても受け止めてくれるだろう。

小さな頃からあるがままの自分を受け入れて、変わらぬ愛情を注いでくれる兄の事を俺は信頼していた。

『わかった。父上には僕が上手く話しておくから、アレンは自分の心に正直に生きてほしい。兄である僕が、アレンの未来の足枷になる訳にはいかないからね』

グリムは、そう言って片目を瞑って微笑んだ。

『……そのセリフ、母上みたいだね』

俺がこう言うと、グリムは大笑いした。

俺とグリムはその夜、少しだけ森林保護について意見交換をした。

分かってるなゾルド! 目指すはポテンヒットだぞ!

俺は祈るようにゾルドを見た。

「…………先程主人が申した通り、当家ではここ数ヶ月の間、ロヴェーヌ家の行末について何度となく話し合いの場が持たれておりました。

領地を返納すべきか否か議論していた時……グリムぼっちゃまが申された印象的な言葉がございます」

そう言って言葉を区切ったゾルドは、嬉しそうに目を細めてこう続けた。

「『千年先に、この地がどうあるべきか考えよう』

……私が育てた、などと申し上げるつもりは毛頭ございません。

当家に仕えられた事を、ただただ幸せに思います」

ゾルドがそう言うと、陛下は一瞬静止し、ついで大笑いした。

「ぷっ! がははは! がははははは!」

陛下に釣られて皆が笑う。

「わ、笑っては失礼ですよパット。誰にでも言える言葉ではありません」

ユアイン王妃がこのように陛下を嗜めたが、一貫して緊張感のある厳しい顔つきで立っていた本人も、楽しそうな目つきで口元を扇で隠しているので説得力はない。

「くっくっく。分かっておるわ。わしでもこの国の千年先の事など考えん。それを『田舎の好青年』が真剣に考えておるのだぞ? 笑うしかないではないか。

……譲位式になるか? 会うのが楽しみだのう」

陛下は目をキラキラと輝かしながら、舌舐めずりでもしそうな顔でそう言った。

俺は思わず頭を抱えた。

『千年先に〜』とは、前世の何とか環境合意やら持続可能な何とか目標やらの界隈で大人気のキャッチコピーだ。

グリムには、王都にくる前に話し合ったあの夜に、中身が胡散臭くてもこう言えばなぜか凄そうに感じる魔法の言葉として、十分間に三度のペースで開陳した。

……どんまいグリム。どんな消化不良を起こしていたのかは知らないが、恨むなら日本のマスコミも真っ青の切り抜き報告をしたゾルドを恨んでくれ。

ひとしきり笑った後、陛下は気を取り直した。

「お主らの想いは十分に理解した。だが、褒美に降爵など取らせては、わしは千年先まで笑われる。

我が王国の歴史は長い。子爵位を維持したまま、重要な資源区域を王家の庇護下に置いた特例もあったはずだ。この件については、後で法務大臣と相談して、沙汰をするのでそれまで待て。

だが話を聞く限り、王家や国の利益にはなるが、ロヴェーヌ家には何一つとしてメリットはない。これでは褒美にならん。

他に何かないのか?」

「えぇ? えーっと……」

親父は、当初俺がそうなるだろうと想定していた通り、しどろもどろになった。

そもそも出来れば領地を発展させたくないと考えているうちに、通常の貴族が望むような褒美はほぼない。

といって『 金(かね) 』と言うのはあまりに品がないし、『要らない』と言うのはもっての外だ。

「えーっと、えーっと」

「……褒美を取らすと言われて、そのような困り果てた顔をするな……。アレンはおもちゃをねだったぞ。

…………今にして思えば、あの 軍港使用許可(おもちゃ) も国を救っただけで、褒美でも何でもないな……。

よし、ドーンと来いベルウッド! わしは腹を括ったぞ! 今なら何を言われても首を縦にふりそうだ!」

「えぇ?! えーとうーんと……」

「難しく考えるな! そちの夢は何だ!?」

「夢…………いつか……いつか、大陸中のパン屋を巡ってみたいのです!」

「勝手に巡れ! 他(ほか) !」

「えー!!!

えーっとえーっと! そ、そうだ!

ロヴェーヌ家の行く末は優秀な子供達に委ねる……。それがわしの方針ですからのう……。褒美はどうか、困難を成し遂げたアレンに……」

き、汚い!

親父は急に神妙な顔をして、俺に球をぶん投げた。

だが流石に褒美の話をゾルドに投げるわけにもいかない。

何より陛下の眼前で、見苦しいボール回しなど披露出来るわけがない。

王家からの褒美と言えば『宝』を思い浮かべるが、俺は装備を自分で吟味して揃えたい派だ。

陛下に真っ直ぐなブルーの瞳で見据えられ、俺は必死に頭を回転させ何とか答えを捻り出した。

「では……騎士団の時給を、1200リアルへ上げてください」

「「じ、時給だと?!」」

アンドリューさん他何名かが、衝撃を受けたような顔で俺の言葉を復唱した。

まぁ驚くのも無理はない。

今の時給1000リアルだって、はっきり言って桁を間違えているとしか思えないほどに高い。

いくら年間最大でも百人しかいない王立学園生、しかも仮団員は本来三年生の夏から限定とはいえ、日本基準で真面目に働いたら、年収数億円というほどの水準だ。

まぁこの世界は大怪我をしたり、最悪命を失ったりするリスクが日本よりも圧倒的に高いし、それに比例するように装備品も高いものはべらぼうに高い。

そして本当に飛び抜けて才能がある場合は騎士団に入らず、例えばAランクの探索者を目指した場合の収入と比較されるのだろうから、日本の感覚で語っても仕方がない。

仕方がないのだが……それにしても高い……高すぎる!

俺の前世の初任給がいくらだったと思っているんだ……。

その破格の水準から、一気の20%アップだ。日本企業なら株主総会案件だろう。

先程は『ドーンと来い』などと大見得を切っていた陛下も、さすがに顔が引き攣っている。

ふっふっふ。

師匠(デュー) の俺のコキ使い具合は、いくら何でも酷すぎる。

俺は別に今は金に困っている訳ではないので、単価が上がって仕事が減れば、青春に注力できる!

俺がこのように内心ほくそ笑んでいると、陛下はこめかみを押さえながらこう言った。

「……アレンの実績なら、在学中に正団員への任命をわしが押し通したとて、前例がないとは言え誰も文句は言わんと思うが……?」

せ、正社員登用だと?

何で好き好んで、学生のうちからサラリーマンなどしなくてはならないんだ……。

あの師匠の下で正団員になどなったら、固定給でやりがい搾取される事間違いなしだ。

「結構です。まだ私は修行中の身ですので」

俺はキッパリと、首を横に振った。

「……ならばせめて、もっと景気の良い要求をせよ。そちの成果に対してその褒美では、これから行く外遊での交渉に悪影響を及ぼしそうだ……」

も、もっと上げていいだと?

俺が今しているのはボーナスではなく、ベースアップの話だぞ?

経営感覚大丈夫か、陛下……。

「……1250?」

「…………もっとドーンと来い!!!」

陛下は一瞬白目を剥いたあと、迫力のある顔で自分の胸を叩いた。

もっとドーンだと?!

……怒ったような顔をするぐらいなら見栄など張らなければいいのに……。国王ともなると大変だな。

なんて事を考えていると、あの人の良さそうなアンドリューさんが、ハラハラとした顔でこちらを見ているのが目に入った。

なるほど…………これは試されているということか?

ここで欲を掻くと、金を得る代わりに大切な何かを失うというわけか。

「1250リアル! これが適正な水準の上限です! このラインは譲れません!

そもそも私に金を使うなら、外交なり復興なりに金を使ってください。この国が安定する事は、私が好きな事をして遊んで暮らすために必要な事なので、それが私への何よりの褒美です!」

俺は慌てて交渉を打ち切った。

アレン・ロヴェーヌが学生時代に残した大小様々な事績は、これよりあとの時代、優れた才能を持つ学生たちがこぞって憧れ、そして目指すべき指針とされた。

国王と時給アップ交渉をした男――

中でもこの冗談のような伝説は、目標とすべき王道の事績として先々まで語られた。

だがその難易度は、あまりにも高い。

まず、三年生夏のインターン前に王国騎士団の仮団員となる必要がある事。

言うまでもないことだが、ただ単に強いだけではこれは叶わない。

学生のうちに騎士団へ所属させるべき理由、特異な能力を保持している事が絶対条件となる。

さらに、国王に謁見し、直接褒美を下賜されるほどのずば抜けた功績を、仮団員の身分で上げなければならない。

その上で、貴族家や本人の将来を左右するほどの莫大な褒賞を投げ打つ器量が必要となる。

多くの才能ある少年少女たちが、アレン同様にシミのような最低限の 時給アップ(褒賞) を申告し、『残りはこの国の為に使ってくれることが、私にとっての褒美』などと国王に告げ、忠臣の鑑として国中から絶賛される己の姿を夢想した。

だが――

その難易度は、あまりにも、あまりにも高い。

雲上に霞む、俗人からは隔絶された 頂(いただき) 。

それが伝説。