軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

192 第三中隊の鬼軍曹(1)

目下ヘルロウキャストの殲滅作戦が行われている領地の一つ、グラウクス地方ボレロ子爵領。

ダンの長兄、コーディ・サルドスは、とある後方支援部隊に配属されていた。

「はぁ〜、はぁ〜。ちくしょう……なんで、頭脳派の、俺が、こんな、肉体労働を!」

ついそのように愚痴を呟いたコーディに、すぐさま怒声が飛ぶ。

「いつまでごちゃごちゃ言ってんだコーディ! 口を動かす暇があったら、手と足を動かせ!」

そう言ったのは、コーディが所属する班で、班長を務めるペトだ。

班はユグリア王国軍における最小単位で、四人で一班、二班で分隊、四分隊で小隊、四小隊で中隊、といった具合に構成される。

コーディと同い年の二十歳、庶民出身の班長ペトは、教育係として事あるごとにコーディを怒鳴りつけている。

現在、彼等はヘルロウキャストの殲滅を担う戦闘部隊が出立したキャンプを撤収し、次の拠点となる場所へ新たなキャンプを設営する任務に従事している。

この大規模軍事作戦の花形は、もちろんヘルロウキャストを殲滅する戦闘部隊だが、碌に剣も振れず、軍人としての訓練経験も皆無であるコーディに、戦闘面での用事は全くない。

もちろん、後方支援を担う兵站部隊も、軍事作戦においては重要な任務だ。

だが、ヘルロウキャストの群れの動きを予測しながら次の野営地を選定して作戦範囲を移動する、必要物資を滞りなく調達して輸送する、隊員の体調や残存魔力量のマネジメントをするなどの、知識に加えて経験がものをいう仕事も、現場を知らぬ素人に出来ることなど何もない。

かくしてコーディは、荷運びやテントの設営など、頭を使わずにとにかく指示に従う任意の労働力として野山を駆けずっている。

もちろん手柄を立てるなど、夢のまた夢の立場と言えるだろう。

しかも、軍における彼の階級は兵卒。つまり一番下だ。

いかに従軍したてとはいえ、貴族学校を卒業した伯爵家の跡取りが与えられる事は、まず無い配置と階級と言える。

通常であれば、伯爵家として抱える騎士に囲まれて、安全且つそれほど重くない任務で無難に功績を積まされるからだ。

ではなぜコーディが、知り合いが誰もいない隊で下働きをしているのか。

それはもちろん、グラウクス侯爵のありがた〜い配慮の結果である。

「ちくしょう! 誰に偉そうに命令しているのか分かっているのか?! お、俺は名門サルドス伯爵家の跡取りだぞ! 弟はあの王立学園で――」

コーディがその様にペトを睨みつけ文句を口にしたところ、ペトは右手を振り上げた。

それを見たコーディは、思わず体を硬直させた。

次の瞬間、ペトは火の出るようなビンタをコーディの左頬に見舞った。

「ぐふぅ!」

コーディはその場でもんどり打って倒れた。

ペトは声色を一段低くした。

「三度目だぞコーディ、何度も言わせるな。軍内においては歳や身分は関係ない。お前はただの一兵卒で、俺は伍長、それが全てだ。特に、平時の立場を振りかざし、作戦中に軍の規律を覆そうとする行為は、重大な軍規違反だ。

今のは特別に俺の胸にしまっておくが、全員が俺のように優しいと思うな」

コーディは血の味のする唾を呑み込みながら、涙目でペトを睨んだ。

「ちくしょう……親にもぶたれた事なんてないのに……!

弟に、ダンにさえ連絡がついたら、お前なんて――」

ペトはやれやれと首を振り、コーディを抱き起こした。

「分からんやつだな……。お前の弟が何様かは知らないが、偉いのは弟であって、お前じゃない。それと――」

そう言ってペトがもう一度右手を振り上げると、コーディは『ひぃっ』と情けない声を出して顔を両腕で抱えるように覆った。

「……仮にも軍に所属する人間が、ぶたれた事がない、なんて自慢になるか……。身の危険を感じたら 兎(と) にも 角(かく) にも魔力ガードだ。

目をつむるな。

自分で視界を塞ぐな。

俺の方をきちんと見ろ。さぁ」

ペトの声音が意外にも優しかったこともあり、コーディは不器用に魔力を練りながら、恐る恐る腕を下ろした。

そこへペトは、おかわりビンタを振り下ろした。

「ぶえっ!」

コーディはタタラを踏むようによろめいた。

「ほら、倒れずに踏ん張れるだろう。仕方ない、今の言葉も特別に俺の胸の内にしまっておいてやる。

さぁ運ぶぞ! 俺らの班だけずっと作業が遅れてる。これ以上は迷惑をかけられない」

コーディは涙をポタポタと流してペトを睨んだが、言葉は何とか飲み込んだ。

「……いくら睨んでも俺のやる事は変わらない。お前のそのだらしなくたるんだ腹を引き締めて、一日でも早く一人前の兵卒として使えるようにする。それが俺の仕事だ。泣きながらでもいい、手と足を動かせ」

夕方。

コーディ達は、移動した拠点に何とかテントの設営を終え、周囲を防護柵で囲み、へたり込んだ。

一日中怒鳴られながら体を酷使したコーディは切り株に腰掛け、顔をあげる気力もない。

そこに、見慣れない軍服に身を包んだ中隊が到着した。

「……あの軍服はドラグーン侯爵地方から派遣されてきている支援部隊だな。……何だか余りガラが良くないな。

国からの要請で派遣されているとはいえ、本来魔物災害は、当該地方の軍および王国騎士団で片を付けるのが筋だ。俺らはあくまで支援を受ける立場だってことを忘れるな。地方としての利害が対立することもある。絶対にもめ事を起こすな。聞いてるのかコーディ!」

ペトは班全員に聞こえるように、だがコーディの方をきっかりと見据えて言った。

コーディは辛うじて顔を上げ、めんどくさそうに手を振った。

「揉め事を起こす体力なんて残ってない」

そう言って、ちらりと到着した他地方の隊を見る。

ちょうど自分が所属している部隊の責任者に、到着部隊の指揮官らしき男が挨拶をしているところだった。

「――第四即応機動中隊長、ベック・ロヴェーヌと申します! アベニール中将以下、ドラグーン侯爵軍第一師団は、ヒューゴ総司令の命により、ボレロ子爵領作戦群に合流しました! これより我々も、王国騎士団第一軍団のプリン群司令の指揮下に入ります! 以後、よろしくお願いいたします!」

各地方軍は、平時に侯爵を最高司令官として、地方内で将の位を持つ騎士が軍を指揮し、魔物の対処等に当たる。

だが国境を警備する方面軍の運用や、今回のように複数の地方に跨る大規模な軍事作戦を行う際は王国騎士団が指揮を執り、平時の将はその指揮下にて補佐をする。

「遠路はるばるよく来てくれた。よろしく頼む。アベニール閣下は?」

「はっ! 閣下はここより南東の――」

「随分若い中隊長殿だな……見たところ俺らと同い年くらいか。大したもんだ」

ペトが物珍しそうにそう言うと、コーディはふんっと鼻を鳴らして、再び顔を伏せた。

暫く休憩し、炊事兵が準備する夕飯のいい匂いが辺りに漂い始めたころ。

伝令兵がやってきて、ペトやコーディの所属する中隊の長へ向かって声を張り上げた。

「伝令! 第三中隊は、ここから南東へ1kmほど山を降った先にあるモルサ川支流から、一班につき 水瓶(みずがめ) 二つに水を汲んでくること! 任務刻限は20時! 復唱せよ!」

「第三中隊各班は、南東1km、モルサ川支流から20時までに一班につき水瓶二つに水を汲み提出、了解しました!」

「よし!」

もちろん、この伝令はコーディの耳にも入ったはずだが、顔を上げるような気配は一切ない。

ペトは命令を下した。

「…………俺とコーディの二人で行くぞ。ルカとエッジはここで休憩だ」

コーディは真っ青な顔を上げて反論した。

「な、なんで俺なんだ! そもそも水なんて魔法士に出させればいいだろう! こんな馬鹿な命令に従えるか!」

ペトは慌ててコーディの口を塞いだ。

「この大バカやろう! 他地方の部隊もいる場で、馬鹿でかい声でなんてこと言いやがる! 皆が俺みたいに優しくないと言っただろう! 軍法会議にかけられたいのか!」

だが、納得のいっていないコーディは、なおももごもごと口を動かしている。

「……大方、支援部隊が到着して水の調達が間に合わなくなったんだろう。彼らは地元じゃないし、用意できる量には限りがある。

ここは街中じゃないんだ。魔法士の魔力にも限度があるし、魔法で出した水は飲料水として利用する事が優先される。作戦が長引いた場合、その他の生活用水を現地で調達する任務なんてよくある。洗濯ができるだけありがたく思え」

コーディの口が動かなくなったことを確認したペトは、コーディの口を塞いでいた手を離した。

「だ、だったら民間から水属性持ちの人間を連れてくるとか、やりようはいくらでもあるだろ!?」

ペトは呆れたように首を振った。

「お前が考えつくような事を、偉いさんたちが考えない筈がないだろう。こんな魔物が多発する山中の末端部隊に民間人を帯同させて、万一死者が出たらどう責任を取るんだ? それとも、それを守るためにまた兵士を増やすのか? そうなれば、お前が運ぶテントが増えるぞ? いずれにしろ、補給方法を考えるのは俺らの仕事じゃない。自分ならもっと上手くやれると思うなら、さっさと偉くなるんだな」

「……だからって、なんで俺なんだ……。俺はもう体がボロボロで、限界だ」

コーディは意地でも立ち上がらないと決めているかのように、涙目で腰掛けている切り株を掴み、動き出す気配は微塵もない。

ペトは、はぁ~と長い溜息をついてから、諭すように言った。

「……ルカとエッジは、とろくさいお前の尻拭いをするために、ここまで文句も言わずに無理をしてきたんだ。少しでも休息を取らせないと、ここから先うちの班はますますきつくなる。それはお前の負担が増すことも意味するんだ。

……それにお前、まだ魔力には余裕があるだろう。見たところ、お前はこの班で頭抜けて魔力量が多い。さすがは名門伯爵家出身だけある。羨ましいこった」

ペトがこう言うと、コーディは目をしばたたいた。まさか褒められるとは思っていなかったからだ。

「……俺の基礎魔力量は七百程度で……王立学園の受験資格すら得られなかったんだぞ?」

十二歳の頃のコーディは、両親の期待を背負ってそれなりに努力もできる人間だった。

だが、惜しくも王立学園の受験資格を得られなかったあたりから、投げやりな態度が目立つようになり、それを拗らせに拗らせて今に至っている。

「ははっ。そりゃあの学園は、受験したというだけで一生自慢できるほどだからな。

……生まれ持った素質が七百なら、現場で我慢していればそのうち嫌でも千を超えるだろう。魔力圧縮が自然に鍛えられるからな。そうすれば、お前はこの班に欠かせない人間になる。いや、よその隊からもお前が欲しいと言われるようになるだろう。そこまで行けば、お前のポテンシャルなら士官も十分狙える。性根を入れ替えたら、だがな。

だからさっさと、その弛んだ腹を引き締めろ。宝の持ち腐れだ」

宝(・) の持ち腐れ……。

コーディは、恐る恐る班員たちの顔を見た。

これまで、口では『庶民どもが』などと言いながら、自分が足手まといになっていることは内心分かっていたので、碌に目も合わせてこなかったのだ。

自分が庶民出身の一兵卒以下であるという紛れもない事実は、彼の肥大したプライドを粉々に打ち砕いていた。

ペト以外は誰一人、コーディに文句を言わない事も、彼の神経に障っていた。

自分より年下である班員のルカとエッジは、コーディの顔を見ていたずらっぽく笑い、さらりとした口調でこう言った。

「……最初は皆そんなもんですよ、コーディさん!」

「早く偉くなってくださいね!」

これまで、伯爵家の長男である自分には、貴族学校でもすり寄ってきて、おべんちゃらを言う人間はいくらでもいた。

だが、自分の能力を、将来性を、評価し期待してくれている人間は、今はもう母親ぐらいのものだろう。

コーディは、自分の中に認めがたい感情が生まれていることに気が付いた。

そんなコーディの背中を、ペトがばしんと叩く。

「わかったなら、さぁ行くぞ。魔力的には俺の方がきついんだからな」

ペトはスタスタと歩き始めた。

「……か、勘違いするな! 別にお前らに、認められたくなんてないんだからな!」

コーディは慌てて立ち上がった。