軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

183 始まりの話

「それともう一つ、……言わなくてはならない事がある。

君たちの友人である、アルドーレ・エングレーバー君が……重傷を負った」

グラバーがそう告げると、それまで事の重大性をまるで感じさせずへらへらとしていたアレンは、空気を一変した。

先程までの、信じ難いほど弛緩した空気はきれいに消え失せ、司令室に殺気とも取れるピリピリとした空気が張り詰める。

アレンは血の気の引いた真っ白な顔でグラバーを見据えている。

「……どういうことですか? 容体は?」

ダンがアレンの肩に手を置いて、落ち着いた声でグラバーに説明を求める。

「……命に別状はない、との事だよ」

グラバーがこう告げると、アレンは息を吐き、少しだけ空気を緩めた。

「詳しい状況までは分かりかねるのだがね……。

事故により連鎖孵化反応が始まった際、沈静化に当たろうとしたドンゴ君が杖の制御を誤って……魔石の魔力暴走が発生したらしくてね。

それを確認したヒューゴ軍団長が、一旦は連鎖孵化反応の食い止めを断念して、総員退避を指示。

……これは書かれていないが、恐らくこの時点では、ドンゴ君は死する運命だっただろう。

だが……そこへ、アル君がドンゴ君を助けるべく、退避命令を無視して彼の下へと走り、素手で暴走する魔石を掴んで制御を強引に奪い取り暴発を食い止めた。

だが……その代償に彼は左腕を失った。血流阻害による体細胞の壊死を免れるため、ヒューゴ軍団長自身が処置を施した、との事だ」

アレンは拳でテーブルをドンッと叩き、ふらふらと椅子に腰掛けた。

アレンにはアルが、真っ直ぐな、どこまでも真っ直ぐな目でドンゴの下へと走る姿が、ありありと想像できた。

重く、深い沈黙が司令室にのしかかる。

「…………なお、腕を切断する直前に、アル君は途轍もない威力の氷魔法を行使した、との事だ。四方数十メートルに渡り地が凍りつき、これにより稼いだ時が、その後のブルーフラミンゴの飛来まで何とか現場を持たせた。

それが我が王国に何をもたらしたのかは……先程説明した通りだよ。

……ヒューゴの分析では、暴走した魔石のエネルギーを体内に取り込んで一旦止め、一気にこれを放出したもので……恐らく理論的な構想は事前に練られていただろう、との事だね」

アレンは目眩がした。

それはアレンが思いつくままに喋りまくった、夢いっぱいの魔法レシピの一つに違いない。

アレンは、そんな自己犠牲の上に成り立つ手法で魔法を実現する事など絶対に認めないし、アルがそんな着想を持っている事すら聞いていなかった。

勿論アル自身も、それを行使するつもりは無かっただろう。

だが――

恐らくアルは模索し続けていたのだ。魔法士として、無限の可能性を。

どうすればアレンが言うような、破天荒な魔法を実現できるのかという事を。

アルがそんな行為に及んでしまった直接的な引き金は、ドンゴの命を助けるためだろう。

だが、間接的にその選択肢をアルに取らせてしまった責任の一端は、自分にあるかもしれない。

アレンはそう考えた。

「……彼は、国を救った英雄として、王国から生涯を保障されるだろう。決して不自由しないだけの――」

「保障の事など今は聞いていません。みんなに愛されているあいつが金に苦労する訳がないし、俺もついてる。それよりもあいつはこれからどうなります? あいつには夢がある。亡くなった親父に誓った、世界一の氷の魔法士になるという、譲れない夢が」

アレンは、グラバーに当たっても仕方がないと頭では理解しつつも、つい剣呑な口調で問うた。

グラバーは大きくため息を吐いて目を瞑り、しばし沈黙した後、口を開いた。

「…………研究者としての道はまだ残されているだろう。だが……片腕を失ってしまった以上、第一級の魔法士として現場で活躍するのは……不可能と言える。残念だがね」

アレンはグラバーの非情な宣告に絶句した後、ふらふらと立ち上がり、出口の扉へと向かった。

「…………暫く一人にしてください。基地の外には……出ませんので」

「……風邪ひくぞ、アレン」

俺が、湾を囲うように切り立つ崖上の見張り台で夜の海を見ていると、ダンが遠慮がちに声を掛けてきた。

ダンが十分ほど前に俺を見つけて、気配も隠さず木陰で様子を見ていたのは、俺が心を鎮める時間を取ってくれたのだろう。

「ダン…………あいつの夢を奪ったのは――」

俺がこのように口を開きかけると、ダンはそれを遮るように、俺の頭を擦り切れた無骨な掌でわしゃわしゃと撫でた。

「お前のせいじゃない」

魔法研で俺がアルに無茶振りしまくっていたのをすぐそばで見ていたダンは、俺の内心を正確に汲んで、はっきりとした声でそう言った。

ダンの掌で頭を揺らされた俺は、鎮めたはずの心がまた揺れて、涙が溢れ頬を伝った。

「……お前のせいじゃない」

ダンはこちらには目を向けず、同じ言葉を繰り返した。

暫く夜の海を二人で眺める。

暗い海を見ながら波の音を暫く聞いた後、ダンは静かに切り出した。

「……アルは、陸路で王都まで搬送されるそうだ。お前がぶちかまして帝国軍の脅威が去ったから、万全の医療体制を確保できたって。

俺達は明朝、王都に向けて船で出立する」

「……分かった。……明日に備えて早めに寝よう。何だか……どっと疲れた」

俺がしょぼくれた気持ちでそう言って立ち上がると、ダンは俺の背中をばしりと叩いた。

「しっかりしろアレン。

お前に深刻な顔は似合わないぞ。

……アルが王都を出る時に言っていたことを覚えているか?

『アレンのそばにいると、嫌でも自分がどうありたいかを自問自答する癖がつく』って。

そう思っているのはアルだけじゃない。みんながお前のぶれない、自分を衒う事のない真っ直ぐな生き方を見てる。俺も、あのライオでさえもな。

アルはノー天気だが、決してバカじゃない。あいつにとって、絶対に譲れない何かがそこにあったんだと、俺は思う。

誰もがアルには同情するだろう。だが、お前は同情するな、アレン。お前がアルを憐れむと、あいつの心は救われない。……お前もアルの事を信じているだろ?」

ダンにこう問われ、俺はアルの顔を思い浮かべた。

底抜けに前向きで、いつでも燃えるように熱が籠っている真っ直ぐな瞳が、ありありと俺の脳裏に浮かんだ。

「信じてる……。

俺はアルの事を……信じてる。

あいつは……何があっても折れない!

必ず! 必ず這い上がってくる!」

俺がそう言うと、ダンは再び俺の背中をばしりと叩いた。

一命を取り留めたアルドーレ・エングレーバーには、この後、さらなる悲劇が待ち構えている。

彼の氷の性質変化の才は、失った左腕と共に消え去った。

詳しい原因は未解明だが、身体の欠損や余りにも負荷の強い魔法を行使した際に稀にあるケースで、治る可能性もゼロではないが、治療方法は確立されていない。

亡き父の墓前に誓った夢は……魔法のポテンシャルが最も伸びると言われる十二から十五歳にあたるこの 一年間(時期) に身命を賭して培ったアルの努力は、泡沫へと消え去った。

さらに、アルは進級時にEクラスへ移動する事となる。

当初、国の危機を救ったアルのクラス落ちには反対する意見が強かった。

だが片腕を失い、Aクラスの実技授業についていくのが困難であるのは目に見えており、そのアルがAクラスにいる事は、周囲にとっても、そして本人にとっても不幸になると、ゴドルフェンが決断を下した結果だ。

アルドーレ・エングレーバーはこの時、その手に掴み取るはずだった輝かしい未来を自らの決断で閉ざした。

世間は、己の人生を犠牲に国を救ったアルに対して、まるで悲劇の主人公かのように、同情と称賛の声を挙げた。

――後の『大瀑布』――

アルドーレ・エングレーバーはこの時、全てを失った。

彼の物語は終わったと、全ての人が考えた。

……彼の熱い魂を愛している僅かな友人たちを除き、すべての人が。