軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

161 邂逅(2)

鶴竜会の事務所は、王都一番通りからさらに東の、いわゆる下町と呼ばれる区域にある。

りんごの家があるのもこの地域だし、スラムなどの治安の悪い場所もある。

とある田舎の商会で商会長をしている女から、王都で商売を始めたいから後ろ盾になってほしいと鶴竜会へ面会申し込みがあったのは、数日前の事だった。

こうした際にはまず手下の幹部の誰かが話を聞いて、話が纏まった後、最後にジンが挨拶がてら言葉を交わすのが、鶴竜会における慣例だ。

ちなみに、他の王都の裏側を仕切っているコンチネント商会やドヴィンファミリー、そしてもちろんロッツファミリーも、名もない新参者にいちいちトップが顔を見せることは無い。

だが、鶴竜会の傘下に入るいかなる団体も、その規模や資金力に拘らず、かならず入会前にトップであるジンが目を見て言葉を交わすのは、彼が鶴竜会の会長に就いた時から決して疎かにしないしきたりだ。

メント村での療養から帰った後も、ジンはその間に傘下入りを希望してきた者の下へと自ら足を向け、迎え入れた。

襲撃を受けたばかりで危険だからと、一時的にでもジン自らの面会は止めた方がいいと、周囲のものは進言したが、ジンはこの意見を頑として容れなかった。

自然、幹部や護衛などの周辺から、新参者へ向けられる目は厳しい。

しかもルール無用のならず者だったロッツ・ファミリーが、『狂犬』とかいう探索者ルーキーに喧嘩を売ったところ返り討ちにされ、狂犬とだけは交渉する、などと言い出し、鶴竜会のメンツは丸潰れになっている。

当然ながら、新たに傘下に加入したいなどと言ってくる人間は、ここのところめっきり減っている。

そんな中、面会と加入の申し込みがあったのが、今回の来客、つまりミモザだ。

慣例通り取次に出た幹部のシュリが見たところ、その女自体には問題ない。

流石はこの若さで王都で一山当てようと考えるだけあって、少し話しただけで頭は切れるし人としての器量も感じる。

だが――

「で、そっちのお面は誰だい? 護衛にしては随分と若そうだね。こういった挨拶の場では目を見て話すのが礼儀だよ。古臭いと思うかもしれないけど、うちはその辺うるさくてね。さぁその面を取りな」

離れ目のおじさんが虚な目で唇の端を上げている、どこか怒りを感じるお面を着けて、一言も口を聞かずに同席している。

歳の割に腹が据わっているのか、気後れする様子もなく、かと言って高位貴族家出身者にありがちな尊大な雰囲気もない。

シュリがこのお面の人物を測りかねていると、その人物は信じ難い自己紹介を始めた。

「ご挨拶が遅れました。

私はアレン・ロヴェーヌと申します。

彼女が経営している凪風商会が、私が通う学園の部活動のスポンサーをしてくれていまして。

本日は基本的には彼女の付き添いですが、補足すべき話がありましたら私から説明しますので、よろしくお願いいたします」

幹部のシュリを始めとした、鶴竜会サイドは絶句するより他ない。

そもそも裏稼業である鶴竜会に、王立学園生が堂々とその名を明かして立ち会うという時点で異常な事態だ。

しかもそれがあの、アレン・ロヴェーヌだと言うのだ。

王都裏側のホープを『狂犬』だとすると、言わば表舞台の超新星。

本物か? とは思ったが、そんな嘘をつく理由が思いつかない。

例えば偽物の親分を狙う暗殺者だとして、設定をわざわざ子供にしては何かと不都合だし、いきなり王都でその名を知らぬものはない名前を出して、こちらの警戒心を高める意味もない。

自分には無関係の世界だと聞き流していたが、確か建国祭の武闘大会でアレン・ロヴェーヌが着用していたというお面は――

そんな風にシュリが逡巡していると、その自称アレン・ロヴェーヌは続けてこんな事を言った。

「お面を取るのはやぶさかではないのですが、少々事情がありまして……

可能なら人数を最小限にまで絞って頂けると助かります。

今日私は武器の類は所持していませんが、必要なら身体検査してもらっても構いません」

そう言って、立ち上がって両手を上げた。

シュリは押し黙った。

あのアレン・ロヴェーヌともなれば、気まぐれに暴れ回る狂犬とは異なり、海千山千の貴族世界で政治闘争を繰り広げている事は想像に難くない。

鶴竜会はジンの方針で貴族世界の単純な勢力争いにおいては公平かつ中立を維持している。

と言って、商売と貴族を完全に切り離すのは無理なので、完全にノータッチという訳ではない。

表側の争いには関与しないが、裏側で傘下の団体が貴族間の勢力争いに端を発する理不尽な事態に巻き込まれた場合は、スジを通して丸く収めるのも大切な仕事だ。

だが、あのアレン・ロヴェーヌが事情があると明言して傘下に入る最初の面談に同行するとは、いったいどれほど厄介な 事情(やま) が絡んでいるか、想像もつかない。

断るのは簡単だが、関わらない方が安全な場合もあれば、情報をつかみ損ねたばかりに致命的な事態を招く場合もある。

……自分の手には余る。

情報の大切さを理解しているシュリはそう判断し、ジンに判断を仰ぐことにした。

「親分。客人をお連れしました」

オーサと名乗った若い衆がそのように中へと声を掛けると、中から『通しておくれ』と返事があった。

鶴竜会の事務所は、木造の平屋で、どことなく和の雰囲気を感じる建物だった。

レンガのような石材で造られた建物が多い王都では珍しいが、王国には木材が豊富な地域も多く、こちらの木材は魔素の影響か比較的頑丈で防御性能も見込めるし、安価な建材なので下町としては珍しいものではない。

どこか自然との調和を意識したような作りの中庭があるのが、何となく日本を想起させるのかもしれない。

住み込みで若い衆でも育てているのか、敷地としてはかなり広そうだ。

初めに通されたのは、シュリという名前の栗色の髪をした女性が待つ客間だった。

ミモザが来意を告げて澱みなくシュリさんの質問に答えていたところまでは順調に話が進んだが、その後シュリさんは俺のほうへ向きなおりお面を外すように促した。

まぁはっきり言って無礼だという自覚はあるから、俺は名を名乗り、ダメもとで人払いしてもらえないかと打診した。

するとシュリさんは、少しこの場で待つようにと言い残して、いずこかに消えていった。

少ししてのち戻ったシュリさんは、親分が直接話を聞くから、その際はお面を外してほしいがいいかと聞いてきた。

「勿論です。ご配慮に感謝します」

そんなやり取りの後に、シュリさんとオーサさんに案内されたのが、庭木の植えられた林の中に建つ、こぢんまりとした離れだ。

これまたどことなく、安土桃山あたりの茶室を思わせる。

……実際がどんな物だったのかはよく知らないけど。

「どうぞお入りください」

先に二人が入ったのち、俺とミモザはオーサさんに中へと促された。

ミモザに先に入らせて、自分も後に続……

こうとしたところで、俺は仰天した。

背中に大量の汗が吹き出る。

そこに待っていたのは白髪交じりのグレーの髪に、同じ色の瞳をした男――

いつかメント村の温泉宿、月やの風呂で言葉を交わしたジンさんだった。

正直言って、ジンさんに嫌な印象は全くない。むしろ同じ風呂好きの先輩として、ある種の敬意を持っている。

だが……まずいことに、俺はあの時探索者のレンと名乗った。

特に反応を示さなかったから当時は探索者レンのことを知らなかったかもしれないが、今は知らないはずがない。

鶴竜会と『レン』に確執が生まれるように、ロッツのアホどもが策謀を繰り広げているからだ。

「アレン? どうかしたかい?」

ミモザが怪訝な顔で首を傾げた。

しかたなく、ゆっくりとした動作で中に入るが、勿論頭はフル回転でどうやってこの場を切り抜けるかを考えている。

ジンさんは、澄んだ瞳を細めて俺をじっと見ている。

まるでまだ外していないお面の中身を透視しているかのような澄んだ瞳だ。

「私はミモザ・カームだよ。私が見込んだ通りいい目をしているね、ジン・グラスター。でこっちが――」

そう言って、俺に自己紹介するように促してくる。

いやいや、ちょっと待って、まだ方向性が定まってないから!

てかこれもう詰んでね?!

「わ、私がアレン・ロヴェーヌです」

とりあえず俺はお面を着けたまま、その場しのぎの裏声で挨拶をした。

シュリさんとオーサさんは勿論、ミモザまでもが非難の目を俺に向けてくる。

「ぶっ! くっくっくっ」

だがそこで、謹厳な雰囲気で座っていたジンさんが噴き出した。

顔を真っ赤にして肩を震わせている。

……あ、これもうバレてるわ。

俺はポリポリと頭を掻いた。

シュリさんとオーサさんは、何が起きているのか分からずに困惑した顔で顔を見合わせている。

ようやく笑いを押さえこんだジンさんは、優しい顔でこう言った。

「よく来たね、ミモザ。そして……アレンと呼べばいいかな? 私が鶴竜会のジンだよ。

訳ありなんだろう。そのお面は着けたままでいいよ」

「お、親分! それは――」

シュリさんが驚愕の顔で止めに入ったが、ジンさんは言葉を遮った。

「いいんだ。この子は信頼できるよ。もし何かあったらおいらが責任を取る」

そう言って、ジンさんは渋い目つきで頷いた。

そのジンさんの顔を見て、俺はお面を外した。

深く考えたわけではない。

『レン』が身バレするリスクが高まる事は間違い無いが、ジンさんを通じてバレてしまったのなら諦めがつく。

それよりも、この人とは眼を見て話したほうがいい。

何故かそう思わせる雰囲気が、ジンさんにはあった。

……というかジンさんにはもうバレてるみたいだし。