軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

127 グラフィア・インディーナ(2)

「…………気にいらねぇ野郎だったんだ」

グラフィアは再びそっぽを向き訥々と語り始めた。

「……アレン・ロヴェーヌが?」

グラフィアは暫く沈黙した後、はっきりと頷いた。

「最初私は、あいつの事なんてまるで眼中になかった。

有名なライオ・ザイツィンガーは、流石は名門ザイツィンガー家にあっても神童と言われるだけあって、貴公子然とした端正な顔立ちで、いかにも強くなるやつ特有のオーラがあった。

……それに比べてあいつは……

いかにも凡庸な顔つきで、オーラなんて何も感じなかったんだ」

グラフィアは目に涙を浮かべて歯噛みした。

この他人に弱みを見せるのを極端に嫌うグラフィアが、涙ぐむところなど想像すらできなかったアリーチェは内心酷く動揺したが、その心の内は押し殺して淡々と聞いた。

「そうではなかった、という事かしら?

報告書を読む限り、武の力で貴方に勝つ自信が無いから、卑怯な手を使った男の風上にも風下にも置けない馬鹿な変態、としか読み取れなかったのですが……」

アリーチェは、何となくそれだけの男ではないと感じていたが、あえてアレンの事を下げて問いかけた。

グラフィアは頷いた。

「私も試合が終わった時は、そう考えて怒ってた。

私は負けてない、純粋に力を比べたら、私の方が強いのに悔しいって。

このままじゃ終われないし、国としても舐められたまま終わるのは不味いと、そう考えて、あいつを叩きのめすチャンスを窺っていたんだ」

その点についてはアリーチェも違和感を持っていた。

万人の前で頭からコケにされたその状況で、大人しく引き下がるこの友人の姿が想像できなかったからだ。

「あの『百折不撓』が近くにいたから、大人しく引き下がったのかと思っていましたが……」

グラフィアは当時の状況を思い出す様にしばし沈黙し、ゆっくりとかぶりを振った。

「あのじじいは相当な使い手の気配を放っていたが、介入する素振りは一切無かった。

不気味なほどにな。

…………私はあの時、あいつが舞台を降りるのを待った。

オリビアとか言う、ルディオン家の女に預けた装備を受け取って、王国騎士団員として万全な状態になった状態で叩き潰せば、どちらが上かをはっきりと観客に理解させられる。

そう考えた。

でも……」

そこまで言って、グラフィアは目に溜めた涙を溢れさせた。

「私は、動けなかったんだ……!

あいつは後ろ姿で、その背中ではっきりと言っていた!

『来るなら来い』と!

『ここから先は祭りじゃない、もしもこれ以上秩序を乱すなら王国騎士団員として相手をする』と!

物凄いオーラだった。

何度も修羅場を潜った奴特有の背中だった。

私がいくら殺気を叩きつけても、まるで柳に風だった。

相手にされていなかった!

初めから私の事など眼中になかった!

どんなに距離が離れても、はっきりとこちらの一挙手一投足を感じ取っていた。

そして……私を嬲るような風がいつまでも吹いていて、私の足を竦ませた。

……許せないんだ。

私は自分が許せない!

全てを失う覚悟で、あの時足を踏み出せなかった自分が!

実力は悪くても同等程度だと感じていたのに、覚悟の差で負けた自分が!」

グラフィアは堰を切ったように胸に渦巻く想いをアリーチェにぶちまけた。

子供のように真っ直ぐに涙を流す友人を、アリーチェは抱きしめた。

「話してくれてありがとう、グラ。

やっと貴方の想いがわかったわ。

私のヒーローは、初めて負けたのね……」

グラフィアは、嗚咽を漏らしながらいやいやと首を横に振った。

「私はヒーローなんかじゃない!

国の為、なんてのも誤魔化しだ!

自分に嘘をついて、ただ負けたくないから卑怯な手を使ってまで勝利をもぎ取ったのに、あいつには相手にもされなかった!

爺さんと同じ、唯の惨めな負け犬だ!」

「……貴方は仲間に当たっていた訳ではなかったのね。

貴方にそれほどの危機感を抱かせる子。

これはとても貴重な情報よ。

……一つずつ、取り返していきましょう。

次はその子にも、自分にも負けないために。

貴方ならできるわ。

そして、ヒールではない、本当のヒーローに。

グラならきっとなれるわ」

その腕から逃れようとするグラフィアを、アリーチェは強く抱きしめた。

「で、なんでお忍びで下着屋なんだ……」

目を腫らしてはいるが、思いの丈を言葉にして、幾分スッキリとした顔のグラフィアがガックリと肩を落としながら問うと、アリーチェは真面目な顔で答えた。

「あら言ったでしょう。

一つずつ取り返していきましょうと。

思い出の『うさちゃん』を卒業するのは少々名残惜しいですが、あのデザインではサイズアップにもいずれは限界が来ますし、いい機会です。

まずは手始めに、誰にも馬鹿にされない大人のショーツを買いましょう。

もうお揃いという歳でもありませんので、私がグラのを選んで差し上げますわ。

その代わりグラは私のを選んでくださる?」

グラフィアは帝都でも指折りの品揃えを誇る下着専門店、『ラヴィスタイル』の店内を見渡した。

子供向けからかなり際どいものまで、途方もない点数が陳列されている。

王女であるアリーチェは勿論、グラフィアも滅多に自分で買い物などはしないので、そのぶっきらぼうな表情とは裏腹に、実はかなりソワソワとしている。

「ふん。

私は本当に普段から、大人っぽい色気たっぷりのを穿いているんだ。

ガキ臭いのを選んだら穿かねえからな!」

「ふふっ。

ええ、貴方が普段からオシャレに気を使っているのは分かっています。

あなたは大観衆の面前で、黒の際どいのが好きだと力説したとの事ですが、本当はもっと淡い可愛らしい色合いを好む、という事も分かっていますのでご安心を」

まだ傷口も生々しい、消したい過去No.1の記憶を早速掘り起こされたグラフィアは、耳を真っ赤に染めて怒った。

「だだだ、誰だそんなくだらない事まで報告した馬鹿は!

本当に最近はそういうのが好みなんだよ!

歳取って変わったんだ!」

アリーチェは疑わしげな目をグラフィアに向けた。

「……へぇ〜そうでしたの。

そうすると、例えばこんなのとか、ですか?」

アリーチェが手に取ったそれは、刺繍のあしらわれた黒い下着だった。

後ろ側は、バラを思わせる花柄が刺繍されたデザインで、後部の中心部がなぜかパックリと縦に割れている。

紐で繋がれた前側はシンプル、と言うよりも布面積が極端に少ないと表現した方がいいだろう。

紐とまでは言わないが、大事なところだけ必要最低限の布、指三本分ほどの太さしかない。

対となるブラも刺繍が施されたデザインで、カップの上側を切り取ったような、非常に際どいデザインとなっている。

「ななな、なんだその下着は!

それならまだ穿いてない方がマシじゃねぇか!」

アリーチェはやっぱりねと思い、にこりと微笑んだ。

が、グラフィアの主観ではニヤリと笑われたに近い。

「やっぱりグラには、こういった淡いピンクや黄色の生地で、リボンなどがあしらわれた――」

「か、勘違いするな!

ちょっと地味すぎると思っただけだ!」

「ええっ!

これが地味ですの?!

じゃ、じゃあこんなのとかでしょうか」

続いてアリーチェが手に取ったのは所謂スケスケタイプだった。

色こそ白ではあるが、薄らと地肌が見えているなどというレベルではなく、大事なところ以外は丸見えとすら言える、かなり際どいデザインだ。

「し、白だぁ?!

私みたいな棘のある女に、白なんて似合う訳がねぇだろうが!

それはリーチェが穿いて、私にはもっと毒々しい色を持ってこい!」

「?!

わ、私がこれを……

で、ではあちらは如何です?」

アリーチェは一体のマネキンを指差した。

そのマネキンには光沢のあるブルーで、小さな小さな蝶々が股間にとまっているようなデザインのショーツが着せられていた。

股間の蝶々以外は紐で、所謂Tバックタイプとなっている。

そしてその対となるブラは、ハチマキを間違えて胸に巻いたとしか思えないような攻撃的なデザインだった。

「……それもリーチェだな」

グラフィアは断言した。

「ちょっと狡いですわよグラ!!!

あ!よく見るとこちらのどぎつい紫の方は蝶々ではなく ポイズンモス(毒蛾) タイプですわ!

毒女の貴方にピッタリ!」

「な、中々わかってきたじゃねぇかリーチェ!

お、これなんてあっさりしていてリーチェにいいな!」

グラフィアは一番大事なところにポッカリと穴が空いているショーツを手に取った。

対になるブラもフラフープの様な輪っかが2つ付いているだけで、重要な場所は空洞となっており、その存在意義すらよく分からない仕様だ。

「きゃあ!

ななな、なんて卑猥な……」

アリーチェは悲鳴をあげつつ、更なる猥褻物が陳列されているコーナーを探し求めて店内をうろつき始めた。

こうして彼女達は、少しのお金を使い日頃溜め込んだストレスを買い物で発散した。

今日山のように買い求めた下着は、2人の大切な宝物として厳重に封をされ、彼女達の私室のクローゼット奥深くに収納されたのであった。

アリーチェはグラフィアに一応一言断り、アレンとグラフィアの水面下でのやり取りと、そのグラフィアが感じた印象を帝国上層部へと報告した。

帝国はアレンの個としての実力、伸び代について、その評価を上方修正し――

そして安堵した。

風の精霊の正体は、やはり索敵魔法の応用である体外魔力循環に違いない。

わずか12歳にして驚嘆すべきセンスであり、将来は帝国にとって大いに脅威となりうるが、その正体がわかっていればある程度対策は打てる。

『アレン・ロヴェーヌを理解できた』と、あぁ良かったと、帝国はそう考えた。