軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

11 入学試験(1)

試験当日の朝、俺はいつも通り朝5時前に起きた。

天気は生憎の雨だ。

試験は朝の8時から10時までの間に学園に入ればいい。

あまりに人数が多いので、時間に幅が持たされているのだ。

寝巻きから着替え、 雨具(カッパ) を羽織る。

「感心ですね。今朝も走るのですか?」

母上が玄関まで出てきた。

「そうですね。走るのは楽しいですし、大切な日だからこそ、いつも通りにしようかと」

「ふふふ。本当に頼もしくなりました。いってらっしゃい、アレン。朝食の用意はしておくわ」

雨の日の訓練には注意が必要だ。

それは足元が滑りやすいからだ。

何を当たり前なと思うかもしれないが、この世界には身体強化魔法がある。

力の込め方を誤ると簡単に滑るし、ただのランニングでも大怪我につながりやすい。

魔物の革でできたブーツは、強度、撥水性、滑りにくさなどの性能面で、前世のスニーカーの上をいく。

それでもやはり雨の日は滑りやすい。

もちろん、怪我を恐れて魔法の強度を落とせば、それなりに安全に走ることは出来る。

だが、素早く、強く動こうと思うと、接地面の状態をよく見極めて、ギリギリの強さで接地し、足裏から伝わってくる僅かな感触をもとに瞬間的に魔法強度を微調整する、という、単純ながらも実に奥深い作業を繰り返す必要があるのだ。

こういった頭を使わず、体で覚えるタイプの技能は、昔から『アレン』の得意技だ。

俺は雨の日の訓練が好きだった。

帰宅して素振りを終えた俺は、朝食のテーブルについた。

春休みが終わり、今日から学校が再開する姉上も起きてきている。

一昨日のダラシのない格好ではなく、リボンのついたフレッシュグリーンのワンピースに着替えている。

そして長い髪は、地味めのダークブラウンのスカーフと交互に、綺麗に三つ編みに編み込まれている。

昨日、王都の案内に付き合ってもらった際にプレゼントしたものだ。

元々、受験前日は基礎トレーニング以外は休養日、兼予備日の予定としていた。

流石に少し申し訳ない気持ちもあったので、昨日1日、王都観光への同伴をお願いし、そのお礼に安物のスカーフをプレゼントした。

プレゼントを申し出た際は、感極まった姉上がしくしくと泣き出して…まぁその話はいい。

選んでいる段階で、俺の髪色に似ているとは薄々感じていたが、見て見ぬ振りをした。

…だが、まさか自分の髪と一緒にスカーフを頭に編み込む、なんて技術が存在するとは…

正直言って、引いている。

受験日に精神的なダメージを与えてくるのはやめてほしい…。

「待たせました」

母上が、朝食をテーブルに並べてくれる。

流石に別邸にコックを雇うような余裕はうちには無いので、母上が用意してくれているのだ。

そこには、いつものサラダ、パン、チーズ、ハム、スクランブルエッグ、そしてなんと携帯非常固形食のプレーン味が!

思わず、ハンバーグを出された小学生のように顔を輝かせてしまい、母上に

「まだまだ子供ですね」と呆れられ、

姉上には

「アレン君、可っ愛い〜」

と、言われてしまった。

…はぁ。

まあいっか、姉上の機嫌も直ったし。

俺は、姉上の髪型を見て沈んだ気持ちを、固形食を摂取する事で何とか浮上させる事に成功した。

「では予定通り、 玄関(ここ) で見送りとします。頑張ってらっしゃい」

普通、貴族が王立学園を受験する際は、親や執事、家庭教師などが受験会場である学園入口まで同伴する例が多いようだ。

だが俺は、親を伴って受験会場に行くという行為が、何となく恥ずかしくて、見送りは要らないと昨日の夕飯時に伝えておいたのだ。

「今なら あの人(ベルウッド) が、アレンが1人で王都に向かう事を許可した気持ちがわかります」

お、よかったな親父!

懸案がまた1つ解決して、俺の心はさらに軽くなった。

「では、行ってきます!」

雨は上がっていた。

ゆっくりと街並みを見ながら、朝の訓練で多少使用した魔力を圧縮して丁寧に溜め戻しながら向かった。

10時10分前に試験会場に着くと、ギリギリとあって、流石に受験生でごった返しているというほどの状況ではなかった。

こんなギリギリにきた理由に、深い意味はない。

事前の案内に、早い時間ほど混んでいるので、遅めの時間に来るようにと、推奨されていたからだ。

まぁそうだろう。

途中で何か事故があるといけないので、普通は早めに来ようと思う。

俺だって徒歩圏じゃなければもっと余裕を持って到着するように家を出ただろう。

そこかしこで、親や家庭教師から激励されている受験生を避けて正門をくぐり、その先の石畳に沿って張り出された沢山のテントの一つで受付をする。

そして、専用の魔道具で魔力量を測定する。

「2488ですか、優秀ですね!

あなたはこのまま石畳をまっすぐ、案内に従って、実技試験の会場に進んでいいですよ」

受付の担当者は笑顔で言ってくれた。

その先を見ると、テントの先にある、だだっ広い芝生に、物凄い数の受験生が不安そうな顔で待機していた。

…あぁ、あれが噂に聞く魔力量の足切り結果待ちか。

10時を過ぎた段階で魔力量を集計し、上位3000名に入れなかったものは、その他の試験を受ける事さえ叶わずお帰りいただくという、無情極まりないシステムだ。

まぁ流石に10000人全ての実技試験などしていては日が暮れる。

明らかにボーダーを超えている場合は、あの芝生で待機せず、先に進ませてもらえる。

9000人近い人間の、羨望の目を受けながら、先に進む。

気まずい…

1人先に進むという事は、彼らの中でお帰りになる人間が1人増えるという事を意味する。

白亜の学舎の前まで来たら、案内の人が立っていた。

魔法士コースで魔法士を専攻するものは右手に、それ以外を希望するものは左手に進むように、との事だ。

右手の様子が非常に気になるが、トボトボと左手に進む。

後ろの方から地鳴りのような歓声と悲鳴が聞こえた。

……急がないと、残りの約2000名の皆さんでごった返すな……

騎士コースの実技試験会場は、またそこはバカみたいに広い黒土のグラウンドだった。

今朝の雨で多少ぬかるんでいるが、それよりも問題なのは、踏むとフカフカと柔らかいこの独特の土の感触だな。

全く経験のない感触だ。

一歩、一歩、受付に向かって歩きながら魔力操作のイメージを擦り合わせていく。

受付に着くと、そこには大小様々な木刀が大量に立て掛けられていた。

名前を伝えると、好きな得物を選んで、広いグラウンドに散らばっている試験官の所へ行けと言われた。

「どこに行ってもいいんですか?」

「ええ、どこで受けても同じですよ。組み打ちをするのは受験生同士ですから」

受付の優しげなお兄ちゃんが答えた。

3年生がお手伝いかな?

適当な木刀を選んで、改めて試験会場を見てみる。

…うん、どう見ても試験官ごとに受験者数に偏りがある。

それはそうだろう。いくら受験生同士で戦うとはいえ、人間のやることだ。

採点の甘辛は確実に出てくる。

かなり遠いが、どう見ても優しそうな試験官の所には、100人以上の受験生が群がっている。

一方で、グラウンドの真ん中付近に設置された受付から、ほんのすぐそこにいる試験官…

無精髭を生やした壮年の男で、見るからに不機嫌そうな顔で眉間に皺を寄せている。

組み打ちをしている受験生を碌に見てもいない。

…確実に地雷だな。

集まっている受験生も10人に満たない。

あれは二日酔いだな……

前世で二日酔いで不機嫌だった課長が醸し出す雰囲気にそっくりだ。

「あーお前らもういいよ。才能ない。帰っていいよ」

しっしっしと、手で受験生を追い払う。

宣告された受験生が絶望の色を顔に浮かべる。

気の毒だが、考えなしにこの試験官へと突っ込んだ受験生の自業自得というより他ないだろう。

受験の神様はどこの世界でも切り捨てるためにいるのだ。

そしてそう。

この実技についても足切りがある。

3000人の受験生から、明らかに水準に達していない、おおよそ2000人を試験官が選別し、学科試験を受ける生徒を1000人にまで絞り込むのだ。

そして、実施する実技試験の内容は年によって多少の違いがあるが、いずれにしろ実技試験の合否は、どうやら試験官による裁量が大きい…

こうした事前の情報をどこまで把握し、具体的なイメージを持って試験に臨んでいるかが、合否を分ける。

俺は一族700年の涙の歴史に感謝しながら、無精髭を華麗にスルーした。

……ところで呼び止められた。