作品タイトル不明
嘘は言いません
……夜中。イストファは、自分の部屋の扉を誰かが叩く音で目を覚ました。
「イストファ様。ブリギッテ様がお出でです」
「え? はい」
扉を叩いた騎士の声に、イストファはちょっと眠い目をこすりながら起き上がる。
服装は……寝巻ではあるが、王宮から貸与されている綺麗な寝間着なので見苦しくはない。
やがて開かれたドアから、ブリギッテが青い鎧の騎士と共に入ってきて……そこでブリギッテは、騎士へと視線を向ける。
「貴方も外で待っていただけるかしら?」
「しかし……」
「私が構わないと言っているのですけれど?」
「……かしこまりました」
一礼し騎士が出て行ったあと、扉は閉められ……沈黙が、部屋に訪れる。
俯いたブリギッテは何も言わず……イストファは、困ったようにブリギッテを見つめる。
「あの……」
やがてイストファが遠慮がちにそう声をかけると、ブリギッテはきゅっと拳を握る。
「……貴方は」
「え?」
「貴方は、私を守ると言いましたわね」
「はい。えっと、それが何か……」
「その言葉に、偽りはありませんわよね」
「僕は、嘘は言いません」
迷うことなく言い切るイストファの目を、ブリギッテはじっと見つめて。
「……なら、貴方にこれを下賜しましょう」
そう言って、分厚い布の袋に包まれた何かを押し付けてきた。
「これは……?」
「開けてみなさい」
言われるままに袋を閉じている紐を解き、覗き込もうとしたとき。僅かな光が袋から漏れ出しているのにイストファは気付く。何処となく威圧感すら感じるその感覚に、イストファは覚えがあった。
「これって……何かのマジックアイテム、ですか?」
「そうとも言えますわね」
袋の中にあったのは、青く透明な石……のようなもの。
「この、青い光は……」
「叡知の鍵石。あるいはフラグメント……錬金術における到達点の1つ。理論上は存在すると言われているだけの、そういう代物ですわね」
「え? でも……」
「そう、それでもソレは此処にある。どうしてだと思います?」
イストファは、思い出す。確か、ブリギッテは錬金術師だと自分で名乗っていた。
ならば、これは……。
「ブリギッテ様が作った……ってこと、ですよね?」
「……ええ。でもそれは、誰にも知られていないはずでしたのよ」
「それは……どうしてですか? 凄い事なんですよね?」
錬金術の到達点の1つであり、理論上存在しているだけというようなもの。
どう考えても発表すれば凄い賞賛を得られるのに、とイストファは思う。
だが……ブリギッテは、そうは考えていない。
「その叡知の鍵石は、いわば人造の魔石とも言えますわ」
「魔石……」
「貴方も冒険者なら、当然魔石についてはご存じですわよね?」
「えっと、はい。色んなものに使われてるって」
「その通りですわ。魔石は先進的な生活を支える重要なものです」
そう、魔石は都市における街灯をはじめとする、様々なものに使用されている。
特に王都などの中枢都市ではそれがなければ成り立たないものも多く、ダンジョンから産出される魔石は重要な資源であるともいえた。
「魔力が物質化した存在である魔石は、通常であれば人工的には精製不可能なもの……ですが、出来れば魔石の流通事情に多少の影響を与える事も出来ますわ」
具体的には迷宮都市からの輸入に左右されず、最低限のインフラを安定させる事も可能というわけだが……。
「えっと……」
「まあ、その辺はよろしいですわ。とにかく、私は人造魔石の研究にも力を入れているというわけですわね」
「あ、はい」
難しい話にちょっと疑問符を浮かべ始めていたイストファに気付き、ブリギッテが咳払いして話を元に戻す。
「その過程で偶然出来てしまったものがソレというわけですが……」
「いい事なんじゃないですか?」
「そう単純な話で終われば苦労しませんわ」
そう、イストファの言うとおりに「いい事」で終われば何の苦労もなかった。
しかし……叡知の鍵石には、とある噂もついて回っていた。
「叡知の鍵石を持つ者は、莫大な魔力を得る……という噂がありますわ」
「そうなんですか?」
「そんなわけがないでしょう。本当だったら私がどうして得てないんですの?」
「ですよねえ……」
もし本当だったら魔力がゼロのイストファも魔力を手に入れているはずだが、そんな気配は微塵もない。
「そんな噂がたった理由は、ソレが魔力の結晶だったからですわね」
「勘違いってことですか?」
「広い意味で言えば。つまり……自分の魔力の他に魔力源になるものを持っていれば、その分魔法の威力が上がるのは至極当然。その辺りの事情がごっちゃになったのでしょうね」
「へえ……じゃあもしかして僕も、これがあれば魔法を使えたり?」
「貴方の事情は噂に聞いてますわよ。魔力ゼロの人間は魔法を使う才能自体がゼロ。何があっても魔法なんか使えませんわ」
「そ、そうなんですか……」
凄く残念そうな顔をするイストファだったが、ブリギッテはそれを気にせずに話を続ける。
「ですが、叡知の鍵石に『そういう話』がある事自体は事実……」
そう、それが恐らくは重要なのだ。ブリギッテは、そう考えている。
「だからこそ、それがカイルお兄様に渡ることを恐れている『何者か』がいるってことですわ」