軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

これで良し……と

朝。イストファは、いつも通り……この部屋に泊まるようになってからの「いつも通り」に目を覚ます。

横のベッドを見ればステラはすでに出かけており、「また戻る」というおまじないであるらしい予備の道具入れが置いてあるのが見える。

それを見て何となくホッとしながら、イストファは宿に備え付けの寝巻から服へと着替え始める。

買った時には綺麗だった服……まだ数日前の話だが、すでにあちこちに縫った跡のある服に袖を通す。

イストファが器用なせいか、然程目立つものでもなく鎧を着れば分からなくなる程度ではあるのだが……その鎧はフリートに引き取ってもらっているので、此処にはない。

少し考えて短剣を腰に差して、小盾は壁に立てかける。大きな荷物袋も、今日は必要ない。

「これで良し……と」

部屋の外に出て鍵をかけると、イストファは階下へと降りていく。

まだ朝だがチェックアウトする客などもいる関係か、宿の主人が少し眠そうな顔でカウンターに座っているが……イストファを見ると、パッと目が覚めたような顔になる。

「おはよう、イストファ。今日はお休みかい?」

「おはようございます。はい、そうなんです。それで、これ……」

「ああ、預かっておくよ。まあ、必要だよな」

言いながら宿の主人はイストファの服に視線を向けてくる。

「あの、何か……?」

「いや。冒険者にだって休みは必要だ。君みたいな若い子なら尚更ね」

「ありがとうございます。頑張ってきます」

「ん、ああ。あー……まあ、いいか。いってらっしゃい」

微妙な顔になる宿の主人に手を振り出ていくイストファだが、宿の主人に「お休みって頑張るものだったかねえ……」と言われている事には当然気付かない。

迷宮都市の朝は比較的早く、宿屋の集まるこの辺りも今の時間はバタバタし始める時間帯だ。

急ぎ足で冒険者ギルドへ向かう者もいれば、何か軽い食事を求めてゆったりとした足取りで歩く一団もいる。

その多くは冒険者達だが、どの顔も自信に満ち溢れている。誰もが明日以降の自分の栄光を疑ってはいないのだろう、装備もかなり上質なものを着けているようにイストファには見えた。

いつか、自分も。そんな事を考えながらイストファはフリート武具店に向かおうとして。

「あれ? お前、この前の小汚いガキじゃねえか」

かけられた悪意たっぷりの声に、振り返る。

そこに立っていたのは、イストファを以前罵った……そして別の日にはフリートに店から叩き出されていた銀級冒険者の男だ。

傍らにはその相棒らしき魔法士の男が立っているのも見える。

「なんだ、その装備。どっかで拾ったのか?」

「貴方は……」

「あ?」

男の姿が消えた、と感じた次の瞬間にイストファは蹴られていた。

激しい痛みと共にイストファは地面を転がり、周囲を歩いていた人々が驚いたように振り向く。

「なんだ、その態度は。聞いたことに答えりゃいいんだよ」

「ぐ……っ」

「盗んできた可能性もあるぜ。この辺り、意外と治安が悪そうだしな」

ニヤニヤと笑う魔法士の男に、剣士の男は「ああ、なるほどな」と笑い返す。

「どうなんだ、おい」

立ち上がろうとしたイストファの顎を蹴り、剣士の男はイストファを踏みつける。

「これは、僕の……」

「僕の盗んできたもんですってかあ? とんでもねえ野郎だぜ!」

下品な笑い声をあげながら剣士の男はイストファを踏みにじって。

「……なんだオイ。なんか文句でもあんのか」

自分達を剣呑な目で睨みつけている周囲の人々に気付く。

それは、冒険者であったり……近くの店の主人であったりした。

「おい、銀級。その足どかせや」

「あ? ……赤鋼級かよ。格下が指図してんじゃねえぞ」

「その足どかせって言ってんだよ銀級。ボコられてえのか」

一歩進み出てきた冒険者の男の気迫に剣士の男は一瞬怯んだように後ろに下がり……イストファを軽く蹴り飛ばす。

「てめっ……」

「イストファ君!」

だが冒険者の男が何かを言う前に、人をかき分けて入ってきたケイがイストファに駆け寄り……憤りを隠せない表情で剣士の男に近づいていく。

「ちょっと! イストファ君が何をしたっていうんですか!? こんな、酷い!」

それはあまりにも当然の糾弾。だが剣士の男にとっては、自分よりも年下に見える少女に怒鳴られるという「恥を掻いた」案件でしかなかった。

当然のように剣士の男はケイを叩こうと手を振り上げて。

「……あ?」

だが、振り下ろした手は暴力に身が竦んで目を閉じてしまったケイには届かない。

その前に立ち塞がったイストファの手が、剣士の男の手を押さえていた。

今の僅かな時間に立ち上がって、自分の前に立ち塞がった。

その事実に剣士の男は更なる苛立ちを覚えて、イストファを殺気を籠めながら見下ろす。

だが、イストファは引かない。闘志を籠めて見上げる目が、男の殺気を更に濃くする。

「死にてえのか、このガキ……」

腰の剣に男が手をかけようとした、その時。

「そこまでだ! 全員、動くな!」

「チッ!」

ガシャガシャと鎧の音を鳴らしながら衛兵達が走ってくる音を耳にして、銀級の男達は周囲の人間を突き飛ばしながら逃げていく。

流石に銀級だろうとなんだろうと、今の状況を衛兵に見られるのが拙い事くらいは分かる。

逃げてしまえばシラを切りとおせると逃げの一手を打つ。

「待て、この……おい、追え!」

「はっ!」

数人の衛兵が追っていき、命令を下した衛兵がイストファ達の下へとやってくる。

「大丈夫だったか? 助けに入るのが遅れてすまない」

「いいえ、大丈夫ですアリシアさん。イストファ君が守ってくれましたから」

「そうか。頑張ったな」

「いえ。あ、その。汚れちゃいますから」

「何言ってるの! ほら、動かないで!」

答えようとしたイストファがケイにハンカチで頬を拭かれているのを見て、アリシアはフッと笑う。

「家まで送らせようかと思ったが……これは野暮だったか?」

「へ!? いえ、その……あ、送ってくれるとかは大丈夫なんですけど!」

「うむ、そうか。これ以上邪魔はしたくないが、軽く事情は聞かせてくれ」

「勿論です」

頷くイストファにアリシアは「すまないな」と笑う。

やがて少しの質疑応答が終わった頃には、証言していた周囲の人々もそれぞれの仕事へと去っていき……平穏な朝の姿が戻ってくる。