軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

23 考察

執務室に戻ると、私はそっと彼の腕の中からソファへと下ろされた。

まるで羽を扱うかのような繊細な手つきだった。

柔らかなクッションが背に触れ、私はようやく、自分が安心できる場所に戻ってきたのだと実感する。

けれど、その安堵の奥に、チクリとした痛みが残った。

(本当は……私が殿下をお守りする立場なのに)

「……ありがとう、ございます」

目を伏せたまま、か細い声で呟いた私に、セドリック殿下は何も言わず、そっとソファの反対側に腰を下ろした。

「君が無事でよかった。どこか痛いところはないか?」

その優しい問いかけに、胸の奥がきゅっと縮こまる。

「ご心配をおかけして申し訳ありません。大丈夫です……!」

俯いたまま答える声が、ほんの少しだけ震えてしまった。

本来ならば、私は護衛として彼を守るはずだった。

なのに結局、あの時のように……また守られてしまった。

しかも、今回はエドワード様とカミラ様と対峙するという私的な事情だ。

情けなくて、ふがいなくて。

言葉にはできない感情が、じわじわと胸に広がっていく。

ぎゅっと握ったスカートの裾。俯いたまま、私は何も言えずにいた。

ふいに、そっと近づく気配がする。驚いて顔を上げると、セドリック殿下が隣に膝をついていた。

「リリアナ、君のせいではない」

その一言に、私は目を見開いた。

「けれど……私が、あんな場所について行かなければ……」

「あの二人にあの場所まで連れて行かれたのか?」

セドリック殿下の問いかけに、私は首を横に振る。

「……いえ。私は別の用件で呼ばれて侍女長のところへ向かったんです。でも、その帰りに……見覚えのない侍女が来て、『侍女長からの伝言がある』と言われて、別の部屋に案内されて……」

あの時の、扉が閉じる音。埃っぽい空気。そして——エドワード様の狂気じみた顔。

思い出すだけで、手が冷たくなる。

「変だと思ったんです。でも、王宮内ですし、まさか……」

唇が自然と震える。

気が緩んでいたと言われればそれまでだ。

「リリアナ」

その時、セドリック殿下が殊更優しく私の名を呼んだ。

「君は、冷静に言葉で相手を退けようとした。無理矢理な力に対しても、諦めず抵抗した。……それだけで、十分に立派な行動だ」

「……殿下……」

「ただ、危険な状況であったことも確かだ。君が無事で本当に良かった。エリオットの薦めで君の紋を追えるようにしておいて良かっ──」

「……え?」

「……あっ」

セドリック殿下が小さく目を見開き、気まずそうに視線をそらした。

「……ち、違う。いや、違わないが……べつに、常に見ていたとか、そんなわけではない。何かあったときに探せるように、最低限の……予防措置だ。うん、そういうことだ」

慌てたように言葉を継ぎ足す殿下に、私はぽかんとしてしまった。

「……それって、魔塔に行くための紋を刻まれたときの……」

「あれは本来転移用でもあるが、魔術師が秘密を持ち出さないよう念のために追跡用の呪式を重ねてあって……いや、その力を使う前に君の了承は、きちんと取るつもりだった。決して、いつも覗いていたとか、そういうことでは——!」

言い訳を重ねるほど、どんどん焦るセドリック殿下。

その姿があまりにも必死で、私はつい、くすりと笑ってしまった。

「そんなに焦らなくても、怒ってませんわ」

「……本当か?」

「本当です。あの状況で、すぐに助けていただいたこと、感謝しています」

そう言うと、ようやく彼は胸をなで下ろしたように肩を落とした。

「……助かった」

顔を少し赤くしながら、ぼそりと呟くその姿は、いつもの冷静な殿下とは少し違って見えた。そのおかげで、私の胸の奥で重たく沈んでいたものが、少しだけ和らいでいく。

こほん、とセドリック殿下が咳払いをする。

「……その侍女の特徴を覚えているか?」

再び室内に静けさが戻る。

「はい。彼女は……見覚えのない顔立ちでした。年齢は私と同じくらい、黒髪を後ろでまとめていて、言葉遣いは丁寧でしたけれど、侍女長とは明らかに雰囲気が違いました」

「服装は?」

「王宮の侍女の制服を着ていました。ですが、胸元の紋が少し滲んでいて……刺繍が新しくないように感じました」

私は息をのみながら続きを告げる。

「そして彼女が案内した部屋の扉を開けたらおふたりがいて……私が中に入った後、外側から扉が閉められて、それから鍵のかかる音がしました」

「なるほど……」

その一言に、セドリック殿下が静かに目を伏せる。

「おそらく、本当の侍女ではないのだろう」

「えっ?」

理解が追いつかず、私は思わず視線をさまよわせた。

じゃあ、あの侍女は……一体、誰?

「王宮内に紛れ込んだ者か、誰かが侍女を装っていたか。いずれにせよ、内部の人間の協力なしにできることではない」

殿下は視線をゆっくりと私へ戻し、静かに告げた。

「やはり、君を誘導し、エドワードと会わせるのが目的だったと考えて間違いなさそうだな。問題は……彼女が単なる手先だったのか、それとも……」

「もっと、別の目的で主体的に動いていたか……でしょうか」

私の言葉に、セドリック殿下は小さく頷いた。

「……エドワードが王宮に潜むためにはアルトマン嬢の手引きだけでは足りない。しっかり調べる必要がある」

セドリック殿下の声音は静かだったが、その奥に鋭い警戒心が滲んでいた。

そして私も、より鍛練を積むことを改めて決意した。