軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

花開く その思い 5

ジゼルが小屋の中をのぞき込める位置まで移動した時、その中で、ほんの僅かな揺らぎが起こった。

朝、扉のない小屋とはいえ、中は薄暗い。その暗がりに、無数の輝きを見つけ、ジゼルは思わず身をすくめた。

これは確かに占領という言葉が相応しい事態だった。この近隣の猫が、すべてこの小屋の中にいると言われるとうっかり信じてしまいそうなほど猫が居る。

そのすべてが、爛々と目を光らせ、外部から侵入しようとする者を警戒しているのだ。

鳥肌を立てた腕を摩りながら、ジゼルはその入り口に一歩ずつ近付いた。

「シャー!」

入り口近くにいた、白黒ぶちの猫が、ジゼルに向けて威嚇の声を飛ばす。

それに釣られたように、中にいた猫達は、ゆらりと動いた。

「ええと……シリル様。いらっしゃいませんか?」

「シャー!!」

シリルの代わりに、猫達が返事をしている。

少なくとも、ジゼルは、こんな調子で声をかけるだけでは、寝ているシリルが起きない事を、嫌と言うほど理解していた。

なにがなんでも、この中に入らなければ、シリルは起こせない。

せめてシリルがどのあたりにいるのかわかれば、無理矢理押し入るのにと思いながら、足元にいる『眼』の猫を見てみると、猫はきょとんとした表情でジゼルを見上げていた。

「……猫ちゃん、シリル様は、あの中なのよね?」

「ニャー」

「……寝てるのよね?」

「ニャー」

純粋な瞳で見つめられ、どうしていかないの、と尋ねられているような気持ちになり、ジゼルはうっと言葉に詰まる。

「……入るしか無いわよね」

よし、と気合いを入れ、覚悟を決めたところで、突然足元にいた『眼』の猫は、身軽に飛び上がり、ジゼルの体をよじ登ると、頭の後ろに体をぴたりとおさめた。

それは、いつもバゼーヌ家の中で一緒に移動していた時の定位置で、ジゼルを励ますような暖かさを首筋に感じ、不安だった心がほんの少し和らいだ。

「……お邪魔します」

自分の家の倉庫だというのにおかしな言葉だと思いながら、ジゼルは一歩中に身を進めた。

積み上げられた飼葉の上や、ほぐされた藁の上に、ざっと見渡すだけで十匹以上の猫が、ただじっとジセルの事を見つめていた。

見渡せる位置にシリルの姿はなく、そうなればあとは梯子を登った屋根裏部分しか残っていない。

そっと足を進めようとしたところで、すっと猫達は立ち上がり、威嚇するように毛を膨らませた。

「あ、これ以上、駄目?」

「カーッ!」

二匹ほどが、ジゼルの前に立ちふさがった。

しかし、その時、ジゼルの後頭部あたりから、くぅ、と言う鳴き声が聞こえた。

ジゼルが、思わず振り返ろうとした瞬間、大音量で、『眼』の猫が鳴いた。

「フミャー!」

一声だった。その鳴き声が響くと、目の前の猫達はビクンと身体をすくめ、じりじりと後退していく。

何が起こっているのかはわからないが、猫達はさっと身を隠してしまった。

「……猫ちゃん、実は強かったの?」

「ミャ?」

よくわからない。

そうとぼけられた気がしたが、猫が身を隠している今のうちに、シリルの元へ行かなければと、慌てて中に入り、梯子に飛びついた。

するすると梯子を登り、屋根裏に顔を出すと、保存用の藁束の影に、長い足が見えた。慌てて駆け寄りのぞき込んで、ほっと力が抜けた。

シリルは、一匹の黒猫をお腹に乗せ、その狭い隙間で熟睡していた。

黒猫は、シリルのお腹の上で丸まり、こちらも寝ているように見える。

「シリル様!」

藁束を少し動かし、シリルの隣に座り込む。

いつものように、大変静かな寝姿だ。身動ぎしそうにもないほど、完全に熟睡していた。

しかし、この猫達をどうにかしてもらわなければならない。

ジゼルは果敢にシリルの体を揺さぶりはじめた。

しかし、そうなれば、お腹に寝ている猫の方が先に起きるのが道理だった。

黒猫は、薄暗い中で仄かに光る瞳をジゼルに向け、唸りはじめた。

「猫ちゃん、ごめんね。寝ていたところ申し訳ないけど、この人を起こさないと駄目なの」

「フギャー!」

まるでシリルを守るように、その上で威嚇の体勢を取る。

ジゼルが手を出し倦ねている隙に、なぜか『眼』の猫がジゼルの上から飛び降り、「フミャッ」と鳴いた。

黒猫は、それに反応するように警戒を解き、なぜかシリルの上でちょこんと座ったまま、『眼』の猫と向かい合った。

猫同士、会話をするように、なにやら鳴き合っている。

何を言っているのかはもちろんわからないが、白銀の猫が何かを告げるたびに、黒猫の方は少しずつ落ち着き、最終的に、二匹は並んでシリルの足元へ移動した。

「……起こしてもいいの?」

「ミャー」

『眼』の猫に返事をもらい、再びシリルの体を揺さぶりながら、声をかけ続ける。

一向に身動きしないのは、おそらく前々日から、まったく寝てないためだ。それだけ、疲労しているのだろう。ここに来て、朝日を浴びて、限界を超えたに違いない。

「ああ、もう。ここだと水も用意できないわよね……」

思わず唸りながら、何かいい手はないかと周囲を見渡すため、シリルから目を離し首を捻ったジゼルは、それに気付くのが一瞬遅れた。

突然掴まれた手は、そのままシリルの口に当てられ、なぜかかぷりと噛みつかれた。

「!!!!!」

絶叫を必死でこらえたジゼルは、自らの手を取り戻し、慌ててシリルの顔に視線を向けた。

「起きてらしたんですかっ」

「……ねむい」

今まで、半年近く見守り続けた連日の目覚めの中でも、見た事がないほど寝ぼけている。

「眠いのはわかってます。けど、ちょっとだけ、起きてください」

不思議そうに、ほとんど開いてない目が向けられていた。

「どうしてうちの倉庫を猫だらけにしているんですか。これをなんとかしない限り、寝かせませんよ」

「猫……だらけ?」

「そうです。シリル様を守るように、猫がこの倉庫の中に一杯になってるんですよ。何したんですか?」

「なにも……してない」

「何もしてなかったら、こんな事にはなりませんよ」

顔をしかめたジゼルに、シリルはしばらくぼんやりしたあと、突然ひらひらと手を振った。

「……ノル」

「ミャア」

かけられた声に、黒猫が反応した。

「……これ」

これ、といわれても、ジゼルにはなんの事やらわからない。

思わず黒猫を見つめながら、首を傾げた。

「この子がどうかしたんですか」

「昨日の儀式で……神の気に当てられた」

「……はい?」

「使い魔になりたがってる……」

黒猫は、凛とした姿で、シリルの足元に座っている。

ぼんやりしたシリルの説明を掻い摘むと、この黒猫は、神が降りた昨日の儀式で、神の声を聞き、人の言葉がわかるようになったというのだ。

使い魔は、元々その素質がある動物を、魔術師が魔法でその力を開放してなるものなのだが、この黒猫は、それが神の気により開放されてしまった。

そのまま、儀式と、その後の様子を盗み見て、シリルが魔術師である事を知り、話をしに来たらしい。

そして話を聞き、そのまま野良で居るよりは、誰か魔術師に師事したいと、こうしてシリルの元にいるのだという。

「それで、ここにいる猫は全部そうなんですか?」

「いや……ノルだけ」

「ノルというのが、この黒猫の名前ですか?」

「ん……。ノル、この辺の猫達の、長らしい。それで、全部、ここにいるんだと思う」

「では、肝心なことを聞きますが。いつまでこの猫達はここにいるんですか?」

そのジゼルの問いに、シリルは一瞬、口を閉じた。

「……うち、鳥の一派なんだ」

「以前お聞きしました。師匠が鳥だと、鳥が多くなるんですよね」

「……まだ、使い魔いないから、連れていけるけど……鳥じゃないなら、師匠の許可がいる」

ジゼルは、その意味を理解し、愕然とした。

「ちょっと待ってください。その、許可とやらが来るまで、ここはそのままですか!?」

「わからない」

「わからないって……」

唖然としつつも、つまりこれの原因は、シリルであってシリルではないというのが、理解はできた。

シリルにどうにかできないのならば、どうにかできる相手と交渉しなくてはならない。

ジゼルの視線は、黒猫のノルに向けられた。

「……ノル、さん?」

ぴしり、と緊張が走る。どうやらノルは、ジゼルにはそう呼ばれたくないらしい。

しかし、ぼんやりしているはずのシリルが、再び手を振ると、その空気は霧散した。

「ノル……ジゼルはだめ」

「……ミャア」

しょんぼりと項垂れた黒猫は、そのままちらりとジゼルに視線を向けていた。

上目遣いで、ぺたんと耳を倒している姿は哀れを誘い、うっかりほだされそうになる。

「あの、ここに、猫の皆さんをお迎えするわけにはいかないので……解散してもらえないかと。あなた一匹なら、シリル様の部屋に入れてもらえるように、交渉してあげるから」

「ニィ」

「もし、兵舎が駄目なら、結果がでるまでは私の部屋に居てもいいから。とにかく他の猫は、解散してもらえないかしら。お願いします」

ぴくりと耳が震え、ノルはすくっと立ち上がった。

そのまま、梯子の近くまで歩いて行くと、高らかに鳴き声を上げた。

しばらく、がさがさと藁が動く音がしたあと、外から、兵達の驚きの声が聞こえてきた。

その声からするに、猫達はここから立ち去ったらしい。

ノルは、その様子を見届け、再びシリルの元に戻ってきて、そのお腹の上で丸まった。

「あ、ちょっと待って。ここで寝られても困るの!」

慌てて止めようとしたが、その時には、シリルの意識は完全に沈んでいた。

すでに再び起こす事も叶わない。

それに何より、この寝ぼけたシリルを、ここから下に降ろす事はほぼ不可能である。

ジゼルはがっくりと項垂れながら、ここに上掛けとクッションを持ち込むため、梯子に足を向けたのだった。