軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

8. 家族の晩餐

心配していたものの、数日すると、ライアスは帰ってくるようになった。

結局襲撃した犯人は単独犯ということになったらしいが、あれほど苦戦していたのにそれは信じ難い。

でも調べて分からなかったというなら、どうしようもない。

そうして決着がついてから、ライアスは毎晩、晩御飯になると帰ってくるようになった。

実は顔は合わせなかったけれど、全くこの屋敷に寄り付かなかったわけではないらしい。

真夜中に、ひっそりと帰ってきて滞りなく屋敷が回るように指示を出したりはしていたという。これは執事に聞いた。

初めての晩餐は、広いダイニングに小さめのテーブルを設置してもらった。そこにライアスと私が向かい合って座り、その間にエイダン。

本来エイダンの場所が上座でライアスなのだけど。このセッティングでよろしいですか、と執事を通して聞くと、お任せしますと言われたので、遠慮なくさせてもらった。

「んまっ、まっ」

「おいしいですか?」

「っまー!!」

エイダンは後ろにのけぞって奇声を上げた。

ガチャン、とグラスが鳴る。ライアスの手元から滑ったようだ。

私はそちらを見る余裕もなく、エイダンの口から溢れるご飯をふき取った。

ガチャガチャと手に握ったフォークを机に打ち付ける。

「あ、あう!」

「はいはい、これね」

丸めたマッシュポテトだろうか。それをフォークに刺してやろうとして引き寄せると、エイダンの頭がグイッと近寄って、ぱくりと口に入れてしまう。

「あっ、エイダン。だめよ。フォークを使わなきゃ」

「ない!」

「ないじゃないのよ。ほら、パンは手でもいいわよ」

パンを手渡そうとするのに、ぱくっとそれも口が来て咥えられてしまった。

やだ、ちゅっと掠める小さなお口が可愛い・・・じゃなくて。

「エイダン、ほら、おてて頂戴」

「ちょ、だ」

「はい、どうぞ」

「あー、と」

何とか手にパンを握らせることができた。

それをしゃぶらせている合間にスープを口元に運ぶ。

「・・・いつも、このように晩御飯を召し上がっているのですか」

エイダンがある程度お腹が膨れてきて暴れなくなって、静かになってきて。

ライアスが唸るように言った。

「え?ええ、そうですが」

「これは本来、乳母に任せることではないでしょうか」

余裕がなかったから放置していたライアスの顔を、やっと見る。少し青ざめているようにも見える。

エイダンのテーブル廻りはものすごく汚れている。白いテーブルクロスがもうぐちゃぐちゃだ。

近くで見ると食欲をなくすだろうか。

私は右利きなのでエイダンの右隣にいる。手を伸ばせばみんな触れ合えるほどの距離だ。

「家族の食卓ですもの。一緒に食べたほうがおいしいでしょう?」

理由は他にもある。

最近エイダンが後追いを始めてくれたのだ。

後追い、最高。

乳母にしている様子は見てたけど、私にもちゃんとしてくれるなんて。嬉しすぎる。

しかも最近は、乳母より私の方に来てくれる。姿が見えないと泣いたりしちゃって。たまらない。

そのせいで、私が食べさせると良く食べてくれる。乳母にフォークを投げつけるのを見て、これはまずいなと思ったのだ。

乳母はなんといっても雇われの身だから、エイダンを叱ることはできない。危険な時は窘めるくらいはするけど。そんな乳母にこのどんどん力がついて難しくなっていくエイダンを任せるのもと思い、食事は今、私が請け負っている。

私の側にいると比較的落ち着いている。でも私がいないと泣く。

可愛い。

今は比較的落ち着いているけど、初めて見るとなんだこの惨状はと思う晩餐かもしれない。

どうしても駄目そうなら時間をずらしてもいいのだけど・・・。

理想は、いずれライアスがエイダンに晩御飯を食べさせるということ。食べさせてもらうって、信頼の証だからって思うんだけど。

遠い将来になりそうだわ・・・。

「——子どもと一緒に食べるのはお嫌ですか」

何と言っても公爵様だから。無理そうなら時間をずらそう。

「その・・・そういった習慣がなくて驚いています」

ライアスは正直に戸惑いを口にした。

「それより——貴方が食べられていないのが気にかかります」

え、私?

「食べてますよ」

「ただでさえ軽いのです。もっと食べたほうがよろしいかと」

「エイダンが食べるのを見ていると、確かにお腹が膨れるような気はしますね」

「それではよろしくありません」

「そうですね」

話半分で聞きながら、私はエイダンの口に茹で野菜を入れようとする。

「エイダン、あーん」

「ない!」

「おいしいニンジンさんですよ、ほら、あ———っん!」

驚いて向かい合ったライアスを見た。

ライアスは何食わぬ顔で私の口に食事を入れてきた。これは・・・お肉だ。

何をするんですか、と言いたいが、口に入っていては喋ることもままならない。

目線で非難の目を向けるが、ライアスはいたって真面目な顔のままだ。

「——一体・・・」

「貴方はエイダンに食べさせるのにお忙しいようですので、私が貴方のお手伝いをしようかと」

「なっ・・・」

「さあ、どうぞ」

「え、あ・・・」

更に口に入れられる。——食べさせるの上手ね。って、そうじゃなくて。

食べさせてほしいのは私じゃなくて、エイダンなんだけど!?

「いかがですか、お味は。——そういえば、我が家の味について、お伺いしていませんでしたね。王宮からのレシピはいくつか伝授していただいたのですが、毎日というわけにはいきませんし」

「ライアス」

立て続けに食べさせそうとするのを、何とか手を立てて止めた。

「味は満足しています。それから・・・自分で食べられますわ」

「ご遠慮なさらずに。——どうぞ、エイダンにやってください」

いや、そんな風に言われても。

でも圧が。この人、この整った顔で圧がすごい。

「え、エイダン。はい、あー・・・っん」

いや、何なのその積極性。ちょっとでも口を開けたらすかさず入れられる。

「ないっ!」

エイダンが、急に怒った。

食べてご機嫌なはずなのに。

「あ、だ・・・んない!」

フォークを振り回している。掴む離すが思い通りに行けば、フォークを投げ捨てていたであろう。

「エイダン?どうしたの、おいしくなかった?」

エイダンはミルクティー色のくりくりとした目を私に向けて、明らかに不機嫌になっていた。

「ど、お!」

フォークを差し出してくる。その先には蒸したカボチャだろうか、が刺さっている。

これは、まさか。

「エイダン、ママにくれるの?」

私は感動してライアスを見た。

「ライアス!貴方が私に食べさせるのを見て、エイダンが自分もって、真似してくれています!」

「それがですか・・・?」

「エイダン!優しい子!」

私はたまらなくなってエイダンを抱きしめた。

「あ、まっま!」

更にママって言ってくれた。

すっかり集中力はなくなってしまったようなので、目線で使用人に合図をする。すぐに乳母がやってきた。

「さあ、エイダン様、あちらでデザートを食べましょう」

乳母が誘うと、いつもの流れでおいしいものの予感がしたのだろう。エイダンは腕を伸ばした。

エイダンがいなくなると、急に静かになる。

「——貴方は、本当にエイダンを可愛がっているのですね」

「息子ですもの。可愛いですわ。この上なく」

「そう、ですか・・・」

「貴方はどうですか」

「どう・・・?」

私は自分の食事を再開した。食べないと口に入れられてしまうから。

「エイダンを見て、どう思いますか」

「・・・貴方のように、可愛くてたまらないという程では・・・。しかし、大切にしたいと思います。他でもない、貴方との子ですから」

ふむ。つまらない答えだ。

あ、いけない。顔に出てしまう。

話題を変えることにしよう。

「ところで、ライアス。まだ私のことを名前では呼べませんか」

ガチン、とまたライアスのカトラリーが音を立てる。

「そ、その・・・」

「まさかとは思いますが、ライアス——」

私は大げさに口元を覆った。

「私の名前を、お忘れになったのでは」

「まさか!そんなはずは」

思いのほか大きな声だ。

驚いていると、ライアスも、あ、と気づき居住まいを正す。

「その・・・やはり、恐れ多く——」

「どうぞ」

もうそういうのはいいから。

「呼んでしまえばなんてことないものですわ。さあ」

「・・・・シ・・・」

その先が続かない。

私は肉を口に入れた。しっかり噛んで飲みこむ。サラダも口に入れて食べ終わるころ。

「・・・・・シンシア」

小さい声だ。

「はい」

せっかく呼んでくれたので、私は精一杯笑って返事をした。

様もつけさせる隙なく。

「やっと呼んでくださいましたね」

形だけでもこれで夫婦らしくなる第一歩だ。

「す、すみません。——先に失礼します」

まだデザートも来ていないのに、ライアスはそれだけ言って出て行ってしまった。

前途多難だ。

とはいえ、ライアスはほとんど毎晩、晩御飯を一緒に食べるようになった。

名前も時々呼ぶようになり、やがて自然と呼んでくれるようになる。

休日には朝昼も一緒に食べるようになった。

一緒に過ごすのはご飯の時だけだが、それだけでも大進歩だ。

顔をよく合わせるようになってから、エイダンのライアスへの警戒も徐々に解かれていった。

ライアスの皿にあった葡萄をねだってもらったこともある。

概ね計画通りで、満足だった。