軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

23.

シンシアはマリーヴェルを落ち着かせると、その足ですぐにライアスの元へ向かった。

この時間は室内訓練所にいる。

ライアスはこの間から、宣言通り訓練時間を増やしていた。近頃では、訓練所から野太い悲鳴が響いてくる。

屋敷から出て渡り廊下を歩くと室内の訓練所になる。

巨大な体育館のようなものだ。

怒号が鳴り響いている。

いつもシンシアの前では穏やかに見える騎士達が、ここでは別人のようだ。

「おら、つぎぃ!」

「うわぁぁぁあ!」

騎士団長のダンカーが若手の騎士たちを次々になぎ倒している。

ダンカーに一撃を加えられた騎士は、そこでやっとその背後のライアスの方へ行ける。

このダンカーの関門を突破しているのはおよそ7人に1人くらいだろうか。ライアスの周りには一際体格のいい騎士らが並んでいた。

ライアスはそれを順番に、休みなく相手をしていた。

熱気がすごい。

——出直そうかしら。

そう思った時だった。

「母上、何してるんですか」

動きやすい服装でエイダンが渡り廊下の向こうから歩いてきている。

「エイダン。これから訓練?」

「はい」

エイダンも旅行以降、訓練時間を増やしている。

今まで早朝と夕方だったのに、昼にも長時間訓練を行っているようだった。

まだ成長期なので体に負担のないように考えてはいるようだが、そもそもペンシルニアの血を濃く受け継いでいるおかげで、既に体格はかなり骨太だし、同年代よりは成長が早い。

「そんなに訓練ばかりして・・・何を目指してるんだか」

父です、とでもいうのだろうか。

そう思って呟くと、エイダンは少し考えるような顔をした。

「そうですね。あのリヴァイアサンを倒せるくらいには」

「・・・・・」

「・・・・・」

「あ、びっくりしたわ。冗談ね」

冗談がわかりにくいところはライアスに似たようだ。

「本気です」

「エイダン、貴方ね」

とても倒せるものではないと自分で言っていたではないか。

古い文献で見ただけだからその姿をシンシアがよくわかっているわけではないが、報告書を読んだ限りでは紛れもないドラゴンだ。

ドラゴンなんて、現代にはいない。古代の生物だ。

人間が飛行機を相手に剣を振り回すようなものだろう。

——いや、やめよう。

真面目に意気込んでいるエイダンを見て、シンシアは一気に力が抜けた。

思春期の男子だもの。いわゆる中二病ってやつよね。いや、ちょっと早いか。

「——エイダンは本当に好きなのね、身体を鍛えるのが」

「はい。長男でなければ騎士になっていたと思います」

さらりとそう言ったが、実はかなりの本音なんじゃないだろうか。

「それは素敵ね」

将来の夢をただ語ることができない不自由さは、やはり我が子としては不憫に思ってしまう。

法律上は公爵位を継ぐのはマリーヴェルでもソフィアでも構わないのだが。

「母上は訓練の見学ですか?珍しいですね」

「お父様に用事があって」

「急ぎですか?今から手合わせしてくれる約束なんだけど」

「大丈夫よ、待っているわ」

エイダンはにっと無邪気に笑った。

「良かったです。まずは父上より強くならなくちゃ」

そう言ってエイダンは駆けて行って訓練に加わった。

準備運動をしてライアスと対峙するところまでは見守ってみたが、やがて2人の打ち合いが始まってからは騎士らがそれを取り囲んで観戦をはじめて。エイダンが打ち、ライアスが受け、またライアスが打ったものをエイダンが躱し——。

きりがなさそうなので、興味もないし、先に部屋に戻ることにした。

訓練が終われば一度汗を流しに戻ってくるはずだから。

親子して実に楽しそうに打ち合っているのを後目に、シンシアは訓練所を後にした。

「お待たせしました」

ライアスが濡れた髪のまま部屋に入ってくる。

途中で、シンシアが訓練所に来ていたことを聞いたようだ。

「エイダンから聞きました。声をかけてくださればよかったのに」

「楽しそうにしていたから。——どうですか?エイダンは」

「まだまだ荒いです。あの子はせっかちなので、すぐ大技に出ようとする」

確かにエイダンは結論から入るのが好きだ。剣にもそういうところは現れるのだろうか。

「——どうかしましたか?」

夕食まで少し時間がある。

ライアスに尋ねられ、シンシアはライアスと同じソファに座り、濡れた髪に手を伸ばした。

肩にかけてあった布で拭くとライアスは目を閉じてされるままになっている。

「アルロの事なんですが」

「はい」

「父親に会わせるのを、やめさせようかと思うのです」

「いつまでですか」

「・・・・一生、です」

その決断は、シンシアにとっては重いものだった。だから自然と手が止まる。

ライアスが目を開けてじっとシンシアを見つめた。

「何かあったのですか」

アルロが荒れているのも、傷だらけなのも、ライアスも知っている。シンシアといつも相談して、面会もタイミングを測っていた。

「アルロが落ち着いたように思っていたでしょう。傷が良くなって。——そんなことはなかったんです。マリーが止めていただけでした」

「マリーが・・・?」

「あの子は・・・衝動的で心配になることもあるけれど・・・なんて言うか、本質を見抜く目はあるのだと思うんです。アルロが傷を作る事自体ではなくて、アルロの心の傷にずっと目を向けている」

今日話していて感じたことだった。

だから怖いのだ。アルロが壊れてしまいそうだと恐れている。

シンシアは続けた。

「アルロが無謀な訓練に精を出すのも、傷口を広げていくのも、どちらも自傷行為なのでしょうけれど。それはただの手段であって。問題なのはあの子の心の傷です。そしてそれを何度も何度も、あの子の父親が上塗りしている」

これ以上はもう、だめだ。

「そういう親もいるって、頭ではわかっていたはずなのに」

ぐっとタオルを握りしめた。

どこかで、親だったら子供を愛さずにはいられないと思ってしまっていたのだろう。

愛するとまではいかなくても、何かしらの、ひとかけらでも情のようなものがあると思っていた。親子の間でそれが、お互いを求めてしまうものだろうと思ったから。

だが、求めていたのはアルロの方だけだった。

「今でも全く理解できません。でも、覚悟が決まりました。アルロと父親を引き離していいかなんて、そんな事を迷っていてはいけなかった」

断ち切るべきだった。距離を取るだけでは足りない。

シンシアが一気に話して、後悔でいっぱいになっているのを見て、ライアスはそっとシンシアの手に触れた。

シンシアのその台詞で言わんとしていることはしっかりと理解してくれているようだった。

「わかりました」

「アルロはきっと会いたいと言うと思うのですが・・・」

どう説得すればいいか、と言うシンシアに、ライアスは少し考えてから言った。

「説得しようと思うと、決断をアルロに委ねることになりませんか。自分で決めて父親を捨てたという思いがあれば、それは一生ついて回るでしょう」

そうだ。アルロはまだ12歳。アルロの意思を大切にしたいと思うあまり、決断まで強いることになる。

「私が、父親との面会を禁止すると命じます。無理やり引き離されたと思うくらいで、良いのではないでしょうか」

「ありがとうございます。ライアス」

どんな結果になるかはわからないが。それでもこれで少しでもアルロの心が守られたら良い——。

そう願うばかりだった。

アルロには、ライアスから、面会には行くなと告げられた。

「それは・・・なぜですか」

アルロは勇気を出して尋ねた。

ライアスの威圧感はいつもすさまじくて、目を合わせるのも難しかったが。

突然の通告に、ただはいとは言えなかった。

「会うべきではないと私が判断したからだ」

ライアスは何を考えているのかわからない顔で、しかしその声は比較的穏やかだった。

「で、も・・・」

「アルロ。我々は、君に末永くペンシルニアで働いてもらいたいと思っている」

とん、とライアスの大きな手がアルロの肩に乗せられた。

父と比べて、なんて大きくて力強いのだろう。自然と体が身構えてしまう。

「そのためにも、今は君はここで、やるべきことがある。——とにかくこれは命令だ。拒否は認めない」

アルロは気圧されたまま、はい、と頷いた。

黙って聞いていたシンシアが、そんなアルロの両手を取った。恐れ多くて恐縮してしまうが、その手は柔らかくて温かかった。

「アルロ。貴方はもう、ペンシルニアにとってかけがえのない人なのよ。マリーヴェルの命の恩人でもあるわ。私たちは貴方の事をとても大切に思っているの。だから、アルロにも、自分の事もしっかり見つめて、大切にしてほしいの。何があっても私たちは味方で、貴方の居場所であり続けたい」

そこまで言って、シンシアは力なく笑った。

アルロの顔を見れば、耳に入っていないだろうことはわかった。

「——今日は、それだけ言いたかったの。困るわよね、急に言われても。またゆっくり話しましょう」

言ったことが頭に入らないようだし、心の内を吐露してもらえるほどの関係もできていない。

それでも、いつでも話を聞くと伝えるしかなかった。

今まで以上に目を向け、話していくしかないだろう。

下がっていい、と伝えると、アルロは頭を下げ、部屋を出た。

そのままふらふらと混乱した頭のまま、気が付けばマリーヴェルの部屋の前まで来ていた。

「アルロ!どうしたの?」

マリーヴェルはいつものようにアルロを招き入れた。

アルロの顔色が今までで一番悪い。

マリーヴェルはアルロの手を握った。

いつもより近い距離に座り、長い間何も話さずマリーヴェルはただじっとアルロのそばにいた。