軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

11.

「イエナ・・・」

寝室で休んでいると、そっと入って来た影が遠慮がちに声をかけてきた。

オルティメティだ。

「ごめんなさい、途中で・・・皆様は」

「いや、寝ていて」

オルティメティはそう言ったが、イエナは上体を起こした。少し眠ったら体は楽になっていた。

オルティメティはその背中をそっと支えた。

「皆帰ったよ。アレックスがものすごく興奮していて。ソフィアの事が本当に好きみたいだな。追いかけまわして、一緒に遊んで、疲れてあっさり眠ったよ」

「興奮しすぎて、今夜は夜泣きするかもしれないわね」

イエナは笑った。

その笑顔がやはり元気がなくて、オルティメティの表情も曇る。

「——ティティ?どうしたの」

「君が、つらそうで・・・」

「またその話?私は大丈夫よ」

イエナがオルティメティの体をそっと離した。

2人の間に少し距離ができる。

「君は・・・無理をしていない?」

夜中なのだろう、辺りは真っ暗で、ろうそくの灯だけがついている。少しオルティメティの表情は見えにくいが、いつものように上から言われる感じではなかった。

イエナは少しだけ黙ってから、首を振った。

「無理はしていないわ」

オルティメティはそっとイエナの手を取った。

「僕は・・・君の事を、ちゃんと、考えていなかったみたいなんだ」

「・・・・・・・」

イエナは優しい夫の、自分より大きな手を見つめた。

急にどうしたのだろうか。

「——あ、お義姉さま?何か言われたの?」

「うん。まあ・・・」

「何を言われたの」

イエナはまだ何も言われていないのに、何やら気持ちが軽くなったように思った。

シンシアはいつも、絡まった糸を解してくれるような存在だ。

自分でも気づかないうちに絡まっているものを、自然にほどいてくれる。

前国王もそうだった。何かをするというわけではないのに、ただ、側にいてくれて、自然に話をして去っていく。それだけのことがどれほど義父の心の支えになったことか。

そして、オルティメティもそうだ。母親のいないオルティメティにとって、シンシアは特別の存在のようだった。

王位継承権を放棄するとシンシアが言った時も、実は、姉に王位を継いでほしかった、とポロリとこぼしていたほどだ。オルティメティのシンシアに対する心情は、姉への敬愛を超え崇拝に似たものがある。

過去の戦争から以後、ペンシルニアが勢力を増し王権が弱まったものの、再び王権が強固になっていっているのは、それだけペンシルニアの公爵夫妻が裏方に徹して努力をしてきた結果である。

公私ともにオルティメティとイエナを支えてくれている。

「僕は、イエナの気持ちをちっともわかっていないって」

随分厳しいことを言われたようだ。

イエナは少し意外だった。

シンシアがオルティメティよりイエナの味方をするようなことを言うとは思わなかった。

オルティメティは、実は結構、打たれ弱いところがある。器用に色々とこなすし、勘もいいので国を動かすという大層な役目も、若い時からそつなくこなし名王のように思われている。しかし実は父親と似たところがあり、さほど楽観的でもない苦労人気質だ。

シンシアもそんなオルティメティを理解していて、気遣う様子をよく見かける。かなり可愛がっているのだな、と自分の姉との関係性を思っても、2人の事は仲のいい姉弟と思っていたから。

「貴方が私を心配してくれているのは、私もよくわかっているのよ」

「うん・・・」

オルティメティは暗い表情のままだった。落ち込んでいるんだろうか。

しばらくそうしていてから、オルティメティは意を決したように顔を上げた。

暗い室内でもオルティメティの赤い瞳は光って見える。

「少しね。考えてみたんだ。——君の気持ちと、僕の心配と」

オルティメティはイエナの手を、祈るように自分の額に当てた。

「君が王妃としても、母親としても、本当に素晴らしい人なのは間違いない。僕は君という妻を持てて、本当に幸せ者だと思うんだ」

「ティティ」

「だから、君が大切にしている者を、僕は、同じように大切にしないとと思うんだ。赤ちゃんも、君も、大切に思っている。——でも、怖いんだ」

「怖い?何が・・・?」

オルティメティはごくりと唾を飲みこんだ。

「君に言う事じゃないと思うんだけど・・・」

「構わないわ。教えて」

「——本当は怖い。・・・母のように、君を失うのが」

ああ、そうか。

イエナはここで初めて、オルティメティの本当の心配に気づいた。

オルティメティは、顔を上げてイエナを見据えた。まっすぐな瞳に、イエナは胸が締め付けられるような気がする。

「薄氷の上を、ずっと歩いてきていたような気分だった。君がきてくれて、やっと手を取る人を得たのに。この安らぎを知って・・・もし失ったら、僕はきっと、もう、壊れてしまう」

こんなこと、言ってはいけないとわかっているけれど。

オルティメティは初めて、誰にも言えなかった弱音を吐露した。

「僕は未熟者だ。身重の君に、今、言う事じゃないよ・・・ほんと、情けない」

こんな頼りない声を聞くのは初めてだった。

イエナは驚いたが、それよりも、体が先に動いていた。オルティメティの体を抱きしめていた。

「情けないなんて、言わないで。夫婦でしょう。支え合っていきましょうって、誓ったじゃない」

「うん、でも・・・」

「私は貴方を支えたくて結婚を決めたの。貴方が、誠実に、私と温かい家庭を築いていきたいって言ってくれたから。なんとしても、貴方と温かい家庭をもたなきゃって」

イエナはオルティメティの告白を思い出した。

ほんの数年前のことだったのに、どうして忘れていたんだろう。

「ごめんなさい。私のほうが、意地になっていたみたい。もっと話しましょう。私の弱いところも、話すから」

「君に弱いところなんてないよ。すべて君の魅力だ」

「オルティメティ・・・」

イエナは体の力を抜いた。

そうしてオルティメティと離れて、気の抜けた表情のまま、ふわりと笑った。

「そうね。私、ちょっとつらいわ。自分のペースでできる政務の方は、そんなに負担じゃないの。でも謁見の椅子にずっと座っているのとか、政務会議で重臣たちに囲まれると、ちょっと——」

重臣たちはほとんどが中年の男性である。

今までは気にならなかったが、妊娠してからと言うもの、かなりきつい。

「やっぱり、におい?・・・もしかして、僕もかな」

そう言ってオルティメティはくんくんと自分の服を臭う。

「今の所大丈夫よ」

イエナは苦笑して、オルティメティはほっとした。

「あとね、アレックスのことは、やりたいの。やりたいのだけど・・・」

元気いっぱい走り回るアレックスの相手は、正直かなりきつい。

今まで一緒に走ってくれていた母親が、急に遊んでくれなくなってただでさえ不満を募らせているようなのだ。抱っこもしてくれなくなった母親に。

そんなアレックスの不安を拭ってやりたいのに。

「アレックスのことは、僕に任せてくれないかな」

オルティメティはそんなイエナの思いを、ちゃんとわかってくれていた。

「アレックスは、そりゃ、イエナの方がいいだろうけど・・・元気いっぱい遊ぶのだったら、僕とでもいいはずだよ。疲れ切ったところを、イエナが横になったまま抱きしめてやれば、どうかな」

実際にそんなにうまく行くかはわからなかったが、オルティメティが、わかってくれていると思うだけで、イエナの心は軽くなった。

どこかで、仕事もアレックスも取り上げられるような気がしていたのかもしれない。

「ティティ、ありがとう。私、ちゃんと健康に、元気な子を産みますから。任せてくださいね」

イエナ自身が健康でいるからと、約束してくれた。

オルティメティは黙って頷いた。

いろんな感情が混ざって、鼻の奥がツンと痛くなって、声は出せなかった。