軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

6.

マリーヴェルは早速翌日、反省文をシンシアに提出した。

シンシアは朝食後、いつものようにマリーヴェルの部屋を訪れた。そして渡されたそれをさらりと読んで、眉を寄せた。

「マリー。貴方、これ——エイダンに聞いて書いたでしょう」

一発で見抜かれた。

「な、なんでわかったの」

要点が、簡潔に書かれている。的を正確に射ている。マリーヴェルが普段書く文章とは全く違う難しい言葉まで。

エイダンも、マリーヴェルの文章を真似るまでの狡猾さはまだないところが、可愛いところだ。

後でこっちにも叱りに行かなくてはいけない。

シンシアは口元が緩みそうになるのを努力して引き締めた。

「謹慎中、一体いつの間にエイダンの所に行ったのかしらね」

「・・・・・・・」

シンシアは溜め息をついて見せた。

「マリー。嫌なことを言われても耐えなさいと言っているわけではないのよ。つい手が出てしまったことも、良くはないけれど、そういう時もあるでしょうって、思うの」

暴力は良くないけれど、とシンシアはもう一度言った。

「でもね。貴方がたまたまペンシルニアの公女として生まれて来たことを、ろくに努力もしないままに、それを使って誰かを傷つけるようなことはしてほしくないの」

「わかったわ」

返事が早い。

謹慎が解けることをもう察しているのだろう。マリーヴェルは妙に力強く返事をした。

こういう勘の良さはある。それも問題だ。

そしてこの悪気のなさに、一抹の不安が脳裏をかすめる。

「取り巻きを作って誰かをいじめたりとか、本当にやめてね」

「取り巻き・・・何の話・・・?」

そうだ、話がそれた。

シンシアはコホン、と咳払いをした。

「とにかく。貴方はお母様の大切な娘なのよ。もし侮辱されたのだとしたら、私もとっても腹が立つし、許せないわ。だから、そういう時は教えてほしいの。一緒に怒って、どうするか考えたかったわ」

マリーヴェルは黙って頷く。

「今度リリス嬢に会ったら、どうする?」

「——謝るわ」

それが正解なのだという事はわかるので、マリーヴェルはとりあえずそう答えた。

実際本当に謝るかどうかはマリーヴェルにもわからなかった。同じことが起きたら、また頬を叩くかもしれない。

でも、エイダンの言うように、 振(・) り(・) か(・) ざ(・) し(・) 方(・) を誤らないように、というのはなんとなく学習した。

——これは分かってない。

シンシアは手応えのなさを全力で感じた。

この3日、今日まで自分なりに言葉を尽くして伝えてきたつもりだったが、マリーヴェルの中には残っていないようだった。

次第に手を離れてく子供たちを見て、自立しようとしていると思って距離を取りすぎたのかもしれない。

手を離れ出すと極端に接触が減る。忙しさにかまけていても自然と顔を合わせる、なんてことがない。家が広いし大人が多いだけに。

難しい。

「いいわ、とりあえず謹慎は終わり」

「やった!アルロに会ってきてもいい?」

「——それだけれど。先生達から、アルロがいないと忘れ物がひどいって聞いているわ。アルロに頼ってばかりだったら、またアルロの侍従の件は保留にしますからね」

「わかりました。頑張ります!」

もうこうなると、目の前に肉をぶら下げられた犬と同じだ。

何でも返事が良すぎる。

シンシアはマリーヴェルの頬をきゅっと摘んだ。まだまだふわふわのつるつるの、子供のほっぺだ。

「いひゃいわ」

「本当にわかっているのかしら?この子は」

「わかってまひゅ」

シンシアは手を離して、その頬を撫でた。

「こんな可愛いほっぺを打たれたと思ったら、リリスのお母様も辛かったと思うわ。貴方がされたらと思うと、たまらないもの」

「・・・・はい」

マリーヴェルの金の瞳は、自分とそっくりな色をしている。

幼くて、簡単に傷つきそうで、けれど向こう見ずに走り抜けて行く。

「いいわ、行って」

マリーヴェルは飛び跳ねるようにして部屋を出て行った。

シンシアはしばらくその場に残って、考え込んでいた。

のれんに腕押しって、こういう感じを言うのかしら。

手応えがない。

シンシアは深く落ち込んだ。

「——ああ、ほんと、私ってだめな母親」

呟くと更に自覚して、重い溜め息が出る。

どうすればよかったのか、全くわからない。

結局正式な謝罪にも行けていない。ただ、リリスがかなりの暴言を吐いていたことがわかったので、わざわざマリーヴェルを謝らせる、というのはやめた。それについてはライアスからマルカ伯爵へ釘を刺したと言っていた。

子供の喧嘩と言うことで、また次回会った時に持ち越しだ。

とはいえ、マリーヴェルから反省の言葉はなかった。これを何日続けても変わらないだろう。

言葉を尽くしても反応が良くない。罰を与えても堪えない。

だから、結果、こうして折れた。

悪手だ。この上なく。

勝気で物事を深く考えすぎない所に、救われる面もあった。外野が光の能力に関してやかましくして来るのに対して、もっと繊細な子なら折れていたかもしれないと思うことがあるから。

どうなっても可愛い娘だ。親の目からしたら。

でも、この子はきっといつか、痛い目をみる。

そんな漠然とした心配がよぎる。

シンシアはよいしょ、と立ち上がった。

いつまでも考えていても仕方ない。やることは次々に舞い込んでくるし、子育てはどうせ長期戦だ。

そしてもう一つ、シンシアには気がかりがあった。

——アルロの父親が、何とか話せるようになったようです。幻覚は少し残っていますが、錯乱状態は脱したと。

昨日ライアスがそう言っていた。

——アルロ自身も、会いに行って良いかと、よく尋ねて来るようです。

会わせたくないというのが本音だ。

しかし会いたがっているのを、いつまでも止めてはおけない。このまま引き離しておく訳にも行かないだろう。

「アルロ!!」

マリーヴェルは大きな声で、訓練所に入って行った。

やることがなくて、アルロがずっと訓練所にいるのは護衛の騎士から聞いて知っていたから、一目散でここまできた。

「姫様」

アルロはいち早くマリーヴェルの呼びかけに反応した。

木刀の素振りをしていたようだった。手を止めて木刀を背後に隠すようにして持ち、丁寧にお辞儀をする。

「お久しぶりです、姫様」

「アルロ」

懐かしい、アルロだ。

黒い髪に黒い綺麗な瞳。今は汗ですっかり濡れて、黒い髪がいつもより更に黒く見える。前髪が額に張り付いて、汗が頬をつう、と伝っている。

マリーヴェルが一歩近づくと、一歩下がった。また一歩近づくと、また下がる。

「アルロ?」

「あの、ぼ、ぼく、汗かいていて」

「?だから?」

「汗臭いと思いますので」

「4日ぶりに会えて嬉しくないの?」

マリーヴェルががっかりしたように口を尖らせた。

「い、いえ!嬉しいです。良かったです。ほんとうに・・・」

もういらないと言われるんじゃないかと、ずっと怖かった。謹慎の間だけだから、と執事には言われたが、そんな保証はどこにもない。

明日にでも荷物をまとめて出ていけと言われるかもしれないと思っていた。

「アルロがいないと、私全然だめなの」

そんなアルロの不安を、マリーヴェルのその言葉が一瞬で吹き飛ばした。

寒々としていた胸の辺りが、一気に熱くなった気がした。

「でも、頼りっきりも良くないから、頑張るわ。だから今日からまたよろしくね」

また侍従を外されたら大変だから。

マリーヴェルがそう言って一歩進んだ。今度はアルロは下がりたい体を必死でとどめた。

距離はかなり近い。

マリーヴェルは大きく息を吸って、にっこりと笑った。

「臭くないわよ。アルロのにおい!」

アルロは真っ赤になった。恥ずかしすぎて、泣きそうな顔になっている。

少し離れたところで見ていた騎士らが、噴き出したり、顔を覆ったりしていた。どの騎士もマリーヴェルを生まれた時から知っている者達ばかりだから、マリーヴェルの性格も、アルロのいたたまれなさもわかる。

「そっ、そん・・・、姫様」

マリーヴェルはハンカチを差し出した。

「じゃあ、はい。汗拭いて」

「よ、汚れます」

「そのためにあるのよ。使って?」

汗と埃で汚れているのに、まさかマリーヴェルの差し出したレースの真っ白なハンカチを使うなど恐れ多すぎる。

アルロは全力で遠慮した。

「拭いてあげましょうか?」

「ひめさま」

アルロは情けない声を出した。

もう、恥ずかしいやら、申し訳ないやらで、アルロはどうしていいかわからなくなる。

「マリーヴェル様」

ぬっと影が差した。

今までアルロの稽古を見ていた騎士だ。ベンという、昔は副隊長をしていたベテラン騎士である。

色々あって、今は平騎士だが腕は確かだ。

「アルロが困ってますよ。そんな綺麗なハンカチを汚すのが忍びないのです。お手を煩わせるのも」

「私がやりたくてやっているのに。侍従なら、私の意向を汲むものなんじゃないの?」

ベンは眉を上げた。

「確かに、ごもっともですね。——アルロ、お言葉に甘えたらどうだ」

「・・・・は、はい」

アルロは恐る恐るハンカチを受け取って、汗をぬぐった。マリーヴェルが満足そうな顔になる。

「訓練は、順調?」

「アルロはすごいですよ。敏捷で、勘も良い。基本を身に付けてゆけば、良い騎士になれます」

「アルロは騎士になるの?」

「と、とんでもありません」

アルロは大きく首を振った。

屈強な騎士たちの中にいると、自分がどれほどできないのか自覚させられる。

エイダンは別格だが、それでもペンシルニアの騎士等は軍人の筆頭たる精鋭揃いである。お情けで訓練をしてもらっているが、到底、誰の足元にも及ばないことくらい自覚している。

「アルロはマリーヴェル様の侍従ではないのですか」

「でも、アルロが騎士になりたいのなら、それも素敵だと思うわ」

マリーヴェルの中で騎士は最も尊敬する職業だった。

アルロにはずっと侍従として側にいてほしいけれど、騎士になりたいのなら応援する。

「姫様、僕なんか、とんでもないです」

「ベンがなれるって言ってるじゃない」

アルロはさらさらと手触りのいいハンカチを握りしめた。

汚れ一つなく美しいハンカチは、自分が汚してしまった。身の程をわきまえずに。そんな思いがずしりと覆いかぶさってくる。

「アルロ?」

マリーヴェルが手を伸ばそうとして、アルロは反射的にまた一歩下がった。

「あ、あの、僕・・・申し訳ありません。ハンカチは洗濯します。——午前の授業に間に合うように、支度をしてまいります」

矢継ぎ早にそう言って、アルロは頭を下げて走り去っていった。

マリーヴェルは残されてベンと顔を見合わせた。

「置いて行かれたわ」

ちゃんと、一緒に授業の用意をしようと思っていたのに。

「まあまあ。アルロはお年頃なんですからね。あんまりぐいぐい行っちゃだめですよ」

「侍従なのに?」

ベンはアルロが慌てて片付けていった木刀を整えながら、にやにやと口元をほころばせていた。

「もう少し自信が持てたら、アルロの剣もぐっと強くなるんですけどね。マリーヴェル様のおかげで、それでも良くなってるんでしょうけど」

「何の話か分からないわ」

ベンは答えず、他の騎士に交じって行った。

「いやあ、いいですね。騎士たるもの、やっぱりお守りしたい者がいるというのは。——甘酸っぱいですねえ・・・」

ベンは他の騎士たちと頷き合っている。騎士たちと話がいまいちかみ合わないのはいつもの事なので、マリーヴェルはとりあえずこの男たちは放っておくことにした。

アルロと会うために軽い足取りで勉強部屋へ向かった。