軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

3. マリーヴェルとお茶会

この日、マリーヴェルはシンシアとソフィアと共に、お茶会に来ていた。

今日は子供も参加するお茶会で、ベラたちだけでなくもっと小さな子供達もいる。

今回は招待された側ではあるが、シンシアがよく開くお茶会のように絨毯を敷いて小さな子供たちが遊べるようにしてある。その少し離れたところで、母親たちが話に花を咲かせている。

マリーヴェルはいつものようにベラたちと遊び始めた。

「ねえさま、ソフィーは?」

「あんたはあっち」

そう言ってソフィアを別の集団に追いやって、さあ、ゆっくり話しましょう、とベラの手を繋いで空いた席に座った。

そうすると今日もやって来た。

最近、何かと絡んでくる子がいる。

リリス・マルカ。

昔はよくマリーヴェルのあとをついてくる子だった。

同い年で誕生日も近く、集まりにもよく参加する子だったから、自然と一緒に遊ぶことも多くて。

お人形遊びをしていたら同じようにし始める。マリーヴェルが人形に赤いドレスを選ぶと自分も赤いドレスにする。そんな風に、真似ばかりして来る子だった。

あまりいい印象はなかったけれど、子供同士の事だったから、マリーヴェルも気にはしていなかった。

成長して学園でも、ベラと共によく集団で一緒にいた子だ。

それが、マリーヴェルが学園をやめた辺りから徐々に態度が変わった。

「こんにちは、マリーヴェル」

妙に上から目線な挨拶のように感じる。

マリーヴェルはちら、とそちらを見てから一応こんにちは、と返す。

今日はベラとお気に入りの本について語り合うつもりで来たのだ。邪魔をしないでほしい。

そう思っていたのに、リリスは目の前にちょこんと座った。

「今日のドレス、どこで買ったの?」

「シュドゥラ洋装店だけど」

「——まあ、貴方まだあそこを使っていたの?私、最近はワット・ポーラーでばかり買ってるのよ」

だから何だ。

マリーヴェルは眉を寄せた。

「今の流行はワット・ポーラーの繊細なレースじゃない?」

「私は私の好きなものを着るわ。——ねえ、今日はベラと約束があるのだけど」

リリスはひかなかった。

ふうん、と呟いて、見せつけるようにレースを何度も指でなぞってひらひらと動かす。

「ねえ、マリーヴェル」

「なによ」

「ジーク家から、侍従をもらい受けたんですって?平民の」

「・・・ええ」

「どうしてわざわざその子にしたの?ペンシルニアには侍従になる人がいないの?」

マリーヴェルが口を開くのをわざと遮ってリリスが続けた。

「あ、そっか。ごめん」

わざとらしく声を潜めるようにして言って来る。

「マリーヴェルは魔力がなくて、学園を辞めたもんね。なかなか侍従は来たがらないわよね」

「ちょっと、リリス!」

ベラが見かねて声をかけるが、リリスの嫌な笑みは止まらなかった。

マリーヴェルはいちいち相手にするのも、と思ったが。アルロの事はなんとなく言われっぱなしにしておきたくなかった。

「私の侍従はとっても優秀だから。引き抜いてきたのよ」

「へえ。学園での貴方の成績からしたら、ほとんどの人は優秀になってしまわない?」

周囲の気温が下がったように感じた。少なくともベラは背筋が寒くなった。

「喧嘩売ってるの?」

マリーヴェルの声はまだ冷静に思えた。リリスがまた笑う。

「やだわ。野蛮なこと言わないでよ。さすが、ペンシルニアね」

ぐっ、と、ベラがマリーヴェルの腕を引いた。

ベラの綺麗な青い瞳が、マリーヴェルの間近に寄ってくる。耳元で小声で囁かれた。

「マリー、相手にしちゃだめよ。あの子、この前婚約を持ちかけて断られたのよ。えっと、ギルテック侯爵家だったかな。そこのご長男に」

「それと私と、何の関係があるの?」

「そこのご長男、マリーに一目ぼれしたから、って断ってきたんですって」

「そんなこと、ある?」

わざわざ断る理由にそんなこと言うだろうか。

「付き合いが長い家同士だったから、仲が良すぎて言っちゃったんじゃない?」

「本気にされてなかったんじゃないの?私達、まだ8歳よ」

呆れた。

マリーヴェルは相手にするのをやめて、楽しみにしていたベラとのおしゃべりに戻ろうとした。

リリスはしつこく話しかけてくる。

「ねえ、聞いてる?」

「聞いてるけれど、もう話したくないからあっちへ行ってくれない?」

ベラと一緒に見るための本を開いて、気になっていたところを探す。

リリスはマリーヴェルが反応しないのが面白くないようだ。

「まあ・・・そうよね。魔力もなくて、学力もなかなか・・・じゃあ、その見た目でどうにかするしかないものね」

開いていた本を、マリーヴェルはパタン、と閉じた。

「マリー・・・」

ベラが心配そうにしている。

「放っておこうかと思ったけど。目の前で 蠅(ハエ) がぶんぶん飛んでいたら、やっぱり気になるわね」

マリーヴェルは憤慨するリリスに話す隙を与えず、続けた。

「リリス?貴方、私のことがうらやましいのよね?だからいつも私の真似ばかりしていたんでしょう」

「ま、真似なんて、してないわよ」

「それが、学園をやめて、私の事大したことないって思って、私より上に立ったつもりでいるの?」

馬鹿みたい、とマリーヴェルは吐き捨てた。

図星のような顔をしている。

マリーヴェルが学園をやめて、陰であれこれ言う者は一定数いた。それも、少なくない数だというのもわかっている。

けれど家族は気にするなと言ってくれたから。

ペンシルニアの屋敷では、相変わらずマリーヴェルは大切にされているとわかっていたし、魔力がほとんどなくったって、愛されているとわかっていたから。

だから、こんな風に悪意を向けられても挫けることはない。

リリスは視線を泳がせて——ふと、ソフィアに目を止めた。

ソフィアは一緒に遊んでくれる子がいなかったらしく、一人で人形で遊んでいる。

リリスはソフィアの側に行って、人形を取った。

「あ・・・」

ソフィアが驚いて見上げる。

「私が遊んであげましょうか?ソフィアちゃん」

突然現れたリリスに、ソフィアはまだ驚いているようだった。

今までほとんど言葉を交わしたことがなかった。それでも、マリーヴェルと一緒にいた人、くらいの認識はある。

「おにんぎょで?」

「そうね・・・ただのお人形より、魔力人形で遊んであげましょうか?魔力で動かすのよ」

リリスはマリーヴェルにわざと聞こえるように言った。

「貴方のお姉様はできないでしょう?だから私がやってあげるわ」

そう言って人形を並べる。ソフィアは不思議そうに首を傾げた。

「おねえさまって、マリーのこと?」

「そうよ。マリーヴェルはこんなことできないでしょう?」

確かにリリスの魔力操作はうまかった。人形を3つも同時に、巧みに動かしている。ソフィアがじっとそれを眺めている。

これ見よがしに。マリーヴェルは見る気もなかったのについ目を向けてしまっていた。

「どう?ソフィアちゃん。私の事、お姉様って呼んでもいいのよ」

「よばないけど?」

ソフィアがあっさりと返事して、マリーヴェルは思わず噴き出した。

「——っな、なんで?魔力のないマリーヴェルより、私の方がいいでしょう?」

「ううん」

リリスが信じられない、と言った。

リリスの中では、魔力のない貴族は限りなくその存在価値は低かった。

実はリリスには年の離れた兄がいたが、魔力が少ないため、リリスの魔力が発現すると同時に差をつけられた。部屋は狭い隅の部屋に、衣服は流行遅れの型落ちの物に、食卓の席順も末席に。すべてがリリスと逆転させられた。両親もそれが当然と言ったし、リリスもそうなんだ、と納得した。

自分は兄よりも魔力があるから、大切にされる。

せめてもっと魔力のあるお兄様だったらいいのにね、と言われて。そうなんだ、そうかもしれない、と思っていた。

——じゃあ、あれほど羨んでやまなかったペンシルニアのマリーヴェルはどうだろう。魔力が少ないどころかないに等しく、魔力人形ですらろくに動かせない。

こんな子の事を羨んでいたなんて。マリーヴェルが学園をやめてからは、胸がすっきりした。

「ソフィアちゃん、ほんとうに?魔力のないマリーヴェルと、魔力のある私と、どっちがいい?——ああ、そうか、ソフィアちゃんはまだ小さいから、よくわからないのね」

「わかるよ。マリーにまりょくがすくないの、しってるよ。おにいさまには、たくさん」

「そうよ。だからお兄様は素晴らしくて、マリーヴェルは恥ずかしいでしょう?」

「はずかしい・・・?」

ソフィアは少し考えた。

「マリーは、ねぞうがわるい。それがはずかしいって」

「ちょっと、ソフィア!」

それはマリーヴェルが数日前にシンシアと話していた内容だ。

朝の支度をアルロに手伝ってもらおうかという話になった時に、寝相が悪いから恥ずかしい。身支度が終わるまでは絶対に会いたくない、と言った。

「余計な事言わないでくれる?」

「よけい?」

「あんたね、意味が分からないのにペラペラしゃべるの本当にやめてくれる?」

「いみわかるもん」

「あと、お姉様、でしょ」

リリスはソフィアを見て、ほら見なさい、と思った。

ソフィアがマリーヴェルを呼び捨てにしているのを見て、やっぱり4つ下の妹にも馬鹿にされてるんじゃないか、と。

魔力人形を3つ宙に浮かせて躍らせた。

「ほら、マリーヴェルにはこんなことできないでしょ?」

「ちょっ・・・頭の上にしないでよ。危ないでしょう」

人形がソフィアの頭で踊っているから、マリーヴェルは警告した。

リリスは益々馬鹿にした笑いを挙げた。

「マリーヴェル、魔力がないと不安かもしれないけど、この程度の動きは目をつぶっていてもできるのよ。ほら——」

リリスは本当に目を閉じて、人形をぐるりと一回転させた。

ゴツッ——。

鈍い音がして、人形が床に落ちる。

はっとして目を開ければ、マリーヴェルの手が人形をはたき落としていた。

「何するのよ!」

「それはこっちの台詞よ。ソフィーにぶつかる所だったけど?」

マリーヴェルはソフィアを抱き寄せていた。

「ぶつからないわよ。ちゃんとコントロールできてたわ」

まさか。大丈夫だったはずだ。リリスはかっとなった。

人形に魔力を込めて再び空中に浮かせる。

「ほら、ちゃんと——」

「マリ・・・ねえさまぁ・・・」

ソフィアが半分涙声になってマリーヴェルにしがみついた。

マリーヴェルは空中で動く魔力人形をあっという間に掴み取った。

手の中でぶるぶると震えるだけで、抜け出すだけの力はない。ちょっとした虫みたいなものだ。

「ソフィーが怖がってるでしょ。当たりそうだったって言ってるのに、まだやるの?いい加減にしてよね」

マリーヴェルとソフィアはいつもはほとんど絡まないし仲が悪いのに。

急に結託した2人を見ると、リリスはますます腹が立った。

どうして魔力のないマリーヴェルの方に行くの?私の方がすごいのに。

マリーヴェルはわざと馬鹿にしたように笑った。

「ソフィーがあんたの方を選ぶわけないでしょ?」

「なんで?そんな魔力のない姉なんて」

私だったら恥ずかしい。魔力のない兄も。恥ずかしいって、みんな言ってる。

「私は恥じることなんて何一つないわ。貴方とは格が違うの」

「何よ・・・っ、格が違うのなら、魔力を見せてごらんなさいよ!鼠一匹治すことができない無能力者の癖に」

ソフィアがマリーヴェルにしがみつく手に力を込めた。幼くても喧嘩になっているのはわかる。マリーヴェルが攻撃されているのも。

マリーヴェルもこれ以上我慢するつもりはなかった。手に持った人形を床に放り投げた。

「能力がそんなに見たいなら、見せてあげるわ。ペンシルニアの力を」

マリーヴェルは思いっきり手を振り上げて、それを振り下ろした。

ぱんっ、と音が思ったより会場に響く。

思いっきり叩いたから、マリーヴェルの手も痛く痺れていた。

リリスは頬を殴られた衝撃でその場にへたり込んだ。大袈裟ね、とマリーヴェルは憎々し気に吐き捨てる。

「軟弱ね。そんなに痛かった?悔しかったらやり返してもいいわよ。お得意の魔力を使ってもいいわ」

リリスはぐっと手を握った。その手を振り上げようとして、またぐっと握りしめた。

今ので周囲の注目を集めている。いくらなんでも、伯爵家の自分が、ペンシルニアのマリーヴェルに手を出すなど許されるはずがなかった。

マリーヴェルは唇の端を上げて笑った。

「やっとわかった?ここで私が貴方に傷をつけようと、貴方に何をしようと、私は許されるの。貴方は私に指一本触れられないわ。何ならあなたの家を潰すことだってしてもいいのよ?」

魔力なんてなくても。リリスがマリーヴェルに勝てることなんて少しもないんだと、そう言っている。わざと見下すような言い方をして。

隙のない整った顔で、挑発でもするように舌を出した。

「——身の程がわかったら、二度と私に話しかけないで」

大人たちが駆けつけてきた。

リリスの頬は思ったより腫れあがっていた。

「——まあ、リリス!?」

駆け寄ってきたのはリリスの母親だった。その姿を見ると、リリスはみるみるうちに涙を流し始めた。

「お、おかあ、さまあ・・・」

「ど、どうしたの一体。何があったの?」

「マリー・・・マリーヴェルが!」

リリスはそう言うのがやっとだった。

家を潰す?身の程?——マリーヴェルの言ったことが本当かはったりなのかわからない。けれど、確かにリリスにはマリーヴェルに勝てるのは魔力しかなかった。

それを思い知らされたようで、頬の痛みがそれをまざまざと突きつけて来るようで。

悔しいやら悲しいやらで、リリスは大声で泣き始めた。

「マリー!?」

シンシアも駆けつけてきた。

「何があったの?」

リリスの泣き声に、大人たちの声までかき消されるようだった。

「私は悪くないわ」

マリーヴェルはきっぱりと言い放った。

「リリスが私を——ペンシルニアを侮辱したのよ」

「マリーが叩いたの?」

マリーヴェルは答えなかった。その顔を見てシンシアはそれを肯定と取った。

「なんてこと・・・マリー、謝りなさい」

「私は謝らないわ。私は悪くないもの!」

リリスの泣き声とマリーヴェルの怒声に、びっくりした周囲の小さい子供たちまで泣き声を上げる。

素早く判断したのはリリスの母親だった。

「——公爵夫人。どうやら、うちの娘が失礼をしたようですわ」

「え?いえ——」

「謝罪はまた、改めまして。子供を落ち着かせるために、本日はこれで失礼させていただきます」

そう言ってリリスを半ば抱えるようにして、逃げるようにお茶会から去って行ってしまった。

混乱する会場、無関心で遊ぶ子供達、泣き叫ぶ子供達、困惑する親たち・・・。

このままでは益々混乱を極めるのは目に見えていた。

主催者の無言の懇願を感じ取る。

つん、とそっぽを向いてしまったマリーヴェルと、なぜか珍しくマリーヴェルにくっついているソフィアを連れて、シンシアもお茶会を後にすることにした。