軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

29.

アルロは少しずつ屋敷に慣れたように思う。

アルロは一部の使用人が寝起きする1階奥の部屋が与えられた。これまでは客室だったが、アルロが遠慮したので改めて使用人として雇うこととした。

役職としては、マリーヴェルの侍従ということになる。

とはいえ、侍従としての経験があまりないので、タンから色々と教わっている。

そのうち、アルロにはまだ会わせないまま、レノンの施設への移送も終わった。ジーク家とのやり取りも終えた。

シンシアはマリーヴェルとソフィアを連れて、王城を訪れた。

到着するなりマリーヴェルは別宮の前国王を訪ねたため、ソフィアとシンシアの2人でイエナとアレックスに会う。

「——まったく、学園にも困ったものね」

イエナが深刻そうに眉を寄せた。

学園の多くの教師が入れ替わり、多忙を極めていたイエナも少し落ち着いたと聞いている。学園の改革を王家主導で行なっていくのに、イエナの役割は大きかったようだ。

「魔力至上主義は、私たちの時もありましたけれど・・・それでも、馬鹿にされたりだなんてことはなかったように思います」

「ライアスもそう言っていたわ」

シンシアはお土産の粘土をアレックスに差し出しながら言った。厨房で作ってもらった、ペンシルニア家子供達に人気の小麦粘土だ。

戦争以降、魔力が重視されるようになった背景もあるのだろう。

「教育者たるものが、子供の芽を摘むようなこと。許せませんわ」

イエナらしい言葉である。イエナは研究の傍ら、学生を教育していた。

「——学園の運営にもっと関わっていかないと」

「・・・・・・あまり無理をなさらないでくださいね」

イエナはついつい働きすぎてしまう性質らしく、育児も仕事も全力を注ぐため少し心配だ。

オルティメティが、どうやって休んでもらおうか、とぼやいていた。

「アレク、これはね、こうするのよ」

ソフィアがお姉さんぶって粘土の使い方を教えている。

「ほら、ねこちゃん!」

「ねこ、たん・・・」

「これをこうすると・・・とりさん!」

「とっ・・・ちゃ」

ぷくぷくのほっぺが喋るたびに揺れる。必死で言おうとするからよだれがすごい。

「こえ」

「これはねえ、んー、なにかなあ」

「あにかなあ」

2人は波長が合うらしく、会話が比較的成り立っている。

「なにかなあ?」

「あにかなあ?」

ソフィアが首を傾げているのを見て、シンクロするようにアレックスも首を傾げる。そしてケラケラと2人で笑っていた。

シンシアは思わず口元を押さえた。

「やだ・・・たまらないわね」

「ソフィアが来てくれると、いつものいや、が出ないのでありがたいです」

「いつもはイヤイヤなのね」

「・・・ソフィアの2歳の頃を見ていたから、なんとなくイメージはしていたつもりだったけれど・・・。一日中嫌と言われるのは、想像以上の破壊力です」

「そうね。癇癪も起こすし、駆け引きめいたことをしてきたりして」

今となっては可愛い思い出だ。当事者の間はそんなこととても思えないだろうけれど。

「夫と私で態度が違うんですよ」

「賢い子なんだわ」

「私にはすぐ抱っこって言うのに、夫には言わずに一人で遊んでいるんです。——というより、夫といる時はとってもいい子で・・・」

はあ、とイエナが深いため息をつく。

おやおや。これはかなり疲れているのかもしれない。

「——私の接し方がまずいんでしょうか。だからこんなに我儘に——」

「待って待って」

シンシアは慌てて遮った。

「イエナ様。そんな、2歳の子に我儘だなんて。聞き分けのいい2歳児の方が怖いですよ」

「——そう、ね。それはまあ、そうですね」

「ティティには気を遣っているのね、アレックス」

笑ってしまう。

「気を遣って・・・?2歳なのに」

「というか、イエナ様に思う存分甘えているというか」

「・・・ええ、男の子ってこんなものなんでしょうか。とっても甘えん坊ですわ」

イエナの真面目な顔にシンシアはまた笑ってしまった。

分析しようとしているのだろうか。なんというか、研究者気質のようだ。

「その甘えるじゃなくて・・・いえ、それもなんですけど。アレックスにとって、イエナ様は何をしても許される安全な母親って言う事で。安心しきっているんですよ」

「安全・・・」

「エイダンもそうだったんです。私を安全基地にしていて。遊びに行くのに、大きな物音がしたら、一目散にまず私のところに戻ってきていたんですよ。私はその時、身体を壊していたから寝ていたのだけれど・・・それでも、そうやって頼りにしてくれて。可愛くて嬉しくって、たまらなかったわ」

「あ、それ、アレックスもそうです。私を中心に、円を描くように行動範囲が決まるようで」

「そうそう。——イエナ様はアレックスにとって、安心できるし、こたえてくれる、理想的なお母様なんだわ」

イエナはぐっと何かを飲みこむような顔をした。

「我儘をティティに言わずにイエナ様に言えるのは、それが信頼の形なんですよ。アレックスはイエナ様を心から信頼しているんです。何をしても許してくれる、愛情を手放しはしないって思えている。今のアレックスにとって一番必要なことだと思います」

イエナはついに顔を覆ってしまった。

シンシアはそっとその肩に手をやる。

「——ご公務でお忙しいのに、アレックスとの時間も大切にして、ちゃんと向き合ってらっしゃるのね。素晴らしいわ」

「・・・も、もう、や、やめてくださいぃぃぃ」

イエナは鼻水交じりの声を絞り出した。

「お義姉さま、どうして、そんなこと・・・私の、欲しい言葉ばっかり・・・」

そりゃ、ね。

かけられて嬉しかった言葉は覚えている。つらかった言葉もだけれど。

子供がちゃんと育っているって保証されることが、どれほど力になるか知っているから。イエナにも伝えたかった。

「ふふふ、涙腺が緩むわよね。産後って」

「産後って言うんですか、まだ。もう2年たってますけどぉ」

泣きながらそんなことを言うイエナを、なんだかかわいいと思うのだった。

「——ははぇ。ちゃいの?」

アレックスが泣きそうな顔で見上げてくる。

「いえなさま、ないてるの?」

「いいえ!泣いてないわ」

切り替えの早さは流石王妃様である。

ピタッと涙が止まって、もう微笑んでいた。

不安そうなアレックスをソフィアが抱きしめた。

「よしよし、だいじょうぶよ。ははうえは、いたくないって。げんきげんき」

「・・ん、き?」

よしよしは、シンシアがやるのにそっくりだ。

イエナが身もだえるように胸を押さえた。

「・・・やだ、お義姉さま、絵師を呼んでもいいですか。何て可愛らしいの!!」

「本当。こうしていると姉弟みたいね」

金の髪と、似た顔立ちで。

抱き合っているのが可愛すぎて、ひたすらに顔が緩む母2人だった。

一通り遊んでから、みんなで別宮を訪れる。

前国王は温室でマリーヴェルと水やりをしていた。

「お父様」

声をかけると、父は手を止め、少し笑う。

最近は自然と笑ってくれるようになった。

「シシィ。よく来たな」

「マリーが無茶を言いませんでしたか?」

「いつも通り、非常にいい子だった」

マリーヴェルはその答えに満足そうに、ニコニコとしながら水やりを再開した。

父は腰を叩きながらベンチに腰掛ける。シンシアもその横に座った。イエナは子供達の良く見える少し離れたベンチに座っている。

子供達はそれぞれ土で遊び始めた。王城のメイドが付き添っている。

「元気か?」

「ええ、とっても。お父様は?」

「今日はいい。天気もいいしな」

雨の日は気が塞ぐらしい。それでも一時期に比べると非常に穏やかだが。

「今は何を育てているの?」

「水仙を植えたよ。マリーが好きだと言うから」

「へえ。ありがとう」

温室に子供達の高い声が響く。

「——聞いたぞ、学園の事」

父は悲しそうに目尻を下げていた。いつの間にかすっかり皺が深くなって。

「マリーヴェルがつらい思いをしただろうか。私の治世は、悪い事ばかりだったな・・・」

確かに戦争以後、学園が魔力至上主義として間違った道へ進んだが、それは戦後の余波である。

何事も自分のせいだと思うのが父の癖だった。

「何言ってるの」

シンシアがトン、と父の肩を肩で軽く押した。

「聞こえないの?この幸せそうな笑い声が」

言われて、父は顔を上げた。

「お父様が作り上げてくれた平和の上にある、子供たちの笑顔じゃない」

マリーヴェルが土に水をかけてやり、ソフィアとアレックスで泥団子を作り始めた。

「まり、みずこっち」

「おねえさま、でしょ!」

「みずがおおくて、かたまらないわ」

「文句言わないで。あのね、泥団子って言うのは、ぬれている土と、そこの白い土をバランスよく組み合わせるのよ」

「そうなの?じゃあ、おねえさま、やって」

「嫌よ。土で汚れるじゃない」

「できないのね」

「ない、の?」

2人から見上げられ、マリーヴェルは嫌な顔を向けた。

いつもはマリーヴェルが優勢だが、ソフィアがアレックスを味方につけるといつものように反論しづらいらしい。

「ね、ちゃ。っち!」

アレックスがどろどろの手をマリーヴェルにのばす。

「——っきゃあ、やめて!汚いわ!」

「アレックス、ほら、ねえさま、よろこんでるよ」

「喜んでない!いやー!」

マリーヴェルが高い声で叫ぶから、アレックスは嬉しくなって追いかけ始めた。マリーヴェルが本気で逃げだす。それをソフィアがけらけらと笑いながら見ていた。

「——ああ、眩しいな」

父が本当に目を細めながら子供達を眺めていた。

その目には僅かに涙が浮かんでいるようだった。

シンシアは気づかないふりで、そのまま父の肩に少し体重を預けた。