軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

27. アルロの人生

アルロに治癒術を使ってからというもの、シンシアは一日の多くの時間をベッドで横になっていた。

激しく動くとめまいがするので、今日はこのまま寝てしまおうと思う。

力を使った反動だ。アルロの全身はそれなりの傷だったし、なぜかいつもより魔力を要した。

これまでも、力を使えば数日寝込むことはあった。シンシアの力はそれほど大きくないから仕方のない事だった。

こういう時、メイアがいれば何かと気がついてくれるのだけれど。彼女は少し前にペンシルニアを去った。高齢になったメイアは、思うように動かない体でシンシアの重荷になりたくなかったのだろう。

もう安心ですから、と言われ、シンシアは母との別れのような寂しさを覚えつつも、送り出したのだった。

夜中、ベッドにするりと滑り込む影が。——ライアスだった。

ライアスは労わるように、そっとシンシアの前髪をかき分けた。

「何か飲みますか?」

「いえ、このまま、寝てしまいたいです」

そう言うとライアスはそっと腕をシンシアの首の下に入れて、抱き寄せてくれた。

ふわりとライアスの香りがして、心地よい腕で気持ちが安らぐ。

「子供達は」

「皆寝ました」

「そう・・・・」

まだ寝そうにないシンシアに、ライアスは静かに話した。

「アルロの父——レノンは、国籍のない流れ者でした」

「ファンドラグの国民ではなかったのですね」

「アルロ自身は孤児院に在籍していたから、ファンドラグの国籍があります。——レノンの方は、本人は無国籍といっていますが、詳細は不明ですね」

「不明・・・?」

「言っていることが支離滅裂なんです」

「まあ・・・ご病気というのは、本当だったのね」

ライアスは首を振った。

「多飲酒によるものです。記憶だけでなく、感情のコントロールも失っています」

ちょっとした事で怒って暴れ、近頃ではそれがどんどんエスカレートしていたはずだ。

治癒師の話では、脳のほとんどはもう正常に機能していない。排泄すらままならなかっただろう、と。

アルロはその世話もしていたのかもしれない。

「加えて、今は離脱症状で、とても誰かと会話ができる状態ではありません」

激しい症状に文字通り悶え苦しんでいる。叫び、自らを傷つけ、恐怖と焦燥とで苦痛の中にある。

アルロの給金は月20シルバー弱あった。それをほとんど酒に注ぎ込んでいたのだとしたら、相当な飲酒量だ。回復は見込めない。

アルコールが抜けたところで、日常生活も難しいだろう。

「アルロが悲しむでしょうね・・・」

「ろくでなしの親ですが」

アルロにとっては大切な父親だ。

「施設に入れる手筈を整えておきます。格子付きの。そこで余生を過ごさせましょう」

恐らくそう長くはないだろう。

シンシアは頷きながら、暗いため息を吐いた。

レノンの様子を見てきたライアスは不思議でならなかった。

「あれほど酷いことをされても、父親を捨てられないとは」

「子供にとって、親って本来、自分を守ってくれる絶対の存在ですもの。その親が自分を害するだなんて、耐えられないでしょう」

子どもにとっては死活問題だ。本能的に、自分を守っているような。

アルロを見ているとそう感じた。

心のどこかでわかっているんじゃないだろうか。父親に殴られることが、他と違うということに。

けれど、自分の親はその人しかいないから。感情を封じ込めている。その気持ちを表出するのには、相当の時間が必要なように思う。

「何をされようと、悪いのは自分、親は正しくて、いい子にしていればちゃんと自分を守ってくれている。そう思わないと恐ろしくて耐えられないんでしょう」

アルロは必死で、そうやって心を守っている。

——愛していると、言ってくれたんです。

そう言った時のアルロの顔は、とても嬉しそうには見えなかった。切迫し、思い詰めた表情だった。

けれど同時に、アルロは自分の心を守るばかりじゃなかった。その繊細な心配りで、傷つく心に敏感で、マリーヴェルを優しく守り、寄り添う思いやりと強さがある。

シンシアはアルロの事をそう思っている。

「あの子は強い子だわ。——アルロのその強さを、守ってやりたい・・・」

独り言のように言った台詞だったが、ライアスは頷き、わかりました、と答えた。

アルロがペンシルニアに来て、数週間。

シンシアはアルロの部屋を訪れていた。

いつものようにマリーヴェルがアルロと一緒に勉強をしていた。

光の魔力はシンシアも教えているが、座学に関してはアルロとやるのが一番身が入るらしかった。

「ちょっといいかしら」

シンシアが言うと、アルロは慌てて立ち上がった。

「いいのよ。座って頂戴」

椅子は二つなので、マリーヴェルが立ってベッド横のカウチに腰かけた。

今日は、そろそろアルロに伝えなければと思って来た。

「アルロ。お父様の事なんだけどね・・・」

アルロがびくりと固くなる。シンシアはできるだけ穏やかに話した。

「お酒の影響で、だいぶ調子が良くないの。だからペンシルニアの運営する施設で、療養してもらうのはどうかと思って」

「え、でも・・・そんなお金」

「それは、もしよかったらなんだけど、アルロがうちで働いてくれたら、その給金の一部を入所費用に充てるのはどうかしら」

本当は慈善事業でやっているような施設なので、お金などもらわなくてもいいのだが。特別扱いをされすぎると、アルロはきっと遠慮してしまうから。

「そ、そんな・・・僕は、こんなところで働けるような、身分じゃ・・・」

「ジーク家からは許可をもらっているの」

「・・・でも、ぼく、何の役にも」

「マリーの家庭教師をしてくれているじゃない。学園を休んでいるから、助かっているのよ」

アルロの後ろで、マリーヴェルが大きく頷いた。

「ライアスも承諾しているわ。ぜひお願いしたいの。どうかしら」

アルロは迷っているようだった。気後れしているようだ。

元々すぐに決断してもらおうとは思っていない。

「お父様は、まだ病状が落ち着いていないから・・・しばらく会うのは難しいようなのだけど。もう少しだけしたら、会いたいのなら、調整するわ」

「は、はい」

「でもね、アルロ」

シンシアはアルロの漆黒の瞳をひたと見つめた。

「私は、もうお父様には会わない方がいいと思うの」

「え・・・・・」

「あなたが受けた傷を見て、実のお父様とはいえ、貴方を会わせるべきではないと思っているわ」

「こ、これは・・・。その、僕が悪くて」

言い訳を探すアルロに、シンシアはできるだけ口調を変えず、静かに言った。アルロを傷つけないように、どうすれば伝えられるだろうか。

「父は、僕のせいで、足を悪くしたんです・・・その、だから・・・」

「アルロ」

これ以上、無理に言わせたくはなかった。

「誰であっても、どんな理由があっても、あなたを傷つけることは許されないのよ」

アルロは初め、きょとんとしたような表情をした。

そんなこと、今まで誰にも言われたことはなかったのだろうか。

「貴方は何も悪くないわ」

何も、とシンシアは強調した。

「ぼ、ぼくは・・・でも、僕なんて」

「貴方は素晴らしい人よ。マリーに優しくいつも寄り添ってくれるでしょう?弱音も吐かないし、暴力にも挫けなかった」

「ぼ、暴力だ、なんて」

アルロは必死で否定した。

「そんなことないです。僕は、どうしようもない人間です。なんの取り柄もない・・・。ほんとは、こんなところにいちゃ、ダメなのに」

こんな風に、光の当たる眩しい場所は自分には分不相応だ。

貴重な光の力を使わせるなんてとんでもない。

一緒にいたら、ひだまりのようなこの場所まで汚されてしまうんじゃないだろうか。

「お世話になりました。あの、ぼく・・・」

どうやってここを出て行こうか、そう思いを巡らしていた。そんなアルロに、シンシアは悲しそうな目を向けた。

無理強いはするつもりはない。

何度でも同じ話をするつもりだった。

アルロが、自分の中でゆっくりと考えられるように。折り合いをつけられるように。

ただ・・・。

「後ろを見て」

言われて、アルロは後ろを振り返った。

そこではマリーヴェルが、ポロポロと大粒の涙を流していた。

「ひっ、姫様・・・!?」

アルロは慌てて立ち上がり駆け寄った。

綺麗な金の瞳から流れる涙は次々に溢れてくる。

涙を拭おうとして、触れるのも 躊躇(ためら) われて。渡そうにもハンカチも持っていない。

「うう、ううぅ——」

マリーヴェルの顔はくしゃくしゃに歪んだ。

「ある、アルロ、うわ、うわあぁぁん!!」

小さな子供のように、マリーヴェルは泣き叫んだ。

アルロはマリーヴェルの目の前に膝をついた。おろおろとすることしかできない。

「姫様、泣き止んでください」

「だっ、だって、アルロが!」

「ぼ、僕が・・・?」

「私の大切なアルロが、そんなこと言って・・・っ」

マリーヴェルは泣き続けてしゃくりあげた。

「私といるのが好きなんじゃなかったの?私はアルロといて幸せだったのに、アルロはそうじゃなかったの?」

「し、幸せです!——でも、だからこそ、僕がここにいたら」

「どうして、そんな、う、うわあああー!」

マリーヴェルがこんなに大声で泣くのは久しぶりに見た。

「私の、大好きな、アルロが!」

泣きながら、怒っているように言われて。大好きな、って。アルロは目を見開いた。

マリーヴェルは、アルロが立ち去ろうとしているのを察している。

マリーヴェルの言葉よりも、きっとあの恐ろしい父親の言うことを信じるんだ。

自分自身を卑下し、暴力も甘んじて受け、アルロ自身が自分をそうされても仕方ない人間と思っているのだとわかる。

マリーヴェルは言葉にはできないが、この理不尽さを、どこに怒りをぶつけたらいいのかわからずにいた。

「あらあら——よしよし」

シンシアはゆっくりとマリーヴェルに近づき、ぎゅっと抱きしめた。

「大丈夫よ、マリーヴェル。泣かないで。アルロはあなたが大好きだから」

そうよね、と尋ねると、アルロは何度も頷いた。

「そんなあなたが大切に思うアルロを、いつか好きになってくれるわ」

自分の事が信じられないアルロでも、きっとマリーヴェルのことは信じているだろう。

アルロの器は今まで空っぽだった。そこをこれから満たしていけたら。

「だから、今はまだ、待っててあげましょう、マリー」

もどかしくとも、焦らないように。アルロの気持ちが追いつくまで待ってやりたい。

だから、とりあえず今は、ここを去らずに、このまま留まってくれるだけでいい。

「ねえアルロ、マリーがこんなに悲しんでいるから、悪いけれど、私達のために、もう少しここにいてくれないかしら」

「で、でも・・・」

「私は貴方に、ペンシルニアの一員になってほしいの」

有無を言わさないような、シンシアの強い口調にアルロは気圧された。

体が大きいわけでもなく、力があるわけでもない。それなのにこのペンシルニアの女主人は、一つ一つの言葉が重く、ずんとアルロの中に染み込んでくる。

ペンシルニアに来るか、ではなく、一員になってほしい、と、他でもないシンシアが言えば、アルロに断ることなどできないとわかって、アルロ自身が決断しなくてもいいような言い方をしてくれているのだろうか。

「アルロ。私は、あなたの人生の主導権を、あなた自身に取り戻して欲しいの」

シンシアの言葉は静かだったが、その言葉は妙に頭に響いてきた。

人生の、主導権。

自分の人生の——。

いつの間にかマリーヴェルは泣き止んでいた。

顔が真っ赤になったので、シンシアはマリーヴェルと一緒に部屋を出て行った。またね、と言って。

後に残ったアルロは、選択を迫られなくなったことにか、どこかほっとしながら、シンシアの言ったことをずっと考えていた。

意味はすぐにはわからないけど、その言葉は忘れてはいけないような気がした。