軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

13. オルティメティの婚約者

王城の応接室。

豪華な、けれど広すぎない部屋で2人はすこしぎこちないながらも3度目の時間を過ごしていた。

オルティメティと、もう一人、対面に座るのはイエナ・グランデ。グランデ侯爵家の次女である。

黒い髪をしっかりと結い上げ、隙のない印象を受ける。瞳の色は深い緑。

オルティメティは勇気を出して口を開いた。

「今日は・・・貴方に、お伝えしないといけないことがあるんだ」

ティータイムももうそろそろお開きかという段になって、急に改まったオルティメティに、イエナははたと紅茶を飲もうとしていた手を止めた。

婚約者候補として回数を重ね、順調に行けばそろそろ貴族らにお披露目されるはずだった。

改まった様子にイエナは、ここへ来てお断りの話かと身構えた。

オルティメティは何度も口を開いては閉じ、を繰り返していたから。

よほど言いにくいことなのだろう。

「あの・・・どうか、遠慮なさらないでください」

「イエナ嬢・・・」

いつも、言葉をほとんど交わさないティータイムだった。

声もか細く、気の弱い女性なのだろうと勝手に思っていたが、そうではないのかもしれない。

こうしてオルティメティが言い淀んでいるのを察して、心を軽くしてくれようと気遣ってくれる人なのだ。

「私が至らぬのは、いつも言われておりますもの。ですから殿下も——」

「ま、待って。至らないだなんて、そんなこと誰が」

「それは、父や母に」

「なんてこと。君は立派な女性だよ」

イエナは才女である。オルティメティと同じ21で、学園から更に研究所に進み、農地改革の論文を発表し、教授らに高く評価されている。

——その年になっても結婚していなかったのは、学問に忙しかったからだ。それで一族から色々と言われているのだろうが・・・。

「ありがとうございます」

社交辞令を受け取るようなイエナの台詞に、オルティメティは重ねた。

「君には何の不満もない。——いや、不満だなんておこがましいな。色々と教えてもらいたいと思っているのも事実なんだ。そうじゃなくて・・・ごめん、僕が煮え切らないから余計な気を遣わせて。——今日は、父の話をしたいんだ」

「国王陛下の・・・?」

オルティメティは重々しく頷いた。

「実は、調子がよくなくて・・・だから、僕達が結婚したら、すぐにでも王位を継ぐ事になると思うんだ」

「まあ。——そんなにお悪いのですか」

全くの初耳だった。

政務は滞りなく行われているとばかり思っていたから。王太子であるオルティメティが優秀で、公務の多くを早くも執り行っているというのは聞いていた。それに、そんな事情があっただなんて。

最近の舞踏会でも元気そうな姿を見たばかりだった。

それが、王位を渡さねばならないほど急激に悪くなったのだろうか。

「あ——もう、ずっとなんです。なので、今急いで何かを、ということはないのですが」

イエナの心配顔に、オルティメティは片手を上げて心配ないと付け加える。

けれど、政務を行える状態ではないから。結婚式が終わると同時にすぐ戴冠式となるよう計画している。

つまり、イエナは王太子妃ではなく、すぐに王妃となるという事だ。担う仕事の内容も役割も大きく変わってくる。

それを伝えておかねばと思った。

イエナはその意味するところをすぐに察したようだった。

「その・・・一つだけ、お伺いしてもよろしいでしょうか」

イエナが恐る恐る、絞り出すような声を出す。

オルティメティは身構えた。

父の病状か、それともこの結婚がグランテ侯爵家と交わす条件か。

「何でも聞いてください」

オルティメティは頷いた。これから人生の伴侶となる女性に、隠し事はしたくなかった。

「私を選ばれた理由を、まだお聞きしていなかったと思いまして」

婚約者候補と申し入れを受けてから、イエナにはもちろん拒否権などなかった。

歳は同じだけれど、イエナは最低限の社交界にしか参加してこなかったから、ほとんど言葉を交わしたこともなかった。

けれどこれから先、ずっと共に歩む人なのだと思ったら、心づもりとして聞いておきたかった。

この人が自分に何を望んでいるのか。

形式的な王妃として、グランデ侯爵家次女としてのイエナなのか、それとも——。

オルティメティは姿勢を正した。イエナはこの人の、こういう真摯なところに好感を持っていた。3度目であっても、嫌だと思うところが一つもなく、素敵な人だと思える。

「もちろん、先の政変の影響で、貴族派と王権派とのバランスを考えて、というのもあります。昔から中立を保ってきたグランデ家は、そういった意味では最適なお相手で、声をかけたのもそれ故にです」

正直すぎるほどの言葉だった。けれどそれにがっかりしなかったのは、オルティメティの赤い瞳が、真剣にイエナに向けられていたから。

「けれど、私は共に国を支え、お互いに尊重し合い、できれば——温かな家庭を築きたいと思っています」

オルティメティは照れくさそうに笑った。

「青臭いと大臣らには笑われますが・・・まだ3回目ですが・・・貴方となら、それができると思ったんです。だからできればこのお話を進めたいと思っています。父のことをお伝えしたのも、そのためです」

一気に話して、ふう、とオルティメティは息を吐いた。

そして不安になったように、ちら、と上目遣いでイエナを見上げる。

「・・・・答えに、なってますか」

イエナは自然と笑みが浮かんだ。

「十分です」

この人となら大丈夫だ。そんな直感めいたものがあった。

結婚など自分には無縁だと思っていたし、まるで頭になかったのに。

この人を支えたいと思った。

今までのオルティメティの苦労を思うと、胸が締め付けられるような気さえした。

「私に、できるだけのことをさせて下さい。——殿下を支えて、貴方の背負っている荷物を、半分分けていただけるようになりたいです」

——こうして、2人の婚約は決まった。

婚約式は慣例に則り、荘厳な雰囲気の中行われた。

久しぶりの王家の祝い事に、王都じゅうが歓喜に沸いた。

オルティメティとイエナの肖像画が飛ぶように売れ、連日お祭りが開催されているようだった。

式典の後のパーティーは、王城の最も格式ある大ホールで行われた。登場した2人は、初々しさもあるものの視線を交わしすでに仲の良さを周囲に感じさせた。

国王の挨拶で乾杯しパーティーが始まると、次々に貴族らが挨拶に訪れる。

それらに一段落してから、オルティメティは気づかれないように深いため息を吐いた。

「殿下、大丈夫ですか?」

気遣うように言われ、オルティメティは苦笑した。

「君こそ」

慣れないパーティーで数日前から眠れていない、と、目の下のくまを隠すのが大変だったと言っていた。メイドらの技が光り、そんな様子は微塵も感じられない。

黒髪にはパールが散りばめられ、ドレスは華やかなエメラルドの流線型が美しく広がっている。

普段の控えめな格好ばかりだから、美しくなったイエナにオルティメティはどきどきしっぱなしだった。

「大丈夫?」

「粗相をしてしまわないか心配でしたけど、もうここまでくれば」

「うん、綺麗だし、しっかりこなしてるし、素敵だよ」

「で、殿下」

イエナは顔に熱が集まるのを感じて、パタパタと手で風を送った。

「仲睦まじくて何よりだな」

後方の椅子に掛けたままで、嬉しそうに国王が言った。

イエナは国王も化粧で顔色を隠していることに、今日初めて気づいた。

「陛下、ご配慮いただきまして、ありがとうございます」

「私は何もしていないよ」

「いえ、温かく私を迎えて下さいましたもの」

何度か食事を共にしているが、いつも優しい言葉をかけてくれている。

今日は国王が座ったままいられるように、オルティメティとイエナがしっかり前に出て挨拶をするつもりだ。

そう思っていると、いつのまにか騎士の礼服を着たライアスがそっと国王の横に立っていた。

「何だ、騎士団長は今日は職務か」

国王がつまらなさそうにそれを見やる。

「君はシンシアがいないパーティーには本当に参加しないな」

ライアスはそれには丁寧に礼をし、それでも無表情のまま会場に目を向けていた。

「大事な義弟の婚約式を滞りなく進めるようよろしく、と妻からも言われておりますので」

イエナはこの、ただただ実直で仕事一筋、といった印象の騎士団長がこうしてシンシアのことを言うのが不思議でたまらなかった。

何度か挨拶を交わしたことがあるが、にこりとも笑わないし、おべっかの一つも言わない。

ペンシルニア公爵は噂通りの難しい人なのだと思っていたら、オルティメティはそうでもないよ、と面白そうに教えてくれた。

そのうちにわかる、と言われているが、今、ライアスの最愛の妻シンシアは第三子を妊娠中であり、しかも臨月。イエナもまだ会えていない。

この鉄仮面の綻ぶことなどないように思えるのだが。

「陛下、そろそろ部屋へ戻られてはいかがですか」

ライアスはそう言って、国王もそれに頷いた。先ほどからつらそうに何度も深呼吸をしていたのだ。

ライアスが国王に付き添っていく。

国王が退席すると、貴族らはより賑やかになっていった。

オルティメティとイエナも頷きあって、貴族らの輪の中へ入って行った。

疲れた。

オルティメティはテラスで一人、手すりにもたれた。

——流石に無謀だったかもしれない。

婚約式が終われば、1年ほどで結婚式と戴冠式ができるように準備を進めている。同時進行で、式典に次ぐ式典の準備だ。

今は王家に女性がいないから、取り仕切る者がなかなかいなくて仕事量が多すぎる。

シンシアが手伝おうかと言ってくれたが、いつ生まれるとも知れない体で負担をかけたくはなかった。

とりあえず、婚約披露は終わったから、あとは流れに乗っていくだけだ。

オルティメティはテラスでこっそりと休憩することにした。

「——それは、存じませんでした」

一つ向こうのテラスからイエナの声がして、オルティメティは何気なくそちらを見た。

イエナは令嬢4人に取り囲まれていた。——あまり雰囲気はよくない。オルティメティはなんとなく柱の影に身を隠した。

「ご存知ないですって?——ああ、あなたは学園に閉じこもってらしたから」

「ナディア様と殿下が、幼い頃から仲睦まじくいらっしゃったのは、私達の間では周知の事でしたけれど」

「本当は、ナディア様がご婚約されるはずでしたのよ」

「殿下もさぞかし気落ちしてらっしゃるでしょう」

イエナが反論しないから、令嬢らは留まるところを知らない。

「仕方がないわ。父はいわゆる貴族派ですもの」

「お可哀想なナディア様。——愛し合うお二人がお家の事情で引き裂かれるだなんて」

愛し合う・・・?

一体何のことだ。オルティメティは首を傾げた。

自分には愛を語る相手もいないし、その暇もなかった。懇意にしていた女性も特にいない。

「——ですからイエナ様。お分かりになりますでしょう?」

イエナは黙っていた。

あんなに大勢に取り囲まれて、気の弱いイエナが泣き出してしまうのではないかとオルティメティは柱から身を乗り出した。

しかし、向こう側までは少し距離がある。回り込んでいくべきか迷っているうちに、令嬢らは更にヒートアップした。

「婚儀の後、貴方がすべき事です」

「私が・・・」

「形式上の妻の座に居座るのですから、殿下の想い人たるナディア様が殿下と添い遂げられるよう、取り計らうのは当然の事」

「え・・・」

「全く。察しが悪いですね。側室を持てるよう取り計うべきだと申し上げているのです」

聞き捨てならない。

オルティメティがテラスから声を掛けようと手すりに乗り出した時だった。

「——私の聞いていたお話と随分違いますね」

それはイエナの声だった。

今まで聞いたこともないはっきりとした声。

「殿下は私に、形式上ではなく、夫婦として共に支え合い、温かい家庭を築きたいとおっしゃっていました。私もそのつもりです」

「あ、貴方・・・」

「殿下が本当に、貴方に愛しているとおっしゃったのですか?殿下は二人の女性に愛を語るような方ではないと思いますが」

殿下は、とイエナは顔を上げた。

「とても誠実な方だと思います。だからこそ、私も心の底からお支えしたいと思ったので」

「この・・・っ」

令嬢の一人が、手を振り上げた。

イエナははっとしたが、その視線の先は令嬢たちではなく、その更に後方——。

「殿下、危ない!」

イエナの叫びに一同が振り返る。そこには、テラスの手すりに足をかけて今にも飛び越えてきそうなオルティメティの姿があった。

「で、殿下・・・いつからそこに」

「わ、私たちは、その・・・」

「——ご令嬢方、誤解があるようですね」

オルティメティは我に返り、足を下ろして咳払いをした。

「私はこれから先、生涯イエナだけを愛してゆくつもりです。そもそも、想い人がいたこともないし、愛を語ったこともありませんよね。誤解を招くようなことも、なかったはずですが」

少し強い口調で言ったら、令嬢らはすごすごと引きさがった。

「そ、そうですね」

「誤解があったようです」

「まいりましょう・・・」

口々にそう言ってナディアともどもテラスから会場へと戻っていった。

その姿を見送っていたイエナと目が合い、オルティメティは身を乗り出した。

「イエナ嬢、その、僕は本当に——」

イエナは笑った。

「大丈夫です、わかっています」

貴族派が起死回生を図ろうと必死なのはわかっている。令嬢がこうやって取り入ろうとするなど予想の範囲内だ。

「・・・情けないね。君と離れるべきじゃなかった」

「テラスを飛び越えて守ってくださろうとしたでしょう」

足をかけていたことを言っているのだろう。オルティメティは恥ずかしくなって頭をかく。

「けれど、もうしないでくださいね。貴方の身に何かあれば大変ですから」

月明かりに照らされたイエナが微笑むと、より美しく見えた。

オルティメティはそれをじっと見つめて、はあ、と息を吐いた。

「この距離が恨めしい。手を繋ぎたくなったのに」

言われてイエナは手を伸ばした。あと少しの所で、届かない。

「本当ですね。届きません」

「イエナ嬢・・・その」

オルティメティは言葉を選んだ。

急に伝えたくなった。イエナは微かに首を傾げて待ってくれている。

「僕と、婚約してくれてありがとう。——君を一生愛して、幸せにすると誓うよ」

イエナは口元を押さえ、嬉しい驚きに目を細めた。

「殿下。ありがとうございます。私も、殿下を幸せにしたいです」

燃え上がるような愛ではないけれど。

2人は確かに、これから大きくなっていくであろう恋心を自覚していた。