軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

番外編2-5

信じられないことにシンシアが「愛している」と言ってくれた。

自分は、あの爆発で、実は死んでしまったんじゃないだろうか。もしくは昏睡状態にあって、ありもしない夢を見続けているのではないだろうか。

試しに頭を柱にぶつけてみる。

ゴン、とすごい音がして、頭に衝撃が走った。

「——ライアス!?」

シンシアの驚いた声がして、彼女が慌てて駆け寄ってきた。

「ど、どうしたのですか?眩暈ですか」

「痛い・・・」

「ああ、額が赤くなってます」

シンシアが心配そうにそこを撫でてくれた。

「夢ではないのでしょうか。貴方が・・・」

「何を言っているんです。現実ですよ」

シンシアは呆れたような声で言ったが、その表情は少し悲しげだった。

「何度でも言いますから、そんな確かめ方をしないでください」

シンシアは念を押すように、ライアスの瞳を見つめた。

「ライアス。愛しています」

そうなるともう、片時も離れたくはなかった。

王城へエイダンを迎えに行き、屋敷に戻ってくるまでの間に寝室も同じにした。

シンシアの許可を得るのをうっかり忘れていたが、シンシアは受け入れてくれた。

初夜のことを思えば、正直恐ろしさはあった。

また拒絶されるのではないかという心配も。

しかしシンシアは、それら全ての感情を包み込むように受け入れてくれた。

「大丈夫です。ライアス、愛しています」

何度も、何度も言ってくれた。

これまで言えなかった分もというように、ライアスを安心させるように。

ライアスは最後は涙を流していたかもしれない。興奮しすぎてうろ覚えではあるが、シンシアがただただ女神のように、宥めて抱きしめてくれたのは覚えている。

その夜は眠れなかった。

疲れ果てて事切れたように眠るシンシアを腕に抱き、ライアスの心臓はずっと早鐘のように打ち続けていた。

空が白み始め部屋が明るくなってきても。

鳥がさえずり、屋敷の人間の動く気配を感じても。

ライアスはシンシアが目覚めるまでずっと、その愛しい存在を腕に抱き締め、髪を撫で、口付けをし。

この愛しくて尊い存在を愛でるのにひたすら忙しかった。

目が覚めたシンシアの第一声は「こわい」だったが、そのすこし掠れた声も愛おしくてたまらなかった。

事態がある程度落ち着いてから、ライアスは王太子の執務室を訪れた。

マルセル侯爵家はマルセル商会というそこそこの規模の商会を有し、主に他国との貿易で財を成していたのだが。

関税のかけ方に偏りがあり、ここ数年は赤字が続いていたようだ。

国王へ何度進言しても取り合ってもらえず、いよいよ切羽詰まってきていた。

「あの関税のかけ方は、確かにちょっと問題があったかもしれない。戦争以降、いやその少し前から、鉄と塩が高騰したでしょ?それなのに以前のままだったから・・・。宰相と相談して、少しずつ変えていくことにしたよ」

王太子はそう言って疲れた顔をしていた。

内政の事はライアスはあまり関与していないため知らなかったが、こういったことは他にもいくつかあったらしい。

思い返せば軍事面でも、国王は改革には消極的だった。

現状維持だけではやっていけないのが国政だ。あらゆる時勢に合わせて施策を行う必要がある。

ライアスはそれでも公爵位であったし、必要な書類をそろえれば国王は大抵承認をくれる。軍部についてはそれほど問題ではなかったが。

それがかえって、不満につながったのかもしれない。

国王を動かすペンシルニアの構図が出来上がっていたのだろう。ましてや国王の娘婿であり、王位継承権の2位と3位を有する家門となってしまった。

「権力がペンシルニアに集中しすぎたのは、良くないですね」

「そうだね・・・。まあ、そのうちエイダンがもう少し大きくなったら、姉上の継承権を放棄してもらって。僕もさっさと結婚しないとね」

「お相手がいらっしゃるのですか」

オルティメティにはまだ婚約者がいなかった。

「政情不安定だと、どの家門から選出するか本当に難しくって」

「・・・・・・」

好きに選べる立場ではないかもしれないが、まだ若いオルティメティからそんな台詞が出るのは複雑な気持ちだ。

ライアス自身が思いを遂げたばかりに、余計そう思う。

「そんな顔しないでよ」

ポン、と肩を叩かれる。

「ちゃんと選ぶよ。お互いを大切にできて、国政を担える素敵な女性を」

「・・・あまり急がないでください。ペンシルニアが国を守っていますから」

「うん、ありがとう」

オルティメティは応接机の前に座った。お茶を入れ、ライアスにも勧める。ライアスも対面に腰掛けた。

「父上にも、それまではもう少しだけ頑張ってもらうかな」

「陛下にはしばらくお会いできていないのですが・・・」

「あー・・・寝込んでる」

オルティメティは遠い目をした。

深刻な病なのだろうか。

次の言葉を待っていると、オルティメティは頭をガシガシと掻いて、それから何かを決意したように背筋を伸ばした。

「ここだけの話、本当はもう何年も前から、父上はもう——国政だけじゃなくて、何事にも関心を持てないんだ。起きているのもつらい日もある。それでも何とか頑張ろうとされてるんだけど・・・無理をすると、余計悪くなるんだ。姉上が時々来てくれると笑顔も見られるんだけど・・・そしたらまた反動で寝込んだり」

一気に言って、オルティメティは、ははは、と笑った。力のない渇いた笑い声だった。

「僕がちゃんとやるから、心配しないでって言うんだけどね。それはそれで、つらくなっちゃうみたいで。もう、迷惑かけてばかりで、生きている価値はないとか言っちゃって。全部自分のせいだ、って——参るよねほんと」

「殿下・・・」

オルティメティはここまで一気に話し、長い息を吐いた後、ティーカップに手をつける。

「シンシアには」

「心の問題だから、治癒師も何もできないんだ。だから姉上に言うのもな、って。そもそも、僕たちは姉上に犠牲を強いて今の場所にいるのに。これ以上は・・・」

「シンシアはそのようには思っていないと思います」

少し前のライアスなら、ここで何も言えなかっただろう。

だが今は、シンシアがペンシルニアで幸せに過ごしていることを知っている。

「あ・・・そうだよね、すみません、ライアスのところで姉上が幸せそうにしてるのは、僕もそう思ってるんだけど」

微妙な沈黙が流れた。

オルティメティは相当疲れが溜まっているのではないだろうか。

そう思っていると、ポツリとオルティメティが呟く。

「僕はさ・・・みんなから母上を奪った張本人だから」

ライアスは驚いてオルティメティを見た。

オルティメティは淡々と言う。

「僕を生むために母上は命を落とした。父上がああなったはじまりはそれだったんじゃないかな。——それなのに、誰も僕を責めるでもなく、優しく育ててくれた。戦争で兄上が亡くなって、姉上がその責を負って嫁いで。・・・だったら僕は、何をするべきだろうって」

カップを置いて、オルティメティは笑った。いつもの朗らかな微笑みだった。

「だから、僕はできるなら背負いたいんだ。やりたくてやってるんだ。っていう話」

そうだろうか。

やりたくてやっている以前に、やらざるを得ない状況だ。

王家の皆が犠牲を強いられたと言うのなら、オルティメティだって同じだ。

まだ15の若さで多くの決断を迫られ、父王を看て、更には結婚まで。

ライアスは考え込んだが、だからといって自分に何ができるのかはすぐには見つかりそうになかった。

ファンドラグは王政国家が長く、王権がずっと強かった。だからこそ国王に拠る所が大きい。過去に摂政がいたこともあったが、それも王族。内政を他の官吏と動かす体制が整っていない。

だからオルティメティがこうして重責を担っているのだろうが。せめて、この心の内だけでも少し軽くしてやりたかった。

「殿下。・・・シンシアには、話せませんか。すべてをというわけではありませんが。彼女は、殿下をとても大切に思っています。負担になど思わないと思います。背負える荷物があるのなら、共に持ちたいと考えると思います。もちろん、私もですが」

オルティメティは笑った。

「うん。ありがとう、義兄上」

痛ましいほどに大人びた笑顔だった。