軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

35.姉弟

「姉上、どう?」

夕方になってひょっこりと顔を覗かせたのはオルティメティだった。

公務は終えたのだろう、ラフな格好に着替えている。

「お疲れ様。仕事は終わったの?」

「うん。せっかく姉上が来てるしね。——これはまた、随分と」

そう言ってオルティメティは積みあがったカタログに苦笑いを浮かべた。

ここに来る途中、疲れた顔のエイダンとすれ違っている。

「午前中はペンシルニアの仕事をして、昼からは結婚式の準備?少しくらいゆっくりしたらいいのに」

「ティティこそ」

「僕?」

「ごめんなさいね。突然帰って来ちゃって……」

「そんなこと言わないでよ」

オルティメティはそう言いながらシンシアの対面に座った。

「姉上ひとり来たところで何ともないよ。たまにはいいじゃん、ゆっくりしてよ」

「私一人でもないけどね……」

「エイダンは職場なんだし、ソフィーは……」

はは、とオルティメティが笑う。

「もう、うちの子みたいなもんだよ。これだけ通っていると」

確かに、毎日お邪魔している。

オルティメティはぱらぱらとカタログをめくっている。

しばらく眺めているようだったが、どこか気もそぞろなように見えた。

「——ティティ。何かあったの?」

「へ?」

「何か話したいことがあるのかと思って」

気のせいならいいのだけど。

そう思って聞いたら、図星だったようだ。オルティメティはカタログを閉じて、言葉を探しているようだった。

「——結婚式があるからって言って、ちょっと先延ばしにしていたことがあって」

「先延ばし、というと——アレックスの立太子?」

学園を卒業したのだから、これから益々本格的に教育が始まる。10歳——状況のせいだったとはいえ、オルティメティもその頃に立太子したし、戦争で亡くなった兄はもっと早かった。

そろそろ、という声は少し前から上がっていた。

「来年に予定しているの?」

「——それなんだけど。少し、見送りたくて。何かいい言い訳はないかな。どう思う?」

「言い訳って……」

そんな重要なことを、世間話のように。

シンシアは少し声を落とした。

「どうして先延ばしにするのか、聞いてもいい?」

「アレックスが、望んでないから」

「それが一番の理由?」

子供が望まないから立太子させないというのは、いまいちしっくりこないけど。

「一番の理由は——」

オルティメティはまたぱらぱらとカタログを眺めている。実際にはあまり見ていないんだろう。

「僕はそんなに覚えてないんだけど。アレックスを見ていると……」

ちら、と手元のカタログから視線を上げて、オルティメティはシンシアを見つめた。

「兄上に似ているような気がして」

「お兄様に?……貴方、まだ小さかったのに」

母が死んで数年。年も離れていたから、オルティメティは乳母と遊ぶことが多く、当時シンシアと兄がいつも一緒にいた。父である国王は忙しかったし、物心ついたくらいで戦争が始まった。

「うん……もっと言うと、弱った時の父上にかもしれない」

「まあ」

オルティメティの懸念していることが、シンシアにはわかった。一番近くで見て来たからこそ、思うところがあるのだろう。

それは考えすぎだとは——言えない。

確かにアレックスはかなり、繊細なところがある。隠せないほど気が弱くて、人見知りもかなり強い。常にソフィアの影に隠れている。シンシアの前ですら少し緊張気味で表情が硬い。ライアスには目を合わせたこともない。

ペンシルニアの子供達にはない繊細さだった。それはもしかすると、王家に特徴的な気性なのかもしれない。

けれど。父の事があったからこそ。

「国王は、一人で背負わなくてもいいようにしてきたんじゃないの?私達公爵家も全力で支えるわ」

言いながら、シンシアはチクリと胸が痛んだ。

大好きだった兄は、決して悪い人ではなかった。ただ、とにかく優しい人で。

戦争のない時代だったら、うまくやれていたんじゃないだろうか。死ぬ事もなく。

——王様になんてなりたくないんだ。はあ、ずっとここでシンシアと本を読んでいたいな。

そう言ってよく頭を撫でてくれた。母親を失ったせいもあって、シンシアも兄にべったりで。けれど本当に、優しい人だったのだ。

「マクシミリアンが成長するのを待つの……?」

第二王子のマクシミリアンはアレックスが3つの時に生まれた。今は学園に通っている。

「あの子はあの子でねえ……」

「ティティ。万能な王なんていないでしょう」

オルティメティは特別優秀だった。15で国政を担っていた。今は平和なんだし、そこまで求めなくていいと思うのに。

オルティメティはごまかすように苦笑した。

「それでも、兄を差し置いてまで立太子するとなったら、それなりの言い訳が必要でしょ?マクシーはね。平凡なんだよ。可愛いんだけどね」

自分の子を平凡だなんて。シンシアが眉を寄せる。

「——とにかく、アレックスはやる気もないし、嫌々だから王太子教育が進まなくってね。せめてもう少し進めないと、立太子はできないよ。引き続きソフィアに手伝ってほしいんだ」

「それは構わないけど……」

アレックスも、ソフィアがいると大人しく授業に集中するという事で今もまだセットで授業を受けている。ソフィアも面白いと言うから、取り敢えず好きにさせている。

「——この前覗いたら、ソフィアと教師で激しく討論していたよ。それがまた、素晴らしくてね」

「ティーティー?」

シンシアは眉を寄せた。

「分かってる。僕は何も言ってないでしょ?」

まさか、息子の前で姪ばかり褒めるような事、この弟に限ってしていないとは思うが。

「——ソフィアを登城させるの、やめた方がいい……?」

悪い影響があるのだろうかと心配になる。

オルティメティは首を振った。

「そうじゃなくてさ。——聞き流してね。ソフィアがアレックスと結婚してくれて、王妃として国政を担ってくれたら、いいのになあって」

聞き流すにはちょっと、かなり大きな話だ。

「私に言われても困るわ」

「義兄上に言えるわけないだろう!?城が崩れるよ」

冗談に聞こえなくて、シンシアはひきつった笑いを浮かべる。

まあ、まだ子供なんだし、幸い国は平穏が続いている。急いで結論を出すこともないだろう。

心配と言えば、ソフィアだ。12にもなって毎日登城していたら、流石に第一王子の婚約者のように扱われ始める事だろうか。それはそのうち、ちゃんと否定しておかなければ。

「ライアスと言えば。さっき、国境を越えた知らせが来たよ。もうすぐ来ると思うけど……」

どうするの?と、視線で聞かれる。

そういえば聞いておかないといけないことが、まだあった。

「ティティ、貴方、知ってたの?今回ライアスが騎士団を動かすこと」

「あー……うーん」

オルティメティは曖昧に笑う。

これはごまかそうとしている。シンシアはじろりと目線で圧を掛けた。

「ティティ?正直に言って。わたしはライアスに怒ればいいの?ライアスと貴方に怒らないといけないのかしら」

「知らなかったです」

即答した。

——ごめん、ライアス。

オルティメティは心の中で謝った。

姉に嫌われるのは、嫌なんだ。

「ティティ」

シンシアに呼ばれて、オルティメティはいつもの穏やかな笑みで答えた。

「知ってた、という事にしないと大事になるからね」

「ライアスを甘やかさないで」

それはちょっと、由々しき事なんじゃないのか?

国王を差し置いて軍を動かすだなんて。いくら私兵とはいえ、法を捻じ曲げてしまっている。誰よりも法律に従順だった人が。娘のことになると我を忘れるようだ。

「姉上、そんなに怒らないで。後からちゃんと、連絡は来たんだよ。おかげで、今は宰相を向かわせてるから」

シンシアは呆れて声も出なかった。

そりゃあ軍を出したのだから、それらしい理由も必要だし、友好を確認するのも必要だろう。

だが、ライアスが勝手をして、それを急いで国王が気を利かせて火消しをすると言うのはどうなのだろうか。

「軍事演習だったとか何とか、言い訳して友好を深めてきてもらうよ。向こうの宰相とうちの宰相はなかなか気が合うらしいしさ」

シンシアは深いため息を吐く。

「やっぱり反省してもらわないと」

独り言だったが、オルティメティは心配そうにしていた。

話し合いすら避け、夫婦喧嘩で実家に帰って来るのなんて、この十数年で初めてだから。

「会わないの?」

「そうね。会わないわ」

シンシアはきっぱりと言って立ち上がった。

ライアスが馬鹿なことをした時、それを止めるのは、自分の仕事だろう。

初めは失望してここに来たけど、今は怒りも湧いてきた。相談もなしに、と言うところも腹が立つ。

しばらくはこの感情のままに、怒って見せてもいいんじゃないだろうか。

そう思うと、悶々としていた気持ちが逆に少し楽になった。

「さて。ソフィアの所にでも行こうかしら」

オルティメティは何とも言えない顔をしていたが、引き留めることはしなかった。