軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

21.ペンシルニアヘ

足を向けたのは、城壁の隅にある、とある部屋だった。忘れられたようなその場所に、兵士が二人見張りに立っている。

アルロの姿を見て頭を下げ、重い扉を開けてくれた。

ひんやりとした中には棺が一つ置かれていて、その周辺には藁で編んだ献花が並んでいる。酒や食べ物も置いてある。この棺は元々城にあったものだ。棺自体が高価な魔石でできており、保存魔法が惜しげもなく使われている。

雪に埋もれるこの国では春を待って葬儀を行うのも珍しくないらしい。

シャーン国王族の為の棺は、今はヘルムトのために使用されている。

初代国王であるヘルムトの国葬をどうするかは、なかなか決まらない。ヘルムトだけではなく身寄りのない者達をどこに弔うのかも。春が来るまでには決めないといけないだろう。

何故ここに足が向かったのか、アルロ自身もわからない。ただ、ヘルムトの顔が見たくなった。

部屋に入ると、一人、棺にもたれかかるようにしている人影があった。

——サンだ。

ヘルムトの死後、王都の街の家に籠ってしまった。ヘルムトの棺を見に来ては、また帰っていって、の繰り返しだと聞いている。

「——サン……」

呼びかけに応じる様子はない。

サンは近頃すっかり塞ぎ込んでしまって、会話もままならないほどだった。魂が抜けたように、ぼうっとして一日を過ごす。

返事がなくても仕方ないと思い、そっと隣に膝をついた。

「久しぶり、サ——」

そっと話しかけてみるが、サンは目を閉じていた。顔色も良くない。眠っているのだろうかと思いそっと肩に手を当てると、サンはそのまま崩れるように倒れ込んだ。すんでの所でそれを抱きとめる。

「サン……!?」

サンは気を失っているようだった。揺すっても反応がない。

息をしているのを確認してから、アルロは急いで城の救護所へ運び込んだ。

元々小柄だったから、本当に軽くなってしまっている。

治癒師の話では、栄養不足と睡眠不足という事だった。

そっとしておいた方がいいと思っていたが、このままではサンはヘルムトの後を追ってしまいそうだった。

救護所には、連絡を聞いてヒューケとスタンレーも駆けつけた。

「サン……ひどい顔色ですね」

しばらく見ないうちに病人のようになってしまったサンをみて、ヒューケは眉を寄せた。

「そっとしておいた方がいいと思っていたのが、間違いだったんでしょうか……」

「いや、何もできなかっただろ、俺達」

スタンレーの言うとおりだ。あまりにも忙しすぎて、正直サンの事は、そっとしておこうと言いながらも気にする余裕がなかった。

「こいつには、ヘルムトの世話をずっと任せてたからな」

「相当、気を張っていたでしょうね。元々この子は、落ち着きがなく、失敗ばかりで……それなのに、ヘルムトのための精密な薬剤も管理して、看病も一人でこなしていたから……」

「このままじゃ、こいつ、死んじまうんじゃねえか」

「どうすれば……」

サンは最善を尽くした。持てる力を全て使って、それでもどうにもならないで、大切な人を失って。分かっていたことだとしても、無力感、自責の念も感じているかもしれない。

「悲しむ元気もないんでしょうね」

微動だにしないサンをみて、アルロはそうとしか言えなかった。

あまりにも心が消耗していたら、人は悲しむことさえできないという事を、アルロは知っている。深い深い絶望のその先に、底抜けの闇があるのを。

そこから抜け出せる日など来ないんじゃないかと思うような、恐ろしい虚無の世界。自分の力では到底抜け出せないもの。アルロはそこから救い出された。けれど、サンは……。

悲嘆に暮れたり、無力感に絶望したり——そういう作業を、アルロ達は忙しく蓋をしたまま今日まで来ていた。サンは一人でそれにずっと向き合ってきたのだろうか。

「——とにかく、城に移ってもらおう」

「そうですね。せめて皆と同じようにここで寝起きして、姿を見なければ……心配です」

「アルロが見つけてくれてよかったよ。ありがとうな」

「いえ……」

ペンシルニアに帰ろうと思うと言った手前、少し落ち着かなかった。

「ヘルムトさんの葬儀について、そろそろ決めた方がいいんでしょうか。気持ちの整理も……」

それなら、それが決まるまではブラントネルに留まろうかと思う。

「そうだな。葬儀と、墓と——」

墓と言われて、アルロはふと、墓の前でまた倒れそうなサンが思い浮かんだ。サンが安心して墓参りできるように——そう思うと、思い浮かぶ場所があった。

「スタンレーさん、あそこはどうですか。最近更地にした、教会跡の」

「何がだ?あ、墓場か?」

「はい。あそこを王家の墓にしてはどうでしょう。サンにも見てもらって」

日当たりも良くて、それなりの広さがある。

ヒューケとスタンレーは顔を見合わせてから、頷き合った。

「——いいんじゃねえか、アルロがそう言うなら」

「そうですね。アルロがそう言うなら」

「……………」

この物言いは少し引っかかったが、こうして王家の墓場とヘルムトの葬儀の日程が決まって行った。

そこからまたしばらく、忙しい日が続いた。

王位を継いでほしいという話は、アルロが断ってから話題にはされない。

ただ、言葉の端々に感じるものはあった。いちいちアルロに意見を聞きに来たり、妙に恭しく接されたり。それでも面と向かって何か言われるわけではないから、アルロは宙ぶらりんの気持ちのまま忙しくしていた。

そうして。

サンの騒動があったせいで、結局ヘルムトの顔を見れなかった事を、かなり経ってから思い出した。

療養を続けているサンが起き上がって歩き始めたから、また一緒にヘルムトに会いに行こう、と声を掛けた。その前に安置所の掃除をしておこうかと、アルロは再びヘルムトの元を訪れた。

そこで、ふと違和感を覚える。

見張りもいる、ここを訪ねる者は誰もいないと言っていた。しかし、どこか……何とは言えないが、いつもと違うような気がした。

——そして、その勘は正しかった。

そこからは急展開だった。

古代術式の存在、捕えているはずの第二王子モイセス一派の逃走。そのあまりにも大胆で信じられない策略が明るみになり——。

アルロは急ぎスタンレーと共にブラントネルの大軍を率い、ペンシルニアヘ向かうことになった。

いち早く出陣の手はずを整えたアルロらを、ヒューケが見送った。

大恩のあるファンドラグにもしものことがあれば、ブラントネルは終わりだ。できるだけの軍を、この短時間で用意できたのは流石だった。それだけ、誰もが危機感を感じていた。

「——帰ってきてくれますよね」

帰る、と言う表現にアルロは一瞬迷った。

とりあえず、そのままファンドラグに留まることはしないだろうとは思う。

その一瞬の躊躇いをどう受け取ったのか、ヒューケが苦悶の表情で声を絞り出す。

「貴方が諾と言ってくれないのは、ペンシルニアに置いて来た想い人のせいだと聞いたので——」

「あ、はい……」

今も、万一マリーヴェルに何かあったらどうしようかと全く落ち着かない。ライアスもエイダンもいるのだから大丈夫だとは思うが。大丈夫だと思ったらそれはそれで、久しぶりに会えると思うと居ても立っても居られなかった。

「——いつでも、好きな時に行き来していただいて構いませんから。アルロならそれができるでしょうし」

「ええと……?」

「国王の座について頂いても、この国にだけ縛り付けておくことはしません。ですからどうか、帰る場所はここであってほしい」

アルロは返事ができなかった。その余裕もない。

ただ、行ってきますといって、ブラントネルを発った。