軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

6. 漆黒の恩恵

革命軍本拠地は、昔は学校だという、木造のしっかりとした造りだった。各教室を居住スペースとして使用し、一番広い部屋を会議室にしているだけの使い方だ。

あくまで仮の軍事拠点である。

ヘルムトの部屋も教室の一つらしく、部屋らしいものはベッドしかない。アルロはそこにヘルムトを寝かせて、後はサンに任せた。

アルロとペンシルニアの騎士らには部屋が二つ提供された。半分に分かれ、アルロはベンと共に荷ほどきをした。

すぐに辺りは暗くなってくる。

「——屋根があるところで寝られて、ほっとするな」

一通りの片づけが終わってからベンがそう言った。この部屋にはベッドも何もないから、ここでも寝袋で休むことになりそうだ。暖炉もないし、窓がガタガタと風でうるさく鳴る。それでも、野外だった昨夜に比べると天地ほどの差がある。

「昨日は結構冷えましたもんね」

「ああ。——アルロ、眠れなかったんじゃないか」

面倒見の良いベンが心配そうに尋ねた。

アルロが訓練を始めたころから、ベンは何かと世話を焼いてくれる。慣れない訓練も、馬の乗り方も、装備の付け方も懇切丁寧に教えてくれた。

とにかく真面目で兄気質と言うか、騎士団の中でもかなり慕われている、尊敬する人だった。

「意外と寝れました」

嘘ではない。あの後、朝方にかけては少し眠ったから。

まだ緊張の逃し方がうまくないアルロは、どうしても落ち着かない気持ちのままでいる。慣れない場所で、この切迫した、戦時下の独特の空気も。それをわかっているのだろう、ベンはいつもより少しゆっくりとアルロに話しかける。

「今のうちに体を休めておこう。これからどう動くかもまだ決まっていない」

「はい……」

「まあ、とりあえずはヘルムトが回復するのを待ってからの話になるだろう」

ベンの予測は正しかった。

ヘルムトは帰国後、寝込んでしまった。

見舞いには度々訪れたが、高熱にうなされてほとんど話すこともできない。

ヘルムトが目覚めるまで、アルロ達は放っておかれた。

特に行動を制限されるでもなく、監視もない。アルロはベンと共に、街を見て回ることにした。

建物を出てすぐの運動場には物資が高く積み上げられていた。ペンシルニアからの支援物資に加えて、ファンドラグ王国からも支援が始まり早速届いている。王家の紋章の書かれた箱もある。

「——早いですね」

「国王陛下はとにかく早いんだ」

即時実行、それこそがファンドラグ王国繁栄の要かもしれない。王権が強いからこそなせる業でもあるし、幼い頃から国政を動かしてきたからこそのオルティメティの手腕でもあるのだろう。

「ワイバーンの時も、襲来の途中から既に復興の計画をはじめ——と」

ベンがアルロを見下ろした。話が止まって、アルロも見上げる。

「この話は、しても平気か?」

アルロは苦笑のようなものを浮かべた。あまりうまくは笑えていない。

「お気遣いいただかなくても……はい、ありがとうございます」

ポン、と肩を叩かれた。

「悪い悪い。なんでもない事だと思っているからつい話してしまうんだ」

「いえ……」

お前もそう思え、と言われているようで。アルロは何と答えていいのかわからなくなる。

ベンとシャーン国へ向かう時に、アルロは改めてベンを訪ねた。

自分が約十年前に犯した罪と、それによりベンが厳罰を受けた事について。闇の魔力の事はアルロの口から説明したわけではなかったから、ちゃんと謝罪もしていなかった。

「それは違うぞアルロ」

アルロが謝るより早く、ベンはきっぱりと言った。

「俺は、俺自身の失態によって降格したんだ。手いっぱいだったとか、予定外だったとか、俺も初めは耐え難くてそんな言い訳を探してたけどな。やっぱりあの状況であの判断を下したのは、俺の資質が絶対的に足りてなかったって事なんだ。だから、副団長から降格した。それだけの話だ」

ベンはそれで、だから気にするなとアルロに言った。

ベンは強い。自分の不完全さや未熟さも全て受け止めている。

なぜライアスとシンシアがベンを今回同行させたのか、わかったような気がした。

「それにしても、すごい量だな」

ベンが積みあがった木箱を見上げて言う。その横で忙しそうに、ヒューケが指示を出していた。長い服の裾がすっかり汚れているのだから、本当に大変なのだろう。

「——あ、お出かけですか」

アルロとベンに気づいてヒューケが手を止めた。

「ちょっと街を見て回ろうかと思ってな」

「すみません、ヘルムトが起きるまでは、私達もとりあえず動けなくて」

「いいさ。適当に回らせてもらう。構わないか?」

「ええ、もちろんです。ヘルムトから、自由に過ごしていただくようにと言われていますので」

「運送の人出が足りないんですか」

ふと気になって、アルロが尋ねた。ファネリアだけにしては、物資が多すぎる。

ファンドラグからの物資がとりあえずここに集められているようだった。そして滞っている。

「ええ……まあ」

ヒューケの顔に疲労の色が見える。

ヘルムトはヒューケの事を財務担当と言っていたが、おそらく今、軍事以外の運営の部分はほとんどヒューケが担っているのだろう。ヘルムトがしていた仕事もヒューケが引き継いでいる。

「何かお手伝いしましょうか」

「いえ……ペンシルニアの方々にこんなことをお願いするのは」

アルロは思わずベンと顔を見合わせた。

騎士を配達員のように使うのが、という事だろうか。別に気にせずみんな手伝ってくれると思うのだが。

「物資をどう捌くかだなんて、何とも贅沢な悩みです」

ヒューケは地図を片手に物資の一覧と見比べている。

「今までにないことなので、少し手間取ってます。大丈夫ですよ」

これまで物資は常に足りていなかった。だから、それを細々とやりくりしていた。それが急に届いたものだから、一時的に溜まってしまったのだ。

「あの……仕分け担当者を作ったらどうですか。それなら負傷した人でもできますし」

アルロはつい最近見てきたファンドラグの体制を思い出す。ワイバーンの襲撃後、支援物資があっという間に王都の隅々まで行き渡っていたオルティメティとイエナの施策だ。

「食料、武器、衛生用品、というように大分類して、運ばれた時点で保管場所を分けて置いたらどうでしょう。その後小分類するんです。あ、使用期限も明記して」

「なるほど……?」

「品質を考えると、保管場所は、屋根があった方がいいですよね」

「あ、それならここが……」

「——不要になった木箱は燃料になるので、燃料が不足している地域にはそれも考えて。そうすると——」

ヒューケが質問し、アルロが答える。この地域はこれを、こっちにはこれだけを、今からの季節は——そんな話し合いになって、ヒューケもつい夢中になる。

長くなりそうなので、ベンが木箱の上に座って見守っていた。

ぴたりと何かが当てはまるような感覚をヒューケは覚えた。「影の大君」との手紙でのやり取りでも感じていた感覚だ。アルロと話すと、いい考えも次々に浮かぶような気がした。

話し込んで、あっという間にお昼時になってしまった。

「——あ、すっかり話し込んでしまいましたね」

「あ。僕の方こそ……すみません、急に来て口出しして」

「いえ、助かりました。そのファンドラグの手法を真似させてもらいます。負傷兵に役割ができるというのがいいですね。ありがとうございます」

ヒューケに礼を言われて、アルロが恐縮して手を振った。

「とんでもないです。——あ、では、僕たちはこれで」

ヒューケは頭を下げてからまたアルロを見つめた。

改めて目が合うと、太陽の下で見ても真っ黒なアルロの瞳につい見入ってしまう。これほど深い漆黒の瞳が翳ることもなく輝いていることにも、物怖じせずこちらを見上げているのにも。不思議なのに、目が離せなくなる。

その目に殺伐としたものを一切感じないのは、平和な国で育った子供だからだろうか。昨日会ったばかりだというのに、もっと話を聞きたくなるような、親密さまで感じてしまう。

話をするだけで心地良いような、今までにない不思議な感覚だった。

昼になって、アルロとベンは大通りを商店街に向かって進んだ。

大きな街だったから、場所によっては悲惨な場所もあるだろうと覚悟していた。しかし、ざっと回った限りでは昨日の街のような様子はない。このファネリアの街は街としての機能がちゃんとあった。

店もあったし、街の人々も仕事をして、生活をしているのがわかる。

子供が珍しいのかフードを被っているからか、少し視線は感じるが、それでも皆忙しそうに目的を持って歩いている人ばかりだった。

ぐるりと塀で囲まれている街の出入り口には兵士が立って警戒態勢にはあるが、絶えず物資が行き来して、食べ物の匂いもどこからか漂って来る。

この街を見ると、少しほっとした。

生活が成り立っているという事は、まだ国として機能していける希望が持てるという事だから。

「あいつらに、何か買って帰ってやるか……」

ベンがそう言いながら店先を眺める。並んでいるのは農作物のようだった。かなり貧相な痩せた作物だった。物価はファンドラグの3分の1くらいだ。痩せてはいても、食事は乾物が続いているから、新鮮な野菜や果物を買って帰ればみんな喜ぶかもしれない。

アルロが頷いて、周りを見渡した時だった。

偶然にも、道の真ん中で見知った顔に出会う。

相当目立つ巨体だからすぐに気付いた。スタンレーである。

かなり癖の強い茶色の巻き毛を何とか一つに括っている。髯も眉も濃いから大きな熊のような印象だ。その体と対照的に茶色の目は丸くて愛嬌がある。

目の前に立つと、アルロの頭はスタンレーの胸より低いくらいだ。

「おう、なんだ、えっと……」

「アルロです」

見上げて名乗ると、スタンレーはにかっと豪快に歯を見せて笑った。

「おお、アルロ。どうしたんだ?こんな所で」

「街を見て回ろうかと……」

スタンレーは見回りだろうか。鎧も剣も身に着けていた。

「あー、することがねえもんな」

スタンレーは困ったような顔でアルロとベンを眺めた。

「ところでアルロ、寒いんなら、俺のコートを貸してやろうか?」

スタンレーは、アルロがフードを被っていることを言っているようだった。

「いえ、これは……」

アルロは少しフードをずらした。目上の人と話すのに外すのか、少し迷う。

「僕の黒髪と黒い目が、不快というか、その……」

「ああ」

スタンレーはアルロの心配をすぐに察した。

アルロのほとんど薄れた記憶の中でも、自分への扱いは覚えている。

恐る恐る、極力触れないよう世話をしてくる使用人。話しかけると煩わしそうに、迷惑そうに見られた事。アルロが母親から捨てられシャーン国を出たその数年後には、ますますひどくなっていったと聞いた。

「多分、思ってるほどでもないぞ」

スタンレーはポン、とアルロの頭をフードの上から叩いた。

「——あ、すまん」

スタンレーは慌てて手を引っ込めた。

「俺にも子供がいたんだ。だからつい」

「いえ」

アルロはフードを外した。確かに、周囲からの視線は感じるが、嫌悪感はないようにも見える。

ヘルムトも大丈夫だと言っていたけれど……。

「そんなに早く、人々の意識が変わるものでしょうか」

相当長い歴史の中、黒を忌避するのはシャーン国の文化のようなものだ。それがそう簡単に変わるとはアルロは思えなかった。

「そうだな。普通はないよな。だが、命の危機に瀕した時にそれを救ってくれた存在だと、また話は変わって来るだろう?」

スタンレーは自分の腕にある黒い布を指さし、次に街のあちこちに掲げられている黒い旗を指さした。

「ヘルムトがブラントネル再興を宣言すると同時に、革命軍は一斉に黒を身に着けたんだ」

今はまだ、何の紋様もないただの黒い布ではあるけれど。その映像は強烈な印象に残る。

「もう死ぬと思った時に、命を助けに来てくれたのが漆黒の集団。支援物資を届けるのも黒、街を警護するのも、整備するのも——とにかく、まともに民衆に手を貸すのは黒い軍団だけだっていう状況だろう?」

他に縋るものが何もない所で、黒い軍団だけが自分たちを助けてくれる。何より日々の命を繋ぐ食料や燃料を届けてくれるというのは、大恩を感じ無条件でその色が刷り込まれていく。

「ブラントネルの歴史とか、そういう話は後付けでヒューケが流してるが、やっぱり実際に俺達が黒を身に着けるってのが、結局一番大きいんじゃねえかな」

そして、ヘルムトの印象操作はそれにとどまらない。

「しかもリーダーが迫害された王族の末裔、闇の魔力持ちだなんて」

劇的だろう?とスタンレーが笑う。

「だから隠す必要はない。むしろ、その色を誇りに思うくらいの方がいいんだよ」

それは少し難しいかもしれない、とアルロは思った。

それほど単純にこの色が受け入れられるとは思えない。ただ、隠す必要はないかなと思い、フードを外した。

それを見てスタンレーはまた笑う。

「目を見張るほどの黒じゃないか。今ではもう、シャーン国では珍しくなってしまった。新しい仲間に相応しい色だ」

スタンレーが握手を求めて手を差し出した。

「それくらいの黒も難なく受け入れられるようになってなきゃ、俺たちが立ち上がった意味がない。よろしくな、アルロ。——ここんとこちょっと膠着状態が続いてたから。お前がいい風を運んできてくれた。感謝する」

「僕はまだ……何もしていません」

スタンレーの歓迎はありがたかったが、アルロの表情は固いままだった。それでも差し出されたスタンレーの分厚い手を、強く握り返す。