軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

番外編【はじめてのおつかい】7

「エイダン!!」

淑女らしからぬ仕草ではあったが、大きく手を振るシンシアの嬉しそうな顔に、エイダンは重たいのも忘れて走り出した。

オレンシアとゲオルグが悲鳴を上げそうになるが、エイダンはこけずにシンシアの近くまでたどり着くことができた。

「お帰りエイダン。すごい大荷物ね!!」

すごい、と言われてエイダンは得意げに鼻を鳴らした。それからふと、心配そうな顔に戻る。

「ははうえ……げんきに、なったの?」

シンシアはふわりと笑って、エイダンの前にしゃがんだ。

いつもの香りが風と共に漂ってくる。うっすらと汗ばんでいる額をシンシアの細い指が拭った。

「エイダンが頑張ってくれてると思ったら、元気になって。待ってようと思ったんだけど、待ちきれなくって、来ちゃった」

「ほんとに!?」

「ええ、ほんとうに!」

シンシアはエイダンの小さな体を抱き締めた。がちゃん、と食器の音がして、いけない、と体を離す。

エイダンは抱き締めてほしいし、荷物も見せたいしときょろきょろとしながら腕を動かしていた。その包みをアイラがさっと受け取る。にっこりと、持っておくよというように笑って見せた。

「ははうえ!」

シンシアが広げた腕に、エイダンは思いっきり飛び込んだ。ふわふわして、あたたかくて、ほっとする感触。ジワリと胸が満たされる、幸せな感覚。

「ははうぇぇ……」

もう大丈夫、という言葉とは裏腹に、シンシアの体はやっぱりいつもより細くなってしまったようで、少し不安になる。それでも、大好きなシンシアの腕の中。

エイダンはもっともっとくっつこうとするように、すりすりとシンシアの胸に顔を埋めた。

シンシアはそれをぎゅっと抱き締め、背中や頭を撫でてくれた。

「エイダン。葡萄亭まで迷わなかった?」

「うん。みちわかるよ」

「お金を払うの、わかったの?」

「ぼく、できたよ」

「すごいわね。がんばったのねえ」

シンシアの優しい声が耳元で響いて、エイダンは全身の力が抜けるようだった。緊張していた体が一気にほぐれていくようだった。

「アイラも、ありがとうね」

シンシアがエイダンを抱き締めたままアイラにお礼を言う。ライアスがアイラから荷物を受け取った。

アイラは首を振った。

「わたしは、遊んだだけ、です」

エイダンの手元でがさ、と音がする。

「まあ、エイダン。なんだかとってもいい香りがするわ」

「あ、これ……」

エイダンはようやくシンシアから離れ、紙袋を開けて見せた。中には丸いパンが3つ。やや潰れてはいるが、いい香りを放っていた。

「うわあ……美味しそう!!エイダンが買ったの?」

「これはね、もらったの」

「パン屋さんに?」

エイダンが頷いた。

「あじみ」

シンシアがにっこりと笑う。

「交渉上手ね、エイダン。またお礼に買いに行きましょうね」

シンシアはゆっくりと紙袋を受け取って、また丁寧にその口を閉めた。ライアスがそっとそれを受け取る。

「あとね、これね」

エイダンは鞄の中から、小さな包みを取りだした。

「げんきになる、おくすり」

シンシアはそっと両手で受け取って、くん、と匂いを嗅いだ。すぐに茶葉だと分かる。

「あら、すっきり爽やか、いい香り。これは、ますます元気になりそうな気がするわ!」

シンシアの喜ぶ顔に、エイダンは嬉しくなって口元が緩む。そのエイダンの頭をシンシアはぐしゃぐしゃになるまで撫でた。

「エイダン。葡萄亭のお料理を買いに行ったのに、たくさんお買い物したのね」

「うん」

「ちゃんと、みんなにありがとうって言えた?」

「いったよ」

「えらいわねえ」

「あとね、スープも」

エイダンはライアスが持っている包みを指さした。

「たべたらげんきになるんだって。アイラはこれで、すぐげんきになったって!」

「そうなの。ありがとう、エイダン。帰って食べましょう。いい匂いがしてるわね」

帰ろうとなって、ライアスが馬車のドアを開け、荷物を入れた。

こういう時、エイダンが自分の方には一切来ないのをわかっているから、雑用係を買って出るのはいつもの事だ。

エイダンはあっ、と言ってシンシアから離れ、アイラの方へ駆け寄った。

「——あいら、またね。またあそぼね」

アイラは少し離れた所からシンシアをじっと見ていたが、エイダンが側に来るとほっとしたように笑った。

「なんだ。——エイダン様、心配いらないよ」

「え?」

アイラがエイダンの耳元で、ひそひそと囁いた。

「奥様のお腹に、妹がいるよ」

「え?いないよ」

そう言って変なの、と言うエイダンに、アイラはくすくすと笑って言った。

「だから、病気じゃないよ。きっとどんどん元気になるよ。ご飯も、食べられるようになるよ」

アイラが当然のことのように言うから、エイダンはそうなんだ、と思った。

「いもうと……」

「まだ皆には、内緒ね」

「ないしょ……」

エイダンはアイラとシンシアを見比べた。

そうなんだ、僕に、妹が。

今までの心配で重たくなっていた気持ちが、嘘のように晴れていく。

妹か弟がいればいいのにな、と思ったことはある。どんな感じなんだろう。小さな赤ちゃんが、おうちにやってくる。

——ぼくが、まもってあげなきゃ。だってぼくは、もうおつかいもできる、にいちゃんだもん。

そうと知ったら、早く帰って、やらないといけない事——何をすればいいかわからないけど、とにかく、シンシアには休んでもらって、元気の出るご飯を食べてもらって。それから……お兄ちゃんらしくなるために、本を読んで、お部屋を片付けて……と忙しく考える。

「ありがとう、アイラ!」

エイダンはぎゅっとアイラに抱きついてから、たたた、とまた馬車まで戻った。

「お別れはできた?」

「うん!」

エイダンは馬車に乗ろうとして、ライアスに抱き上げられる。

「っあ、もう、ちちうえ、はなして!ぼく、もうのれるんだから!」

「……だが、この馬車は高いから」

「できるんだってば!」

ライアスが心配そうに手を伸ばそうとするのを、シンシアが握った。

エイダンは時間がかかりつつも、ジャンプして馬車に乗り込んで、一人で座席に座る。

「——じゃあ、帰りましょうか」

シンシアが後ろを振り返る。

「タン。それから、オレンシア卿、ゲオルグ卿、本当にご苦労様だったわね」

特に子守りに慣れていないゲオルグの疲労が濃いようで、シンシアは苦笑した。

「大変だったでしょう、ありがとう」

小声でそういえば、皆一様に首を振る。

ビデオがないのが大変残念ではあるが、エイダンの満足そうな顔を見れば、大成功に終わったであろうことはよくわかった。

ちょっと弱虫なところもあるエイダンが、一回り大きくなったような、自信を得たような表情をしていた。

おつかいの話は後で騎士等からもゆっくり聞かせてもらおう、とシンシアは思いつつ馬車に乗った。

そうして親子を乗せた馬車はいつもより少しゆっくり目に出発した。

遠ざかる馬車をアイラは見えなくなるまで手を振って見送った。