作品タイトル不明
24.墓参り
翌朝、早い時間に一行はヘルムトの墓を訪れた。
回廊を進み開けた庭園のような場所に出る。すぐ横が山の切り立った崖になっていた。
広い庭園に、木々はなく、ポツリと一つだけ墓標が立っていた。
——ブラントネル初代国王、ヘルムト・ビシュケ・ブラントネルここに眠る。
ブラントネル建国の多大なる功績と栄誉と共に——。
そう彫られていた。
普段はサンが管理しているというここは、植えられたばかりの花が少し咲いていた。その他はまだ草も生えていない、整地したばかりの新しい土地だった。
「墓石は一つですが、故郷のない戦友も共に眠っています」
アルロの説明で見れば、傍らにたくさんの名前が刻まれていた。
「シャーン国王権時代、ここは教会だったんです。それを取り壊して更地にして、そのまま墓地に変えたんです」
ペンシルニアの人々が順番に花を供えるのを、アルロと宰相、将軍が並んで見守る。
一同はしばらくじっと黙って墓標を見つめていた。やがてシンシアがそっと口を開いた。
「最後まで前線で戦っていたと聞いたわ。明敏な政治家だと思っていたけれど、ヘルムトは剛勇な武将でもあったのね」
アルロがそっと墓標を撫でた。
「はい。強い方でした。ヘルムトさんが出陣するだけで、士気がまるで違うんです」
もちろんそのカリスマ性もあったし、演説で人の心を掴む話術も相当なものだった。それに加えて、ただ隣にいるといないとでは、安心感がまるで違った。
それはライアスとはまた違った、けれどどこか似ているような。
「——最後は体が動かなかったので、僕が動かしていたんです」
驚く一同に対し、宰相と将軍は塞いだ表情を見せた。その表情を見なくても、戦友のその姿の横で戦うというのは耐え難い苦難であったとわかる。
「痛みから逃れるには眠るしかなくて。それなら、昏睡した体を最後まで使ってくれ、って」
それは、聞いているだけでも壮絶な最期だ。酷使した身体の苦痛はその倍々になって返って来るはずだ。
だが、そのおかげで最後まで士気を保ち王城を解放できたのも紛れもない事実だった。
「言ってくれたら・・・」
エイダンが暗い声を落とした。
「もしかしたら、助けられたのに」
それがずっとエイダンの中で重くわだかまっていたのだと、シンシアにはすぐにわかった。
そういえばエイダンがしばらくよそよそしくなったのも、ヘルムトの訃報からの事だった。
「エイダン、あなた、ずっと引っかかってたのね」
「・・・・・」
ライアスもシンシアも、ヘルムトの病気は察していた。それなりに動向は注視していたし、何より、会った時の体の動きが違ったから、ライアスが割と早い段階で不調には気づいていた。
何の病かも分からず、これほど早くに亡くなるとは思っていなかったが。
「病気だったのでしょう?魔力に起因するものだし、この力でも助けられなかったかもしれないわ」
頼まれたらもちろん治癒は施しただろう。頼まなかったという事はもう無駄だと思っていたのかもしれないし、頼みたくない何かがあったのだろう。
シンシアはそう思えたが、エイダンがそう納得できないというのも、当然だと思う。
正義感の強い性格だから、尚更。気づけなかった自分まで責めていそうだ。
「エイダン。全ての人を助けられると思うのは、傲慢よ」
それは分かっている。分かってはいるが、やはりもしかしたら、と思ってしまう。
そんなエイダンの頭をシンシアはそっと撫でた。もう背が高いから下から見上げながら。
「奇跡のような毎日よね。家族が元気で何でもない日常が過ぎることが」
シンシアの言い方は、まるで、そうでない日々を知っているかのようだった。どうしてそんな寂しそうな顔をしているのだろう。
「だからこの宝物のような毎日を、一日一日、感謝しながら生きて行くの。光の力があってもなくても、それは誰でも同じことじゃない」
シンシアは救えなかった命を見てきたのだろうか。ライアスがそっとシンシアの体を抱き寄せた。
エイダンはなんとなく、隣にいるアイラを見つめた。
そうしてしばらく沈黙が流れた後、少し離れた所で、ヒューケがぼそりと声を上げた。
「ヘルムトの先が長くないことは、皆、承知していました。それこそ旗揚げの当初から。——我々はずっと覚悟しながら戦って来たんです」
目を焼かれた魔力持ちは、長生しない。それはシャーン国では周知の事だった。誰もが知る、長い歴史の中で行われてきた粛清の手法だった。
「たとえそのお力を賜ると言われても、ヘルムトは固辞したと思います。あいつは我々の中で、一番の頑固者でした。あいつの中では理由があって、明かさなかったのですから。——でも、結局、こうしてやり遂げた男でした。だからあいつの判断は、きっと正しい」
熊のような巨体の将軍は、ヒューケの隣で既に泣いていた。
長い付き合いだった。かけがえのない仲間だった。ヒューケと将軍とヘルムト、はじまりから共にいるこの三人には特に強い絆があった。
だからこそ、アルロはヘルムトの遺体を傷つけたモイセスの身柄を、何としてもブラントネルに持ち帰らねばならないと決めていた。
初代国王というよりは、旧知の友の事を話すように、ヒューケは続けた。
「あいつはそういうやつです。私達の心配なんて、意に介さず、国も飛び越えて走り回り、いつの間にか思うようにしているんです。おそらくヘルムトの中では、全て目論見通りなのです。そんな死に顔をしていました。だからどうか、祝ってやってください。よくやったと・・・褒めて、やってください」
ヒューケの声も最後は掠れて小さくなった。
「——本懐は遂げた。私はやっぱり強運の生まれで、幸せ者だった」
アルロがひときわ大きな声を響かせた。
「ヘルムトさんの最期の言葉です。本心だったと思います」
アルロがそれを受け止めたのだと、その場にいる皆が思った。
きっとヘルムトは、アルロの頭に王冠を見た。それはどれほど温かく、頼もしかったことだろう。アルロの優しさが、苦痛の中にあるヘルムトに安息の最期を与えた。
「——ほんと、敵わないや」
エイダンがポツリと呟いた。アイラがその手をそっと握り締め、更に抱き締めた。
陽だまりの中にあるこの墓地が、ヘルムトの気持ちを表しているようで。
さわやかな風にしばらく一同は祈りをささげた。