作品タイトル不明
52.
アルロが旅立った翌日。丘の上で遠くを見ながら、エイダンはアイラと並んで座っていた。
「そっかあ、アルロ君、行っちゃったんだ」
アイラは遠くシャーン国の方角へ目を向けた。この丘からは、シャーン国との国境の山々が見晴らせる。
「うん」
「さみしい?」
「うん。——ぽっかり、穴が開いたみたい」
本当に悲しそうにエイダンは言った。今までになく元気がない。
アイラがそっか、と言ってエイダンの頭を撫でた。それが心地よくて、しばらく撫でられるままにしていた。
風はもう涼しい。遠くに見る山の色が少し色づき始めていた。秋が近いのだ。
「アイラ。僕・・・もうすぐ十六になるんだ」
「うん、そうだね」
「十六になったら・・・本格的に家を手伝うことになるんだよね」
「そっか・・・」
「そしたら、今みたいに、会いに来れなくなるかも」
王国騎士団に籍は置いているが、従騎士から騎士になる。ライアスのようにそちらの仕事もこなしつつ、公爵家の仕事を増やしていくだろう。かなり忙しくなると思う。
ライアスは二十で公爵位を継ぎすぐ戦争となり、相当な苦労をした経験がある。そのせいもあってか、エイダンにはまだゆっくりすればいいと言ってくれているが——そういう訳にもいかないと思っている。
エイダンは小さい時からずっとプレッシャーを感じていた。ファンドラグの、中でもペンシルニアは一時期深刻な人手不足だった。戦争で多くの人を失い、エイダンらの子供の世代の成長をじっと待ち望んでいるという無言の圧力。それ自体は、もう慣れた。だからこその恩恵も義務も、十分に理解しているつもりだ。
それに、アルロが自分と同い年でああやって国を興しに行っているって言うのに。自分だけこんなところでのうのうと——とてもそんなことできない。アルロが自分よりも一足先に家を出たせいで、エイダンも少し焦りのようなものを感じているのかもしれない。
仕事をくれ、と今朝、エイダンはライアスに言ってきた所だ。
その反面。
ここにこれなくなるかもしれないと思うと、それはそれでつらかった。
矛盾して、それに動揺している自分がやっぱりまだまだ駄目だ、と思う。
会いに来れなくなるかも、と言ったエイダンに、アイラはそっか、としか言ってくれない。寂しいとか、一言でも言ってくれたら、もっと勇気が出るのに。
——いや。アルロと約束をしたじゃないか。十六になるまでに思いを告げるって。
エイダンはごくりと唾を飲み込んだ。
「アイラ。僕と一緒に・・・いてくれないかな」
アイラはまじまじとエイダンを見つめた。
「ん?今日みたいに?」
「これから先、ずっと」
エイダンはいつもよりゆっくりと話した。
遊ぶって事じゃなくて。今日は逃げない。ちゃんと伝えると決めてきた。エイダンはアイラをまっすぐに見つめた。
「僕は、公爵位を継ぐことになるから・・・僕と一緒にいるってなると、アイラには不自由な思いをさせるかもしれない。でも、約束するよ。僕が全力で君を守る。君を幸せにできるように、ずっと努力する。だから——」
「エイダン。大事な事言い忘れてない?」
アイラの声が、身を乗り出したエイダンを制止した。
じっと綺麗な目に見つめられて、エイダンはどきりとする。
アイラは察しているんだろうか。いつもなら茶化したり、子ども扱いするのに今日はそれもなかった。ただ待ってくれているようだった。
エイダンはアイラに体ごと正面から向き直った。
緊張しすぎて花束すら用意していなかった事に、今気づいてしまった。それでも、思いだけは、今伝えたい。ごくりと唾を飲み込んだ。
「アイラの、屈託なく笑う所。分け隔てなく接してくれるところ。危なっかしいくらい天真爛漫で、自由な所。いつも僕を助けてくれる、優しい所。自然体で一緒にいると、僕は幸せな気持ちになれる。全部好きだ。一生一緒にいたい。——僕と、付き合ってください」
「いいよ!」
アイラが軽い調子でそう言った。どきどきと胸がうるさく鳴っているままだけど、はっきりと、いいよと言う返事がエイダンの頭に響く。
晴天の下、アイラの瞳はアクアブルーから、きらきらと光る硝子みたいな色に見えた。
全然理想とは遠い、あまりかっこよくない告白だったかもしれないけれど。そんなエイダンに満面の笑みを浮かべるアイラがきれいで眩しくて、エイダンは目を細めた。