軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

1.エイダンの見る夢

——エイダンは近頃、嫌な夢を見る。

夢に見る屋敷は、どこも重苦しく、見覚えはあるのに 現実(いま) と全く違う。

そこにはいつも母がいた。

エイダンの知るシンシアとはあまりにも掛け離れた姿だった。

銀の髪に金の瞳、顔立ちは確かにシンシアだと思う。けれど、髪は乱れ、頬はこけ、顔色も悪い。

病人どころか、死人のような顔をしている。

「母上・・・」

エイダンは心配になって、シンシアに声をかける。

目を合わせたシンシアは、今まで見たこともないようなおそろしい顔でエイダンを睨みつけてくるのだった。

「この・・・!私を母と呼ぶなと言ったでしょう!」

ヒステリックに叫びながら、憎しみを滾らせた目を向けて来る。

いつもの、慈しみ、愛おしくてたまらないといったシンシアの眼差ししか知らないエイダンは、あまりの衝撃に固まってしまった。

恐ろしいのか、悲しいのか。自分でもわからなった。

これはただの夢だ。

そう自分に言い聞かせたいのに。

息もできないほど苦しくて、目眩を感じる。

「あっちへ行きなさい。私の目の触れるところに来るなと言ったでしょう!」

シンシアはそう言って、手近なものを投げつけてくる。

花瓶が割れて、カーテンは破れ、更には鏡のようなものを投げつけられる。

当たる——そう思った瞬間、悪夢は覚めた。

「はっ・・・、はっ・・・」

まだ辺りは真っ暗だ。

夢だというには、どこかあまりにリアルで。

心臓が早鐘のようになっている。息苦しくてシャツのボタンを外し、息を整えながら顔を撫でると、ひどく汗をかいていた。

言いようのない気持ち悪さに、エイダンはそのまま寝ることができず、部屋を後にした。

***

暗い廊下を歩くと、人の気配を感じる。

窓辺でじっと空を見上げる影——アルロだ。

一階の奥がアルロの部屋だから、ふらりと来たのだろうか。

「アルロ。何してるの」

「あ、月が綺麗で」

窓からじっと月を見上げていたらしい。

「こんな夜中に、何事と思った」

「申し訳ありません。その・・・眠れなくて」

エイダンは暗闇の中、月明かりだけで輝くアルロの黒い瞳を見つめ返した。

瘴気に飲みこまれそうになってから、約一ケ月。アルロの体調もすっかり回復し、訓練も再開している。

ペンシルニアは普通の生活に戻っていた。

アルロの背は自分よりは低いままだが、姿勢も悪くはない。最近、訓練でめきめきと剣術も上達して、筋肉が増えたからだろうか。更に良くなったように思う。

そんなアルロを見て、ふとエイダンは思いついて声をかけた。

「——眠れないなら、ちょっと付き合わない?」

ガチャ、と剣を挙げて見せれば、アルロはすぐにはい、と頷いた。

夜の訓練所は静かで誰もいなかった。

秋になって、夜は少し冷たい風が吹く。

まだ真夜中だから起きるには早すぎる。体を動かして汗をかけば、また眠れるかもしれない。あの嫌な夢をまた見ることのないように。

軽く準備体操をして、お互いに木剣を持ち、向き合った。

「いくよ」

「はい」

エイダンから打ち合いを仕掛ける。アルロは危なげなくそれを受け止めた。

アルロの反射神経は元々群を抜いていて、剣術の基礎を身につけてからはそれにさらに磨きがかかった。

闇の魔力がある事が分かってからは、ライアスとエイダンと共に、秘密裏に魔力関連の訓練もしている。

そのせいか、魔力の運用が体の動きにも好影響を与えているらしい。最近ではエイダンの剣筋を難なく受け止めることができる。

単純に受け止めるだけ。それで精一杯。

けれどそれだけでもどれほど難しいことか、エイダンは知っている。

しかもアルロは、どれ程打ち合いを続けても集中力を切らすことがなかった。

訓練所に木剣のぶつかり合う音が響く。足が蹴る土の音と、息遣いの音。

体温が上昇していくのに比例して感覚がどんどん研ぎ澄まされていく。

そうなると次第に、魔力を使わずに打ち合いを続けるのに、少し努力がいるようになる。

何か既視感のようなものが浮かんできそうだ。エイダンにはこのアルロとの打ち合いで、頭をよぎる情景があった。

実は、アルロとの打ち合いはずっと以前から少し、不思議な感じがしていた。

それが、ワイバーンの一件でエイダン自身が瘴気に触れてから一層感じるようになった気がする。

ひどい時には妙に現実味のある白昼夢を見る。

***

—— そ(・) の(・) 時(・) 。

エイダンはどうしても倒さないといけない相手に立ち向かっていた。

その敵が自分と同じくらいの少年であることに驚きながらも、エイダンは剣を抜いた。顔はひどい火傷で覆われていて、人相が分からない程だ。

けれどもその少年は、アルロによく似た黒い目をしていた。

少年は死んだように覇気のない目をしており、けれど圧倒的な力で、エイダンに向かってきた。

少年の剣は重苦しく、受け止めるだけで手が痺れそうになる。

少年がおかしそうに笑う。

「愛されない子。なぜ戦う」

この声は・・・情景を見ているような不思議な感覚の意識の中で、エイダンは動揺した。

「お前も私と 同(・) じ(・) だというのに」

その目はエイダンの動揺を見透かしたようだった。

「——なあ、おまえも、 そ(・) う(・) だろう?」

アルロとよく似たその声が、脳にこびりつくように響いてゆく。

エイダンはその少年をこう呼んだ。

「——魔王!!」

***

動揺が、剣に伝わった。

アルロが大きく反転し振り下ろした剣を咄嗟に受け止められず、エイダンの持つ剣が弾き飛ばされた。

「—————っ!!」

その衝撃に数歩後ずさる。

手がじんじんとして、思わずその手を見た。アルロが慌てる。

「っ、エイダン様、申し訳ありません!」

「何で謝るの」

エイダンは息を整えながら汗を拭った。

「すごいな、アルロ。僕久しぶりに剣を落とされたよ」

「いえ、とんでもないです。エイダン様、何か考え事されてましたよね」

「はは」

エイダンは自分自身に苦笑した。

剣を合わせればすっきりするかと思ったのに、アルロと打ち合ってまた別の夢を思い起こすことになった。この夜の闇がそうさせたのだろうか。

夢を見たというよりは、遠い記憶を呼び起こしただけのような。けれど妙に現実味のある感覚で、何というか、一言で言うと、気持ちが悪かった。

目の前のアルロを見れば、心配そうにエイダンを見ている。

「エイダン様、大丈夫ですか・・・?顔色が悪いです」

「そう?夜だからじゃないかな」

「・・・・・・」

アルロはごまかされないようだった。相変わらず心配そうな顔をしている。

エイダンはその場に腰を下ろした。

「ちょっと夢見が悪くて。ここの所」

自分で言っていて、夢のせいで調子が悪いと言うのも何やら恥ずかしい。

「妙に現実味のある夢なんだよね・・・」

アルロはもちろん馬鹿にもしなかった。すっとエイダンの目の前に膝をつき、両手をそろえる。

「あの、奥様にご相談してはどうでしょうか」

「母上に?」

「はい。その夢というの・・・光の能力によるものかも。以前奥様が、もう一つの世界では、という言い方をされていて。未来視や、なんというか特別なお力があるのだと思っていたんです。エイダン様も同じ光の属性で、魔力量も膨大なので」

「へえ・・・」

光の魔力はわかっていないことが多いし、治癒の力が何より尊ばれる。他の能力なんて考えもしなかった。

「闇も色々あるもんね」

「あ、はい・・・」

「その後瘴気はどうなの?」

「日に日に馴染んできています」

アルロがそう言う通り、あれ以来アルロから瘴気を感じることは一切なかった。

ライアスから言われたのは、闇の魔力のことは秘匿する、ということだけだった。

ではこの騒動の原因は何かという話になるが、今の所自然災害ということで落ち着きつつある。完全に撃退できたのが大きかったのだろう。

闇の魔力と、瘴気——。つまりそれは、以前シンシアが話していた突拍子もないようなお伽噺の、魔王という事だ。

アルロが魔王かもしれない、危険かもしれないと思うからあんな夢を見るのだろうか。それにしても随分とリアルだ。

いずれにしても、ライアスが秘匿すると判断し、今まで通りとせよということは、危険がないと判断したということだろう。

エイダンはそれでいいと思った。

人を傷つけるのを何より恐れるアルロが、魔王となって国を滅ぼすとはどうしても考えにくい。

何よりアルロはこのたった一月の間で、驚くほど大人びてきた。たった半年年上なはずがもっとずっと年長者のように思うことさえある。

瘴気も気持ちの問題なんだったら、この夢だってそうなんじゃないだろうか。

そう思い至って、エイダンはよし、と立ち上がった。

「もっと鍛えないとだめだな」

「え・・・それ以上ですか」

どうしてその結論に至ったのかアルロには分からなった。分からないが、空は白み始め、エイダンも部屋に帰ると言うので、アルロもそこで別れた。