軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

4.アルロの一日

アルロが打ち込みの訓練を終えた頃には、辺りは暗くなり始めていた。

「——今日は、この辺にしておこう」

受けていたタンの方も息が上がっていた。

アルロは姿勢を正して頭を下げる。

「ありがとうございました」

タンが黙って頷いた。

「いやあ、このまま速度で上達すると、俺もいよいよ引退か?」

様子を見ていたペンシルニア騎士団長のダンカーが冗談交じりに言うくらいだ。

「と、とんでもありません」

アルロは慌てて言った。たったこれだけの時間打ち込みをしただけで、息は上がり、手は痺れて、肩は重く持ち上げるのにも苦労する。

軽々と木剣を片付けているタンが羨ましい。

「アルロ、左腕が下がるのは、癖?」

エイダンがやってきて腕を指さした。

「あ、そうですか?——気づきませんでした」

指摘された事はまだなかった。それ以上に直すところが多いせいでもある。

「打った後に、体勢を戻すときにさ。それで少し次の姿勢が崩れるんだよ」

「筋肉に左右差があるのでは」

ダンカーも真剣にアルロを見ながら考えてくれる。

そうしていると、背後から急に両腕を掴まれた。

「っう、うわあぁ・・・っ」

驚いて変な悲鳴を上げてしまった。恥ずかしくなってアルロは視線を落とす。

タンが。黙って、足音もなく背後から触るから。

「——右の筋肉が多い」

「は、は・・・い」

「意識して左を使うようにしたらどうだ?もちろん基礎訓練にも反映させればいいが」

ダンカーが言ってくれて、アルロは恐縮して頭を下げた。

「はい。ありがとうございます」

「今日も良かった。日に日によくなる」

タンが褒めてくれる。誰に言われるよりアルロは嬉しかった。

今はアルロの相手はタンがすることが多い。同じ侍従仲間として一緒にいる時間も長く、部屋も隣同士。今一番身近に感じる先輩だ。目標にしたい人でもある。

タンも何かと気にかけて声をかけてくれていた。

「タンはすごい褒めるね、アルロを」

タンはエイダンの台詞に黙って頷いた。

今のところは、打ち合いをしてもまだタンの方が優勢だ。

タンは小さな頃から騎士に憧れ、許しが出るとすぐに従騎士から始めて剣一筋でやって来た。まだ剣術を初めて1年にもならないアルロに後れを取るわけにはいかない。けれどその成長には目を見張るものがあった。

アルロは、とにかく素早い。反応が早いのだ。これはもう天性のものだと思う。魔力なしの騎士がいないわけはないが、ペンシルニアでは珍しい。特に土の使い手が多く、タンも僅かにではあるが、土の魔力持ちで身体強化を使っている。

魔力なしでこれほど動けるのであれば、十分王国の騎士団でもやって行けるだろう。

その上勉強もできると言うから、将来有望だ。

後は自信がもう少しあればいいのにと思い、タンにしては珍しく、言葉にするようにしている。

「お嬢様は先見の明があったんだなあ」

ダンカーがしみじみとそんなことを呟いた。

「マリーにそんなのあるかなあ。ただ自分を甘やかしてくれる人が好きなだけでしょ」

「近頃、公子様は妹君に辛口だ」

はは、と笑いながらダンカーは帰り支度を始めた。

「ま、それでも、アルロはペンシルニアの侍従なんだ。公女様の護衛をできるくらいになればな」

「いえ、そんな。僕なんか・・・」

マリーヴェルの護衛の鉄壁の守りを知っているだけに、アルロは即座に否定した。

「だが、いつまたお嬢様が、俺達を怖がらないとも限らないし。気心の知れた若い騎士が増えるのは、いいことだ」

「怖がる・・・?」

マリーヴェルは騎士という職業が好きで、憧れている。だからこそアルロにも騎士の訓練を勧めたくらいだ。

屈強なペンシルニアの騎士に囲まれても、それを当然と涼しい顔で過ごしている光景しか思い浮かばない。

マリーヴェルが騎士を怖がるというのは想像がつかなかった。

「昔のことがあるからな」

「昔・・・?」

「子供の頃の話だよ。もう大丈夫だから」

エイダンがきっぱりと言うから、それ以上追及することはできなかった。

言われてみれば、マリーヴェルの警備は必要以上に厳重な気がする。

シンシアが出歩くときよりも。それこそ王族並みである。

王位継承権もある光の魔力持ちだからかと思っていたが、それ以上に何かあるのだろうか。

アルロは疑問に思ったが、すぐにその考えは心の底にしまい込んだ。

主人の事をあれこれ詮索しようとするものではないと思ったからだった。

徐々に気温が高くなって夏が近づいてくると、マリーヴェルはそわそわとし始めた。

もうじきマリーヴェルは九つになる。

落ち着きがないのは近づいてきた誕生日を楽しみにしているからかと思われていたが、実は、違う。

アルロの事だ。

アルロも実は夏生まれで、マリーヴェルの誕生日の後、もうすぐ14になる。そして、アルロがペンシルニアに来てちょうど1年が経とうとしていた。

マリーヴェルはアルロに何か贈りものをしたかった。

1年間ずっと自分を守り、温かく支えてくれたアルロに感謝を伝えたい。これからもずっと一緒にいたいと伝えたい。

ただ、マリーヴェルが高価なものを買って贈っても、きっとアルロは喜ばないだろうと思う。

それで、ここ最近アルロには何が必要なのか探りを入れているのだが、全く収穫がないのだった。

「ねえアルロ、何か足りないなって思うことない・・・?」

「足りない、ですか?」

授業終わりそれとなく聞いてみれば、アルロが不思議そうに首を傾げる。

「申し訳ありません。何か準備が不足してましたでしょうか」

「違う違う。授業の事じゃなくて。アルロ自身が、もっとこんなものあればいいのになって思うもの」

「もっとこんなもの・・・ですか」

突拍子もないことを聞いても、いつも真剣に考えてくれるのがアルロだ。アルロはじっくりと考えてくれた。

それから困ったようにマリーヴェルを見た。

「姫様、申し訳ありません。先ほどの授業課題ですよね。何か画期的な魔道具を考えられたらいいのですが・・・」

直前の授業は魔法数式だった。

次の授業までに、身近な魔道具どれか一つの魔法数式の解説をして来ると言うものだ。

思わぬ回答に、マリーヴェルはぱちぱちと瞬きをしてしまう。

「えっ、ううん。違うわよ。課題は魔道具の解説だから関係ないでしょう」

「ですが、魔法数式を解き明かせば、自ずとその道具の成り立ちが分かりますよね。先生は、そこから発展させてもう一歩先の魔法数式を導き出し、新しい魔道具の可能性を示してほしいという課題なのかと」

「・・・・・そんなこと言っていなかったわよ」

「直接はそうですが、間接的にはそのような意味合いを含んでいるようなご説明でした」

そんなことを言われても、一体どこがなのか分からない。

「魔法数式を解くだけでも難しいのに、そこからさらになんてとんでもないわ。そうじゃなくて」

「はい」

そうじゃなくて・・・何と言ったらいいのだろうか。

アルロはいつもの真剣な顔でマリーヴェルの次の言葉を待ってくれている。

マリーヴェルは早々に諦めた。

何か欲しい物とかない?と聞いたところで、アルロがありませんと答えるのはわかりきっている。

マリーヴェルはアルロから直接探るのをあきらめ、別の切り口から調査することにした。

アルロの一日は忙しい。

マリーヴェルが目覚めるよりずっと早く起きて、朝の訓練をしてから、他の使用人を手伝って掃除や朝食の準備片付けをする。

その後マリーヴェルの授業に付き添って、最近ではアルロに向けた課題も出される。

お昼ご飯を食べたらそのまま厨房を手伝って、また午後の授業に入り、その後マリーヴェルの課題を手伝う。そこでマリーヴェルと別れた後、午後の訓練をして、基礎訓練がてら薪を割ったりといった力仕事を探して手伝う。

夕食後にまた厨房や風呂の手伝い。その後寝るまでゆっくりするかと思いきや、下働きメイドの雑用を手伝ったりして。いい加減休みなさいと言われて、ようやく自分の部屋に帰っていく。

これがアルロの日常だった。

アルロの本来の仕事は朝食後のマリーヴェルの勉強時間から夕方の課題の手伝いまでなので、残りは自由時間なのに。遊ぶと言えば子供会で一緒に遊ぶことはあるが、アルロが一人で何かをして遊ぶという事がない。

マリーヴェルはまず執事長を訪ね、アルロが一人の時に何をしているか尋ねたが、分かったのはそういったアルロの仕事の日常だけで、参考になる答えはなかった。

「本当は、アルロにはもっと勉強の時間を取らせてやりたいのですが・・・前に仕えていた屋敷では、侍従が下働きもしていたようで、アルロは仕事を探すのが上手なのです」

手伝いたいと言うのを断るのも難しいし、課題は終わったのかと尋ねると、もう済んだからといって手伝って来る。

「アルロが好きなものとか、好きな事とか、何かないかしら」

「そうですね・・・好き嫌いなくなんでも食べますし。不肖私、まだ一度もアルロが笑った顔を見たことがないのです」

あの手この手を試してはいるのですが・・・と、執事長は残念そうにいった。

どうやらこの人はアルロを笑わせようと色々試みているらしい。

「——タンにお聞きになってはいかがでしょう。アルロのことは息子に任せておりますので。あやつは笑顔はよく見ると言っておりました」

執事長が悔しそうにいうので、マリーヴェルはお礼を言ってエイダンの勉強部屋へ向かった。