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夫を早死にさせる方法を教えてくださらない?

作者: エタメタノール

本文

「夫を早死にさせる方法を教えてくださらない?」

侯爵夫人ベネーゼ・トゥモールは、貴婦人が集まるサロンでこんなことを言い出し、周囲を騒然とさせた。

「もちろん冗談よ。たまには甘いお菓子ではなく、ピリリとした話題を紅茶のお供にするのもよいものでしょう?」

それにしても、もう少し違う話題の方がいいのでは、と周囲は思う。

とはいえ、こうしたセンシティブな話題ほど、人は盛り上がれるという側面もある。

「あまり野菜を食べさせず、甘い物や脂っこい物を沢山食べさせるとか……」

「怒らせて、血圧を上げるというのは?」

「運動させない方がいいんじゃありません?」

中にはもっと過激な方法を口にする婦人もいた。

「いっそ毒でも盛るのが手っ取り早いかも」

「凄腕の暗殺者に依頼するなんてどう?」

「あなたは演劇の見すぎよ。だけど、王家にはそんな部隊も仕えてるとか……」

貴婦人仲間の意見を聞いたベネーゼはにっこりと笑った。

「参考にさせていただくわ」

まさか本気ではないだろう。というのが周囲の共通認識だ。

しかしその顔からは、単なる社交辞令ではない、なにか並々ならぬ決意を感じ取ることができた。

***

ベネーゼは伯爵家の出身で、十七歳の時に同い年である侯爵家子息マクロン・トゥモールの元に嫁いだ。

トゥモール家は代々王家に仕える高官の一族で、マクロンはその中でも特に優秀といってよかった。

しかし、ベネーゼもまた聡明な女性であり、そんなマクロンをあらゆる面でよく支えた。

長男を出産し、彼女自身も成熟した女性としてますます魅力を高めていく。

やがて、夫マクロンは王城にて若くして“五賢臣”入りを果たす。

“五賢臣”とは、特に優れた五人の高官を指し、定期的に国王によって選出される。

他の高官に比べ、破格の待遇を受けられ、さまざまな特権も得られるのは言うまでもない。

選ばれるには、当然ながら他のライバルを押しのけることが必要だが、かといって高潔な精神も併せ持たねば、とても“五賢臣”入りはかなわない。

そんな繊細な立ち回りをマクロンは成し遂げてみせたのである。

それから半年、ベネーゼの夫婦生活はまさにこれから最盛期を迎えようというところだったのだが……。

昼下がり、ベネーゼは侍女を連れ、王都中心部の大通りをしずしずと歩いていた。

ベネーゼは艶やかなシナモンベージュの髪を後頭部でシニヨンにした、穏やかな顔立ちの夫人である。若草色のロングドレスが、彼女の優雅さをより引き立てている。

息子マルローは寄宿制の学校に通う歳になったが、彼女はそれを感じさせないほどの若々しさを保っている。日頃の節制の賜物であろう。

そんな彼女がある花屋に立ち寄った。

エプロン姿の店主が接待をする。

「いらっしゃいませ、奥様。どのような花をお探しで? 今は季節がよく、どんな花でもよりどりみどりでございますよ」

美人の上客とあらば、店主の接客トークも回転を増すというもの。

ところが、その口はぴたりと止むこととなる。

「毒のある花を探しているの」

「えっ、毒……?」

「たとえば葉っぱに毒があるとか、種に毒があるとか、そういうお花はないかしら?」

「な、なぜ、そのようなものを……」

「主人の食事に混ぜたいから」

店主は絶句する。

「なーんて冗談よ、冗談」

「ア、アハハ……冗談ですよね」

「で、どうなの? ないの?」

貴婦人らしい柔らかな笑顔だが、ベネーゼの目はまるで笑っていなかった。

「ちょっと……そういうのは、ないですねぇ……」

「そう、どうもありがとう。じゃあ、こちらを」

紫色の一輪の花を買っていく。

店主はぞっとする。

ベネーゼは知ってか知らずか、その花の花言葉は『伴侶への憎しみ』であった。

***

ベネーゼは夫マクロンの命を狙っている。

こんな噂は少しずつ、しかし確実に王都内に広まっていく。

ちょうど水の中に垂らされた絵の具のように。

ベネーゼの侍女であるレイナ。黒髪をお下げにし、そばかすのある可愛らしい娘であるが、彼女も一人でいる時にトゥモール家のことを聞かれると、ペラペラと喋ってしまう。

「ここだけ……ここだけの話ですよ? この間も旦那様と奥様、大喧嘩していたんですよ。きっかけは旦那様がティーカップを置く時、いちいち音を立てるのが耳障りだとかそんなことだったんですけど、両者ヒートアップしちゃって……。旦那様は“五賢臣”になられたばかり、奥様も社交が忙しく、お互いストレスが溜まっているんでしょうねえ」

これを聞いた人間は、

(口の軽い侍女だ。ここだけの話になんかするわけないだろ)

と、トゥモール家のプライバシーをますます広めてしまうのであった。

***

王城の一角を、ベネーゼの夫マクロンが歩いていた。

歩行ペースは規則正しく、足取りは静かでありながら力強く、これだけで彼の人間性が伝わってくる。

わずか三十歳で“五賢臣”となった彼は、今や城内の注目の的である。

といっても、彼が注目されるのはその地位によるものだけではない。

マクロンは長身ですらりとした体型をしている。上品な光沢のある金髪、精悍な顔立ち、その碧眼はまるで王国の未来を見通すように透き通っている。

城勤めの女性たちはこぞって「ベネーゼ様が羨ましい」という。

しかし、飛ぶ鳥を落とす勢いの彼に、思わぬ心配事が舞い込んでしまった。

彼と同時期に高官となったゾクス・エシェックが声をかけてきた。

「おーい、マクロン!」

「ん?」

「“五賢臣”になってから、ますます仕事は好調じゃないか。この間も、君の提案した政策が陛下に認められたしさ」

「ああ、ありがとう」

ここでゾクスが声をひそめる。

「ところで……奥方のことなんだが、噂は聞いているか?」

「ベネーゼが私の命を狙っているとかいう噂だろう?」

「やはり知っていたか。気をつけた方がいいんじゃないか? なにしろ君は、今や“五賢臣”の一人。我が国になくてはならない人材なんだ」

マクロンはふっと笑う。

「心配いらない。確かにベネーゼとは上手くいっているとは言えないが、夫婦間が冷えてしまうのは国に己を捧げた高官の宿命だ。受け入れる覚悟はできている。それに、ベネーゼとて今の生活を捨ててしまうほどバカな女ではあるまい」

この場にはいない妻をあざけるような言葉だった。

ゾクスはこれを聞いて、話を切り上げる。

「そうか……ならいいんだ」

「心配してくれてありがとう、ゾクス」

颯爽と立ち去っていくマクロンの背中を、ゾクスはじっと見つめていた。

***

穏やかな陽気の午後。

ベネーゼは毅然とした表情で、侍女レイナを連れ、王都の大通りを歩いていた。

馴染みの服屋や宝石店に立ち寄り、婦人らしく雑談を交わす。こうして愛敬を振りまくのも、貴族夫人の立派な仕事だ。

ベネーゼが仕事をこなしていると、一台の馬車が通りかかり、停止した。

中からはスーツ姿の若い男が降りてきた。

「ベネーゼ・トゥモール様ですね?」

「ええ、そうだけど」

ベネーゼは一切怯まない。

「ぜひ、私と共に来ていただけませんか」

「ご用件は?」

「ここではちょっと……。しかし、これを見せればきっと伝わると」

見せられたのは紫色の花。花言葉は『伴侶への憎しみ』とされる。

ベネーゼはこれを見て、なるほどという仕草をする。

「分かったわ。ついていきましょう。レイナ、あなたはここにいて」

「えっ、でも……奥様をお一人にしては……」

「いいから。私も子供じゃないんだから」

レイナにきつめの言葉を浴びせると、ベネーゼは馬車に乗り込んだ。

馬車はゆっくりと王都中を回り、やがてある高級ホテルにたどり着いた。

スーツの男にエスコートされ、ベネーゼは一室に入る。

そこにはテーブルがあり、人が待っていた。

ただし、テーブルの中央に設置されたカーテンのせいで、シルエットしか確認できない。

「お待ちしておりました。トゥモール侯爵夫人」

声で男と分かるが、なんらかの薬品か道具で声を変えている。

「ずいぶん回りくどいことをなさったけど、なんの用?」

「頼みがあるのです。ぜひ、あなたの夫マクロン・トゥモールを殺害していただきたい」

ベネーゼは冷めた眼差しで答える。

「……なぜ、私がそんなことをしなきゃならないの?」

「今、巷ではあなたは夫を殺したがっていると話題になっています。根も葉もない噂という声もあるが、私には分かる。あなたは本気だと。同じく彼を憎む者としてね」

「……」

「しかし、彼のガードは固い。私もチンピラを雇い、彼を襲わせたことがあるのですが、あえなく失敗してしまった。そのせいでますますガードは固くなりました。まったく無様なことをしました」

カーテン越しの相手の声が熱を帯びる。

「しかし、あなたなら彼を殺せる。彼はあなたが侯爵夫人の座を捨てるなどあり得ないと油断していますからね」

「あの人は私なんて眼中にもないでしょうからね。だけど油断してるといっても、そう簡単に殺せるなら苦労はないわ」

「ご心配なく。私にはその方法を提案することができます」

カーテンの向こうから、透明な袋に入った粉薬が出された。

「これは?」

「毒薬です。これを食事に混ぜれば、マクロンは間違いなく死ぬでしょう。さらに、これは他国で開発された毒ですから、我が国の医者では死因を特定するのも難しい。完全犯罪が成り立つでしょう」

ベネーゼは腕を組む。

「面白い話だわ。だけど、それで私はなにを得られるわけ?」

「相応の報酬は当然お渡ししますよ。少なくとも、侯爵夫人の座を捨てても問題ない程度のお金はね」

「ありがたい話ね。だけど、気に食わないこともある。私にだけ実行犯というリスクを背負わせて、あなたは顔を見せようともしない。いささか無礼ではなくて?」

男はしばしの思案の後、自らカーテンを開けた。

「これでいかがでしょう?」

ベネーゼは男を見て、鼻で笑う。

「なるほどね……。あの男を殺したがるわけだわ。ゾクス・エシェックさん」

男はマクロンの盟友であるはずのゾクスだった。

「ええ、マクロンのせいで私は“五賢臣”になれなかったのでね。いくら殺しても飽き足らないぐらいですよ」

「あなたほどの権力があれば、他国由来の毒を入手することも可能だわね。だけどそこからが難しい。そこで、あの男を殺したがっている私にコンタクトを取ったわけね」

「その通り。奴は“あなたは今の生活を捨てるほどバカじゃない”と油断しきっている。この毒を盛れるのはあなたしかいない」

ベネーゼはハンカチで毒が入った小袋を取った。

「確かにそうね……」

「奴が死ねば、私が“五賢臣”に選ばれる。そうすれば、あなたにも今以上の生活を提供できるでしょう。想像してください。憎き夫を葬り、より優雅な生活を送ることのできる自分の未来を……」

「素晴らしいわ……」

「ふふふ、でしょう」

ところが、ベネーゼの声のトーンが突如鋭いものになった。

「いいえ。今のは自画自賛。私の演技力が素晴らしい、と言ったのよ」

「……え?」

「この毒の入った袋にはあなたの指先の跡があるはず。重要な物的証拠になるわね」

いきなり風向きが変わり、ゾクスの顔が引きつる。

「ちょ、ちょっと待て! どういうことだ!?」

「まだ分からないの? 私はあなたをおびき出すために、わざと夫を早死にさせたい妻を演じたのよ」

「……ッ!?」

「夫が“五賢臣”に選ばれてしばらくして、王城近くでチンピラに襲われる事件が起きた。どうにか難を逃れた夫は身辺警護を強化したけど、私はそれだけじゃ安心できなかった。どうしても黒幕を捕まえたかったの。その努力がようやく実を結んだというわけ。ゾクス・エシェック。あなたはもうオシマイよ」

ゾクスは奥歯を噛み締める。

「ふざけるな! オシマイなのはお前だ! なぜなら、こんなところまで一人でのこのこやってきたんだからな! こうなった以上、死んでもらう!」

ゾクスが勢いよくテーブルを叩く。

部下を呼ぶ合図――なのに、なにも起こらない。

「あれ? ……なんで!? おい、どうした!?」

「残念だけど、潜ませていたあなたの部下は全滅したみたいね」

どこからともなく、まるで最初から室内にいたかのような風情で、侍女レイナが現れた。

「この部屋周辺に、十名ほど潜んでいましたが、全員眠らせておきました」

「ご苦労様、レイナ」

頼みの綱の部下に頼れなくなり、ゾクスは青ざめる。

「そんな……たかが侍女風情に……!?」

ベネーゼはふふっと笑う。

「違うわ。彼女は“たかが侍女”じゃない。王家に仕える特殊部隊“影”の一員よ。“五賢臣”の特権を使って、私の侍女になってもらって、犯人逮捕に協力してもらっていたの。私のボディガードをしてもらい、時には私の悪い噂を流してもらい……。もっとも侍女としても優秀だったけどね」

「光栄です」

レイナは頭を下げる。

まんまと罠にかかり、殺意を証明する証拠を握られ、部下も倒された。

ゾクスとて、高官を務めるほどの男。知能はそれなりに高い。もはや自分に切れるカードは残されていないと悟った。

「あ、ああぁぁぁ……」

ソファにうなだれるように座り、抜け殻のようになってしまった。

「それじゃあね、ゾクスさん。もっとも……ちっぽけな嫉妬心から暗殺を企てるような心根では、たとえ夫がいなくとも、“五賢臣”は務まらなかったでしょうけど」

ベネーゼはレイナとともにホテルの部屋を出た。

残されたゾクスは「夫に続き、その妻にも負けた……」とぼそりと独りごちた。

***

ゾクス・エシェックはベネーゼのもたらした情報によって、まもなく逮捕された。

高官暗殺未遂の罪は重い。裁判では終身刑を言い渡される。

さらにエシェック家はトゥモール家に対し賠償金を支払い、トゥモール家に有利になる数々の誓約を結んだ。

高官を務められるほどの能力の持ち主だったゾクスは嫉妬心から身を滅ぼし、生家にも大きな損害を与えることになってしまった。

ベネーゼは自らの体を張って、夫を狙う犯人を探し出した貴婦人として名を上げ、これまで以上に一目置かれる存在となった。

またマクロンは、ベネーゼが考えたこの作戦に「君を囮にする作戦などこの私が許さない」と最後まで猛反対していたことが明らかになり、この夫婦は冷めきっているどころか、絶賛熱愛中であると評判になった。

王家の“影”であったレイナはというと、今もベネーゼの侍女として仕えている。

「ぜひ、あなたの侍女でいさせてください」

「それはかまわないけど……王家の仕事は大丈夫なの?」

「滅多なことでは行使されませんが、“影”には自分で主人を選べる権利もあるのです。愛する旦那様のために自分の命をベットしてみせた奥様に惹かれてしまいました。どうか、これからも奥様の侍女でいさせてください」

「分かったわ。よろしくね、レイナ」

「はいっ!」

こう返事をした時のレイナは“影”というより、年相応の少女といった表情をしていた。

ある夜、邸宅の食堂にて、ベネーゼは夫マクロン、そして家に戻ってきていた息子マルローとともに食事をしていた。マルローはマクロンによく似た、精悍な顔立ちの少年であった。

食事の最中、マクロンが一連の事件を思い出し、改めて礼を述べる。

「あの件では、私が不甲斐ないばかりに、君に危険な役目を担わせてしまった。本当にありがとう」

「またそのこと? いいのよ、レイナもいたし、何も怖くなかったわ」

夫婦に目を向けられ、食堂の隅に立つレイナがにこりと笑む。

「それより、あなた……お昼ちゃんと食べてる?」

「え、まあ、城の執務室でパンなんかをかじってるけど」

「それじゃダメよ。しっかり栄養取らないと。私もあの件で、夫を早死にさせる方法を色々知ったんだから。それってようするに、その逆をやれば、あなたは長生きできるってことよね?」

「まあ、そうかもしれないけど……」

「というわけで、これからはなるべくお野菜を食べて、運動もして、あまり仕事一筋にならないようにしてね。そうだ、今夜は二人でダンスでもしましょう! 出会ったばかりの頃のように」

「参ったな……」

マクロンはどこか嬉しそうに苦笑いを浮かべる。

そんな両親に、マルローはスープを飲みながら、呆れたような表情でつぶやいた。

「長生きするよ、二人とも」

おわり