軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

9、回りだした原作強制力

その瞬間、ギルフォードの剣が持っているところからバキッと半分に折れた。

「ひえっ」

素で悲鳴が出る。刃を潰している模造剣とはいえ、鉄であることには変わりないはずだ。

――そうだ、ギルフォードは戦も自分で出てた武闘派だった!

妖精がいるこの世界にはもちろん魔法もある。

火や水を出したり草を生やしたりは訓練を積んだ素質のある者にしかできないが、精神や肉体を洗練すれば普通の肉体の数倍の力を瞬間的に出せたりするのだ。

それで彼は、幾度も兄弟の反乱や魔獣の襲撃を退けてきた経歴を持つ。

折れた剣をその場に落として、ギルフォードがエメリアに一歩近づいた。

「護衛の目があるとはいえ、そもそも男を夜に部屋に招くなど……うらやま、いやそれならそれで俺を呼ぶべきだろう」

「え、ええ……近い。近いです陛下」

至近距離でねちねちと嫌味を言われる。

剣を折ったときの気迫のままのため、非常に暑苦しい上に圧が強い。

「使節団には許可はいただいています、が?」

「そういう問題ではない」

そのあともひたすら文句を言われる。

皇妃が軽々しく臣下に笑顔を向けるものではないとか、隙が多いとかいろいろ。

――本当に不貞騒ぎになると思っているのかしら……。

表情にあまり変化のないギルフォードの内心はよくわからない。

「……聞いているのか」

「はい、もちろん聞いています! 心配をかけて申し訳ありません」

右から左に流していたのを誤魔化すように頬に手を当てて微笑めば、ギルフォードが口をつぐんだ。

そこで初めて、彼の目に心配そうな色が浮かんだ。

「……同盟国の王太子に何かあれば、責任を追及されるのは君だ」

なるほど。それを心配していたのか。

――初めからそう言えばいいのに、回りくどい。

そんなことを心の中だけで呟いたはずが、再び睨まれて表情を取りつくろう。

「皇妃としての自覚をもつように」

「もちろんです、承知しました」

威厳をもって頷く。

ギルフォードが言葉を続けた。

「もうイヴァン殿下を部屋に入れてはいけない」

「それは困ります」

何を考える前に、自然と返していた。

「この国にいる間は、殿下を甘やかし倒すと決めたので」

「甘え……っ」

それだけは譲れない。

口答えした瞬間、ギルフォードの眉が吊り上がった。

「君は、今まで話を……」

しゅるん。

そこで妖精がエメリアたちの間に入った。

もう見慣れているはずなのに、光の線を描く神秘の存在に、一瞬二人とも声を失う。

――フレン? でも、見たことない子……。

温室を見回すと、端に侍従と見知らぬ老学者が立っていることに気づいた。

「……陛下、殿下、お話し中申し訳ございません……」

話し終わるのを待っていたらしい侍従がおろおろと声をかける。

「皇女殿下の講師である、妖精学の教授が来られています」

「朝早くに失礼。この年になるとどうも目が早く覚めてしまいまして……」

いつの間にかそれなりに時間が経っていたようだ。

教授は、髭を長く伸ばした小柄な人だった。先ほどエメリアたちの間に入った妖精が、教授のそばに戻る。

「お互いのことを思っているのに、喧嘩はよくないと申しています」

妖精がうんうんと頷く。

感情のままのやりとりが気恥ずかしく、エメリアとギルフォードはそっと離れた。

王立学園からきたという教授は、彼自身がまるで妖精のような佇まいである。笑うと顔全体がくしゃっとする、愛らしい人だ。

老教授を前に、ギルフォードが咳払いをした。

「こちらこそ、急な願いを引き受けてくださり感謝する」

「いやいや噂の愛し子とお会いできるのを楽しみにしていましたよ」

ほっほっ、と快活に笑う教授がエメリアを見た。

「皇妃殿下ですな、どうぞよろしくお願いいたします」

「よろしくお願いいたします。どうぞフレンを導いてやってくださいませ」

スカートの裾を持ち上げて礼をする。それを教授はじっと見ていた。

そう、今日からフレンの勉強が始まる。

歴史や帝王学に先駆けて、礼儀作法と妖精について少しずつ学ぶとギルフォードが決めた。

エメリアも賛成だ。これからのために、できることは多いほうがいい。

「では二人がそろそろ起きると思いますし、することもあるので私はこのへんで……」

「待て。まさか寝起きにおはようと言う気か、まだ話は」

「失礼いたします。教授、何か必要なものがあればなんでもおっしゃってくださいね」

そう言って、ギルフォードを置いてエメリアはそそくさと温室を出た。

外には、書類を手にした文官や重臣がずらりと並んでいた。どうやら皆を待たせてしまったらしい。

諭されていた内容が内容だけに――聞かれてはいないだろうが――彼らに愛想笑いをして、その場を後にする。

――忙しいなら、誰かに伝言すればいいのに。

そんなことを思いながら、エメリアはようやく大きく息を吐いた。

先ほどのギルフォードの近さや体格を思い出しそうになって、頬をぺしぺしと叩く。

――いつも鍛えているのかしら。あまり服の上からではわからないものね。

フレンも、村で泥んこで過ごしたのがよかったのか健康優良児そのものである。

貴族の子どもは特に、スプーンよりも重いものを持つこともないように育てられるから、身体が弱いことが多い。

日に当たらない白い肌、ほっそりとした身体がステータスとなるから、病気にどうしても弱くなる。

エメリア自身も何度も熱で生死の境をさまよったことがあった。

病にかかり、命を落とす場合が多いから、王族や貴族はなるべく子をなすべきという風潮がある。

――だから、特に王族には側妃や妾妃が認められているのよね。

むしろ歴代で考えれば、エメリア以外妃がいないギルフォードの状況が珍しい。

「側妃、か……」

知らずエメリアは小さく呟いた。

教授は温室から出るエメリアの背を見送った。

ゆるく三つ編みに編んだ金色の髪。簡素な服を着ていてもその美しさは隠しきれていない。

その後ろにはそっと護衛がついていた。皇帝の執着がわかるというものだ。

そこで、いつも連れている者とは違う妖精が、ふわりと温室にやってきた。

愛し子――フレン――についている子だ。

彼が教授に言う。

『妖精王、直々に来られたんですね』

『ああ。たわむれに人間に擬態して数十年。こんな風に役に立つとは思わなかった』

――それにしても……。

教授――妖精を統べる妖精王は愛し子の母を見た。

美しく聡明で、己の立場を理解し、なによりフレンのことを大事に思っている。その仲のよさは妖精を通してずっと見ていた。

二人への気持ちは祖父に近い。

森羅万象をつかさどり、過去未来を見通す力を持っている彼は髭を撫でた。

――残念だ。母君が、あと二年で死んでしまうとは……。

ベッドに横たわって衰弱しているエメリアの隣で泣きじゃくるフレンの未来を予知して、妖精王は顔をしかめてため息をついた。