作品タイトル不明
第59話 「そこの絞り機は直りそうか?」
「壊れているようだ」とファイトが教えてくれた、一番手前にある絞り機に向き合う。
見上げるような大きさで、なんとなく前世の酒蔵を思い起こされる。
これだけ大きなものを確認することはあまりないし、ワインの絞り機は初めてだ。
「『故障品再生』」
カイがスキルを起動させると、目の前に3D映像が浮かび上がってきた。
「あ、なるほど。上のハンドルと、蓋を上から押すスクリューの機構部分は金属で、側面と蓋と底は木製。うわ、すごい。木製の部分はもう五十年以上使ってるんだ……。劣化してるのは、金属の部品だな」
カイは思わず、ほう、とため息を吐いた。
ほんのりとワインの香りが移った木材は、深い色になっている。
木材は、古くはなっているものの致命的な破損はない。
金属でできたスクリューのネジ部分と、噛み合わさる部品が摩耗していた。
「このまま使ったら、ネジの部分が壊れて絞れなくなるな。金属がダメになってるから、この部分は修理しないと。この状態だと、素材が必要か」
スキルで見た限り、摩耗した金属の部分を補修してやれば問題なさそうだ。
補修は当然スキルでちょちょいなので、材料さえあればいい。
「本当は錆びにくくて硬いステンレスとかが良いんだけど。鉄はともかく、クロムとか転生してから見たこともないぞ」
鉄にほんの少しほかの金属などを混ぜて作るステンレスが理想だ。
しかし、そもそも素材を探すのが難しい。
「確か、 鋼(はがね) なら、鉄鉱石と炭を使えばできるんだったよな。こっちならまだ現実的かな……」
とはいえ、壊れたガラスからガラス板を作り出すのとは少し違うので、スキルでできるかどうかはわからない。
「準備だけしておいて、基本は今と同じで鉄で修理。できそうなら鋼にしよう。あ、それでいいかどうかも確認しないと」
うんうん、とうなずきながら、カイはスキルを切った。
すべて確認し終わったころに、ファイトが男性を連れて戻ってきた。
ファイトと似たような、丸っこい三角耳を頭に乗せた大柄な男性が一緒だ。
「こんにちは、修理屋のカイです」
その男性とは話したことはないが、村で見かけた記憶がある。
立派なお腹なので、狸っぽさが似合う貫禄だなと思った覚えがあった。
「ベルントだ。ワイン工房長をしている。そこの絞り機は直りそうか?」
しっかりした職人といった雰囲気なのに、何となく自信なさげに見える。
また、ベルントにはどこか消極的な印象を受けた。
「はい。少し補助として金属の素材を使いますが、直せます。それで、少し質問があったのですが――」
カイがベルントに聞こうとすると、彼は軽く首を横に振って息子を見た。
「細かいことはファイトに聞いてくれ。こいつが思い通りに酒を作れたらそれで問題ない。あとはよっぽど予算を超えない限り、好きにしていい」
どこか投げやりに言ったベルントは、しかしファイトを信頼しているらしい。
絞り機を見る視線は職人らしく細かいところまで見逃さない風だったのに、途中でふっと力が抜けた。
不思議に思ったが、「なぜやる気を失っているのか」なんてろくに知りもしないのに聞いたところで答えてくれないだろうし、気分を悪くさせるかもしれない。
だからカイは、笑顔でうなずいた。
「わかりました。ファイトさんに伺ってみて、わからなければベルントさんに質問させてください」
カイの言葉を聞いて、ベルントは少し困ったように眉を下げ、一度足元を見た。
だらりと垂れた尻尾はピクリとも動かない。
小さく息を吐きだしてから、ベルントが顔を上げた。
「あー……。いや、わかった。もしもファイトでもわからなければ聞いてくれ」
何か言いかけて止めたものの、ベルントはカイのお願いを聞いてくれた。
受け入れたというよりは説明を諦めた結果そうなっただけのようだが、なんにしても言質はとった。
軽く手を上げたベルントは、そのまま返事を聞かずに階段を上っていった。
「すみません。半年ほど前からあの調子で、半分引退したつもりらしくて」
困ったように眉を下げたファイトが、ちらりと階段を振り返った。
「いえ、気になさらず。半年前に、何かあったんですか?」
カイは思わず聞いた。
口に出してから『しまった』と思ったが、ファイトは気を悪くするでもなく答えた。
「確か、その年にできたワインと、一年前のワインを飲み比べたあたりからかな。ぼくも一緒に飲み比べてたんだけど、急に『もうオレが教える必要はない』とか言って。でも、知識も技術も、ぼくはまだ父さんには全然敵わないのに」
ファイトは寂しそうに言って、下がった尻尾をゆるゆると動かした。
心なしか、ふっさりした尻尾までしぼんで見える。
「どちらのワインも、ファイトさんとベルントさんが一緒に作ったんですよね?」
カイが首をかしげると、ファイトはこくりとうなずいた。
「そうなんだ。別に、父さんが一人で作るわけでも、ぼく一人で作るわけでもない。むしろ、作業は村の人たちにかなり手伝ってもらって、ぼくたちは指示を出すことの方が多い。父さんはスキルがあるから、スクリューを締めるところは一人でやってたけど」
カイがスキルで見た限りでは、樽の上部に設置できるスクリューを締めると、上の蓋が下へと押し込まれ、中の葡萄が絞られる設計になっていた。
蓋で押しつぶしていく感じだろう。
「力が強いとか、そういうスキルなんですか?」
設計上は、二人か三人で回すようになっているはずだ。
それを一人でとなると、相当な力持ちだ。
「うん。『剛腕』っていうんだ。でも、ワインを絞るのは力加減が重要でね。やり過ぎると渋みやえぐみが混ざる。父さんは、剛腕なのに繊細な調整ができて、雑味がないワインになるんだよ」
自慢げに言ったファイトからは、父への尊敬がうかがえる。
「それが、貴族の方にも求められるというヴィーグワインですね」
「うん。確かにぼくは『醸造家』のスキルを持ってるけど、知識とか経験はスキルにはないから、父さんにはまだまだ前に立っててもらわないと困るんだ」
ファイトは軽く階段の方を振り返り、小さくため息を吐いた。
「ベルントさんには、伝えてみたんですか?」
カイが聞くと、ファイトは首を横に振った。
「そんなこと、父さんもわかってる。一緒にやってきたんだから。そのうえで、ぼくに探りながらやっていけってことなんだろうけど……。村の特産品っていう看板を背負ってるから、さすがに重いし失敗もできないよ」
ファイトは、肩を落として耳も倒した。
たしかに、ずっと一緒に仕事をしてきたなら、言わずとも伝わることは多いと思う。
しかし、だからといって何もかもわかるものだろうか。
下手に伝えると説教臭くなりそうだし、そもそも今世のカイには肉親がいない。
言葉を選びあぐねていると、ファイトがパッと背筋を伸ばした。
「ごめん、うちの事情でしかないから。それより、修理のことで何か言いかけてなかった?」
そういえば、ベルントさんに質問しようとしたことがあった。
「はい。スクリューの部品のことなんですが。金属のネジの部分が削れて、動きが悪くなっているみたいなんです。同じ鉄を使って補強することもできるんですが、鉄よりも少し硬い鋼を使ってもいいでしょうか?」
カイは、失敗から学べるのだ。
素材を勝手に変えるのではなく、まずは意向を聞いておくべきなのである。
「鋼?それって、ちょっと白っぽい鉄のこと?」
「はい」
似たような灰色だが、見比べれば鋼の方が白い。
「中級になった冒険者の人が使ってたりするやつだよね。うーん……。ちょっと支払いが厳しいかな。鋼にした方がいいの?」
「鉄よりも固いので、長持ちしやすいです。次の修理までの期間が開くので、将来的には安く済むことになると思います」
「初期投資は高めだけど、長く使えるってことか。どれくらいの値段になりそう?」
「まだなんとも言えないんですが、鋼にすると一台につき銀貨三枚ほどの予定です。鉄なら銀貨一枚と銅貨五枚なので、ちょうど倍ですね」
素材をスキルで合成すると、さすがに魔力を食うので時間がかかる。
その作業費を計算するとこうなった。
ファイトは、むぅと唸って腕を組んだ。