軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第54話 「やばいやばいやっばい!!」

日が傾き始めたころ、カイはヴィーグ村に戻ってきた。

ツーレツト町での依頼は、後日ギルドの方で処理しておいてくれるという。

来週には終わっているので、また時間のあるときに依頼料が振り込まれているか確認するように言われた。

もう特にすることもないので、帰ってきたのだ。

「なんとかいち段落ついたし、明日は休みにしよう」

休日を自分で決められるのは、自営業の良いところである。

スライムのことで色々考えて疲れたので、たまにはゆっくりと自宅で過ごす時間をとろうと考え、カイは商店に向かった。

商店が見えてきたところで、カイは思わず立ち止まった。

「え?」

周辺が、異様な雰囲気に包まれていた。

村の人たちは、少し離れたところから商店の方を見ている。

しかし見ているだけで、近づこうとしていないし、おしゃべりもしていない。

生活の音がないのだ。

商店の店先に立っていたのは、エルフ。

「お待たせ、しました!あ、良ければ、そのお野菜もこちらの籠に入れておきましょうか?」

聞こえてきたのは、緊張したようなヒルダの上ずった声だ。

ちらりと見えた彼女の耳はピンと立っていて、尻尾は斜めに下がって不規則に揺れている。

「それは、助かるわ」

うっすらと微笑んで答えたのは、ツーレツト町でも見かけたエルフの女性だ。

半分閉じた眠そうな目で、ヒルダを優しく見つめている。

カイも、ほかの村の人たちと同じように、商店を少し離れたところから見ていた。

というか、動くことができそうにない。

エルフの女性の周辺だけ、時間がゆっくりしているような感じがする。

バンガードの人たちが村に来たときの大騒ぎとは全く違う。

そんな中、しっかりとエルフの女性に接客しているヒルダはさすがだ。

「こちら、お釣りです。ありがとうございました!」

にこっと笑顔を向けたヒルダに、エルフの女性はプラチナブロンドを揺らしてうなずいた。

「ありがとう。またお願いね」

「はい、いつでもどうぞ!」

そうして、エルフの女性はゆったりとした足取りで空き家が並んでいた方へと歩いて行った。

それをぽかんと見送っていたカイは、視界の端が揺れたのを感じ、慌てて踏ん張った。

「カイ!おかえり!やばいやばいやっばい!!エルフの人だよ!セリスさんっていうんだって。なんかアウレリアさんが護衛して森を案内してたんだけど、魔物が気になるみたいで村に滞在することになったの!アウレリアさんたちとは顔見知りで、あっちこっち旅をしているみたいよ!」

勢いよく抱き着いて言いつのるヒルダは、先ほどと違って頬を真っ赤にしていた。

尻尾がぶんぶんと振り回されている。

「うぐっ。ヒルダ、わかった。わかったから、ちょっと落ち着いて。ほら、大きく息を吸ってみて」

感極まったヒルダがぴょんぴょん跳び、カイの胸元に頭突きを繰り出してくるので、さすがに痛い。

「すうぅ。はぁ。うん、多分ちょっと落ち着いたわ。っていうか、なんでこんなとこで立ち止まっちゃうのよ。お店に来てくれればよかったのに!」

一歩離れたヒルダは、ぷくっと頬を膨らませた。

「ああ、うん。その、ごめん。まさかこんなところでエルフの人に会うなんて思いもしなくて、ろくに動けなかった」

なんなら、呼吸もちょっと止まっていた気がする。

カイが頭を掻くと、ヒルダは大きくうなずいた。

「まあそうよね。八百屋のフィンさんだって、まともに接客できなかったし。仕方ないから、わたしが代わりに野菜を選んで渡して、代金を受け取ったのよ。セリスさんはそういう状況に慣れてるみたいで、気を悪くしなかったことだけは良かったわ」

確かに、八百屋の主人はどこか小心者なのでわかる気がする。

「さすがに驚くよ。実はツーレツト町でもあの人を見かけたんだけど、周りにいた町の人たちも時間が止まってたんだ」

「わかる。なんかこう、同じ空間にいるのに別の時間を生きてるみたいな、不思議な感じがするのよね」

そもそも、エルフという種族の人たちは居住区であるいくつかの森(エルフの里)から出ることはほとんどないと聞いている。

一応、エルフの里と人の国で商品のやり取りはあるのだが、それは近隣に住む限られた人たちだけが訪れる形だそうだ。

「エルフの里って、たしかどの国にも所属してないんだよな」

大陸のあちこちにあるエルフの里は、それぞれが独立した存在だ。

昔は色々あったようだが、エルフたちの力が段違いだったため、各国が協定を結び不可侵と決まったのである。

ヒト族と獣人族の平均寿命はほぼ同じ、魔人族は数十年長いそうだ。

しかし、エルフの寿命はヒト族の十倍ほど、人によってはさらに大きく超えるのだという。

寿命という側面を見ると、明らかにエルフだけが同じ時間を生きてはいない。

「そうそう。独自の文化があるみたいだし、生活様式も違うんだって。商人としては、一度くらいはエルフの里に行ってみたいなぁ」

楽しそうに言うヒルダは、緊張はしていたようだが委縮してはいなかったようだ。

カイも、慣れれば問題はないと思う。

「僕も国中を旅したけど、さすがにエルフの里はその近くを通っただけだな」

「ああ、王国の東の方にある森ね。確か、すぐそばの村の人たちとは交流があるんだっけ。その村なら、エルフの里の商品も多いって聞いてるわ」

カイは首を縦に振った。

「うん。確かに多かったな。確か、里の近くで採れる植物から紡いだ糸で織った布とか、木工細工の食器とかがたくさんあったよ」

思い出しながらカイが言うと、ヒルダは羨ましそうにこちらを見た。

「いいなぁ。わたしも行って見てみたい!父さんに相談してみようかしら」

「ここからだとちょっと遠いけど、価値はあると思うよ」

このあたりは北の端でかつ少し西よりで、国に接するエルフの森は南東あたりに位置している。

馬車で移動するなら、街道を通って一度王都に寄ることになるので半月はかかる。

「やっぱり遠いよね。でも自分の目で見て選びたいんだもん。王都で卸してもらうと、すでに誰かが選んだ中から選ぶでしょ?それも悪くないけど、商人としては満足感が低いの」

む、と唇を尖らせたヒルダは、尻尾の動きをピタリと止めた。

「ふふ。ヤーコブさんを説得しないとだね」

「ほんとね。ちょっと頑張ってみるわ」

笑いあってから、カイはいくつか食品を選んだ。

「そういえば、エルフの人が調査したい魔物って何なんだろう。前に聞いた、待ち伏せするやつかな」

財布代わりの巾着から硬貨を取り出しながら、カイはふと疑問を口にした。

魔物の森の変化は、やはりグリフォンが棲み着いたことによるものなのだろう。

何故その調査をエルフがするのかも謎である。

お金を受け取ったヒルダも首をひねったときに、後ろから声がかかった。

「なんだ、セリスのことか?魔物の森の奥の方から集まってきた、ちょっと珍しいトレントの素材がどうとか言ってたぞ」

「アウレリアさん!こんばんは」

ヒルダが、耳をぴこんとアウレリアの方へ向けた。

「ああ、こんばんは。なんだカイ、冒険者ギルドでトレントの話は聞いていないのか?」

「聞いたような聞いていないような……。でも、珍しいトレントってなんですか?初耳です」

魔物は、似たような形状でも違う種類のものが存在することがある。

しかし、トレントの変異種の話など聞いたことはない。

「まあ、トレントそのものが珍しいからな。今回見つかったやつは、新しく生えたんじゃなくて移動してきたんだ」

「え?トレントって、移動するんでしたっけ」

一本あったらその周りに三十本はある、といったことなら聞いた記憶がある。

木が魔物化したものなので、あくまで植物だったはずだ。

果たして植物は自走するものだっただろうか。