軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第20話 「直せたから、それで良い」

「随分迷ってたのよ。家具とか農具とか、そういうものではないし。それに、壊れて音を立てなくなってから、もう十年近く経っていてねぇ」

そう言いながらイーリスが持って来たのは、両手で包み込める程度の小さな箱だった。

厚みがあり、箱の前面にはH&Iと彫ってある。

「これは……?」

箱の横には小さな取っ手のようなものがついていて、そのほかには何もない。

机に置かれた箱を見ていると、イーリスが微笑んだ。

「今は流行っていないけれどね、大昔には流行っていたのよ。オルゴールっていうの。この取っ手を回すと音楽が流れる箱」

「ああ、オルゴールでしたか」

今世では見たことはなかったが、前世でなら知っている。

機構が似ているかどうかはわからないが、取っ手を回すのなら似たようなものだと予想できた。

「こんなものも直せる?小さくて申し訳ないのだけれど」

「いえいえ、もちろん直せますよ!」

カイが力強くうなずくと、イーリスはほっとしたように胸に手を置いた。

「本当に?壊れたまま棺桶に一緒に入れてもらうしかないと思っていたのよ。動いたら嬉しいわ」

目じりにしわを作って笑みを浮かべるイーリスに、カイは思わず聞いた。

「こちら、思い出の品なんですか?」

すると、イーリスは苦笑しながらオルゴールを見た。

「あたしの夫がね、ああ、五年前に亡くなったんだけど。プロポーズのときに渡してくれたのよ。多分ね」

「多分?」

どういうことかわからず、カイは首をひねった。

「だってあの人、何も言わなかったんだもの。でもあの当時流行っていたのよ、オルゴールを手渡してするプロポーズ」

イーリスは、テーブルに載ったオルゴールをそっと指で撫でた。

「なるほど、求婚の品だったんですね」

イーリスにとって、とても大事なものだろう。

カイは、改めてこのオルゴールをきちんと直してあげたいと思った。

「ええ、そうだとあたしは思ったわ。その後ちゃんとお互いの両親に挨拶して本当に結婚もしたし」

「ロマンチックな方だったんですね」

カイがそう言うと、イーリスは噴き出した。

「ふふっ。嫌だわ、そんな感じじゃなかったのよ。朴訥で、多くは語らない感じっていうのかしら」

「寡黙な方だったんですか」

なんとなく、カイは前世の父方の祖父を思い出した。

祖父は、ずっと応接室でたばこを燻らせながらテレビを見ていたという記憶がある。

「まあねぇ。若いころはそれも素敵だと思ったこともあったけど、一緒に暮らしたらまあ言葉が足りなくて。それで何度も喧嘩したものよ。あたしが怒ってばっかりだったけれど」

首を横に振ったイーリスは、しかし柔らかな表情をしていた。

「夫婦になるには、意見のすり合わせも大事って聞きますね」

「そうよ。だからあたしが無理やりあの人の意見を引っ張り出してたの。好きなものを聞きだすのも一苦労だったわ」

イーリスは頬に手を当て、思い出すように言った。

「釣りだって、あの人の趣味だったのよ。ほとんど魚を持って帰ってこなかったけど。釣って川に戻すにしても、数匹は持ってきてくれればよかったのにねぇ」

それは、普通に釣果がなかっただけだろう。

カイはそう思ったが、イーリスの夫の矜持のために黙っておいた。

改めてオルゴールの修理を引き受けたカイは、その場でスキルを起動した。

イーリスは、持って帰ってきた魚の下処理をするから、とキッチンの方へ行った。

オルゴールの箱は木材で、中の音が鳴る部分は金属だ。

カイが知っているオルゴールと少し違うのは、音を鳴らすピンが二つ付いていることだ。

「これは……?ああ、少しずれているから、輪唱できるのか」

このオルゴールを作った人は、とても丁寧な仕事をしている。

ほんの少しずれただけで輪唱がうまくいかないところを、ぴったり合わせているようだ。

スキルで浮かび上がらせた立体映像を大きくしながら確認すると、壊れたところを見つけた。

「あ、ここか。ハンドルの歯車の歯が折れているのと、ピンの方もずれてる。あとは、少し錆びているな」

このままでは、音が悪くなってしまう。

追加の素材としては金属が欲しいが、ちょうど農具を修理したものの残りがある。

オルゴールそのものが小さいため、素材はほんの少ししか使わない。

「うーん、材料費はいいかな」

粒銅貨一枚にも満たないので、いらないと判断した。

そして、スキルで錆を取り、欠けたところを補修し、部品を正しい位置に設置しなおした。

ほかの部分は大丈夫かと最後に全体を確認していて、箱の内側にそれを見つけた。

「これは……」

カイは、スキルを切ってイーリスを探した。

試しに鳴らした結果きちんと直っていたので、確認してもらおうと思ったのだ。

「イーリスさん」

イーリスは、庭で釣竿の手入れをしていた。

「あら、もうできたの?」

「はい。音楽はきちんと鳴るようになりました」

カイは、自分の左手の上にオルゴールを乗せた。

そのまま差し出すと、イーリスは手を伸ばして取っ手を回した。

オルゴールから、輪唱する音楽が流れだす。

「ああ、懐かしい。この、二重に音が鳴るオルゴールが珍しいっていうことだけは、あの人から聞いたのよ」

うなずいたカイは、改めてその音楽に耳を傾けた。

聞いたことがないはずなのに、どこか懐かしい気がした。

「あの、イーリスさん。このオルゴール、上の箱を開けられるってご存じでしたか?」

カイは、箱の上部をトントンと指で叩きながら言った。

「そうだったの?繊細な機械だって聞いていたから、たまに鳴らす以外には触っていなかったのよ」

オルゴールから手を放し、イーリスは首をかしげた。

「開けたことはないんですね」

「ええ。十年くらい前に、あの人がそれを床に落としてしまってね。それで音が鳴らなくなったんだけど、開くとも思わなかったものだから」

それを聞いてうなずいたカイは、オルゴールをひっくり返して見せた。

「こちら側に爪があって、底板と上の箱をつないでいます。なので、この部分を両側から押せば」

ぱかり、と箱が外れ、オルゴール本体が姿を現した。

「あらあら。これはまた、本当に繊細な機械ねぇ」

錆を取ったオルゴールは見た目にも美しい。

しかし、カイが見せたかったものはこちら側ではなかった。

「この箱の、内側を」

カイが上の箱をイーリスに手渡すと、彼女は首をかしげながら受け取った。

「ここに何か……?嫌だわ、小さすぎて見えないわね。ちょっと待って、ルーペがあったはずよ」

イーリスはポケットを探り、コインサイズのルーペを取り出した。

カイは、そっと一歩下がって見守った。

ルーペを使って確認したイーリスは、しばらくして目を瞬かせた。

「あの人ったら……。ごめんなさいね、こんな、何十年も経ったものの配達人の真似をさせて」

軽く鼻をすすったイーリスは、目元を指で拭った。

「やっぱり、ロマンチックな方だったんですね」

カイがそう言うと、イーリスは小さく笑った。

「ふふ。口下手だからって、こんなところに隠すなんて。まさか、落としたのもわざとだったのかしらね」

「そうかもしれません」

ハンスは、何度か蓋を開けたはずだ。

落としたのがわざとなのかうっかりなのか、その判断はもうできない。

もう一度涙をぬぐったイーリスは、そっとオルゴールの箱を抱きしめた。

カイは、潤んだ目を誤魔化すように何度も瞬きをした。

『イーリス

愛しているから、結婚してほしい

ハンス』

『おれと結婚してくれてありがとう』

『娘を産んでくれてありがとう』

『息子を産んでくれてありがとう』

『君といられて幸せだった』

それは、プロポーズの後も続く、ハンスからのラブレターだった。

オルゴールの蓋の開け方をもう一度伝えたカイは、イーリスから銀貨を一枚受け取った。

修理箇所は小さくてすぐに済んだし、魔力もあまり使わなかったので銅貨五枚でいいと言ったのだが、イーリスは譲らなかった。

「あの人も、ほかの人には知られたくないと思うの。だからこれは、口止め料も入ってるのよ」

イーリスは、茶目っ気を感じさせる笑顔でそう言った。

「わかりました。その中身に関しては、決して誰にも言いません。もし何かあったらまた教えてください。調整くらいならサービスで直しますから」

カイがそう言うと、イーリスも納得したようにうなずいた。

帰る道すがら、カイはふわふわとした心持ちで歩いた。

修理とは、物を直すことだ。

でも、今回カイが直したのは物だけだったのだろうか。

過去の思い出を蘇らせた、というのともまた違う。

ふと、ハンスが彫った文字と、照れたような笑みを浮かべるイーリスの顔が思い浮かんだ。

こみ上げるものを感じたカイは、鼻をすすって耐えた。

「直せたから、それで良い」

きっと、それこそが、カイにできることなのだ。