軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

5-1 朝食

雨季が始まっておよそ1ヶ月半、気温はかなり上がるようになり、ここ最近ではじっと座っていても汗をかくほどである。朝2番の教会の鐘は鳴ってからしばらく経っており、大抵の店舗はすでに営業を始めているような頃であった。

「おはようございます……」

アルは眠そうな顔をしながら食堂に通じる扉を開けた。テーブルが6つ並んだ店内は閑散としており、厨房の中では宿屋を営むラスの妻、ローレインと娘のアイリスが汚れた食器を洗っていた。

「おはよう」「おはようございます」

2人の声を聞きながらアルは厨房に近づき、傍らに置いてある木の椀に自分でシチューを入れ、カウンターの前の籠に入っている黒パンをひとつ取った。そのまま、そこのカウンター席に座り込む。

「いつも自分でありがとうね」

ローレインは洗い物の手を止めることなくにっこりと笑う。シチューからは甘い香りがしていて食欲を誘っていた。アルは一口食べて大きく頷く。

「今日もおいしいですね。この風味は?」

「メティだよ。フェネグリークなら知ってるかい? あれの実、収穫したのが出回り始めたからね。いい風味でしょ」

アルは首を傾げた。フェネグリークというのは強壮や胃腸の薬として有名な薬草の一つである。非常に苦かったはずだが、料理に使うとこんなに変わって来るのかと感心した。

「料理がおいしく感じられるのも、アルさんのおかげだよ」

ローレインはしみじみとそう言った。アルは再び首をかしげる。彼女の説明によると、数日前からアルが油代の節約にと食堂のランプに 光(ライト) 呪文を使ってくれたおかげで、ランプを使わなくてもよくなり、料理の風味がより感じられるようになったのだという。たしかにランプで使われる獣の油が燃える臭いはかなり生臭い。食堂で使うのでそこそこ良いものをつかってはいたらしいが、それでも全然違うのだということだった。アルは改めて周囲の匂いを嗅ぎ、そう言われればそうだなぁと納得した。

「泊ってる間だけになるけどね。うまい具合に時間が調整できるようになったんだ」

アルは得意そうであった。調整できるようなったというのは習得したばかりの 魔力制御(マジックパワーコントロール) 呪文が魔道具をつかうための魔石に魔力とよばれる力を補充するだけでなく、自分が使った魔法にさらに魔力を込め直すことができるとわかったおかげであった。

例えば、 光(ライト) 呪文を使う場合、本来のオプションなしでは、熟練度によって効果時間が決まる。そのため、効果時間を知っていれば、それが切れたタイミングを待ってかけ直すことで、ずっと明るさを保つことができるという事になる。アルの場合は明るさを調整することによって効果時間をあらかじめ決めることができたが、もちろんそれは呪文を最初に使うときの話である。

ところが、 魔力制御(マジックパワーコントロール) 呪文を使えば、自分が行使した呪文限定ではあったが、追加で魔力を込め直すことができ、その際に明るさや効果時間を再度設定することもできるようになったのだった。その結果、魔法が切れるタイミングには左右されず、いつでも魔力をつけ足すこともでき、切れるタイミングに間に合わないということが起こらなくなったのだった。

「ところでアルさん。ここ3週間ほどずっと仕事をせずじっと部屋に籠ってるけど、大丈夫なの?」

洗い物をしていたアイリスが、木のカップに水を入れて持ってきてくれた。う、うん……とアルは先程とはうって変わって苦しい表情になる。新しく手に入れた呪文の書の魅力に勝てず、彼は仕事もせずにずっと習得をしていたのだ。所持金はそろそろ底をつきそうであった。

「そ、そろそろ、仕事に行くよ。バーバラさんも帰ってきてるだろうし、頼んでいた鎧も出来上がってるだろうからね」

「お金が手に入ったからって、遊んでばかりいちゃだめよ」

カウンターの向こう側からローレインの手が伸びて、アルが食べ終わった木の椀とスプーンを回収していった。魔法の習得は遊びではないが、アルにとっては似たような事である。すこし焦りながら、話題を変えようとアルは自分の前のカウンターテーブルを拭いているアイリスにアルは胸元に下げているペンダントを見せた。

それは直径2㎝ほどの丸く平べったい青い水晶のようなものであった。銀色に光る金属製の枠がついており、その水晶と枠との間に首に下げるための麻紐が通っている。

「わぁ、綺麗」

アイリスは思わず手を止めてじっとその青い水晶を見た。水晶の中心から白く光る線が波のように出ているのが見える。

「爺ちゃんから貰ったものなんだ。古代遺跡で見つけたんだってさ。何の魔道具かはわからないけど、綺麗だろ?」

アルは食い入るように見ているアイリスの横顔がすごく近くて少し照れながら、あわててそのペンダントを外してアイリスに渡す。

「いままで、 魔法感知(センスマジック) 呪文には反応はするけど、何に使えるわけでもなく、よくみると、中心にはほんのり光があったぐらいの金属の枠の付いた、ただの青い透明の石だったんだよ。魔力が切れてるだけなのかと魔石を近づけたこともあったけど、それでも何もおこらなかった。けど、 魔力制御(マジックパワーコントロール) 呪文を習得して、これで魔力を入れると、こんな風に光りだしたんだ」

感心しながらアイリスはそれをランプの光にかざしたり、窓から差し込む明るい太陽の光に透かしたりして見ていた。

「きっと、これはすごい価値があるにちがいないわ」

断言するアイリスにアルはにっこりと微笑んで頷いた。魔道具というと一般的にはすごく便利なものというイメージであるが、古代遺跡を探検した祖父によると使い方のわからないものというのはいっぱいあるらしい。それも含めて夢なのだと祖父は言っていた。その一つの象徴であり、アルはずっとこれをペンダントとして胸に下げて一人で見つめたりしていたのだ。

「とりあえず、今日は遅くなっちゃったけどちょっと出かけてくるよ」

アルはアイリスからペンダントを返してもらうと、勢いよく立ち上がったのだった。

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アルがまず向かったのはレビ商会の本店であった。その手前の呪文の書を扱っている店はお金もないので、今日はその前は素通りである。店員に要件を告げると、すぐに奥の応接室らしいところに通された。今日は花ではなく、涼やかな様子で新芽が出た木の枝が飾られている。爽やかな匂いからしてシナモンか何かかと見ていると、すぐに応接室の扉がノックされた。アルがどうぞと返事をすると、扉が勢いよく開かれる。

「ありがとう、アルフレッド君。よく来てくれたわね」

応接室に入ってきたのはルエラとレビ会頭の2人であった。ルエラは青いワンピースを身に着け快活そうな様子である。元気そうでよかったとアルが微笑むとルエラもこぼれるような笑顔を見せた。

「本当に助かったわ。あなたのお陰で酷い目にも合わなかったし、変な噂が立つこともなかった」

ルエラの言葉にレビ会頭も何度もその通りだとばかりに頷いている。

「しかし、あんな悪い魔法使いが居るとは、あ、いや、魔法使いそのものを否定するつもりはないのだが、どうすればよいのかと思ってな」

レビ会頭の口調はかなり悔しそうであった。もちろん魔法使いだけが悪いわけでもないし、魔法使いギルドではいくつかの魔法は禁呪として規制する、魔法使いを登録制として倫理教育を施すといった対策をしている。だが、その犯罪はなくならない。

その対策の一つである禁呪に手を染めているアルとしては心の中ではすこし後ろめたく感じながらレビ会頭の言葉に困った問題ですねといった相槌をうつしかなかった。

「もし、聞いてよければ、あの後、残った一味の連中は……」

アルが尋ねると、レビ会頭は首を振った。一応、オークレー村に居た一味は揃ってつかまえることができたものの、彼の話ではまだまだ裏があって完全に解決したとは言えないらしかった。バーバラはまだその調査を行っているらしい。ルエラにもしばらく護衛の人間を付けることになっているそうだ。

「今回の君への礼としてこれを用意した。ルエラに聞くと、君には呪文の書が一番の礼だろうというのでね。呪文の書を扱っている店に今は何が人気か尋ねてみるとこれだと言ってくれたのだ。君の気に入ると良いのだが……」

いろいろと話をした後、最後にレビ会頭はそういって立派な木の箱を取り出して、アルに差し出した。その箱の表書きに、 魔法の竜巻(マジックトルネード) と書かれている。指定した箇所を中心として球状の範囲内に存在する相手全てに魔法による攻撃が行える呪文である。複数の対象を一気に攻撃できる派手な呪文で非常に人気のあるものだ。数カ月前にたしか35金貨で売っていたはずであった。

「もちろん未習得ですし嬉しいです。しかし、こんな高価なものを……」

アルは受け取るのをすこし躊躇ったが、レビ会頭は半ば無理やりその木の箱をアルに持たせる。

「それぐらい助かったということだ。これからもルエラやナレシュ様の力となってほしい。一応ケーン君にもこれ程ではないがちゃんと礼をしているので遠慮することはないよ。それとあと、バーバラ君が後で君に聞きたいことがあるそうだ。それにも協力してやってほしい」

アルはそう説得されその木の箱を受け取った。最近は呪文の書を続けざまに入手できてうれしい限りである。だが、そろそろ仕事を再開する必要もあり少しペースは落とす必要がありそうだった。何度も礼を言ってアルは応接室を出たのだった。