作品タイトル不明
32-18 アシスタント・デバイスの記憶
“アリュ、時間だよ”
野営地のテントで毛布にくるまってぼんやりとしていたアルはグリィの言葉ではっとした。眠れないと思っていたがいつのまにか寝ていたようだ。
「おはよう」
“おはよう”
“ おはよう(オハヨウ) ”
“ウギャギャギャ”
アルの挨拶に3つのアシスタント・デバイスが返事を返して来た。ゴブリンハイシャーマンのアシスタント・デバイスもちゃんとアルを所有者として認識しているのだろう。名前を付けたほうがいいかもしれない。アルは隠しから取り出すとじっと眺めつつ考え込んだ。
「うーん、ティモシーでいいかな?」
“ティモシー? いいんじゃない”
“ウギャギャギャ”
“ こいつ(コイツ) 名前(ナマエ) はじめて(ハジメテ) 。 喜んでる(ヨロコンデル) ”
コーリンが常にアルの言葉を翻訳して伝えてくれているようだ。喜んでくれるなら嬉しい。
“ティモシーからはおおよその話は聞けたわ。今聞く? それとも見張りをしながら聞く?”
寝ている間に聞き取りは終わったらしい。
「うーん、先に兄さんたちの様子を聞いて周囲の安全を確認したほうがいいかな」
アルの前、シプリー子爵家からの夜中の当番はギュスターブとオービルが責任者で、その後をアルとフェリシアのペアが引継ぐことになっている。アルは自分に 魔法感知(センスマジック) 、 盾(シールド) 、 魔法抵抗(マジックレジスト) 、 魔法発見(ディテクトマジック) 、 透明発見(ディテクトインヴィジブル) 、 幻覚発見(ディテクトイリュージョン) 、 浮遊眼(フローティングアイ) 、 知覚強化(センソリーブースト) (暗視)といった呪文を次々とかけ直した。
「おはよう、兄さん、フェリシアさん、オービルもおはよう」
アルがテントから出ていくと、既に騎士3人と従士が5人、テントの前の焚火に集まっていた。騎士はギュスターブ、フェリシア、オービルの3人だ。従士のうち3人は見覚えがあるが2人は知らない顔である。たぶんフェリシアの部下たちだろう。
「大丈夫か? アルフレッド」
「うんうん。大丈夫。たぶん寝た」
疑わし気な目で見られながらもアルはにっこりと微笑む。
「何か変わった事あった?」
アルの問いにギュスターブは首を振る。
「我々の担当のところでは何もない。王国騎士団の担当場所で一度ホブゴブリンが出たが、そこを担当していた騎士が問題なく倒したようだ」
ゴブリンはパーカー伯爵家の弓兵たちが対処してくれるので、上位種が出なければ騎士や魔法使いたちに出番はない。そして上位種はある程度知力は高いのでとっくに逃げているにちがいない。今回の見張りは暇そうだ。
「じゃぁ、僕とフェリシアさんたちで引き継ぐね。兄さんたちはゆっくり寝ておいて」
「わかった。頼むぞ」
「よろしくです」
そう言ってギュスターブとオービル、そして彼らの配下の従士たちは自分たちのテントに戻っていった。残されたのはフェリシアと彼女の従士が2人である。アルは背中に乗せていた 浮遊眼(フローティングアイ) の眼を空に上げて周囲を見回してみた。周囲に蛮族の姿はない。大丈夫そうだ。
「こちらに来て不自由はないですか? 家族の方も一緒なのでしたっけ?」
アルとフェリシア、そしてその従士は上位種に備えて待機だ。たき火を囲みながら、アルはフェリシアに尋ねてみた。
「そうですね。辺境都市レスターに比べれば、こちらはまだ平和ですし、不自由はありません。家族もマーローの街に住んでいます」
収入面ではかなり減っているはずだが、そこは仕方ないと思っているのだろう。父とも話をしたが、鉄鉱山の運用が安定するまではどうしようもないらしい。結構稼いでいるからお金を出そうかとその時言ってみたが、王家から補助金もでているので心配するな、子供の金に頼るようなことはしない、と少し不機嫌に拒否されてしまった。
フェリシアとはしばらく世間話をした。彼女はレスター子爵家が断絶となり、オリバー男爵が騎士としてシプリー子爵家に仕える事になった際に、彼と一緒にシプリー子爵家に仕えるという決断をしたらしい。何故こんな田舎の新興子爵家にとアルとしては不思議に思って尋ねたが、彼女はにっこりと微笑んで、謀反を起こした子爵家の騎士団長と副騎士団長では採用してくれるところは少ないでしょうと自嘲気味に答えた。考えてみるとそうかもしれない。
だが、彼女はアルがこの新子爵家の家族だと知って今はとても楽しみにしているとも言ってくれた。以前のアルの蛮族討伐の際の活躍はとても素晴らしいものだったし、セオドア王子やパーカー伯爵の信頼も厚い。この調子ならすぐに発展して大きくなり、自分たちも出世できると考えているらしい。そうなのだろうか。まぁ、可能性はあるかもしれない。将来的にフォード男爵たちが居なくなった時の事を考えるとたぶん人は足りない気はする。
「鉄鉱山の運営が軌道に乗れば、1人か2人の男爵が必要となるかもですが、僕にはよくわかりません」
アルはそう言って首を傾げた。候補としてはもう一人の兄ジャスパーかオーソンだろうか? しかし、2人ともそういうのは苦手だとか言いそうだ。経験を考えるともちろんオリバー卿のほうが適任だろう。
「きっとここもシプリー子爵領になるでしょう。すぐかどうかはわかりませんが、近いうちに……」
昨日まで蛮族が暮らしていた大規模集落を見まわしてフェリシアはそう断言した。彼女はまだパーカー伯爵と話した内容は知らないはずなのに、どうしてわかるのだろう。
「そ、そうかもですね」
アルは慌てて頭を掻いてとぼけるしかなかった。
「ゴブリン、エリア52の西に2体!」
少し離れたところで見張りの声がした。はっとしてアルは立ち上がり、すぐにその確認のために 浮遊眼(フローティングアイ) の眼を空に上げる。すぐにゴブリンは見つかった。2体で間違いなく付近に上位種の姿もない。
「大丈夫そうです。でも少し空を飛んで周囲を巡回してきます」
「はい。おねがいします」
アルはそう言って 飛行(フライ) 呪文を使って浮かび上がる。フェリシアに軽く手を振り、 浮遊眼(フローティングアイ) の眼を肩に乗せ直すと高度を上げて巡回を始める。野営地から少し離れたところでも、ゴブリンの影はあるが上位種の姿は見当たらない。アルはみつけたゴブリンを空から 長距離(ロングレンジ) 魔法の矢(マジックミサイル) 呪文をつかって倒していく。そのうちに東の空がすこし明るくなってきた。もうすぐ日が昇るのだろう。
「じゃぁ、グリィ、コーリン、巡回しながらだけど、ティモシーの話、教えてくれる」
“うん”
“ わかった(ワカッタ) ”
“ウギャギャギャ”
グリィとコーリンが話し始めた。ゴブリンハイシャーマンが持っていたアシスタント・デバイス、ティモシーはここから西に15キロほど行ったところにあった古代遺跡でそのゴブリンハイシャーマンが発見したらしい。らしいというのはティモシーが発見されたときには、魔力がかなり残り少なくなっていて休眠状態で状況がよくわからなかったためだ。当時はまだゴブリンハイシャーマンはまだ、1段階下位種のゴブリンシャーマンに過ぎなかったらしい。
それからどれぐらいの年数が経ったのかわからないが、ティモシーの意識が覚醒したのはおよそ10年前で、既にその古代遺跡は他の蛮族たちが全てを漁った後だったようだ。彼が覚醒したとき、覚醒のための魔力を与えたのはオーガの上位種で、ゴブリンシャーマンの仲間には他に、アシスタント・デバイスを所有していたゴブリンメイジも居たらしい。そのアシスタントデバイスもティモシーと同じ古代遺跡で見つかったものだったという。
「アシスタント・デバイスが2つも……」
アルはその古代遺跡を自分が見つけたかったと残念そうに首を振った。一体、どういうものだったのだろう。アシスタント・デバイスの製作者の研究室はアルが既に見つけたのでそれとは違うはずだが、それでもかなりの力を持つ魔法使いの拠点だったのか。それとも何か特別な施設だったのだろうか。
「そのゴブリンメイジとゴブリンメイジが持っていたアシスタント・デバイスはどうなったの?」
“ てぃもしー(ティモシー) 製造番号(セイゾウバンゴウ) 聞いてた(キイテタ) 。 てすだった(テスダッタ) ”
どういうことだ? アルは疑問に思った。たしか、テスの記憶によると白髪の人間の魔法使いによってゴブリンメイジに与えられたという話だった。それとは食い違うではないか。
“ 待って(マッテ) 聞く(キク) ”
アルの問いに、コーリンも戸惑った様子だった。
”ギャギャギャウ ギャギャ”
“ てぃもしー(ティモシー) 言ってる(イッテル) 。 ごぶりんめいじ(ゴブリンメイジ) てす(テス) たからもの(タカラモノ) 。 みせろ(ミセロ) ことわった(コトワッタ) 。 えらいおーが(エライオーガ) おこった(オコッタ) 。 ごぶりんめいじ(ゴブリンメイジ) ころされた(コロサレタ) 。 てす(テス) もっていった(モッテイッタ) ”
「殺された? ゴブリンメイジが? そしてテスは上位種のオーガが持ち去ったのか。ということは、あの時のゴブリンメイジとは別の個体だったのか」
“ そのあと(ソノアト) わからない(ワカラナイ) てぃもしー(ティモシー) 言ってる(イッテル) ”
その後はわからない……と。そのゴブリンメイジから上位種のオーガが取り上げたアシスタント・デバイス、後のテスは上位種オーガからヴェール卿らしき人物の手に渡り、そこからゴブリンメイジに与えられたのか。
「そのあたりの取引とかにラミアは関わってないの?」
“ 前の持ち主(マエノモチヌシ) 関係ない(カンケイナイ) 。 他のらみあ(ホカノラミア) わからない(ワカラナイ) ”
コーリンの持ち主の上位種ラミアの他に少なくとも3体のラミアがいたし、鉄鉱山や中規模集落にもラミアは居た。そのどれかの個体が上位種オーガとヴェール卿を繋いだ可能性はあるのか。
「ゴブリンメイジやゴブリンハイシャーマン……、当時はゴブリンシャーマンか。2体は自分でアシスタント・デバイスの魔力補充はできなかったの?」
“どっちの個体もその時点では 魔力制御(マジックパワーコントロール) 呪文を習得していなかったみたい。それにたぶんだけどアシスタント・デバイスは人間の言葉しか喋れない。もし魔力を与えただけだったら蛮族たちが使いこなすことはできないはずなの”
コーリンに代わって、今度はグリィが答えてくれた。成程、言葉の問題があるのか。そういえば、マラキがテスの分析をして言語モジュールや他にも色々なモジュールが改造されていると言っていた。
「アシスタント・デバイスを蛮族が使えるように改造したのはそのオーガの上位種? それってコーリンのところを訪れたという個体と同じなの?」
“ 判らない(ワカラナイ) 。 似ている(ニテイル) ”
そのオーガの上位種は他の蛮族が偶然手に入れたアシスタント・デバイスを覚醒させて回っているのだろうか。ラミアの時は偶然なのかと思っていたが、そうではなかった?
「時期は同じだったりする?」
“コーリンが覚醒したのはシルヴェスター王国歴でいうと152年、テスとティモシーの覚醒は161年だから9年の差があるわね”
9年か……。覚醒させて回っているにしては長すぎる年月だろう。いや、それほど数があるものではないはずなので、当たり前なのか。仮に同一個体の仕業だとしても何か別の用件があって蛮族の間を巡っていて、覚醒させたのは偶然と考える方が自然かもしれない。160年にはラミアは既に鉄鉱山のところにいた蛮族に食料を届けていた。あれはプレンティス侯爵からラミアに対する依頼だったと思っていたが、違ったのか? 話が絡み合っていてよくわからない。
「カサーバは?」
“もっと南では普通に生えているものらしいわ。でも栽培したのはティモシ―がゴブリンハイシャーマンに助言した結果みたい。リザードマンが芋となる地下茎がまだ小さい時にすぐに掘り返してしまうのでなかなかうまくいかなかったんだって。成功したのはこの集落が初めてだったみたいよ”
リザードマンがすぐに掘り返して食べてしまうのか。それはたしかにあり得そうだ。
「そういえば、ここにはリザードマンは見かけないね。どうして?」
“ミュリエル川の上流やここを流れる川にはウォーターサーペントがたくさん住んでいて、川岸に卵を産むリザードマンは卵を食べられてしまうのであまり居ないらしいわ”
ウォーターサーペント、水中に住む蛇型の魔獣だ。チャニング村のあたりでも体長5メートルぐらいの個体がたまに現れる。水中に棲んでいるので倒すのはかなり難しい。そういえば、パトリシア、ジョアンナとの逃避行で訪れた半ば水没した古代遺跡では巨大なウミヘビが居て、リザードマンの卵がたべられてしまっていた痕跡を見つけたことがある。ウミヘビやウォーターサーペントが多い川ではリザードマンは繁殖できない? それは耳よりな情報だ。だが、アシスタント・デバイスの話とこの話は分けて考えないと駄目な気がする。頭の中がこんがらがって来た。
「とりあえず、ここから15キロぐらいのところには、別のおおきな蛮族の集落があるってことだね。その近くには古代遺跡もあったけど、今は何も残っていないと。そして、偶然なのか意図的なのかわからないけど、蛮族が発見して所有していたアシスタント・デバイスをすくなくとも3つ覚醒させたオーガ上位種が居るんだね」
“ウギャギャギャ”
“ うん(ウン) ”
“そういうことね。同一の個体かどうかはわからないけど……”
コーリンが蛮族の言葉を喋れるのは学習の結果で改造されたわけではないらしい。オーガ上位種の存在については気になるが、それを追う方法が思いつかない。蛮族集落も15キロ離れているのならすぐに影響はないだろう。
しかし、ゴブリンメイジの話がこういう形で聞けるとは思わなかった。テスは初期化してしまったが、テスを初期化する前の記憶はマラキがある程度保存してくれていたはずだ。今回の情報を手掛かりにして新たになにか判ることはないだろうか。そんな事を考えながらアルは空からの巡回を続けたのだった。