作品タイトル不明
32-16 大規模集落討伐完了
アルのゴブリンハイシャーマン討伐によって、一時的に蛮族側に傾きかけた戦況は一気に回復し、蛮族たちは完全に戦意を喪失して逃走しはじめた。パーカー伯爵はその状況を見て騎士部隊に追撃を命じる。デュラン・フェルディナンド率いる騎士部隊は、南東から攻略をしていたセオドア王子率いる王国騎士団と連携しつつ、合わせて2000体近くの蛮族の死骸の山を築くことに成功した。
又、突如現れたホブゴブリンによって発生したかなりの数の怪我人については弓部隊の掩護の下、戦場に同行していた太陽神ピロスや戦神ロータの神官の迅速な治療によってその多くが命を取り留めることができた。
このようにして蛮族の大規模集落討伐は人間側の大勝利で終わったのだった。
戦いがほぼ終結した夕刻、アルと兄のギュスターブはパーカー伯爵の陣に呼ばれた。興奮さめやらぬ2人そろってテントの中に入っていく。
「いやぁ、さすがはアル君だ。今回の討伐戦では一番の手柄だぞ」
テントの中に入って早々、駆け寄って来たパーカー伯爵に褒められてアルは頭を掻いた。あの時は兄や知人、友人の危機を救うのに必死だっただけだが、ゴブリンハイシャーマンが倒せたのは我ながらうまくいったと思う。
「それでだ、本来でいえば蛮族に対するものや隣国の侵攻に対する防衛戦ではあまり褒賞は出せないのだが、今回のゴブリンハイシャーマンを倒した功績は格別であり高く評価をすべきだろうとセオドア殿下から相談を受けた。殿下としては他にも評価したいこともあったようだ。それでギュスターブ殿とアル君に来てもらったのだ」
今回のような蛮族や侵入者に対する防衛戦は天災のようなもので、勝利をしたとしても新たに土地が得られるわけではない。そのため、戦いに動員された配下の者たちが上げた戦功に与えられる褒賞の多くは勲章などの名誉や金銭といったものとなる。そのあたりの事情は中級学校で教えられたし、アルやギュスターブももちろんそう認識していた。だが、今回、アルが上げた戦功に関してはそうではないらしい。他にも評価したいことというのは呪文の使い方のことか。どこかの土地でも貰えるのだろうか?
「今回、この大規模集落は討伐するという話だけで、その後については何も計画されていなかった。だが、実際に討伐を終えて周囲を見まわしてみて驚いた。このあたりは盆地となっていて周囲は森、切り拓けば広い平坦な土地が得られるだろう。実際に魔法使いに空から確認してもらったが、二つの川に挟まれて周囲に湿地帯が広がるレスターよりよほど開拓しやすいのではないか、単純にこのまま撤退するのは惜しいというところでセオドア殿下も私も意見が一致した」
どういうことだ? ここを開拓するという話と褒賞の話に関わりがあるのだろうか。まさか……。
「というわけで、ゴブリンハイシャーマン討伐と魔法使い部隊強化の功績に対してシプリー子爵家にこの一帯の土地を褒賞として与えるので、ここに辺境都市を築いてもらいたいと思うのだが、受けてくれるだろうか。もちろんセオドア殿下は都市建設のための様々な援助を約束してくれている。私からも援助はしよう。都市が無事築ければ、シプリー子爵家は鉄鉱山の利権だけでなく都市の領主だ。どうだ?」
アルはシプリー子爵家の3男として従軍している。なので、褒賞もシプリー子爵家にということだろうか。国の援助で都市開発が行えるのは大きいだろう。それにこの地にレスター並みの辺境都市ができれば、シプリー山地の南側からの蛮族や魔獣の侵入はかなり減らす事ができる。一気にシプリー山地は安全になるだろう。ここから鉄鉱山までの土地を開拓すれば村も増やせて子爵領も豊かにはなるだろう。いいことづくめに聞こえるが、そんなに簡単にできるものなのだろうか。アルはちらりと兄のギュスターブを見た。
ギュスターブは唇を真一文字に結んで悩んでいる様子だった。そして軽く首を振る。
「ありがたい申出ですが、我がシプリー子爵家にはそれを仕切るための人材がおりませぬ。鉄鉱山の開発もまだ道半ば、現状では有用な人材を雇うための資金の捻出も難しゅうございます」
やはり……そんな気もした。父たちはすでに現状だけで精いっぱいな状況だ。そして子爵となったといっても急に人材が増えるわけではない。もし都市をつくるとすればそれが可能な能力を持つ者を雇う必要があるだろう。だが、確実ではない未来のために雇うというのはリスクが高いだろう。それに適した人材をすぐに見つかるわけでもない。マーローの街を得たといっても、そこは元々男爵領だった。財政的にも厳しい状況である。内政が得意と紹介されたフォード男爵とクライスラー男爵はあの後父に尋ねると3年ほどの期限付きで応援に来てもらっているだけで、彼らの俸給は王家から出ているという話だった。
「それはセオドア殿下も理解されている。3年の期限付きだがオラフ男爵を派遣しようと仰っておられたよ。彼の事は二人とも知っているだろう。レイン辺境伯に子爵として仕えていた方だ。あとはパンクラフト殿かホーソン殿あたりを迎えてはどうだ? 2人とも元男爵でオリバー殿と同様、レスター子爵の反乱に従ってしまったために解雇されたが、2人ともあくまで忠義心に従っただけで悪い性根を持つ者ではない。どちらも辺境の事はよくわかっているだろう。今はレビ男爵家に騎士爵として仕えているがアル殿から相談すれば迎えることも可能だろう」
オラフ元子爵とは鉄鉱山の話で以前、レイン辺境伯の3女セレナに紹介してもらって話をしたことがある。たしかレイン辺境伯家の財務担当をされていた方で、ストラウドの反乱の際に軟禁されていたレイン辺境伯を救出し降伏の使者を送って来たはず。パンクラフト元男爵は辺境都市レスターの衛兵隊長だとしか知らないが、ホーソン元男爵はナレシュやケーンからいい人だと聞いた気がする。パーカー伯爵が勧めるということは皆、仕える家が反乱に参加したせいで降爵しただけの人々だろう。
「そこまでご配慮いただいているとは……。父と相談させていただくように致します」
ギュスターブはそう言って頭を下げた。パーカー伯爵は少し微笑んで頷く。この流れは受けることになりそうだ。本来なら褒賞などは無事帰還してから行うはずだが、急に呼び出されたのは、維持するのか放棄するのかによって今回の遠征軍が撤収の際にどうするか変わってくるからだろう。
「わかった。その方向で頼む。そうそう、オラフ男爵にはセレナ嬢が従者として仕えているそうだ。たしかギュスターブ殿は目をかけて頂いていたようだし、アル殿も中級学校で同期だったはず。2人とも縁があるのだからできれば面倒をみてやってくれとセオドア殿下は仰っておられたよ」
「レイン辺境伯家は断絶したのでは? ストラウドが断罪された後消息を聞かないのでてっきり別の地方にでも移られたのだとおもっておりました」
ギュスターブが尋ねると、パーカー伯爵は頷いた。
「平民に落とされた辺境伯本人やその家族はオラフ男爵に保護され、今は彼の持つ都市レインにある小さな屋敷でひっそりと暮らしているそうだ。彼女以外は皆、気位が高すぎて働けず、碌に外出もしないので噂にもならないらしい」
パーカー伯爵は肩をすくめる。そうなのか。ストラウドの反乱で自分自身も降爵させられたのにオラフ男爵も義理堅いことだ。
「畏まりました。セレナ様はまだお若いのにも関わらず、内政、外交には造詣の深いお方と存じます。力を発揮して頂けるよう配慮させて頂きましょう」
ギュスターブはそう言って頭を下げた。このようなやり取りをするということはこの件に兄はかなり乗り気になったようだ。
「同じように平民とされたレスター子爵やその息子のサンジェイ様の消息をパーカー伯爵閣下は御存じでしょうか?」
アルも以前から気になっていた事を尋ねてみた。以前ナレシュと話をした時には少し聞きづらかったのだ。パーカー伯爵は首を傾ける。
「以前、東セネット子爵からサンジェイは配下の騎士の従士として働かせたいが良いかと尋ねられたので構わないと答えたことがある。詳しくは知らぬが、そう聞いてきたということは一家を東セネット子爵領で保護しているのではないかな」
父のレスター子爵家は断絶し、レスター子爵家に仕えていた主だった者たちはその多くが別の家に仕える事になった。自分は新たに別の所で子爵となった。ナレシュとしては複雑な気持ちかもしれない。兄のサンジェイは騎士にしたいのだろうが、一旦罪として平民に落とされたのであれば周囲が納得するような勲功を上げさせる必要があるのだろう。
「そうだ。アル君が気になったかもしれないので言っておくと、蛮族集落で見つかった呪文の書は 魔法の矢(マジックミサイル) 呪文、 盾(シールド) 呪文、 魔法感知(センスマジック) 呪文、 飛行(フライ) 呪文といったところで、目新しい呪文はなかった。アル君なら全て習得済の呪文ばかりだろう。神聖呪文の方は従来の約定に則って神殿にすべて寄付したので呪文名まではわからないが、神殿側の反応からすると特に珍しいものはなかったようだ。尚、ゴブリンハイシャーマン、ゴブリンシャーマンとアル君が呼んでいた個体については、我々も呼称がわからなかったので、死体に 保持(リテント) 呪文を使い、王都の魔法使いギルドに搬送して調査する予定となっている」
神聖呪文の呪文の書はやはり神殿に寄贈ということになるのか。もちろん、神官たちが従軍しているおかげで怪我人はすぐ治療してもらえる恩恵は大きいので寄贈は当然と言える。とはいえ、呪文の書は一度見てみたいものだ。
「後、魔道具については、全く用途不明のものが2つ、用途不明だが蛮族語で何か話しかけてくるものが1つ、水の出る魔道具が1つだったそうだ。水の出る魔道具はまだしも、それ以外は役に立たなさそうなものばかりで褒賞にも使えぬ。セオドア殿下もアル君が欲しいなら進呈してもいいと言っていたがどうする?」
「ください!」
アルは思わず目を見開き大きな声で返答した。蛮族語で何か話しかけてくるものというのはアシスタント・デバイスだろう。蛮族語だからわからないということか。他の用途不明の物も調べてみたい。
アルの返答にパーカー伯爵はわははと笑い出した。
「そんなに役に立たなそうな魔道具が欲しいのか。いいだろう。あとで届けさせる」
アルは頭を掻いた。古代文明で言えばアシスタント・デバイスは値段が付けられないほど貴重な物だったはずなのだが、こういう評価なのはとても残念だ。いや、パーカー伯爵はともかくセオドア王子は用途不明のまま魔道具を与えようとされる方ではない。土地を与えるだけでなく魔道具もとなると他の家から嫉妬されるかもしれないと考え、用途不明で価値もないと強調してアルに与えようと考えてくれたにちがいない。これもグリィの言う外交的配慮というやつか。
「では失礼します」
アルとギュスターブはパーカー伯爵に深々と礼をした。今夜はこのままこの大規模集落があったところで野営となるだろう。死骸などを全て片付けることなどとてもできないので、おそらく交代で不寝番をたてる必要もある。だがこれで蛮族は少し減らすことができ、シプリー山脈は少し安全になった。
「興奮して今夜は眠れないかも」
まだゴブリンハイシャーマンの呪文で盾呪文が剥がれていく感覚が残っていた。ギュスターブはアルの頭を撫でる。
「お前は眠れ。これだけ頑張ったのだ。夜の見張りは従士たちが交代でする」
「みんな頑張ったよ。戦功なんて関係ない。体力的には僕の方が元気だと思うし、ちゃんと見張りも割り振ってね」
苦笑を浮かべるギュスターブにアルはそう言ってニコリと微笑み返した。